一年で最大のイベントのひとつ、佐賀インターナショナルバルーンフェスタを終えて、とりあえず仕事の為に一旦東京へ~~ そして休む間もなく故郷は大牟田市の母校、ありあけ新世高校創立記念日の講演会&公演に出る為にまた福岡へ…。
元々の母校、愛してやまない世界に羽ばたく九州の堀越学園、我が大牟田南高校は統合の為に廃校となり、大牟田商業高校、大牟田農業高校の三高校を統合する形でこの 「ありあけ新世高校」 が誕生したのです。
帰るたびに先生に会いに行ったり元気を貰いに戻ったり、テレビや雑誌の取材で訪れたり撮影に使ったり…僕の人生の基盤になっているのが高校だったけん、廃校と聞いた時は片翼をもがれた鳥のような… もう飛べないかもしれないと思うくらいの喪失感を味わった。しかも、名誉ある事なだけど…最後の閉校コンサートも僕が担当させてもらった。光栄なことだけど、最後の幕を引いたような寂しさも残った。
母校が消える…その悲しみから救われたのがこの 「ありあけ新世高校」 への統合やった。商業や農業の先輩、後輩とも「良かったな!」と喜び合ったもんね。 ファンの方々からは 「廃墟となった母校に流れる歌とオカリナ…?」 とかネタも貰ったけど(笑) たしかに無くなった学校でライブ?って聞いたら違う意味でシュールなシーン想像するよねσ(^_^;
新世高校には全部の統合した学校の歴史的な物や資料が大切に保存されている「メモリアルルーム」があって、校旗や看板、アルバム、トロフィーなどなど貴重な資料館になってました。
もう!興奮してライブも忘れて懐かしい写真とかアルバムとか見入ってましたが、まだ1/5も見ないうちにタイムアウトで連れ出されました(汗)もちろん僕らのアルバムもあり、先輩や後輩のアルバムも・・・ムフフフ まだ見たかった!また帰らねばならん(>_<)
まぁ、講演だけでは場がもたいなし(滝汗)勿体ないいので演奏もさせてもらう事にしました。
音響はスピリッツの木原慶吾さんにお願いして、そしたら前日の仕込みやリハーサルに木原さんご自身がいらして、ビックリするわ、でも有り難いし恐縮するし(~_~;) サウンドも全部チェックして下さいました。
「木原さんですよね?」とか「ラジオ聴いてます」「天国社のCMで知ってます」とか、当たり前やけど僕より全然有名でした(笑) 写真のステージで僕の横でチェックして下さってるのが木原さんです。
実際にこういった現場を見て知る事も大きな経験で財産になったかと思います。
下手な知識より実際の現場。僕もそうやって見て盗んで覚えて自分の経験値にして来ました。
かくして11月8日、この新しい母校、ありあけ新世高校の創立記念行事に【講師】としてお招き頂き、講演をさせて頂く事にあいなったワケですが…
しかし!人様に話せる様な立派な話題もなく、この通りの生き様で何を語るか…?「講演会」などとんでもない!もう~どんなビッグイベントより責任を感じてスーパーウルトラ緊張モードに入って行った。
これまで学園祭や学校関連の行事はトークも入れたら多分100本以上やらせてもらってるけど、自分が自分の母校で何を講演するか…クラッときた(滝汗)
なにせ生徒指導室に居た時間が長いし、先生のげんこつ、ビンタなんて2日に一度?くらいくらってた素晴らしい生徒だったので…(汗)
偉そうな事を言ってもPTA役員の方々も先生方もほとんど「素」の長友仍世を知ってるワケだから格好のつけようも、洒落たことのひとつも言えない。学校行事やからinfixファンの方々に来て盛り上げてもらうワケにも行かない…内心 あわわわわぁぁぁぁ~~よ。
僕が語れる事は幼稚園の年長組みの時に「歌手になるばい!」って思って、歌を勉強してラジオもやりたくて小学校で放送部に入って…自分のやりたい事、夢見た事を紆余曲折の中でも友達、先生、町の理解者の方々の助けを頂きながら40年以上続けて来たこと。挫折しそうになったり、歌手を目指すアホ扱いされた時も先生方や友達は助けて守って励ましてくれた。本当の仲間が居たけんここまでやって来られたら、我が力にあらず…です。
貧乏人は貧乏なりにテレビ局のお金で東京に行ったり偉い先生のレッスンを受けたり、、自分なりに失敗しながら必死こいて人生をプロデュースして来た。
ありあけ新世高校の校訓は 「新世生よ、人生のプロデューサーたれ!」 です。最近の子供たちは、なるべく責任を回避して大勢多数の中に居たい、出る杭になって叩かれたくない… 横一列の教育を受け、同じ様な服を着て同じ様な顔をして、個性をアピールしているハズなのに誰もが同じに見えてしまう。
僕ら親世代に大きな責任があるし、モンスターペアレンツと呼ばれているのも我々親世代。
そんな事を踏まえて内省しつつ、講師とかいう立場じゃなく学校のいち先輩として(ちょっと歳は離れとるけど数年前までは学生服を着てたつもりやけん<苦笑)ありのままを話して大牟田で作った曲を歌い演奏してこれからの時代を担う後輩たちと交わって来ました。先生たちも自分の時間を削り仕事以外の事も背負いこんで生徒と関わる熱血な方々ばかりで親心に感動した…まだこんな先生が居たんだ?って嬉しくなった。
今の子たちはマニュアルがあれば動く、言われればやる。言われなければやらない、余計な事はしない…。ネットとかで知識だけはやたらもっていて自分に過剰な自信を持っている子も少なくない。
しかし即戦力として社会に出て通用する知識や人材か?と問われたら大いに疑問が残るのです。
就職活動に四苦八苦して、やがて世の中の歯車として使われる大 人を見て希望を失くすのはよく理解できる。歯車ならまだ一応は「物」だけど、今の雇用形態ではただの「燃料」にしか過ぎず、会社や社会の燃料になって燃えたら消えて跡形も残らないという現実を突き付けられたら夢や希望だー!なんて軽々しく思えない社会の現状がある。ミュージシャンだって使い捨ての憂き目に遭う事なんて半ば当たり前だから余計にね。
母校では、気持ちいいほど挨拶が徹底していてみんな個性的な子が多くて、女子は可愛い、男子もイケメン多くて自由な校風と相まって素敵なキャンパスやった「入学したいな!」と思ったくらい(笑)。部活も活発で活躍しとるし、、だから余計に自信持って学校や社会を支える様な存在の人になって欲しい!と思いました。
新世高校は100以上の選択科目があって、自分の好きなものが選べてカリキュラムが組めるいわゆる「総合学科」です。
だから同じような目的・目標を持った友達が集まるからリアルな仲間が出来て、夢や希望もあるいは悩みも共有できる。そしていち早く自分の目標を見つけ出して実戦に近い環境で勉強が出来る。あぁ、いい学校やなぁ~ってしみじみ想った。
部活も気合が入ってて、ジョイントしてくれた軽音楽部も、、まあまあか?と思いきやかなり上手かった。自分が高校生の時とは比べ物にならない。プロの大先輩の木原さんも「上手い!!」と誉めて下さいました。
スポーツ系も頑張ってて公立でありながら大きな大会にまで出場しているし、全国のグルメイベントに出るくらいの「てっぱん部」なども活躍しています。
ぜひ、企業などとコラボして、実際に町おこしになる商品開発とか、外に向けたイベント企画やボランティアもどんどんやって欲しい!と思います。
先生やPTAの方々も科目も多いしこの時代を反映して本当に忙しく、自分の時間も身も削って子供たちのために一生懸命で、いろんな場面で僕が学ばせて貰いました。
決して勉強日本一になる必要はない
それよりも… あいさつ日本一!とか笑顔日本一!とかボランティア日本一!とか…人間的な事であの学校は日本のトップや!!と言われる様な校風を作り上げて行って欲しいと切に願います。
講演会のラストは軽音楽部の後輩たちや歌が得意な先生と後輩たち全員で『学園天国』を大合唱して熱気と感動の中で終了しました。みんな可愛かった。また全校生徒とコラボしたい。母校はとても素敵な学校に成長していました…。
翌日は東京でイベント出演が決まっていたので、懇親会や交流会をやる時間もなく、バタバタで思いっきり後ろ髪を引かれながら最終の飛行機に乗るために、やむなく早々に母校を後にしてフライトしました。
学生時代と同じ清々しさとみんなの顔と歌声を福岡の夜景に重ねながらまたの再会を祈り飛び立ちました…
あの子たちの笑顔は今でも忘れられません、こうして東京で仕事をする力となっています…ありがとう、後輩たち、ありがとう母校のみなさん…。
infix 長友じょうせい (番外編?パート②もまたアップ予定です)
※学校サンドの意向や影響を鑑みて顔が識別できる写真掲載を控えます。
集合写真などは学校の資料からもらって下さい<(_ _)>