2月22日(木) 「走れ!」のころの選曲(2)

当時の情報源というのは 何だったのだろう・・・

携帯やファックスは もちろんない PCや ましてやワープロなども兆しすらなかった時代
文化放送の編成の部屋に 映画「スターウォーズ」のポスターが あって
うああ こんな映画ができたのか・・・ と衝撃を受けていた そんな時代です

音楽は 私はいつも something new を さがしていて
番組の選曲は自薦の自選だったのだけれど 誇りに思っていた
ちょっと洒落てて 半歩ぐらい進んでいる感じね
もちろん 歌謡曲もちゃんとかけてた 演歌はもう 直球ど真ん中(半端はヤだったから)

新着情報は 各レコード会社の宣伝マンからと やはり
自分の足で 輸入レコード店めぐりも かなりしていたし 
ライブやコンサートも 自腹で 頻繁に通っていたものでした 
(自腹でないと「肉」にならないと 子役のころから教えられていたので
 あまり招待ものは 好んではいかなかったな・・・アーティストと仲良しになるのもいやだった
 仕事の意識が強かったせい だと思う)

当時はCDはないの LPばかりね  大学のときにね
原宿の竹下通り 駅口から入っていって ちょっと行った左側に
Melody House という なかなかセンスのいいレコード店をみつけて
ほとんど輸入版で ラップシールドされているので 視聴は無理
もう ダ~っとチェックして (このLPをダ~っという探し方 わかるかな)
良し悪しの目安はジャケット で 勝負をかけるわけ

でも 確立は高かった  大当たりだったのは
カラパナ パブロ・クルーズ セシリオ&カポノ エアープレイ  あたり 
で しばらくすると そういったグループは いろいろ雑誌になんか出てくるわけ

その店には ほんの少しだけ日本物も 置いてあってね 
ジャケット見て 後ろの 参加アーティスト見て  かなり確信を持って 買ってた
でもまだ ぜんぜん流行ってないの  だからちょっとだけ宝物的サウンド

で それも「走れ」で 流してた たぶんこんな感じが そのうち流行るのではないかな
なんてな 紹介のしかたで

情報源は ほんとに限られていた時代だったから
そういった店で ジャケットの見た目で さかなじゃないけど目利き してたのかな

で なんでそんな曲を流してたかというと・・・ 
姉さんのセンスを 信じなさい  これってか(^∇^)♪
                                                (つづく)
Commented by 伝説のTAKA at 2007-02-22 23:52 x
当時の深夜放送のパーソナリティさんたちは、音楽に詳しい方が多かったですが
皆さんそれぞれ努力されていたのですね。で、それらの曲を聞いている
ワタシたちも、聞いていくことで音楽に詳しくなっていったのです。

情報源として当時は「ミュージック・ライフ」とか「ヤング・ギター」とか「深夜放送ファン」
など愛読していましたが、文さんもたぶん読んでおられたでしょうね。

そして洋楽は、なかなか新譜が買えなかったので(小遣い少ないから)輸入盤
それも角が切ってある「カットアウト盤」をちょくちょく買いました。
あとは中古屋さんでパタパタと見ていって「お!」と思ったら手を止める
ジャケ買いに近いこともしてましたね。

長くなりましたが、この手の話にはつい反応してしまいます。(^○^)

Commented by ユウ at 2007-02-23 00:11 x
 僕の10代の頃もまだLPだったけど、途中からCDにどんどん入れ替わっていきました。CDデッキがすぐには買えなかったので、18歳くらいまでLP聞いてました。その頃流行っていたのは、ポップスしか知りませんけどカルチャークラブ、aha、ティアーズ・フォー・フィアーズなんかも聞いていたかな。FM東京のダイアトーン洋楽ポップスベストテンを聞いて情報を得てました。世代が違うので、文さんが書いていたアーティストは全然分かりませんでした。(;^-^)>
Commented by アリスとテレス at 2007-02-23 00:41 x
あの~また補足で申し訳ございませんが、LPを探す時の右手(特に人差し指と中指の2本、親指入れてるようじゃ~まだまだ)の使い方ね。クゥー。ジャケット見るタイミング・・・○枚/sec。3~5だったかな。
今のCDじゃ無理!さびしいね~。
瞬間なんだよね。「ダァーっとね」
Commented by chuck abe at 2007-02-23 08:25 x
文さん、センス良かったものね~。「走れ!歌謡曲」の中では異質?!(失礼)な曜日だったもの。そう、2年前にNYのダコタハウスの前を通った時に、レノンが銃弾に倒れた時の追悼コーナーをふと思い出しましたよ。あの時ボクが書いた追悼の手紙を文さんが読んで下さったのが懐かしい・・・。
Commented by 神戸の谷村1961 at 2007-02-23 12:30 x
選曲の妙って言うんでしょうか。毎週毎週そのラインナップの豊富さには、驚かされましたね。
おかげで学校では、ちょっと「知ったかぶり」できたりして・・・。

中学生や高校生のリスナーも多かったと思うんですが、、
Charの「気絶するほど悩ましい」や、寺尾聰「出航 SASURAI」
変わったところでは、浅井慎平「湘南哀歌」 なんて結構シブメの選曲が目白押しだったですよね。(洋楽ではないですが)

文さんの目利きならぬ 》》》耳利き《《《 に今でも感謝しております。
by DJfumi | 2007-02-22 22:23 | うる星やつら ラム talk | Comments(5)

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