(このメッセージは衛星携帯電話イリジウムにより、南米チリ沖の南太平洋に浮かぶロビンソン・クルーソー島から宇宙経由で送信しています)
パイオニア・ルート、伝説の古道の確かな手がかりを得たわたしは、アレクサンダー・セルカークの足跡を求めてジャングルへと乗り出すことにした。
探検には、山道にめっぽう詳しいドン・グァウイが同行してくれることになった。ドン・グァウイは一見とても怖そうないかつい風体で、声もガラガラにかれているので、なんとも寄り付きがたい。しかしもともとグァウイというのは彼のニックネームで、赤ちゃんの鳴き声の「ウァ、ウァ」から来ているとのこと。それにドン・キホーテでおなじみのスペイン語で「殿」を表す敬称ドンをつけると、さしずめ日本語訳をあえてするならば「バブバブ殿」とでもいうことになる。探検物語にはつねにこのような個性的かつ魅力的なキャラクターが登場するが、それはなにもお話だけの世界ではなく、探検の現実がそうなのである。
しかし余談はともかく、パイオニア・ルートを現代によみがえらせることができるとしたらこの人の協力なしには成しえないというかけがえのない存在であり、わたしとはもう5年の付き合いとなる。
さて、ジャングルに乗り出すと、さっそくブラックベリーの棘の魔境がわれわれの行く手を阻んでいた。しかし道はかすかに地面に残っている。獣道とも古道とも知れないその道を這いながら進むこと6時間。ついにわれわれは、ジャングルから解放された。空が開け、高台を覆う粘土層の急坂が目前に立ちはだかった。その先にはミラドールが見えた。古道はこの急坂とともに一気にアレクサンダー・セルカークの見張り台まで続いているようだ。
今回、ナショナル・ジオグラフィック・ソサエティの支援を得て発掘調査を進めている、セルカークのものと思しき石積みの遺跡もこの延長線上に位置している。
ついにつながった!全ては1本の線上にあり、今、わたしはその上に立っているのだ。
急坂ながら、踏み出す1歩、1歩は軽く感じられた。逆に、セルカークの漂流から300年、歴史のグラビティ(重力)を地面から足裏に感じる。そのまま坂を登っていく。すると、そこでわれわれを待っていたのは1つの大きな石であった。石の上面を覗き込むと、彫られた文字がわたしの目に飛び込んできた。
それはなんと、「AS」というイニシャル!!!
一瞬、雷に打たれたような強い衝撃が身体の中を駆け抜けた。
よく見ると、ASという文字の下には、ギザギザの斜線が彫り込まれていて、それが山の稜線を表している地図であることが判明した。セルカークの地図か!?石には他にもさまざまな文字が彫りこまれているのでわたしはことさら注意深くならなければならない。しかし、12年にも及んだ謎、これまでは見ようとしても決して見えなかったものが、ついに見え始めたかのようであった。
さっそく拓本で記録をとる。特に、ASのイニシャルは、現在スコットランド国立博物館に収蔵されているセルカークの船員用木箱に彫り込まれたイニシャルと酷似している。拓本をスコットランドへ持ち込んで、照合してみることにしよう。
結論はそれまでは「おあずけ」だ。
写真:(上)ドン・グァウイと古道をいく。(下)ついに発見、ASストーン。左下から右上にギザギザの山の稜線が走る。