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松屋銀座 でオメガフェアを開催中!

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オメガ シーマスターアクアテラ 
オリンピックコレクション “ロンドン2012”

キャリバー3313コーアクシャル
自動巻きクロノグラフ機能
150M防水、日付表示(4時位置)
SSケース(44mm)SSブレスレット
裏蓋にOLIMPIC LONDON2012の刻印
品番:522.10.44.50.03.001
価格:693,000円(税込)


オメガでは、ロンドンオリンピックの公式計時担当を記念したモデル「シーマスターアクアテラ オリンピックコレクション“ロンドン2012”」などの新作モデルを取り揃えた「オメガフェア」を7月31日(火)まで、松屋銀座 4階宝飾・時計サロン オメガコーナーにて開催中です。
フェア期間中、ご成約をいただいた方にはもれなく、オメガのオリジナル記念品がプレゼントされます。
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より速く。より高く。より強く。世界中のアスリートの勇気ある挑戦の記録を次世代へと繋いでいくこと。それがオリンピックパートナーとしてのオメガの使命です。オメガは今年25回目のオリンピック公式計時を担当します。そして、ロンドンオリンピックの公式計時の証として、「シーマスターアクアテラ オリンピックコレクション“ロンドン2012”」を発売。

・オメガフェア概要
・フェア名:オメガフェア
・開催日 :2012年7月4日(水)~ 31日(火)
・開催場所:松屋銀座
4階宝飾・時計サロンオメガコーナー
     中央区銀座3丁目6ー1
・営業時間:10:00 - 20:00
・お問合せ:03-3567-1211(松屋銀座大代表)
by ism-watch | 2012-07-05 13:50 | OMEGA

ウルクハート社長:五輪計時、オメガの歴史、展望について熱く語る

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オリンピックのオフィシャルタイムキーピングにおいて80年の歴史を有し、今回のロンドン五輪で25回目の公式計時を担当するスイスの時計メーカー、オメガ。今回は先のロンドン五輪現地取材の際に行ったオメガ社長、ステファン・ウルクハート氏のインタビューをお送りします。ロンドン五輪、公式計時の歴史、オメガの展望と多角的に熱く述べてくれました。
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Q:2012年のオリンピックモデルにも反映されている、オメガらしさについて教えていただけますか?
A(オメガ社長;ウルクハート氏 以下同):モデル自体がオメガらしさですが、じつはあまり沢山のオリンピック限定モデルをつくりたくありません。混乱しますから。そもそも限定モデルですから、十分な数は生産していませんが。
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ちなみにきょう、私が着けているのは特別な時計です。1948年に作られた最初のシーマスターモデルの復刻版です(既に完売しています)。

1948年といえば、前回のロンドンオリンピックの年でもあります。ですから、1948年生まれのシーマスターモデルを元(同じケース、デザインなど)に、今回のこのロンドンオリンピックのモデルとして作りました、そしてケースバックにロゴをつけました。ロンドンの特別モデルとしての。

ちなみに、北京五輪の限定時計のモデルは、1952年のヘルシンキモデルを元にされたものです。

きょう着けている、このモデルはとてもシンプルです。そしてとても美しい。「1948年にデザインされたものです」と言ってもだれも信じてくれませんよ。とても新しいデザインの時計に見えませんか?
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Q:タイムキーパーとしての技術は、一般のオメガ時計にどのように影響を及ぼしていますか?
A:その両者は全然違うモノです。異なるテクノロジーです。
1932年、展覧会でご覧になると思いますが、我々がタイムキーピングのために作った、ストップウォッチ。これはお店で買える時計と同じテクノロジーです。
1948年の戦後からは、テクノロジーが変わりました。それはエレクトロニック・エラ(電子時代)の幕開けでもありました。
次々に新しいテクノロジーが導入されたのです。
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ですから、一番最初のタイムキーピングでは一般のオメガウォッチと関係がありましたが、現在では、両者はまったく違うものです。
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Q:両者はお互いに影響を及ぼし合ってきたと思っていましたが。
A:全然違うものです。現在のお客様は、職人の技や美しいデザインに関心があるんですよ。そして長年使えるかどうかに。
例えば、店頭に並ぶ時計を100m走の計測に使う事はできません。ちがうテクノロジーです。技術が進んでいるかそうでないかの問題ではなく、“違う”ということです。

40年前クオーツ革命がおこった時、だれもが、すべての消費者はクオーツの正確さを求めるだろうと思いましたが、それは間違いでした。そうではなくて、消費者が求めるのは、美であり、歴史であり、感情であり、伝統なのです。

両者は全く違うテクノロジーとはいっても、共通点もあります。それは、両者ともに美しい職人の仕事の跡が見られる点です。
オメガとしての自信と誇りは両者に息づいています。哲学と情熱は共通しています。

Q:80年間、オフィシャルタイムキーパーを務められてのメリットと、もしもあればデメリットを教えてください。
A:良い事は、2年ごとに、私と私のチームは違う国に旅行できるということですね(笑)。どんなブランドでもオリンピックとの契約は喉から手が出るほど欲しいでしょう。そういう意味で、素晴らしい機会です。
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IOCとは素晴らしい関係を築いています。われわれはスポンサーではありません。私たちは、私たちののサービスをIOCに売っているんです。莫大な金額で買ってもらっています。そのお返しとして、われわれは、時計を作るために、マーケティング権利を彼らから買って、世界的なマーケティングを行っています。ウィン・ウィンの関係というわけです。
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もちろん、この関係維持には多額の維持金がかかります。常に先行投資をしていくわけです。この素晴らしい関係のために、オメガのロゴが優先的にオリンピックのTVスポットなどに現れるわけです。これは他のブランドがいくらお金を積んでもできないことです。素晴らしい宣伝になりますよ。

Q:2年ごとのプロジェクトとしてはかなり責任重大です。実行の秘訣は?
A:わたしが実行するわけではありません。それは冗談で、タイムキーピングだけを担当している専属のチームがいるんです。

オリンピックが最大で最も権威がありますが、他のスポーツ競技のタイムキーピングも行っていますから。
オリンピックが一番、宣伝効果が高いともいえます。確かに責任重大ですが、自信を持って業務を遂行しています。
スタッフの人選には気を配っていますし、常にサービスそのものを向上しようと努力しています。

もし仮に問題が起きたとしても、それをカバーできるだけの十分なバックアッププランはいつも用意していますよ。

Q:2012のロンドン五輪で、オメガの実質的な利益は何だと思いますか?
A:ビジネスとしては以前とかわりません、トリノ、バンクーバー、北京の時と一緒です。ただ、ロンドンのマーク、UKの国としてのブランドはとても強いのでマーケティングに役立つことでしょう。

オリンピックの特徴は、それは2年ごとに違う国で開かれるということで、その開催地ごとにメッセージが違うんですよ。タイムキーピングの仕事は同じですよ、でもメッセージが違います。今回は大きなTVキャンペーンがあるから素晴らしい! ※ローリングストーンズの「スタート・ミー・アップ」をフューチャーしたTVCM。

Q:ロンドンのイメージは?
A:イメージ? 寒いです。
※2012年5月初旬のロンドン五輪スタジアムにて。

Q:オリンピックスタジアムは?
A:これまでにもう何回も来ました。何にも建っていない時から来ているんです。素晴らしいスタジアムですね。競技はここだけでなく、ウィンブルドンなど、ロンドンの各地で開催されますよね。素晴らしい会場が沢山ある、ロンドンは特別な場所です。

Q:ウルクハート社長は何かスポーツをされますか?
A:少しゴルフを。そしてスキーも。2016年のリオ・オリンピックでゴルフはプレイされますよ。日本の石川さん(遼)も出るのでは?(笑)

Q:オリンピックで何の競技を見るのを楽しみにしていますか?
A:100Mは見に行きます。そして水泳です、マイケル・フェルプスはオメガのアンバサダーですから。(期待感を込めて)北京の時ほど活躍できるかな? わかりませんが。あと、セイリング(ヨット)です。時間があれば見に行きたいです。

Q:将来、商品開発の上で、どのような分野に関心を持っていますか?宇宙旅行用の時計とか。
A:一番大切なことは、ブランド名“オメガ”です。1894年、会社は違う名前でしたが、その当時に(オメガ)をブランドの名前にしたのです。トレードマークは1904年に導入されました。

オメガは歴史上、常に、時計の内部に情熱を傾けてきました、その結果が卓越した性能に現れているのです。
オメガの時計の内部(動き)が大切です。デザインも大切ですが、内部(動き)はほかでは真似はできませんから。クオーツの導入など、色々な事がありましたが、今の段階で言えることは、我々が一番大切にしているのは、“オメガ”というブランドの価値です。

今年も盛りだくさんですよ。オリンピックのほかにジェームズボンド(映画)の公開、ブルーオーシャン(映画の公開)、そして、ORBISとのコラボレーション、ORBISの視察で、2週間前はベトナムに居ました。ORBISは子ども達の目の手術をする素晴らしい団体です。これらすべてがオメガのコアメッセージです。

Q:今回のオリンピックのアスリートがアンバサダーになる予定はありますか?
A:いえ、特にありません。TVコマーシャルで少しアスリートを起用するくらいです。

Q:五輪開催前までに、新しい時計の発表はありますか?
A:いいえ、五輪関係のものはありません。今年は沢山の新作モデルが出ています。五輪関係のニューモデルを量産したくはなにのです。1年前にロンドン五輪モデルを出しました。それでいいのです。
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Q:時計の収集はされますか?
A:それほどしません。時計と関わり過ぎていますから(笑)。確かに好みはありますが、お気に入りを選ぶのは難しいです。ヴィンテージは好きですね。
by ism-watch | 2012-06-13 16:59 | OMEGA

ロンドン五輪公式計時最高責任者フルツラー氏にインタビュー

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ロンドン五輪開幕も迫り、出場アスリートにまつわる情報などが連日のように報道されています。

そこで今回は、先のロンドン五輪取材でインタビューに答えてくれたロンドン五輪公式計時の責任者であるOMEGAオリンピックマネージャーのフルツラー氏の見解をお送りします。

Q:今回初めて導入するシステムは?
A(フルツラー氏 以下同):オリンピックに導入する全てのシステムは、事前に最低1年間はテストする必要があります。こちらの陸上用のスターティングシステムでは、オリンピックに初めて導入するモデルです。去年発表されて、使用されてきています。

Q:トライアル期間ですね。
A:はい。

Q:その間、何か不具合は? それとも計算通り?
A:すべてが計算通りでした。ほんの少し調整が必要でしたが、実質的にはほとんどパーフェクトといってよいでしょう。

Q:素晴らしいですね。
A:まあ、正直申し上げると、今回の全てのシステムの完成に7年間を費やしているんですよ。すべての電気系、機械、ソフトウェアなどを変える必要があったためです。まったく新しいシステムを作る必要がありましてね。五輪の公式計時システムの構築には、これくらい(約7年間)時間がかかることもあるんです。

Q:五輪計時のエキスパートである天下のオメガさんでも?
A:そうですね。
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Q:現在直面している問題点について教えてください。
A:色々な問題があります、小さいもの、大きいもの。小さいと思って取り組むと、ミスすることになるんですよ。だから、どんな問題でも平等に時間をかけて真剣に検証する必要があります。
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Q:あなたの長いキャリアの中で思い出深い出来事はありますか?
A:たくさんありますよ、オリンピックに関して。でも、いままで誰にも話したことがないのは、100Mバタフライの事です。まず200Mバタフライがあります。  

その時の1位はドイツのミヒャエル・グロス、2位はアメリカのマット・ビオンディでした。彼らは100Mの決勝にも出てきました。みな、彼らのどちらかが勝つと思っていました。テレビも、ほぼ彼らのレーンにフォーカスして放送されていました。しかし、時計が止まった時、競技に勝ったのは1レーンの人だったのです。0.01秒差での優勝でした。しかし、これはあまり話題にならなかったので、私は正直驚きました。

この、0.01秒差での勝敗は、北京五輪でも起こりました。この時は、間違いじゃないかという非難の声が沢山あがりましたが、我々はその結果が正しい事を証明してみせたのです。

でも、´88年の時は、全然に話題にならなかったのですよ。

Q:マイケル・フェルプスの事ですか?
A:はい、北京五輪ではそうです。ですが、その前の、88年の五輪の0.01秒の勝敗があったことを知っている人は少ないでしょう。

北京のその結果に対して非難が激しかったのは、ニューヨークタイムズ(新聞)です。一面で大きな記事を書きたてました。アメリカの選手が勝つべきだったという内容ですね。しかし1日たって、水中での写真が公開され、計測が正しかったことが証明されました。
たぶん1mmほどの差でしょう。我々にとっては素晴らしい出来事でしたよ、タイムキーピングという仕事が日の目を見た瞬間です。この出来事を機に、オメガが公式のタイムキーパーであることの意味が証明されたのですから。
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Q:オメガのタイムキーピングプロジェクトにおける、分岐点となるような出来事・技術はありましたか?
A:オリンピックは、回を重ねるごとに大きなイベントに成長し、複雑になってきています。最初にタイムキーピングを手掛けたのは1932年のオリンピックです。
その当時、一人の職人が、32個の時計を作りました。そして、4年後の1936年のベルリンではすでに157個の時計に数が増えました、一人の職人です。今日では、430人のスタッフが、380トンの資料を元に仕事をしています。いかにこの分野が成長を遂げてきたかわかるでしょう。

Q:いつを境に大きな変化がありまたか? 10年前でしょうか、20年前でしょうか?
A: 北京の時のスタッフは420人、アテネは300人以上でした。
現在はタイムキーピングだけをしてるわけではありません。陸上競技では、われわれのスタッフの仕事の様子が競技場でご覧いただけるでしょう(陸上競技用スターティング・ブロックや、プール用タッチパッドなど、タイムキーピング以外でもオメガが計測を手掛けるシステムがそこかしこに見られる)

Q:誰もが注目する100M走の時、あなたはどこで観戦しますか?
A:わかりません。タイムキーピングルームにも居ませんよ。北京の時もいませんでした。新聞などで結果はわかりますから。100m走にはあまり興味がありません、他の競技を見てたんですかね、たぶん。
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Q:あなたにとって、時間と時計とは何ですか? どのようにしてご自身の時計を選ばれるのか。
A:私にとって時計は、時間を測るものではありません。時計は私にとっては宝石(アクセサリー)です。新しいモデル、美しい時計をしていることを誇りに感じます。特に男性にとってはですね。なぜなら(女性と違って)他のアクセサリーはあまりできませんから。
時間測定については、それはよく受ける質問なんです。(相対性理論を出すまでもなく)楽しい時間は早く過ぎていきますが、例えば歯医者の椅子に座っている時、時間の流れは遅いです。時間を止めることは不可能です。

Q:なぜこの仕事に就こうと思われたんですか?
A:随分前の話です。69年に時間測定システムが主な仕事の、工学研究部門に入りました。当時16人のスタッフがいました。そして、現在のスタッフの数は165人です。それはスイスの部門で、ドイツにも同じくらいの数(160人)のスタッフがいます。すべてタイムキーピングのスタッフです。全てのデベロッパー(スタッフ)は、タイムキーピングについて学ばないといけないのです。

Q:タイムキーパーでいらっしゃるご自身は待ち合わせを厳守される方ですか?
A:はい。
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Q:、ロンドン五輪でいくつの世界記録がでると予想されますか?
A:難しい質問です。1つの世界記録、10個の世界記録、素晴らしいものです、しかし、最後に私が行ったローマの水泳の世界選手権では、毎日、3~5個の世界記録が連発しました。それはあまりよくありません。なぜなら新しい世界記録の影で、過去の世界記録保持者は栄光を失うからです。そして、最近の新しいスイム・スーツの導入のせいで、新しい世界記録の望みは難しくなりました。ですから、あまり期待できないでしょう。陸上に関しては、長距離は牽引者がいないので、期待できません。
by ism-watch | 2012-06-13 15:43 | OMEGA

潮田玲子選手、入江陵介選手,駐日イギリス大使、ディビッド・ウォレン閣下らも出席

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2012年オリンピック・ロンドン大会にて、オメガは公式計時を担当することをこのほど、東京・銀座のニコラス・G・ハイエックセンターにて発表。この模様を取材してきました。
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この発表とともに、ロンドン大会での日本代表選手団の活躍を祈り、日本代表内定選手壮行会を開催しました。

この会には、公益財団法人 日本オリンピック委員会 ロンドンオリンピック日本代表選手団団長 上村春樹氏、およびロンドン大会出場内定日本代表選手の入江陵介選手(水泳/競泳)、池田信太郎選手(バドミントン)、潮田玲子選手(バドミントン)、三宅宏実選手(ウェイトリフティング)が出席し、選手には、スウォッチ グループ ジャパン 株式会社 代表取締役兼オメガ事業本部長のクリストフ・サビオ氏より、オリンピック・タイムレスコレクションが贈呈されました。

入江選手が「ゴールタッチしたときに、自分の名前の横にできるだけ小さな数字が表示されているようにがんばります」とコメントした他、各選手がそれぞれロンドン大会への豊富を語りました。
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この会見には、約80名のメディア(TV、新聞、WEB、雑誌、ラジオ)が来場。テレビで見た方も多いのではないでしょうか。

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写真左からロンドンオリンピック日本代表選手団団長 上村春樹氏、
池田信太郎選手、潮田玲子選手、入江陵介選手、三宅宏実選手、
スウォッチ グループ ジャパン株式会社代表取締役社長クリストフ・サビオ氏


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入江選手は、会場と同ビル内の、オメガブティック銀座を訪問し、ポスター、ウォッチボックスにサインをしました。
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また、夜からは、イギリスをテーマにしたレセプションが行われ、駐日イギリス大使、ディビッド・ウォレン閣下も訪れて挨拶。モデルの倉本康子さん、フランソワ・モレシャンさんら著名人も駆けつけました。



【オメガとオリンピック】
オメガがオリンピックの計時を担当するのは、このロンドン大会で25回目となります。さらにこの先の、2014年ソチ大会 、2016年ブラジル大会、2018年ピョンチャン大会、そして2020年までのオリンピック公式計時も、すべてオメガで決定しています。
オメガとオリンピックの関わりは、1932年のロサンゼルス大会で全ての競技の計時を担当したことにさかのぼります。ひとつの時計ブランドに公式計時が任されたのもこの大会が初めてのことでした。以来、オメガは栄誉あるオリンピック公式計時に最も多く認定されている時計ブランドです。



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レセプション会場にて
(左)フランソワーズ・モレシャンさん
(右)スウォッチ グループ ジャパン(株)代表取締役社長クリストフ・サビオ氏

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入江陵介選手 オメガブティック銀座にて

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選手贈呈モデル
オメガ オリンピック・タイムレス コレクション


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モデルの倉本 康子さん
レセプション会場にて


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(左)駐日英国大使ディビッド・ウォレン氏
(右)スウォッチ グループ ジャパン(株)代表取締役社長クリストフ・サビオ氏

(C)Hiroshi ENDO
by ism-watch | 2012-06-06 22:34 | OMEGA

オメガがストーンズのサウンドトラックを使用したTVスポット公開<詳報>

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2012年ロンドンオリンピックで公式タイムキーパーを務めるオメガは、ブランドが誇る豊かなオリンピックの歴史と、オリンピック・ムーブメントの中心となる素晴らしい瞬間を称える、世界的な広告キャンペーンを発表。
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15秒版、30秒版、60秒版で制作されたテレビコマーシャルに登場するのは、中国人飛込み選手である邱波、米国人競泳選手ナタリー・コーグリン、英国人七種競技選手ジェシカ・エニス、米国人短距離選手タイソン・ゲイ、南アフリカ人競泳選手チャド・ル・クロス、米国人棒高跳び選手ジェン・サーというオメガのブランドアンバサダーを務めるオリンピック候補選手陣です。それぞれの選手の日頃の様子と全体的なパフォーマンスを方向付ける競技前の重要な一分一分、一秒一秒に集中する彼らの姿に着目したコマーシャルとなっています。
オメガがストーンズのサウンドトラックを使用したTVスポット公開<詳報>_f0039351_19335491.jpg

サウンドトラックを担当するのは、オリンピック年の今年50周年を迎えるロンドンの最も代表的な音楽グループ、ローリング・ストーンズです。脈打つような出だしのギターリフを聞けばすぐにそれと分かる1981年のヒット曲「Start Me Up」を有名プロデューサーのドン・ウォズがリミックス。世界のトップアスリートたちにふさわしい風景を描き出します。
オメガがストーンズのサウンドトラックを使用したTVスポット公開<詳報>_f0039351_1934672.jpg

「スポットの撮影は、スケジュールもロケ地も非常に大掛かりでした。しかし、結果としてパワフルかつエモーショナルなものになり、仕上がりにはとても満足しています」。オメガの社長であるステファン・ウルクハートはこのように述べ、さらに「ローリング・ストーンズはロンドンで最も権威あるバンドです。私たちは、30年にわたって世界中で愛されてきた名曲に新たな命を吹き込んだこのリミックスに興奮しています」と続けました。
オメガがストーンズのサウンドトラックを使用したTVスポット公開<詳報>_f0039351_19342449.jpg

撮影は、エニスとサーがNFLマイアミ・ドルフィンズの本拠地である座席数75,000のサンライフスタジアム、マイアミローイングクラブの地元ボート選手とアーチェリーのオリンピック候補選手はキービスケーンのマイアミマリンスタジアム、邱波はフォートローダーデール水中競技場の10メートルの飛込み台、タイソン・ゲイは練習のパートナーを務めているオーランドのピュアアスレチックスの選手たちとともにマイアミのカーティスパーク、コーグリンとル・クロスはランソム・エバーグレーズ・スクールの新しい水中競技場というように、南フロリダの5つの場所で行われました。
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「本当に楽しい1日でした」。コーグリンはランソム・エバーグレーズ・スクールでの撮影をこう振り返るとともに、「水泳では計時によって全てが決まります。オメガファミリーの一員になれたことを非常に誇らしく思っています」と述べています。
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「今回の『広告』に参加できたこと、そしてオメガのアンバサダーに指名されたことは大変な名誉であり、他の素晴らしい選手たちと並んで今回のキャンペーンに起用されたことをとても光栄に思っています」。エニスはこう述べています。
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「チームメイトのみんなと素晴らしい時間を過ごすことができました。笑いと冗談にあふれた楽しい時間でした。彼らと同じ経験を分かち合えて本当に良かったです」。ゲイはマイアミでの撮影をこう振り返っています。

ル・クロスは撮影での経験について、「アメリカを訪れたのは初めてでしたが、帰国したくないと思いました。本当に美しい場所でしたし、学校も施設もそれは素晴らしいものでした。撮影現場に立つのは全く初めてでしたが、慣れるだろうと思います」と語っています。

サーは、マイアミでの撮影を「オメガのスタッフは、全く落ち着かない雰囲気の中で私がリラックスできるよう、世話を焼き、支えとなってくれました」と振り返り、「現場の人数から撮影の準備まで、今回の撮影には途方もない労力がつぎ込まれています」と述べています。

2012年ロンドンオリンピックは、オメガにとって特別な意味を持っています。オメガが公式タイムキーパーを務めるのは25度目、オメガが1932年ロサンゼルスオリンピックで初めてオリンピックの公式計時を担当してから80年目という節目の大会であるためです。また、1948年に開催された前回のロンドンオリンピックでは、オメガは近代的なスポーツ計時の誕生に貢献しました。

なおOMEGAのTVCFは下記オフィシャルWEBSITEにてご覧いただけます。
www.omegawatches.com (英語)
www.omegawatches.jp (日本語)
by ism-watch | 2012-06-06 19:31

オメガ/ローリング・ストーンズのサウンドトラックを使用したTVスポット



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スタート・ミー・アップ! オメガがローリング・ストーンズのサウンドトラックを使用したTVスポット広告を発表。
オメガは、ロンドン大会に向け、ブランドが誇る豊かなオリンピック経験とオリンピック・ムーブメントの中心となる、素晴らしい瞬間を称える世界的な広告キャンペーンを展開します。

30秒版と60秒版で制作されたテレビコマーシャルに登場するのは、中国人飛込み選手である邱波、米国人競泳選手ナタリー・コーグリン、英国人七種競技選手ジェシカ・エニス、米国人短距離選手タイソン・ゲイ(上の写真)、南アフリカ人競泳選手チャド・ル・クロス、米国人棒高跳び選手ジェン・サーというオメガのブランドアンバサダーを務めるオリンピック候補選手陣です。それぞれの選手の日頃の様子と全体的なパフォーマンスを方向付ける競技前の重要な一分一分、一秒一秒に集中する彼らの姿に着目したコマーシャルとなっています。

サウンドトラックを担当するのは、オリンピック年の今年50周年を迎えるロンドンの最も代表的な音楽グループ、ローリング・ストーンズです。脈打つような出だしのギターリフを聞けばすぐにそれと分かる1982年のヒット曲「Start Me Up」を有名プロデューサーのドン・ウォズがリミックス。世界のトップアスリートたちにふさわしい風景を描き出します。

「スポットの撮影は、スケジュールもロケ地も非常に大掛かりでした。しかし、結果としてパワフルかつエモーショナルなものになり、仕上がりにはとても満足しています」。オメガの社長であるステファン・ウルクハートはこのように述べ、さらに「ローリング・ストーンズはロンドンで最も権威あるバンドです。私たちは、30年にわたって世界中で愛されてきた名曲に新たな命を吹き込んだこのリミックスに興奮しています」と続けました。

撮影は、エニスとサーがNFLマイアミ・ドルフィンズの本拠地である座席数75,000のサンライフスタジアム、マイアミローイングクラブの地元ボート選手とアーチェリーのオリンピック候補選手はキービスケーンのマイアミマリンスタジアム、邱波はフォートローダーデール水中競技場の10メートルの飛込み台、タイソン・ゲイは練習のパートナーを務めているオーランドのピュアアスレチックスの選手たちとともにマイアミのカーティスパーク(Curtis Park)、コーグリンとル・クロスはランソム・エバーグレーズ・スクール(Ransom Everglades School)の新しい水中競技場というように、2012年1月下旬に南フロリダで5日間にわたり5つの場所で行われました。

「本当に楽しい1日でした」。コーグリンはランソム・エバーグレーズ・スクールでの撮影をこう振り返るとともに、「水泳では計時によって全てが決まります。オメガファミリーの一員になれたことを非常に誇らしく思っています」と述べています。

「今回の『広告』に参加できたこと、そしてオメガのアンバサダーに指名されたことは大変な名誉であり、他の素晴らしい選手たちと並んで今回のキャンペーンに起用されたことをとても光栄に思っています」。エニスはこう述べています。

「チームメイトのみんなと素晴らしい時間を過ごすことができました。笑いと冗談にあふれた楽しい時間でした。彼らと同じ経験を分かち合えて本当に良かったです」。ゲイはマイアミでの撮影をこう振り返っています。

ル・クロスは撮影での経験について、「アメリカを訪れたのは初めてでしたが、帰国したくないと思いました。本当に美しい場所でしたし、学校も施設もそれは素晴らしいものでした。撮影現場に立つのは全く初めてでしたが、慣れるだろうと思います」と語っています。

サーは、マイアミでの撮影を「オメガのスタッフは、全く落ち着かない雰囲気の中で私がリラックスできるよう、世話を焼き、支えとなってくれました」と振り返り、「現場の人数から撮影の準備まで、今回の撮影には途方もない労力がつぎ込まれています」と述べています。
by ism-watch | 2012-05-29 19:12 | OMEGA

ロンドンにおけるオメガのブランドアンバサダー


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--------ロンドンで夢を追う7人のトップアスリートたち------------

ロンドン五輪競技場の現地リポートからスタートした当企画。競技場の様子やオメガにおける五輪計時の歴史などを追ってきました。

そして今回は、ロンドン五輪で活躍するオメガのブランドアンバサダーたちについて。今年ロンドンで開催される第30回オリンピック競技大会では、信じられないほどの才能に恵まれたアスリートたちに、全世界から注目が集まります。オメガは今季五輪においても、7人をアンバサダーに迎えています。すでにオリンピックの伝説となっている選手もいれば、その仲間入りを狙う選手もいます。
それではご紹介します。


・水泳競技

オメガのアンバサダーを務める水泳選手のうち2人は、これまでに合わせて27個という驚くべき数のオリンピックメダルを獲得しています。若くしてチャンピオンの座に君臨するこの競泳選手と飛込み選手は、2012年にもプールという舞台でオリンピックを戦います。
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・マイケル・フェルプス
オメガアンバサダーの代表と言えば、マイケル・フェルプスです。絶大な人気を誇り、素晴らしい成績を残してきた彼は、2004年からブランドの価値観を象徴する顔となっています。

彼は2008年北京オリンピックで世界記録7つとオリンピック記録1つを打ち立て、最終的に8つの金メダルを獲得、その4年前のアテネでは金メダル6つと銅メダル2つを獲得と、彼がオリンピックで獲得したメダルは合計で金メダル16つと銅メダル2つという驚異的な数にのぼっており、この事実がそのことを雄弁に物語っています。
「一番よかったのは、今は皆が水泳を見るようになったということだと思います。世間の人たちは私たちの名前を知り、声援を送ってくれます」。北京での成績が競技にどのような変化をもたらしたかとの質問に対してこう答えたマイケルは、さらに次のように続けています。「幼い子供たちがスポーツをしながら成長する姿を見るのはどんなときも楽しいものです。彼らは私たちが経験するあらゆることを経験し、さらにそれ以上の経験を得ることになります。これが5年後あるいは10年後に彼らにとってどのような意味を持つのかと考えることができるのは、何というか、素晴らしいことではないでしょうか」

マイケル・フェルプスほどの成功を収めた選手には、寄せられる期待も計り知れません。2012年ロンドンオリンピックで彼はその期待に応えることができるのか? 誰もがそうであると信じています。





・ナタリー・コーグリン
史上最強の競泳選手の1人に数えられるナタリー・コーグリンは、2008年北京オリンピックでの成績によって、その遺産を一段と大きなものにすることになりました。彼女は米国人女性アスリートとしてオリンピック史上初めて1大会で6つのメダルを獲得し、100メートル背泳ぎでは2大会連続で優勝を果たした史上初の女性アスリートとなりました。彼女は現在、様々な大会で世界記録、米国記録、全米オープン記録を保持しており、オリンピックでは合計で11個ものメダルを獲得しています。

ナタリーは北京での自身の成績を振り返り、「オリンピックで最も印象に残っているのは、6種目で入賞し、6つのメダルを獲得できたということです。大変誇らしく思っています。少し野心的すぎるスケジュールになっていたために参加には多少の不安がありましたが、うまくこなすことができ非常に満足しています。また、ご存じのように、100メートル背泳ぎは特に満足のいくものとなりました」と述べています。

ロンドンで再びオリンピックの舞台に立つことを心待ちにしているというナタリーは、オリンピック開幕直前の精神状態を「一言では表現しようのない気持ちです。不安と興奮、緊張が入り混じった状態です」と振り返り、「いつも、スタート、ターン、フィニッシュといった競技で集中すべき点をいくつか選び、それらがうまくいく様子を何度も繰り返しイメージします。そして、泳ぐ直前に集中したい点を思い出し、あとは全て自然に任せます」と述べています。




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・チャド・ル・クロス
南アフリカ出身の話題の水泳選手、チャド・ル・クロス(20)がオメガのブランドアンバサダーに仲間入りします。チャドは2010年にシンガポールで開催された第1回ユースオリンピック競技会で5個のメダルを獲得し、オメガに強烈な印象を与えました。また、同年のコモンウェルスゲームズ(英連邦競技会)では、200メートルバタフライと400メートル個人メドレーの両方で大会記録を打ち立て、金メダルを獲得。さらに、2010年のFINAショートコース世界選手権では200メートルバタフライで金メダルを獲得しています。

チャドは、オリンピック初出場を前に胸を躍らせ、次のように述べています。「2009年に17歳の誕生日を迎え、ローマで行われた世界選手権の出場資格を得ました。そして、400メートル個人メドレーを4分16秒で泳いだその日から、オリンピック出場を信じてきました。自信はあります。しかし、オリンピックは私の人生で最大の大会になるでしょう。一つひとつのレースに集中したいと思います」





・邱波
競泳陣よりもさらにドラマチックにプールに登場するのが、オメガのアンバサダーを務める飛込み選手、邱波でしょう。中国は四川省出身の19歳が見せる10メートルの飛込み台からのパフォーマンスは世界でもトップレベルです。彼は2010年にシンガポールで開催された第1回ユースオリンピック競技会でも3メートルと10メートルの両種目で金メダルを獲得しましたが、彼が世界の頂点に立ったのは、2011年FINA世界選手権でのことです。同大会で審査員25人から10点満点の評価を得た彼は、同年行われた世界水泳選手権でも金メダルを2つ獲得しています。彼がFINAの男子飛込み年間最優秀選手に選ばれているのも当然でしょう。








・陸上競技

陸上では、世界最速と謳われるスプリンターや棒高跳びに対する認識を覆してきた棒高跳び選手、地元英国のファンのみならずオリンピックで最も難易度が高い種目の1つに数えられる競技で戦うその姿を目にした全ての人々から人気を得るであろう七種競技選手などがオメガのアンバサダーに名前を連ねています。
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・ジェシカ・エニス
26歳の英国人スター選手ジェシカ・エニスは、七種競技で世界選手権と欧州選手権を制し、世界室内陸上選手権では五種競技で優勝を果たしており、同世代では最も勢いのあるアスリートの1人です。

怪我のために2008年の北京オリンピック出場を断念したジェシカは、何年も前からオリンピックに向けて調整を行い、ロンドン大会を心待ちにしています。彼女は、「私は生活の全てをオリンピックで戦うための準備にあててきました。年を追うごとに来る選手権に向けた準備は進みますが、このようなレベルで戦いたいと願うのはどの選手も同じです。ですから、それが長期的なゴールであることに変わりはありません。そして、それが母国でのオリンピックとなれば、信じがたいほど特別なことなのです」と述べています。

また、トップレベルの大会を前にした気持ちについて聞かれた彼女は、「オリンピックの前には、緊張とアドレナリンと興奮が押し寄せるのだろうと思います。それが常であるということは、これまでに出場した大きな大会での経験からわかっています。これが練習してきたこと全てを実践する一度きりの場であり、数年間懸命に取り組んできたのは全てこのためで、全てがそのほんのわずかな時間で決まってしまうのですから、戦う前には奇妙な感覚を覚えます」と答えています。





・ジェン・サー
ジェン・サーは、女子棒高跳びで世界ランク1位の選手です。彼女が手にしてきた栄冠の数々は驚くほどですが、記録やメダルは毎年増え続けています。ジェンは、この2年間で3つの世界最高記録を打ち立てました。米国人である彼女は、2006年から世界ランク1位に君臨しており、全米選手権では合計で10度の優勝を誇り、屋内と屋外の両方で女子棒高跳びの米国記録を保持しています。2008年にはオリンピックの国内予選で4.92メートル(16フィート2インチ)という米国記録を打ち立てて優勝し、2008年北京オリンピックでは銀メダルを獲得しました。『Track & Field News』は彼女を2008年最優秀米国人女性アスリートに選びました。

ジェンは、2011年2月27日に2011年全米室内陸上競技選手権で4.86m(15フィート11インチ)を跳んで再び屋内の国内記録を塗り替え、通算10冠目のタイトルを獲得しました。ロンドンとチューリッヒで行われたダイヤモンドリーグでも優勝を果たし、チューリッヒ大会に至っては決勝戦で4人の世界チャンピオンを下しています。

ジェンは、ボストン室内グランプリで4.88メートルという女性選手としては史上2番目となる跳躍で米国記録を更新して2012年のスタート切っており、2012年ロンドンオリンピックに向けた準備が整っていることは明らかです。
オリンピックと他の大会との違いを聞かれたジェンは、次のように答えています。「オリンピックは他の大会とは全く違います。世界の何十億人という人々がテレビの前で観戦するのです。自国を代表するということは国の威信がかかっているということであり、それがオリンピックと他の大会との違いです」
また、跳躍の前に何を考えているのかということについては、「競技が始まる前には気持ちが高揚しているため、意識を完全に集中することが必要です。頭は何が問題かを理解し、身体はプレッシャーを感じているのです。こうなったときには、自分自身を引っ込め、気持ちを練習のときの状態に戻すことが重要になります。棒高跳びで技術と競技の求めるものを発揮するには、邪念を払い、リラックスすることが必要なのです」と述べています。






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・タイソン・ゲイ
世界で最も話題のアスリートの1人に数えられるタイソン・ゲイは、2007年に3つのワールドチャンピオンを獲得し、陸上の世界では傑出した存在となりました。2008年北京オリンピック前には、タイソンの一挙手一投足が世界のスポーツメディアと陸上ファンの注目を集めました。彼が100メートル予選で、追い風の中、9.68秒という同種目で史上最速の記録をマークしたためです。

そのため、彼が200メートル予選で大きな怪我を負い、その戦いの行く手が阻まれたときの失望感は、特に大変なものでした。しかし、人気とカリスマ性を備えたこのスプリンターは、彼が出会った人々とスタジアムのあるいは世界中のファンからの温かい反応を振り返り、北京での経験を「人生で最高のとき」だったと述べています。

楽観的な姿勢と心構えがあったからこそ、タイソン・ゲイは「最高のとき」がこの先にも待ち受けているとの確固たる信念と熱い思いを持って再びトラックに立つことができたのです。

オリンピックで戦うこととそれ以外の大きなスポーツ大会で戦うことはどう違うかとの問いに対し、タイソンはこう答えています。「オリンピックは特別です。なぜなら、オリンピックは長い歴史を経て世界最大のスポーツの祭典へと発展してきたからです。夏季競技の選手にとっては4年に1度しかない舞台であるため、興奮と関心も高まります。オリンピックスタジアムに入場するときの高揚は、何にも勝るものです」

オリンピックで要求されるレベルは精神的にも身体的にも尋常ではないと彼は言います。「メンタルについては、前回のオリンピックでは非常に集中力が高まっていました。異常なほど神経質になり、また思考を停止することができなかったために前日はなかなか眠れませんでした。私はそれ以来、感情と大きなレースの緊張感をコントロールする方法を学んできました。ですから、レースの前ではなく、レース自体に全てのエネルギーを注ぎます」
by ism-watch | 2012-05-29 19:05 | OMEGA

オリンピックにおける計時の進化を振り返る/オメガ

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今月、開会前のロンドン五輪現地取材を実行しました。本大会におけるオメガの公式計時の詳細に触れる前に、80年にも及ぶオメガのオリンピック公式計時の歴史を振り返ってみたいと思います。

オメガは1世紀にわたって国際的な競技会の計時に携わっており、オメガが誇るオリンピックでの伝統は1932年までさかのぼります。

オメガはその歴史と伝統をもとに、ロンドンオリンピックで公式タイムキーパーを務めます。

オメガはスポーツ計時で高い精度を誇るブランドとして圧倒的な評価を得ていますが、オメガの計時・データ処理チームが、その高い評価を支えてきた技能、そしてこれまでの24回に及ぶオリンピックでの経験を生かします。


以下に、オリンピックにおける計時に関するオメガの主な歩みを一部抜粋します。公式ウェブサイト(http://www.omegawatches.com/spirit/sports/olympic-timekeeping)でもオリンピックでの計時におけるオメガの歴史について紹介されています。



・1932
1932年は、スポーツ計時の歴史において、決定的な瞬間でした。オメガはこの年に、ロサンゼルスオリンピックの公式タイムキーパーとなり、全競技用に30個の精密なクロノグラフ――いずれもヌシャテル天文台がクロノメーターとして認定したもの――を提供しました。このように、クロノグラフの精度が公式に認定されていたため、オリンピック組織委員会はオメガをパートナーとして選びました。競技の公式結果は5分の1秒および10分の1秒単位で計時されました。


・1936
ベルリンオリンピックでは、オメガの29歳の時計職人、ポール・ルイ・ギニャールが、185個のクロノグラフをスーツケースに入れて、ビエンヌからドイツの首都まで運びました。このオリンピックでは、米国のジェシー・オーエンスが4つの金メダルを獲得し、英雄となりました。当時の選手たちは、小さなシャベルを使ってスタートラインに穴を掘り、そこに足を入れてスタートを切っていました。


・1948
1948年のサンモリッツ冬季オリンピックで、オメガは初めてセル方式の光電センサーを使用しました。持ち運びしやすく、電気回路網から独立しているだけでなく、耐水性があり、激しい気温の変化にも対応できます。その赤外線技術は、太陽光やフラッシュによるいわゆる寄生反射の影響も受けません。

ロンドンオリンピックでは、British Race Finish Recording社が「マジック・アイ」という名の世界初の写真判定カメラを開発しました。これにより、連続撮影を行うと同時に、ボートレースからサイクリングに至るまでのあらゆるスポーツのニーズに合わせ、速度を記録することが可能になりました。この装置は、オメガの計時器材と連動していました。このオリンピックから、機械の精度が人間の精度を上回るようになりました。


・1952
1949年に「マジック・アイ」の後を継いだ「レースエンド・オメガ・タイマー」は、アスリートがゴールを切る瞬間の写真の下に100分の1秒単位のタイムを記録しました。この器材は、1952年のオリンピックまでに「フォトフィニッシュ」と改名されました。次にクォーツと電子機器の時代が到来し、特に持ち運びしやすく、電気回路網から独立しているオメガ・タイム・レコーダでは、ロール紙に計時結果を印刷できるようになりました。オメガはこれにより、名誉ある「オリンピック・クロス・オブ・メリット」を受賞しました。公式タイムは実際の結果に最も近い100分の1秒まで記録されるようになりました。


・1956 
1956年にイタリアで開催されたコルティナダンペッツォ冬季オリンピックのアルペンスキー競技では、スターティングゲートが初めて使用されました。音響信号機(ブザーは赤・黄・青のカウントダウンに同期)により、自動的にスタート時刻が計時できるようになりました
最も画期的なイノベーション、「Swim Eight-O-Matic」タイマーは、メルボルンオリンピックのプールで使用されました。これは競泳用の初のデジタル・ディスプレイ付き半自動計時機器で、これによりタイムキーパーは、2人の選手がほぼ同着したとしても、どちらが勝ったかを判定できるようになりました。


・1960
オメガが人の目で勝敗を判定した最後のオリンピックである1960年のローマオリンピックでは、ある競技の結果が議論を呼び、これがプールで次の大きなイノベーションを誕生させました。オメガはスイスのビールのメーカーとの共同開発により、自動タッチパッドを発明したのです。しかしこのタッチパッドは、1967年にウィニペグで開催されたパンアメリカン国際競技大会まで、競泳用に使用されることはありませんでした。


・1964
1961年に発明された「オメガスコープ」は、テレビの画面下部に計時の数字を表示することで、スポーツのテレビ中継にリアルタイムのコンセプトを導入しました。何百万人ものテレビ視聴者に対して記録をオープンに表示することで、誤差をなくし、計時の世界に革命を起こしたのです。これは、1964年のインスブルック冬季オリンピックで使用され、電子計時に完全に移行した初のオリンピックとなりました。会場から遠く離れた場所で観客が競技に関する豊富な情報をこれほど素早く入手できるようになったのは初めてのことです。


・1968
グルノーブルとメキシコシティのオリンピックでは「統合計時(Integrated timing )」が導入されました。自動電子計時を初めて実施し、統計分析の結果を審判、コーチ、メディアに提供しました。結果の一部は一般にも公表されました。写真印刷機の誕生により、競技の結果はさらに迅速かつ広範に頒布できるようになりました。現代の具体的な計時方法を実現したことで、オメガは歴史的なターニングポイントを迎えました。

最も話題を集めたテクノロジーは、プールのタッチパッドでした。これにより、競泳選手自身の手で時計を止められるようになったので、プールサイドにタイムキーパーを配置する必要がなくなりました。

また、各スターティングブロックの後ろにラウドスピーカーを設置することで、競技者全員が同時にスタートの合図を聞き取れるようになりました。「Swim Eight-O-Matic」の後継として開発された「Swim-O-Matic」は、実際の記録に最も近い1,000分の1秒まで正確に計時できましたが、1972年になるまでシステムの完全な性能を発揮することはできませんでした(1972年になっても1つの競技でしか使用されませんでした)。


・1972
ミュンヘンオリンピックの競泳種目の観客は、1,000分の1秒単位の差で金メダルと銀メダルが分かれた前代未聞の事件を目撃しました。これによって結果的に競泳のルールも変わりました。400メートル男子個人メドレーの決勝で、ヨーロッパ選手権で2回優勝したスウェーデンのグンナール・ラーションと米国のティム・マッキーが、4:31.98という同じタイムで時計を止めたのです。当時の詳細なタイムはそれぞれ4:31.981と4:31.983ということで、ラーションがチャンピオンに輝きました。しかしその後、国際水泳連盟(FINA)のルールブックが改正され、以後は100分の1秒単位でのみ計時が行われることになりました。


・1976
最も記憶に残った瞬間の1つは、ナディア・コマネチの10点満点がスコアボード上では1.00と表示されたことです。スコアボードは完璧なパフォーマンスに対応できるよう設計されていなかったのです。しかしそれでも、観客には何が起こったのか分かっていました。


・1980
アスリートがゴールを切った瞬間にランキングを計算し、表示するオメガの「Game-O-Matic」が、レークプラシッド冬季オリンピックで初めて使用されました。
モスクワオリンピックでは、新しいバージョンの「Swim-O-Matic」が使用されました。これは重量がわずか1.2キログラムのクロノメーター・ブリーフケースで、1976年のオリンピック大会で使用されていた150キログラムの計器に比べ、持ち運びも設置も格段に簡単になりました。


・1984
ロサンゼルスオリンピックでは、カラーの写真判定画像が初めて導入され、アスリートがサインをした写真は大事に扱われました。1984年のオリンピックでは、オメガのフォルススタート制御装置(いわゆる「フライング」を検出する装置)も初めて導入されました。

また正確な計時により、オリンピックの競泳史上で初めて2人の選手が同時に金メダルを獲得しました。100メートル自由形で、キャリー・スタインサイファーとナンシー・ホグスヘッド(ともに米国)が55.92秒を記録したのです。


・1988
カルガリーとソウルのオリンピックでは計時が初めてコンピュータ化され、結果と分析の内容が将来の参照用にデータベースに保存されました。オメガのビデオマトリックスボードは、ソウルでカラー映像を提供しました。


・1992
オメガは1992年のアルベールビル冬季オリンピックで、スピードスケート競技に「Scan-O-Vision」システムを提供しました。これにより、スケート選手がゴールを切るのに合わせ、実際の記録に最も近い1,000分の1秒までデジタル計時を行いました。システムは、時間と連続写真を単一のドキュメントに融合させることで、時間を効果的に記録しました。これは計時の科学に新しい章を刻みました。


・1996
アトランタオリンピックでは、全競技種目で計時の3要素(計時、データ処理、結果の頒布)を統合し、「グローバル」なオリンピック計時を初めて実現することができました。これは1961年のオメガスコープの導入と1968年のメキシコシティオリンピックの統合計時の実現に続く、現代計時における3度目の大きな飛躍です。アトランタでスウォッチは20個のイノベーションを導入しましたが、そのうちの1つは、サバンナでのヨットレースで使用されたグローバル・ポジショニング・システム(GPS)です。陸上競技の短距離走では、加速度と走る速度が計測されました。そのデータによると、オリンピックの100メートル走で優勝したドノバン・ベイリーは、スタートが最も遅れたにもかかわらず、最大の加速と、ゴールに至るまで最高の速度を一定して維持できたために勝利を収められたことが明かされました。2000オメガは2000年に、www.omegatiming.comで「ライブタイミング」を導入しました。これにより、水泳選手がタッチパッドに触れてから15秒以内に、一連のスプリットタイム、ランキング、記録などの情報を世界中のオーディエンスがインターネット上で読み、ダウンロードすることが可能になりました。一部のスポーツでは、テクノロジーを利用してテレビの画面上に世界記録を示す線を引くことで、アスリートが世界記録にどれだけ近づいているかを表示することができるようになりました。


・2004-2006
テニスの大会などでは既に使用されていたレーダーガンが、2004年のアテネオリンピックのビーチバレー競技で初めて導入されました。

2006年のトリノ冬季オリンピックでは、スピードスケート選手の足首にトランスポンダー(計測発信機)を装着して、急激な加速、ヘアピンカーブでの速度、選手が転倒してリタイアする瞬間などの情報をタイムキーパーが収集しました。

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・2008
北京では、スポーツ計時の世界で多くの改善が行われましたが、特筆すべきなのは、ハイスピードカメラと新しい計時、スコアリング、およびフォルススタートシステムの導入です。さらなる効果を得るため、GPSシステムとビブトランスポンダー(ゼッケンに付ける計測発信機)も使用されました。100メートルバタフライでマイケル・フェルプスが0.01秒という水泳競技では計測可能な最小の差で銀メダリストを下したこの大会は、いつまでも人々の記憶に残ることでしょう。結果については当初、異議も唱えられましたが、ハイスピードカメラのバックアップシステムにより、オメガの電子計時システムが完璧に機能していたことが証明されました。


・2010
バンクーバーで新たに導入されたスポーツ計時装置の中で最も話題を集めたのは、新型の電子スタートシステムでした。オリンピックで最も印象的なイメージの1つは、西部劇の映画で人気のリボルバーを思わせる、スタートの合図をするピストルです。冬季オリンピックおよびパラリンピックでは、ピストルの代わりに、フラッシュガンと音響発生ボックスから成る、合理的で未来的なデバイスが使用されました。スターターが引き金を引くと、3つのことが同時に起こります。すなわち、音が「再生」され、光のフラッシュが放出され、デバイスの計時が開始されます。2秒以内に再度引き金を引くと、フォルススタート(フライング)の合図が鳴ります。音の種類はコンピュータで変更し、ダウンロードすることが可能です。


・2012以降
オリンピックが開催されるたび、オメガの計時専門家は、世界一流のスポーツ計時の技術と科学の見直しを重ね、さらに磨きをかけてきました。彼らは2012年のロンドン、2014年のソチ、そしてその後のオリンピックでも、必ずや画期的な試みを実施することでしょう。オメガとIOCはこのほど契約を2020年のオリンピックまで延長しました。
by ism-watch | 2012-05-21 21:00 | OMEGA

トラファルガー広場などにオメガ・カウントダウンクロック

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ロンドン五輪のオメガ・カウントダウンクロックは、トラファルガー広場に設置されています。

2011年3月14日、ロンドンオリンピック・パラリンピック組織委員会(LOCOG)と2012年ロンドンオリンピックの公式タイムキーパーを務めるオメガは、トラファルガー広場でカウントダウンクロックの除幕式を行いました。

カウントダウンクロックのデザインは、同大会にちなんだもの。カウントダウンクロックに走る光線は、ロンドンの町と時間の基点であるグリニッジ子午線とロンドンとの関係をイメージ。
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トラファルガー広場をカウントダウンクロックの設置場所に選んだのは、トラファルガー広場が、ロンドン内外から毎年何百万人もの人が訪れるロンドン屈指の名所であり、ロンドンを象徴する場所であるためです。ロンドンがオリンピックの開催地に選ばれた際に祝賀イベントの中心地となったトラファルガー広場が、2012年ロンドンオリンピックに向けた準備においても重要な役割を果たすことになります。

カウントダウンクロックは、プレストンに拠点を置くある企業が製造する鋼鉄で作られており、高さは6.5メートルで幅5メートル、重さは約4トン。組み立ては、同広場で10人がかりで2日間かけて行われました。照明デザインは英国企業が担当しました。

LOCOGのセブ・コー委員長は、次のように述べました。「オメガのカウントダウンクロックのお披露目は、オリンピックに向けたひとつの重要な節目となっており、オリンピック・ムーブメントの伝統とも言えるものです。トラファルガー広場を訪れた誰もが、2012年ロンドンオリンピックの開幕に向けたカウントダウンが本格的に始まったこと、地球最大のショーが間もなくわが国で開催されることを日々絶え間なく実感することになるのです。

アスリートの競技人生は、計時によって決まります。節目となるこの瞬間が、2012年に最高の舞台で戦えるよう、彼らの士気を高めるきっかけとなることを願っています。オリンピック出場を目指すアスリートたちは、その目標に向けた準備の最終段階にあり、オリンピック出場の夢が現実へと近づくこれからの500日間は、彼らにとって非常に重要な期間なのです」

一方、オメガのステファン・ウルクハート社長は、ロンドンの地で64年ぶりにオリンピックの計時を務めることを心待ちにしていると前置きし。「オリンピックが前回この地で開催された1948年には、オメガは全競技全種目の計時を担当しました。光電管、オメガの全自動計時システム、オリンピック史上初の写真判定カメラを採用した同大会は、計時技術の歴史に残る記念すべき大会となりました。そして、現在の私たちがそうであるように、当時もオメガは国際オリンピック委員会と世界の偉大なアスリートたちのお役に立てることを誇りとしていました」と述べました。

また、ロンドンのボリス・ジョンソン市長は、「ロンドンのまさに中心であるこの地で、今この瞬間にカウントダウンが始まります。記憶に残る最高の大会に向けて準備が整い、興奮がトラファルガー広場から偉大なるこの都市の隅々にまで広がるのです。500日後、聖火台が炎を上げて世界最大のスポーツの祭典の幕開けを告げ、2012年ロンドンオリンピックがその輝かしい遺産を明らかにすると、ロンドンは熱狂的な雰囲気に包まれるはずです」との言葉を寄せました。

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オメガのもう一つの公式カウントダウンクロックは、オリンピック開幕まで「あと1年」に合わせ、2011年7月27日にグリニッジにてそのベールを脱ぎました。本初子午線のまさにその上に設置されたカウントダウンクロックが、興奮の幕開けまでの毎秒、毎分、毎時そして毎日を刻みます。
by ism-watch | 2012-05-16 17:04 | OMEGA

ロンドン五輪、現地リポート/オメガ公式計時2012年

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オメガが公式計時を担当する、今季のロンドン五輪開幕に先駆けて今月初旬(2012年5月2日-同5日)にかけてロンドン取材を敢行。完成したばかりのトラックやスタンドに立つこともできて感激しました。

滞在中は薄曇りで、ときに雨がぱらつき、肌寒かったのですが、空港から中心地のピカデリー周辺、そこからオリンピック競技場のある東部エリアにかけて、官民一体となって五輪開催を盛り上げる気運で活気づいていました。
アートや音楽の発信地としても機能してきたsohoエリアには、五輪会期中にセレブらも迎えるオメガ・ハウスの準備が着々と進行中。周囲をパトロールする警察官も多く見かけ、sohoの治安がさらに良くなった印象でした。
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今季ロンドン五輪はオメガにとって、また進化を続ける計時という観点からも特別なもの。なぜならスイスが世界に誇る時計ブランド、オメガがオリンピックで公式計時を担当してから今年は80年目であり、オメガが五輪のオフィシャルタイムキーパーを行うのは25回目となります。

前回ロンドンでオリンピックが開催されたのは、さかのぼること64年前の1948年。このときオメガは、全競技全種目の計時を担当。光電管、オメガの全自動計時システム、オリンピック史上初の写真判定カメラを採用しています。
まさに近代オリンピック計時の進化の象徴がオメガ。



ロンドン五輪、現地リポート/オメガ公式計時2012年_f0039351_17251584.jpg

以下は、オメガ社長(写真)であるステファン・ウルクハート氏のコメントです。

2012年ロンドンオリンピックは、オメガにとって特別な意味を持っています。オメガが公式タイムキーパーを務めるのは25度目、オメガが初めてオリンピックで公式計時を担当してから80年目という節目の大会であるためです。また、1948年に光電管、スターティングブロック、写真判定用スリットカメラの導入によってスポーツ競技における近代的な計時法が誕生した地への回帰でもあります。

ロンドンでは、2012年ロンドンオリンピックを前に町全体が活性化しており、ウェンブリースタジアム、ウィンブルドン、ローズ・クリケット競技場、グリニッジ公園をはじめとする様々な専用競技場や大会を象徴するような会場も準備されています。オリンピックの会場として歴史的な場所と現代的な場所をこれほどまでに素晴らしく組み合わせて提供できる都市は世界でもロンドンを置いて他にないでしょう。各会場で行われる競技一つひとつの計時が楽しみです。
私たちは、国際オリンピック委員会(IOC)とのパートナーシップを重視しており、またオリンピックを世界最大のスポーツの祭典たらしめている才能あるアスリートたちに貢献できることを誇りに思っています。これまで計時およびデータ処理にもたらされた極めて重要な技術革新のうちの一部は、IOCとの関係によって生まれたものなのです。

どのオリンピックでもそうであったように、オメガはロンドンでも革新的な計時技術を新たに採用します。この新技術によって、競技結果の頒布、表示、保存がより柔軟に行えるようになります。しかし、その目指すところが、オメガが初めて公式計時を担当した1932年のオリンピックにおいて各競技の計時に使用されたクロノグラフ(ストップウォッチ)と同じ、世界のトップアスリートたちの非凡な功績を後世に残すことであることに変わりはありません。
(ステファン・ウルクハート氏)
by ism-watch | 2012-05-14 17:27 | OMEGA

松田朗
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