(ミッシェル、無事に飛行機に乗ったんだろうな?)
空港へ人を迎えに来るのは始めての経験だった。
空港に漂う空気になんとも言えないセンチメンタルな気分になった。
(なんだろうこの胸がキュンとする雰囲気は・・・)
空港には出会い、別れ、涙、笑顔があちこちで溢れていた。
この空港の独特な雰囲気に僕はすっかり魅了された。
予定時間から少し遅れて、満面微笑みの小柄なミッシェルが到着口から現れた。
“Hi! Michele!”
僕が叫ぶと、ミッシェルは綺麗な金髪をなびかせて走り寄って来て僕に抱きついた!
「本当に来ちゃった!!」悪戯っぽく笑いながらミッシェルはつぶやいた。
僕は久しぶりに会うミッシェルに少し照れた。
再会の挨拶もそこそこに、僕達は成田空港から車で僕のアパートへ移動した。
「映画のセットみたいね!!」
ミッシェルは明治通り沿いに並ぶラーメン屋、中華料理屋、食堂等の看板を見てはしゃいでいた。
町中に溢れる漢字の世界にカルチャーショックを受けているようだ・・・。
そりゃ・・・歩く人、働く人、運転する人・・・右を見ても左を見ても日本人の顔、オリエンタルな風景だもんね。
僕も覚えている・・・
初めて見たサンフランシスコの街中の風景は、それまでの人生の中で見たことの無い風景だった。
まさに異国を肌で感じた瞬間だった。
そして言葉に表現できない不思議な感覚だった。
それと同じものをミッシェルは感じているのだろうと思った。
「Wow! Oh my・・・It’s so tiny room」(わーなんて小さい部屋なの!)
部屋に入るなりミッシェルは目を丸くした。
僕のアパートは6畳のワンルームで、そのあまりの部屋の狭さに言葉を失っていたのだ。
「おいおい!!!ミッシェル~~~!!ダメダメ靴脱いで!!!」
土足のままズカズカと入り込んで行くミッシェルを呼び止めた。
「えっ?何???靴?靴脱ぐの?」
「そうだよ、日本では家に入る時は靴を脱ぐんだよ!」
部屋に入ってすぐ左に小さな流し台があった。
「これは・・・まさかキッチン?」
「えっ?そ、そうだけど、一応キッチンと言えば良いのかな・・・」
その流し台の横に高さ60センチほどの小さな冷蔵庫があった。
「まさか・・・これ、冷蔵庫?」
「そ、そうだけど・・」
「ひゃ~~~~!!かわいい小さな冷蔵庫!!こんな小さな冷蔵庫見たこと無い!」
「まるでおもちゃみたいね!!」
その冷蔵庫にミッシェルは大喜びだった!
「ね、そう言えば、トイレはどこにあるの?」
僕はユニットバスを見せた。
「ひゃ~~トイレとシャワーと浴槽が一つになってる!!」
「日本人はみんなこんなところで暮らしているの?」
「こう言う所は、主に学生が住むようなアパートだよ」
僕の部屋、ワンルームなのに部屋のど真ん中にクイーンサイズのベッドがドカンと置いてあった。
ベッドに部屋はすべて占領されていた。
クローゼットらしいものも無かった。
「ミックの生活はいつもベッドの上なの?」
「いや・・・あまり部屋にいないから・・・・」
僕はなんだか返答に困った。
「そうだ、ミッシェル、LOUDNESSのツアーがあるんだよ!」
「いつ?」
「今週末から」
「えっ、じゃーその間、私はどうすればいいの?」
「一緒に行こう!」
「え!!嘘??どこへ行くの」
「日本中のコンサートだよ」
「本当に??」
ミッシェルはこれ以上大きくできないほどに目を丸くした。
某日某場所、LOUDNESSのゲネプロリハーサル。
ゲネプロとはライブ本番と同じメニュー、ステージセット、照明、音響を使ってのリハーサルのことだ。
某会場を借り切ってのリハーサルだ。
その大規模なリハーサルを見てミッシェルは腰を抜かしていた。
「リハーサルと言うからスタジオだと思ってたわ・・」
「あなた達って数万人のアリーナでライブするの?」
「いや、アリーナじゃないけれど、3000人クラスかな」
「照明も音響も素晴らしいわ・・・凄いスケールね!」
「ありがとう!」
「日本ではLOUDNESSって本当にスターなのね・・」
「まぁ・・スターかどうか分からないけれど・・・」
「そうね・・・スターならあんな小さいアパートに住まないわね!」
そう言うなり、ミッシェルはウインクして微笑んだ。
再び返答に困った・・・
1984年6月9日、ツアー初日札幌空港。
「ビールのサッポロね!」
ミッシェルは興奮していた。
楽屋に着いてすぐトイレに行きたいとミッシェルが言い出した。
場所を教えてあげた。
1分も経たないうちにミッシェルが半泣きで楽屋に戻ってきた。
「ミック!!あんなトイレ見たこと無い!!どうやってやるの??」
和式トイレ・・・。
ミッシェルは和式トイレの写真を数枚撮って大騒ぎだ。
「とても衛生的で良いアイデアだけど、これは慣れないと私には無理ね」
微笑ましいカルチャーショックを受けながらミッシェルの日本ツアーが始まった。
ミッシェルはオーディエンスの熱狂ぶりに驚き、LOUDNESSの音の凄さに驚き、ステージセットに驚いていた。
日本のオーディエンスはミッシェルのイメージとは全く違っていたようだ。
何より、日本の女の子のロックファッションにも興味津々だった。
大阪。
大阪のライブ終了後、実家へ連れて行った。
両親にアメリカの友人を連れて行くと電話で話しておいた。
僕達が家に着いた頃には、親父はすでにビールでご機嫌さんだった。
そしてよりによって親父・・・
天才バカボンのバカボンのパパと同じ格好で僕達を迎えてくれた。
ステテコに腹巻・・・。
「おぉ~、おたくがミッシェルさん・・・言いはんの・・・!こりゃ~まぁ~エライべっぴんさんで!!ほんまに・・・よう来はったなぁ~・・・わしはミノ~ルの父ちゃん!!ナイストゥミーチュー!!」
ステテコに腹巻のオヤジが大阪弁でまくし立てた!
ミッシェルは凍り付いた・・・
