京都日々のこと

友人のこと。

知り合ったのは26才くらいだから、
もう30年来の知人ということになる。
でも作詞の仕事はやめてからは
それほど密な関係ではなく
年賀状を交わす程度だった。

ミュージシャン仲間で
年賀状を今でも律儀にくれるのは、1人か2人。
(返事がこないのだ)
あの世界、私も他人のことは言えないが、
才能といっしょに、
社会的な常識も持ち合わせてる人、というのは
本当に少ない(苦笑)。

佐久間正英さんは、
本来は水と油の
常識と狂気(のような才能)が
乳化され、共存している人だ。
そこに私は憧れる。


10年くらい前に、
共通の友人(ドイツ人のレコーディング・エンジニア)のことで
連絡を取る必要に迫られたとき、
久しぶりに、事務所に電話を入れた。
もう私は音楽の仕事もしていないし、
一方、佐久間さんは、音楽プロデューサーとして大活躍中、
すげなく扱われるかも……なんて、一応(笑)、予防線も張ったのだが、
それはまったくの杞憂に終わった。
「久しぶりだね。元気〜? 京都にいるんだよね」
と、昔のまんま、やさしい佐久間さんだった。

そして4年くらい前、
うちの夫が音楽スタジオの設計をすることになり、
またまた佐久間さんにメール。
夫とともに、東京の佐久間さんのレコーディングスタジオを見学させていただいた。
20年ぶりくらいの再会だった。
休日ということで、
佐久間さんもご家族といっしょ。
再婚なさって、小さな女の子のパパになっていた。
とっても人懐っこい子で、
私の手をひいて、
近くの公園まで、連れて行ってくれた。


彼女は今年から小学1年生。
その入学式の前日、
佐久間さんは、
自身がスキルス性胃がんの末期であることを
告知される。


さすがに2週間くらいは
今後のことを思い、
落ち込みもしたそうだが、

今は闘病することなく、
それを受け入れながら、
いつもの、かけがえのない1日を
前向きに、積み重ねている。

音楽プロデュースの仕事も、
早川義夫さんとのライブも、
京都精華大学での仕事も、
入っていたスケジュールは
キャンセルすることなく、
まるであたりまえのように、
こなしている。


京都のライブは
私も行った。
はじめて補聴器をつけて、音楽を聴いた。
打ち上げにも参加した。
みんな(関係者のフォロワーズ)もエラい。
いつものように、
師匠、佐久間さんに気を使わせ、ゴチになり、あはは、
なごやかな夜だった。

先日はシカゴ大学で、ライブを行ったらしい。
医者はもちろん反対したそうだが。

■■
私が佐久間さんとはじめて会ったのは
ビクターの青山スタジオだ。
BOØWYのブロデュースをしていた頃だと思う。
次はどこだったか。
西麻布の一軒家に事務所を構えたときも
早々と遊びに行かせてもらった。

記憶をめくると
いろんな光景が浮んでくる。


1日でも長く、
しあわせの種を温めてほしい。
それを切に願わずにはいられない。

佐久間正英さんの公式サイトは★こちら 
■■
佐久間さんのブログはこちら
ぜひ読んでほしい。


■■追記■■
夫がイギリスに、
仕事の場を広げること、
それとなく、ここでも書いてきた。
京都にも拠点を残すので、
当初は、単身赴任に近い形態を考えていた。
けれど佐久間さんのライブを見て、
考えが変わった。
夫についていこう。
もちろん
仕事のことも含め、
クリアしなければならないことは
少なくないのだが、
その苦労の種(佐久間さんのコトパ)は、
必ず喜びの芽につながる。

私の種は発芽率が悪いので、
たくさん蒔かないと、
芽が出ない。よし。


少しだけ、昨日よりがんばろうと思う。


友人のこと。_b0199526_9583011.jpg

打ち上げのあとで。夜中の1時半くらい。
私、佐久間さん、辻さん(打ち上げを行ったつじやのオーナー)。
30年来の知人なのに
写真はこれが最初で、たぶん最後。
辻さんのi-Phoneで撮った、大切な一枚だ。
by keiko-aso | 2013-10-28 10:01 | 京都日々のこと

京都ロンドンから琵琶湖のほとりへ??セルフリノベーションの家


by keiko-aso
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