このバンドを結成した福岡の筑後。
バンド活動も盛んで町は若者であふれてた。
欲しいモノもほぼ 大牟田や久留米で買えたし
初めてのラバーソールも一番街で買ってドキドキしたとよ…。

久留米…
ここはメンバーが一番 揃いやすいんで
いつもこの街に集合してバンドの練習とか
プロへの夢を見てミーティングとかして。
80年の後半は久留米のリハスタジオに
東京のレコード会社の人達がスカウトに
わざわざ観に来てくれたり。
音楽活動も盛んで激戦区やったよ。
シナロケやARB、チェッカーズとか
筑後が産んだバンド、ミュージシャンも凄いもんね。
あ!もちろん熊ちゃんたちのTHE FIFTIESや
我々 infixもね~(笑)
これがファッションとかカフェとかで
賑わいを見せてた久留米の一番街の入り口。
今や不動産や金融業チェーンがそこに鎮座して
昔のファッショナブルで粋な面影はない。
どこの街にでもある同じシャッター商店街の入り口的なソレ。
どこの街の日本全国駅前から郊外へ。
あの議員さんじゃぁなかばってん
「ち~がうだ~ろ~!」って。
昔は、、って言うとジジイやけどさ(笑)
みんな学校帰りとかここを通り、ここで買い物したり
ライブやったり呑んで歌ったり、そんな場所。
たまに帰ってたけど…ドリームスFMさんとか。
数十年振りにゆっくり歩いてみて驚いた。
何も… 無い。夜、出歩くのも勇気がいる。
確かに福岡のベッドタウンでもあり
人口も決して減っているワケでもない。
でも人々のニーズも変わり、他の都市と同じく
郊外型の店舗に人々は持って行かれた。
こんな風景、想像もしなかった。
まさか、こんな日が来てこんな景色を
観るなんて。大牟田の駅前通りも。
新栄町のファッション街のカーブのところや
この久留米駅の駅ビル エマックスとか
「FASHION STREET」の舞台。
もっと色んな歌のモチーフにもなってるけど
そこに行けば誰か居て繋がっていられた。
久留米の街を上から見たら 今や空き地や
駐車場や、閑散として寂しくなった。
ただ単に少子高齢化のせいにしちゃいかん。
そういう郊外型一極集中に便利さを求め
シャッター商店街を作り出したのは
我々の世代なのだから。
便利さの反面、そこに行かなければ何も
手に入らない、車がなければ郊外だから
買い物にも行けない。
それぞれの街に色んな特色のお店があり、
その町にしかない独特の風景があった。
専門店も充実しとった頃が懐かしい…。
便利、合理性が生み出した不合理。
うちらの親の世代は買い物にも困窮してる。
それがやがて自分に回って来るワケです。
コレが「未来予想図」でいいんやろか?!
全国的に改革をしてゆかないと
みんなやがて自分が買い物難民になるのは目に見える。

いつまでも賑わいのある街であって欲しい。
福岡市内への一極集中ではイカンばい。
寝るだけの街じゃイカンって。
久しぶりの久留米滞在。
この懐かしい景色をしっかり目に焼き付けました。
同時にこの筑後にもう一度賑わいを、
人々の笑顔で溢れる「FASHION STREET」へ。
いつまでも「KEEP ON ROCK&ROLL」で…。
俺らミュージジャンにしか出来ない事もあるはず。
だからやりたいしやれる力が欲しい。
あの頃の曲も決して色褪せちゃいないけん!
じょうせい