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「愛怨」 in ハイデルベルク 第4回
さらに続きです。

三木先生の日本史オペラ7作目は、かの紫式部の「源氏物語」です。舞台はもちろん10世紀の平安時代ということになります。3作目の「じょうるり」の成功以来セントルイス・オペラから新作オペラの依頼を受けていましたが、セントルイス・オペラの芸術監督だった盟友コリン・グレアムの英語の台本によって、2000年にセントルイスで初演されました。翌2001年には日生劇場がセントルイス・オペラを招聘し、外国人による英語の「源氏物語」が日本で初演されました。ここに至るまでの過程は”オペラ「源氏物語」ができるまで”という著書に詳しく書かれています(中央アート出版社)。
ストーリーはあまりに有名な作品なのでここでは省きますが、光源氏はもちろんのこと、桐壺帝も藤壺も紫上も葵上も六条もみんな出てきます。世界初演で美術と衣装を担当したのは朝倉摂さんでしたが、豪華絢爛な舞台はグランドオペラの名に恥じない作品となりました。

また、この作品で忘れてはならないのが天才琵琶奏者、シズカ楊静(ヤンジン)の存在です。彼女は、作曲を三木先生に師事していますが、「琵琶協奏曲」のソリストを始め、三木作品には欠かせない存在となっておりました。彼女の琵琶は、今回の「愛怨」でも非常に重要な役割を果たしていて、彼女の琵琶がなければ、このオペラが成り立たないといっても過言ではないほどですが、それはまた「愛怨」の時に触れましょう。
なお、源氏物語では、もう1人ソリストがいて、それは新箏(二十絃)の木村玲子でした。
by hikari-kozuki | 2010-06-21 16:51 | Opera | Comments(0)
「愛怨」 in ハイデルベルク 第3回
昨日続きです。

4.「ワカヒメ」 近世の三部作が完成ののち向かったのは、古代、中世でした。岡山シンフォニーホールの開館記念にオペラを委嘱され、日本書紀の中から古代の吉備国(現在の岡山県+&)のお姫様の記述を発見して、その姫を奪い合うというグランドオペラ的な話を元に、なかにし礼が台本を書きました。1991年に作品が完成、1992年に前述の岡山で初演されました。その後1993年にNHKホールの20周年記念作品として東京でも初演されました。舞台は5世紀の吉備国。王の1人田狭には美しい妃ワカヒメがいました。大和の国から武の大王(雄略天皇)がやってきて、田狭を朝鮮半島の伽耶、新羅に送り、その隙にワカヒメを大和へ連れ去ってしまったのです。ワカヒメは反乱を起こしますが、結局破れてしまい、帰国した田狭とともに死んで行くという話です。

5.「静と義経」 「ワカヒメ」の稽古中に鎌倉芸術館芸術監督に就任予定だったなかにし礼から開館記念オペラ「静と義経」の作曲を依頼されたものです。当時は3つのオーケストラの曲を書かなければならないなど、多忙を極めていたため固辞しましたが、最終的には受諾してしまったそうです。台本、演出はもちろんなかにし礼で、1993年に同劇場にて初演されました。舞台は12世紀の吉野山、兄頼朝に追われた義経一行が雪の吉野山を越えようとしています。義経は静を京へ返すことにしますが、静は案内人たちに襲われて財宝を奪われ、鎌倉へと送られてしまいます。その後、鎌倉と平泉を舞台に展開しますが、最後はすべてに絶望した静が「愛の旅立ち」のアリアを絶唱して自害してしまいます。静と義経という非常にポピュラーな話に頼朝、弁慶、北条政子、梶原景時、和田義盛、大江広元ら有名な実在の人物たちが登場し、絢爛たるグランドオペラへと仕上がりました。

6.組オペラ「隅田川+くさびら」 芸団協の30周年記念に制作する能「隅田川」と狂言「くさびら(茸)という能楽堂で上演する室内オペラの作曲を委嘱されたものです。この2作品は悲劇と喜劇という組み合わせで上演しますが、それぞれ単独での上演も可能となっています。大編成のオーケストラと大勢の出演者を必要とする作品が多い三木作品のオペラの中で唯一の室内オペラです。「隅田川」の舞台は、15世紀の墨田川河畔。京都で攫われた子供を探して東京の隅田川に辿り着いた狂女が渡し舟の中で子供がここ死んだことを知るという悲劇です。「くさびら」の舞台は、同じく15世紀で場所は不特定です。所の者の屋敷に大きなキノコが生えてくるので山伏に祈祷を頼みますが、祈れば祈るほどかつてセクハラの犠牲となった女たちがキノコに化けて復讐をするという喜劇です。

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哲学の道からハイデルベルク城を望む
by hikari-kozuki | 2010-06-15 13:35 | Opera | Comments(0)
「愛怨」 in ハイデルベルク 第2回
「愛怨」の話をする前に三木先生のライフワークになった「日本史オペラ連作」について説明をしなければならないでしょう。全部で9作品にもなりますので、少し時間がかかってしまいますが、三木先生の偉業を知って頂くためにもぜひお付き合い下さい。6月2日にハイデルブルク大学音楽学部の講堂で行われた三木先生ご本人による「日本史オペラ連作」のレクチャー及びその時に配られたレジュメを元に、時代順ではなく、作曲された順にご説明します。

1.「春琴抄」。原作は谷崎潤一郎の小説で、時代は幕末、舞台は大阪。美しい盲目の筝の奏者、春琴と子供のころから彼女の世話をしてきた丁稚の佐助の耽美主義の物語です。最後には佐助が自分も針で目を突いてしまうという一種異常な愛を描いています。当時、三木先生は歌を作る際に日本の東西におけるピッチアクセントに悩んでいたそうですが、ご自身の徳島弁に近い関西弁で作れたので作曲を引き受けた、とおっしゃっていました。1975年に完成、初演されましたが、この作品が三木先生の記念すべき第1作目のオペラとなり、ジローオペラ賞を受賞しました。さらにこの作品は二期会によってフィンランドのサヴォンリンナ・オペラ・フェスティヴァルでも上演されました。

2.「あだ」。当時、イングリッシュ音楽劇場の芸術監督だった演出家のコリン・グレアムから委嘱された作品で、英語にて作曲されました。グレアムは20世紀のイギリスにおけるもっとも偉大な作曲家ベンジャミン・ブリテンの片腕として、後期の6作品の初演を演出したことでも有名な人物です。1979年にロンドンで、英語名「An Actor's Revenge」として初演され、アメリカでも1981年に初演されました。その後日本語版は1984年、ドイツ語版が1987年に次々と初演されました。物語の舞台は18世紀の江戸。歌舞伎女形のスター雪之丞が自分の両親を殺した3悪人に次々に復讐を遂げるものの、彼を純真無垢に愛した浪路も巻き添いを食い、狂って死んでしまい、最後は雪之丞が出家するするという悲劇です。
「春琴抄」が19世紀で地歌筝曲、「あだ」が18世紀で歌舞伎という日本の伝統芸能が関連していたこともあったので、時代精神を探るオペラ連作を自分のライフワークにしようと決めたそうです。また、民族楽器によるソロが、オケピットのオーケストラと協奏曲を奏でるような役割をするという三木先生の独特の様式もこの2作品から定着しました。

3.「じょうるり」。三木先生が3作目に選んだ題材は、浄瑠璃でした。アメリカでの「あだ」の成功によって、作曲三木稔、台本と演出コリン・グレアムというコンビでセントルイス・オペラから委嘱されました。1985年に英語の台本にて「JORURI」というタイトルでセントルイスで初演され、1988年にはセントルイス・オペラが日生劇場で日本初演を行い、日本語版は、2005年に初演されました。17世紀の大阪の人形浄瑠璃一座を舞台に盲目の老いた太夫、その若い妻お種、一座でお種を愛する若い人形師の与助という3人のお互いを愛し合う葛藤を描いています。最後は熊野の滝でお種と与助が心中してしまいますが、まさに近松門左衛門の死への道行(みちゆき)の世界です。
この作品によって17~19世紀の近世三部作が完成しました。また作曲技法的には、主役を器楽上で特定するIDセリー(Identity Series)という三木先生独特の技法を確立したとおっしゃっていました。セリーとは、現代音楽の通常、12音階における音列のことですが、三木先生は、主役の呼び名のピッチアクセントをセリー化して音列とするという画期的なものです。


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講演の行われたハイデルベルク大学の音楽学部の講堂のある建物
by hikari-kozuki | 2010-06-14 14:38 | Opera | Comments(0)
「愛怨」 in ハイデルベルク 第1回
「愛怨」。三木稔。そして瀬戸内寂聴。
「愛怨」(AI-EN)とは、2006年に新国立劇場で初演された三木稔のオペラで、その台本を書いたのが瀬戸内寂聴です。

その初演を見にきていた世界的なドイツのオペラ誌Opernweltの批評を見て、ハイデルベルク市立劇場のオペラ監督がスコアとDVDを入手し、このオペラに惚れ込んでしまいました。そして、どうしても「愛怨」のドイツ初演をハイデルベルク市立劇場でやりたい!というオファーが三木先生のもとにやってきたのです。それからヴォーカルスコアにローマ字を書き入れるという膨大な作業やハイデルブルク市立劇場の数ヶ月に及ぶ情熱を持った準備を経で、今年2010年の2月20日にドイツ初演が実現したのです。そして全部で8回に及ぶ公演が6月5日に終了したばかりなのです。

ドイツのオペラハウスのシーズン定期公演に日本のオペラが取り上げられるということでも非常に珍しいのに、ほとんどが地元ドイツ人の歌手たちがすべて日本語で歌うというのは、日本のオペラ史上に輝く快挙です。しかも評判が評判を呼んで地元では熱狂的に受け入れられ、全8公演がすべて満席、さらにはマスコミに絶賛されていました。

私は、三木先生ご夫妻やその後援会の方々、さらには瀬戸内寂聴先生の関係の方々をハイデルベルクにお連れし、6月5日の千秋楽の公演を見てきました。とても感動的で素晴らしい舞台となりましたが、とても1回では書けないので、何回かに分けてその模様をレポートしようと思います。

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ハイデルベルク市立劇場の「AI-EN」の幟
by hikari-kozuki | 2010-06-11 16:51 | Opera | Comments(0)






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