大牟田のおっちゃん一号と仕事や佐賀バルーンライブの打ち合わせでテレビ電話?しながら誕生日を迎えた…
晴れの予報が雨だし…(T_T) 寂しい涙雨かいな (笑)?!
10年前の今日、10年後のこの46歳という自分の今日を想像する事さえ僕は出来なかった。その年齢になっている自分さえも…2001年の写真に映る僕は笑顔で未来を見ていました。
…きっと自分の道はまだこのまま続く、続かなければ自分でレールを敷いて道を作って行くんだ!
…多分、そんな気概に満ち溢れていた頃だった様に想います。。。
地方の空洞化、シャッター商店街、インターネットの発達、一億総発信者の時代、音楽や映像・情報の無料ダウンロード化、異常なデフレ現象、多様化する人々のニーズ、そして未曽有の震災や原発の脅威…
どれもこれも予想すら出来なかった。そんな気の利いた頭も持ち合わせていなかった僕。
砂上の楼閣、現実より幻想を見ていた若かった頃。傷付き傷付ける日々の中でいったい何を得て何を失くしたのか。今となっては恥ずかしいくらい無知で無茶だった人生の道程でした。
そして震災。仕事だけではなく、大切な人々も築いて来たつもりだった人間関係も沢山の物を一気に失いました。
生きているというより全て生かされて助けられ支えられて、ただ僕は今ここに居る。自分の力や運などではなく、すべて周りの人々の救いの中で僕はここに居るのです。計らいの中で生かされている命。今、最も深く胸に刻んでいる事です。
僕に残されたのinfixという宝物。infixを通じて得た人々であり音楽であり曲であり。
格好良かろうが悪がろうが、見てくれが良かろうが悪がろうが、もはやそんな体裁などどうでもいい。ありのままの自分を見詰めてそして感じています。
ただひとつだけ、歌って来た歌、作って来た曲、その中に込めた想いやサウンドには一点の曇りもありません。唯一、貫き通して来れた事でしょうか。
まだ青く若かった頃のinfixのライブ映像を久しぶりに見たり歌詞を読んだりしました。結構、ツアーや学園祭など一般には公開していない映像がたくさんあるのです…。
発展途上だけど一生懸命でがむしゃらな自分がそこにはいました。必死で音楽に向かい合う自分の姿。不器用すぎて生き方が下手くそで、、今の僕がそこに居たら手を貸してやりたいくらい夢中で無謀なまでの自分が…。でも、明日の事も省みず声や体が壊れようがお構い無しに加減なく歌っている姿だけは今見ても好きな姿勢でもあります。
一寸先は闇。これから先、きっと1ヶ月先の事も読めないと想います。益々、時代は暮らしの様式も経済状態も政治も見えなくなるのかなと。
誕生日にあたり皆さんから沢山のメッセージなど戴いて本当に嬉しく想っています。
その中のひとつに、「また一つ老けたなんて言わず、増えて行く年齢は魅力が増すと考えて!!」って温かいメッセージが有りましたが、不安な日々が続く中、背伸びも見栄もなく、身の丈に合った生き方をしたいと想います。あくまでも生かされた命ですから、ひとつ一つの事を堅実に、和をもって貴しとなす、和顔愛語といった気持ちで。自分が一番最初に夢見た事に立ち返ってそこに一歩でも近付きたいと想っています。
また何かを描いて行ければいいな…僕ららしい物を創り出して行ければ良いな、と。
みんなから貰った貴重な時間や機会を大切につないで紡いで行きたいと想います。支えてくれてありがとう、一緒に歩んでくれて本当にありがとう。
感謝、同心。皆さんに幸多かれ。
2011.10.7 birthday
infix 長友仍世
infixメンバーの顔を見て、いつもの様な話しをして、ライブの選曲やステージングの構想など話しをして…いかにそれが幸せな事であるかをじっくりと噛み締めました。。。11月6日、佐賀で逢いましょう!!!