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ヴィンチェンツォ・ラ・スコラ急死!
実はこのニュース、お恥ずかしいことですが、つい先日まで知りませんでした。渋谷のタワーレコードのCD売り場で知ったのですが、亡くなったのは何と2ヶ月も前の4月14日とのこと。日本ではほとんどニュースにもならなかったように思います。死因は心臓麻痺とのことですが、トルコのメルシンというところでオペラのマスタークラスを教えていたそうです。

1958年にシチリア島のパレルモに生まれ、アリゴ・ポーラ、カルロ・ベルゴンツィに師事し1983年にパルマで「ドン・パスクアーレ」のエルネストでデビュー。スカラ座では「愛の妙薬」のネモリーノで、METでは「ボエーム」のロドルフォでデビューを果たしました。日本が大好きで、何度も来日しましたが、特にフィレンツェの「ルチア」のエドガルドが素晴らしかったです。これらの役で分かるように、明るい美声のリリコ・レッジェーロでしたが、徐々にスピント、ドラマティコの諸役を歌うようになり、「アイーダ」のラダメス、「トスカ」のカヴァラドッシ、「トゥーランドット」のカラフなどを歌うようになっていきました。

スピントのものに挑戦していくレッジェーロなテノールは世界中に幾らでもいますが、彼が凄いのは、これらスピントの役とレッジェーロの役を並行して歌い続けていたことです。簡単に言ってしまうと、自分が歌いたい役はどんな役でも受けてしまっていたのでしょう。彼の主戦場は絶対にリリコ・レッジェーロあたりの諸役だったので、私はとても心配していました。案の定、2000年代に入ると明らかに喉が不調のことが多くなり、ドンドン出番も減ってきてしまっていました。

全盛期は、ロベルト・アラーニャ、ホセ・クーラ、マルセロ・アルヴァレス、ジュゼッペ・サッバッティーニなど同世代の歌手たちとポスト3大テノールの1人としても注目を浴び、世界中の一流歌劇場で大活躍していたので残念でなりません。

一緒に食事をしたこともありますが、寿司が好きで、いかにも陽気なシチリアーノらしく、人懐っこい笑顔と厚い胸板が印象的でした。あまりにも早すぎる死に言葉が見つかりません。ご冥福を祈ります。
by hikari-kozuki | 2011-06-14 17:38 | Opera | Comments(0)
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