ジェフベックそっくりだった男前
LOUDNESS豆日記&情報
昨日テレビを観ていたらX-Japanの記者会見をやっていたな。
Drの人が「9月にニューヨークのマディソン スクエアー ガーデンでライブすることを決めました」と言っておった。
(おぉーマディソンスクエアーガーデンかぁ・・懐かしいな)と思った。
LOUDNESSがあそこでやったのはもう20年以上も前になる・・。
我々はモトリーの前座だったから何とも言えないけれど、LOUDNESS以外にマディソンスクエアーに立った日本人バンドと言えば、僕の友人がトランペットをやっていたバンド和製サルサバンド/オルケスタ・デ・ラ・ルスがいる。
多分、彼らヘッドライナーショーをマディソンスクエアーでやっているはずだ。
トラペットの友人曰く、彼等のマディソンスクエアーのライブにはラテン系の人達で溢れかえったそうな。
まぁー当時ビルボードのサルサのチャートでオルケスタ・デ・ラ・ルスは全米No1を数週間維持していたから当然と言えば当然だわな。
ん~?と言うことはX-Japanが「史上初!」ということでも無いのか?
LOUDNESSがマディソンスクエアーでやった時は「さぁーマディソンでライブだぁ~~!」みたいな感じではなかったなぁ。
アメリカのマネージメントから渡された全米ツアースケジュールの確か5つめぐらいにN.Y. MADISON SQUARE GARDENって書いてあって、あくまで沢山あるアリーナショーの一つでしかなかった。
「おぉツェッペリンの映画のとこやな」とマー君が言っていたのを覚えている。
あ、それとマディソンの会場に入るとき、でっか~いリムジンに乗って会場入りしたのが嬉しかったなぁ。
とにかく1985年86年のLOUDNESSアメリカツアーの会場は毎晩マディソンスクエアーガーデンぐらいの大きさの会場ばかりだったから、日本に帰ってきて武道館でやった時は武道館が小さく思えた。(笑
VoのTOSHIさんよ、あなたが色んな施設や過酷な場所で生ギター一本持って歌っていると噂を聞いたけれど、本当に諦めず歌い続けて良かったなぁ。
============================
僕は「軽音楽部」の扉を開けて中に入った。
「入部したいのですけど・・」少し緊張した。
「新入生大歓迎!!」と優しそうな女性の先輩が声を掛けてくれた。
顔中に髭をたくわえた熊さんと言う人が部長だった。
サングラスをしている熊さんは少し怖そうな感じはしたけれど、しゃべる言葉が九州弁で愛嬌があった。
熊さんからひとしきりクラブの説明を受け、逆に楽器は何がしたいの?とか楽器の経験は?とかバンド経験は?とか聞かれた。
僕は「ベースをやっています」と言った。
敢えてアースシェイカーをやっているとかハードロックバンドをやってきたとかは言わなかった。
僕と熊さんが話している間、教室の中では先輩らしき人達がセッションなのか練習なのかやっていた。
彼らはワンコードでファンキーなセッションをやっているようだった。
僕は何気に演奏している人を眺めて(おぉー大学生になるとフュージョンが中心なんや)と思いながらしばらくその演奏を聴いていた。
僕が大学に入った頃はハードロックと言うジャンルはかなり下火になっていて、大学生ではもはや誰もハードロックをやろうと言うような人はいなかった。
ミュージシャンは皆フュージョンに夢中になっていて、ギターリストのリーリトナーやラリーカールトン、フュージョン・ジャズバンドのスタッフやクルセイダーズなどが人気あった。
僕も一応フュージョン系の曲を多少コピーをしたりしていたけど、あくまで勉強のために。
先輩達のファンキーなフュージョンセッションはかなり上手くて、特にレスポールを持っているギターの人がかなりの腕前だった。
そのギターの彼は物凄く華奢でガリガリで眼光が鋭かった。
一瞬、日本人には見えない堀の深い、格好良い男前だった。
しばらくそのギターの人のプレーを聴きながら、(それにしてもこの人ジェフベックに弾き方もフレーズもルックスもそっくりやな)と思っていた。
高校の頃僕の周りにいたギターリストは皆ハードロックギターをやっていたから、彼のようなジェフベック系のアプローチをするギターリストにはとても興味を抱いた。
かなり長い時間セッションは繰り広げられていてそのギターリストは僕を圧倒し続けていた。
彼はいきなりジェフベックのジェフズブギ―のイントロを弾き始めた。
ジェフベックグループのライブで有名なこの曲を彼は完全コピーしていた。
しばらくその見事な演奏を聴いて、僕はそのジェフズブギーの圧巻のソロを聴きなが部室から外に出た。
(ひゃ~~凄いギターの先輩がおる!!!!仏教大学恐るべしやなぁ)
(よし、近いうちに自分のベースを持って行って、あの先輩等のセッションに混ぜてもらおう)と考えた。
でも、フュージョンは苦手やなぁ・・・・とも思った。
取りあえず家に帰ってすぐにジェフベックライブの曲をコピーした。
あれから数日たって軽音の部室へ行くと「新入生集合!」と言って僕は呼ばれた。
「これから新入生の自己紹介と先輩の紹介をします」会計係の女性が言った。
新入生は20人ほどいるようだった。
でも、誰が新入生で誰が先輩かはあまり分からなかった。
僕は教室内にいる部員を見渡してジェフベックそっくりの彼を見つけた。
(オーあのジェフベックの人や!)僕は心のなかでつぶやいた。
「それでは新入生、自己紹介お願いします」と会計の人が言った。
数人自己紹介が終わった所で僕の番が来た。
「二井原です、ベースやっています。大阪出身です、これからよろしく」僕は挨拶をした。
僕の後になんとあのジェフベックが立ち上がって自己紹介を始めた。
(え~~なんやこの人、新入生やったんかぁ~、と言う事は俺と同じ年なんやなぁ~)
ジェフベックは言った、「始めまして、ギターやっている藤村幸弘です。高校の時のあだ名は「茶々丸」です。よろしく!」
(なんやーこのジェフベックそっくりの男前は「茶々丸」言うんか、ひょうきんなあだ名やなぁ・・)
新入生の「茶々丸」はすでに先輩から一目置かれていた・・・。
昨日テレビを観ていたらX-Japanの記者会見をやっていたな。
Drの人が「9月にニューヨークのマディソン スクエアー ガーデンでライブすることを決めました」と言っておった。
(おぉーマディソンスクエアーガーデンかぁ・・懐かしいな)と思った。
LOUDNESSがあそこでやったのはもう20年以上も前になる・・。
我々はモトリーの前座だったから何とも言えないけれど、LOUDNESS以外にマディソンスクエアーに立った日本人バンドと言えば、僕の友人がトランペットをやっていたバンド和製サルサバンド/オルケスタ・デ・ラ・ルスがいる。
多分、彼らヘッドライナーショーをマディソンスクエアーでやっているはずだ。
トラペットの友人曰く、彼等のマディソンスクエアーのライブにはラテン系の人達で溢れかえったそうな。
まぁー当時ビルボードのサルサのチャートでオルケスタ・デ・ラ・ルスは全米No1を数週間維持していたから当然と言えば当然だわな。
ん~?と言うことはX-Japanが「史上初!」ということでも無いのか?
LOUDNESSがマディソンスクエアーでやった時は「さぁーマディソンでライブだぁ~~!」みたいな感じではなかったなぁ。
アメリカのマネージメントから渡された全米ツアースケジュールの確か5つめぐらいにN.Y. MADISON SQUARE GARDENって書いてあって、あくまで沢山あるアリーナショーの一つでしかなかった。
「おぉツェッペリンの映画のとこやな」とマー君が言っていたのを覚えている。
あ、それとマディソンの会場に入るとき、でっか~いリムジンに乗って会場入りしたのが嬉しかったなぁ。
とにかく1985年86年のLOUDNESSアメリカツアーの会場は毎晩マディソンスクエアーガーデンぐらいの大きさの会場ばかりだったから、日本に帰ってきて武道館でやった時は武道館が小さく思えた。(笑
VoのTOSHIさんよ、あなたが色んな施設や過酷な場所で生ギター一本持って歌っていると噂を聞いたけれど、本当に諦めず歌い続けて良かったなぁ。
============================
僕は「軽音楽部」の扉を開けて中に入った。
「入部したいのですけど・・」少し緊張した。
「新入生大歓迎!!」と優しそうな女性の先輩が声を掛けてくれた。
顔中に髭をたくわえた熊さんと言う人が部長だった。
サングラスをしている熊さんは少し怖そうな感じはしたけれど、しゃべる言葉が九州弁で愛嬌があった。
熊さんからひとしきりクラブの説明を受け、逆に楽器は何がしたいの?とか楽器の経験は?とかバンド経験は?とか聞かれた。
僕は「ベースをやっています」と言った。
敢えてアースシェイカーをやっているとかハードロックバンドをやってきたとかは言わなかった。
僕と熊さんが話している間、教室の中では先輩らしき人達がセッションなのか練習なのかやっていた。
彼らはワンコードでファンキーなセッションをやっているようだった。
僕は何気に演奏している人を眺めて(おぉー大学生になるとフュージョンが中心なんや)と思いながらしばらくその演奏を聴いていた。
僕が大学に入った頃はハードロックと言うジャンルはかなり下火になっていて、大学生ではもはや誰もハードロックをやろうと言うような人はいなかった。
ミュージシャンは皆フュージョンに夢中になっていて、ギターリストのリーリトナーやラリーカールトン、フュージョン・ジャズバンドのスタッフやクルセイダーズなどが人気あった。
僕も一応フュージョン系の曲を多少コピーをしたりしていたけど、あくまで勉強のために。
先輩達のファンキーなフュージョンセッションはかなり上手くて、特にレスポールを持っているギターの人がかなりの腕前だった。
そのギターの彼は物凄く華奢でガリガリで眼光が鋭かった。
一瞬、日本人には見えない堀の深い、格好良い男前だった。
しばらくそのギターの人のプレーを聴きながら、(それにしてもこの人ジェフベックに弾き方もフレーズもルックスもそっくりやな)と思っていた。
高校の頃僕の周りにいたギターリストは皆ハードロックギターをやっていたから、彼のようなジェフベック系のアプローチをするギターリストにはとても興味を抱いた。
かなり長い時間セッションは繰り広げられていてそのギターリストは僕を圧倒し続けていた。
彼はいきなりジェフベックのジェフズブギ―のイントロを弾き始めた。
ジェフベックグループのライブで有名なこの曲を彼は完全コピーしていた。
しばらくその見事な演奏を聴いて、僕はそのジェフズブギーの圧巻のソロを聴きなが部室から外に出た。
(ひゃ~~凄いギターの先輩がおる!!!!仏教大学恐るべしやなぁ)
(よし、近いうちに自分のベースを持って行って、あの先輩等のセッションに混ぜてもらおう)と考えた。
でも、フュージョンは苦手やなぁ・・・・とも思った。
取りあえず家に帰ってすぐにジェフベックライブの曲をコピーした。
あれから数日たって軽音の部室へ行くと「新入生集合!」と言って僕は呼ばれた。
「これから新入生の自己紹介と先輩の紹介をします」会計係の女性が言った。
新入生は20人ほどいるようだった。
でも、誰が新入生で誰が先輩かはあまり分からなかった。
僕は教室内にいる部員を見渡してジェフベックそっくりの彼を見つけた。
(オーあのジェフベックの人や!)僕は心のなかでつぶやいた。
「それでは新入生、自己紹介お願いします」と会計の人が言った。
数人自己紹介が終わった所で僕の番が来た。
「二井原です、ベースやっています。大阪出身です、これからよろしく」僕は挨拶をした。
僕の後になんとあのジェフベックが立ち上がって自己紹介を始めた。
(え~~なんやこの人、新入生やったんかぁ~、と言う事は俺と同じ年なんやなぁ~)
ジェフベックは言った、「始めまして、ギターやっている藤村幸弘です。高校の時のあだ名は「茶々丸」です。よろしく!」
(なんやーこのジェフベックそっくりの男前は「茶々丸」言うんか、ひょうきんなあだ名やなぁ・・)
新入生の「茶々丸」はすでに先輩から一目置かれていた・・・。
by loudness_ex
| 2008-04-04 20:50