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パルマ・ヴェルディ・フェスティヴァルでのアクシデント
ヴェルディのお膝元パルマでは、誕生日の10月10日にちなんで毎年10月にヴェルディ・フェスティヴァルが開催されます。今年のプログラムは、「トロヴァトーレ」、「シチリア島の夕べの祈り」、「アッティラ」の3演目、今年は全演目観ることができました。しかし、このうち「アッティラ」は客席300席のブッセートのテアトロ・ヴェルディ、「トロヴァトーレ」と「シチリア島」が客席1,400席のレッジョ劇場という限られた空間に世界中からヴェルディファンが集まるので、チケットの争奪戦は熾烈を極めます。もちろん、世界一天井桟敷のオペラファンが厳しいと言われるパルマですので、キャストも一流がそろえられます。

そんなヴェルディ・フェスティヴァルで考えられないアクシデントが起こったのでそれを報告致します。10月17日(日)の「シチリア島の夕べの祈り」での出来事でした。
この「シチリア島」は、レオ・ヌッチ、ジャコモ・プレスティア、ダニエラ・デッシー、ファビオ・アルミリアートという豪華キャストで、今年1番人気の演目でした。

開演直前、場内アナウンスが入り、「何かを手に乗せて」というように言ったような聞こえたのですが、1幕冒頭のフランス兵とシチリア人の思いが交錯する合唱、エレーナのアリアに続きアッリーゴが登場してすべてが分かりました。アッリーゴはアルミリアートではなく、明らかに東洋人の顔をしたのテノールで、楽譜を持って歌っているのです。手に乗せて、というのは楽譜のことだったのです!! アルミリアートがキャンセルになってしまったのは仕方のないこととしてし、代役のテノールが1幕だけどうしても覚えられなくて楽譜を持っているのかな?と思ったのですが、何とこのアッリーゴ役のテノール、5幕のフィナーレの最後まで楽譜を持ったままで歌いきったのです。

私も長い間、世界中の劇場でオペラを見続けてきていますが(少なくとも500公演以上は観ているでしょう)、”演奏会形式”と銘打った公演以外で楽譜を持っている人を観たのは生まれて初めてです。しかも、舞台上では他のキャストと同じように演技はした上で、楽譜だけを持ち続けているのです。その日私は天井桟敷で観ていたので、周りにもパルマのコンセルヴァトーリオ(音楽院)で勉強している歌手の卵たちが何人も居て、いろいろな話を聞き、およその事情は分かりました。

まず、アッリーゴ役のテノールは金(キム)君という韓国人で、しかもまだコンセルヴァトーリオで勉強中の学生だということ。彼はこの「シチリア島」のプローヴァ(練習)で、アッリーゴ役のアンダー(アンダースタディ)をやっていたということ。そして、何とこの代役を劇場から言われたのが当日の午後だったということ!この日は日曜日だったので、公演はマチネで、15時半開演でしたので、要するに直前に言われ、楽譜を持って出るしかなかったようなのです。だから大体の立ち位置も分かっていて、他のキャストたちとの絡みも最低限はこなせていたのでしょう。また、この「シチリア島」は、3回目の公演日だったのですが、過去2回アルミリアートの出来が酷く、ブーイングが鳴りやまなかったことも分かりました。そして、デッシーは、アルミリアートを下ろしたら私も出ないと言っていたそうです(有名な話ですが、デッシーとアルミリアートは実生活の夫婦)。

キムくん自体はある程度歌えたところと非常に怪しいところといろいろありましたが、決定的に落ちてしまったり止まってしまったりというところはありませんでしたし、結果的には大健闘だったと思います。終演後のカーテンコールではどうなることかと心配しましたが、天井桟敷の煩型のファンも含め、ブーイングはまったく出ず、他のキャストと同様、温かいBravoの声が掛っていました。しかし、やはり1人だけ楽譜を持って舞台に立つというのは異様な光景ですし、キム君の声はアッリーゴの声にはおよそ不釣り合いなレッジェーロな声ですので、観客がオペラに感情移入など出来るはずがありません。

もしかしたら私の知らない何か他の事情もあったのかもしれませんが、以上の出来事から次のことが分かってきました。

*イタリアの歌劇場の資金難は思ったよりも深刻であること。イタリア政府が大幅な予算のカットを発表したことによって、各歌劇場が一斉に初日をストライキしたりしていましたが、事態は思ったよりも遥かに深刻なのかもしれません。ジェノヴァのカルロ・フェリーチェはイタリアが誇る一流歌劇場の1つですが、年内の公演はすべてキャンセルで、劇場のスタッフたちは全員自宅待機になっているそうです。また、アンダースタディの他にカヴァーを用意していなかったことにも驚かされました。アンダースタディとカヴァーの違いについては、長くなるので明日にでもまた。
もともとこのプロダクションはシングルキャストしか組まれていなかったので、こうなることも予想できたはずです。また、劇場側としては、思い切ってこの公演を”演奏会形式”に変更したり、キャンセルしたりすることも選択肢にあったでしょうが、”演奏会形式”にしたら入場料のいくらかは払い戻さないとならないでしょうし、ましてやキャンセルしたら全額を払い戻さないとならなくなってしまいます。レッジョ劇場はは栄光の歴史を持つレッジョ劇場という名前よりも、この考えられないようなイレギュラーな事態を選んだわけです。

*「シチリア島の夕べの祈り」は、上演回数の少ない非常にレアな演目であるということ。また、テノールのアッリーゴは難役として有名ですが、歌えるテノールがほとんどいないということ。きっと劇場もギリギリまでテノールを探したことでしょうが、どうしても見つからなかったのでしょうから。たとえばこれが「トロヴァトーレ」であれば、マンリーコはいくらでも見つかったはずです。(ちゃんと歌えるテノーレ・スピントがいるかどうかは別にして)
ただ、もし私がキム君だったら、アンダースタディをもっと真剣にやり、暗譜をしていたと思うのですが。しかも、アルミリアートが過去2公演でダメだということが分かっていたわけですから、当然自分に役が廻ってくることも予想できたはずです。

*レッジョ劇場の天井桟敷のファンたちも寛容になったということ。たとえキム君に非はなくても、こんな選択をした劇場に対して誰もブーイングを飛ばさなかったことが不思議でなりません。「トロヴァトーレ」「アッティラ」でもブーイングはまったく聞かれませんでした。

すっかり長くなってしまいましたが、以上が顛末です。
どなたかその後(4公演目以降)の「シチリア島」のアッリーゴ役がどうなったかご存知の方がいらしゃったらぜひ教えて下さい。キム君が必死に暗譜する、というのが常識的な路線だと思いますが、どうなったのでしょうか?
by hikari-kozuki | 2010-11-08 13:57 | Opera | Comments(0)
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