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ライフスタイルーデジタルフォト ismコンシェルジュ:伏見行介 板見浩史


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下岡蓮杖の写真帖で幕末・明治にタイムスリップ

好きな対象を撮って見て楽しむ―というほかに、写真には「記録」というもうひとつのとても大きな価値があることは誰もが知っていると思う。どんな動機があってシャッターを切ったとしても、作者の思い入れとは別の側面で、その瞬間から写真の記録としての価値はじわじわと大きくなっていく。特に街の風景や社会の風俗を捉えた写真にはそれが顕著で、日ごろ何気なく見ている街の景観などでも、数年立つと驚くほど変貌していることに気づいたりするもの。人間のあいまいな記憶の連続性を断ち切り、クールに瞬間の一断面を画像に定着してしまう、写真の力にあらためて気づかされるのはそんなときだ。

半蔵門にあるJCIIフォトサロンで開催されている、幕末・明治の古写真展「下岡蓮杖と臼井秀三郎の写真帖より」は、そうした写真の底力をじっくりと感じることのできるいい機会でもある。写真というシステムが日本に渡来してまもなく、つまり幕末から明治初期(1860~1870年代)にかけての日本の姿を、70点あまりの貴重なプリントで見ることができる。
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東京・曳舟(明治初期頃)撮影:下岡蓮杖

写真師・下岡蓮杖は、ほぼ同時期に長崎で活躍した上野彦馬とならんで、日本の写真の始祖といわれる人物。もともと若いころは狩野派の門人として絵師をめざしていたが写真師へ転進、苦労してその技術を習得すると、外国との窓口であった横浜の地で1862年(文久二年)に写真館を開業し、のちに大成功を収めた。臼井秀三郎はその蓮杖の義弟であり弟子だ。
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東京・昌平橋(明治4年/1871)撮影:下岡蓮杖

蓮杖をはじめとする草創期の写真師たちは、人物ポートレートはもちろんのこと、来日する外国人向けのみやげ物として日本各地の観光地や名所などを撮影した写真を販売していた。いまでいうポストカードや写真集のようなものと考えればいいだろう。この写真展も、そのようにして蓮杖と秀三郎が撮った写真帖(アルバム)がフランスで発見され、日本に里帰りしたもの。いままで蓮杖の写真は名刺サイズ以外ではほとんど見つかっていないとされているが、今回は六ツ切りサイズ(203×254)のものも多く、写真史的にも貴重な展示といえる。
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東京・向島墨堤(明治4年頃/1871)撮影:下岡蓮杖

それにしても、およそ140年前と現在の風景の変わりようはどうだ。特に現代と比較しやすいところで都内の竹橋、鍛冶橋、日本橋、向島、隅田川、曳舟といったあたりの光景を見てみるといい。現代の変貌の凄まじさには誰もが驚くに違いない。これが同じ国か!と。たとえば、フランスの職業写真家であったアジェが1900年前後に撮影したパリの街並みを見ても、100年ほどでは基本的にはそれほど大きく変わっていないように思える。むろん都市としてのパリの成熟度と当時の江戸のそれとは比較すべくもないし、都市の構造や歴史、あるいは景観に対する文化の違いと言ってしまえばそれまでかもしれないが、まるで別世界へタイムスリップしたかのような感がある。
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東京・日本橋駿河町(明治10年頃/1877)撮影:臼井秀三郎か
左の建物は越後屋(三越の前身)

写真を見ていると、当時の日本列島がいかに自然環境豊かで、生活スタイルもシンプルでナチュラルだったということもわかり、明治以降の急速な近代化とダイナミックな都市化によってこの国の地形と風景が、コンクリートとアスファルトによってどれほど変えられたかという事実が、あらためて切ないほど伝わってくる。
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日光東照宮の大鳥居と五重塔(明治9年/1876)撮影:臼井秀三郎

写真帖には、熱海、箱根、日光といった場所の風景も収められている。いずれも古くから知られた名所であっただけに、熱海も箱根も当時としてはそれなりに繁華な雰囲気を醸し出しているのだろうが、当然ながら現代的な感覚で見れば「鄙びた」「素朴な」湯の里にすぎない。日光もまた信仰の地として、東照宮も神橋も神々しく絢爛な趣はいまと変わらないものの、周囲の森や自然の佇まいはまだ観光地として洗練されておらず、臼井秀三郎の撮影した竜頭ノ滝、華厳ノ滝、湯滝などは荒々しく大自然本来の息吹を伝えてくるようだ。自然風景における臼井の腕前はたいしたもので、卓抜した構図意識とそのダイナミズムの捉え方における技量は、現代のネイチャーフォトグラファーを凌いでなおあまりあると言っていい。

「温故知新」という言葉がある。古きを訪ねて新しきを知る―そんなことを考えながら古写真を眺めていると楽しい。いま僕らが仕事をしたり生活しているこの東京という近代的都市も、アスファルトを一皮めくれば、雑木林や田園が広がるアジア的でのどかな土地だったことがわかる。また、100年以上前のこの風景はどこか遠くへ行ったのではなく、今もこの足元の下にあるのだという事実も。そんなこの国の風土や成り立ちをビジュアルに感じることは、同時にこの国の未来を考えるときに、少しは役に立ってくるかも知れない。

大きな暗箱による、しかも湿板写真という不自由な方式で撮影した蓮杖や彦馬の時代を経て、いまデジタル一眼レフという、当時から言えば魔法のような便利なカメラを手にした僕たちは、それに見合うだけの価値のあるものを撮っているのかな、とふと思うときがある。もっともっとその力を発揮して楽しく価値ある写真を撮りたいものだ。草創期の写真状況と違って、現代は職業写真家だけでなくアマチュアフォトグラファーが自由に写真を楽しみ記録できる時代となった。さて、100年後の人間たちに、いまの僕たちはどんな素敵な写真を残せることだろう。

JCIIフォトサロンを訪れたら、隣接する日本カメラ博物館にもぜひ立ち寄ってみたい。日本を代表する歴史的カメラの常設展示、カメラや写真に関するさまざまな展示のほか、特別企画展なども随時開催されており、カメラへの興味がいっそう増すことは間違いない。両館とも財団法人日本カメラ財団(Japan Camera Industry Institute)が運営している。

幕末・明治の古写真展「下岡蓮杖と臼井秀三郎の写真帖より」
会場●JCIIフォトサロン 
   東京都千代田区一番町25番地JCIIビル1F
会期●1月30日(火)~3月4日(日) 休館日=毎週月曜 入場無料
by nikondigital | 2007-02-13 13:29 | ピックアップ | Comments(0)
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