gggでの高田唯個展『混沌とした秩序』に合わせて出版された書籍『高田唯 AXIS』に、インタビュー執筆で協力させてもらった。途中途中で書籍製作の工程など見させてもらってはいたが、実際に受け取ってみると、「こんな本アリなのか?」と驚く構造だった。
たとうのように、1枚のワインレッド色のカバーの紙が中のページを包んでいる。表紙には図版はなく、隅に印刷されたタイトルと情報のみで静かな印象を与えている。なるほど、これは「秩序」だっていると感じさせる。
本の綴じ方がユニークだ。真ん中に留まっているボタン上の金具が、スナップ金具かと思いきや、これがボルトなのだ。ボルトを回しながら開けていくという方法。少し時間は掛かるのだが、開けるのに苦労するのは中身への期待感を増してくれるものだろう。
中を開くと、整然とした表紙とは一転、今度は正に「混沌」だ。真ん中に穴が空き、ボルトで留まっている60枚の異なる紙にはノンブルもない。3種類の異なるウエイトの紙とPETフィルム、16種類の折り方から構成されている。構成されている、というよりは、バラバラな要素が束ねられている。
再度閉じる時には、つい慎重に、前にあった通りの順番で重ね、またカバーを掛け、ボルトを締めるのだが、むしろあえて風に吹かれるなり落っことしたりなどして、順番を滅茶苦茶にしてしまった方が良いかもしれない。なぜならこのコンテンツは「混沌」なのだから。
簡単に彼らのプロフィールを書いておこう。マキシム・コーミアMaxim Cormierと范雪晨Fan Xuechen/ファン・シュエチェンの2人は、10年前にカナダで出会い共同活動を始める。2016年に上海に活動の場所を移し、ori studioを名乗るようになる。2018年に北京に移り、今に到っている。これまでに『c-site(1〜3)』、『Olivier Goethals POEM!』、『Soushi Tanaka : Post』、『Soushi Tanaka : Post [EE]』、『n-site [1]』といった書籍のエディトリアルや発行を手掛けている。
ori studioが高田唯の作品を見て関心を持った事からお互いの交流が始まった。
「唯さんの作品を初めて見たのはいつだったか覚えていないのですが、中国での人気が高まっていた頃ですね。とはいえ、ニューアグリーと紹介される表面的なものではなくて、彼のメソッドやデザインへのアプローチが興味深いと思ったんです。先鋭的であると同時に親しみやすい。自然や周囲の環境、日常との深い結びつきがある、そのアプローチに関心を持ったんです」(マキシム・コーミア)
そこでまず最初は書籍『c-site [1]』(2019年)に参加してもらう事から、交友が始まった。ちなみにこの『c-site』という書籍もなかなか装幀が複雑、かつ、内容も凝ったものとなっている。
「参加者のaが次の質問者bに、bがcに、というように質問をループさせて繋がっていきます。アーティスト、建築家、デザイナー、ミュージシャンなど10人が、抽象的なテーマについて話し、最終的には10通りの解釈が生まれるわけですね。『c-site[1]』のテーマは「新しさ」がテーマ。新しい世界感を見せてくれる唯さんはうってつけだと思いました」(マキシム・コーミア)
それから1年後、高田唯個人の本を作る話に進んで行ったのだが、折り悪く新型コロナウイルス感染症のためにお互いの国を行き来する事が難しくなってしまった。途中1年半の中断を経て、結果2年半余り掛かってできあがった本だが、「時間が掛かった分、その間の唯さんと私たちの変化も凝縮される形になった」と言う。
「軸」というキーワードが出てきたのは高田唯の方からの提案。オールライトが手掛けていたグラフィック、活版印刷、音楽など活動をそれぞれの束にし、一つの軸で結ぶ、というアイデアが出ていたが、網羅しすぎるのではないか、という疑問がori studioの方で湧いてきた。話合いを経て、もっと高田唯にフォーカスし、彼らの言葉を使えば「high-res=高解像度」のアプローチ、すなわち1つの紙、フィルムに1種類の作品、直接的な解説はなし、ただひたすら断片化された高田唯の活動を見つめるというアイデアに変わって行った
結果、475種類のコンテンツが、332ページ、60枚の紙、フィルムとなり、それらの断片が一つの紙とボルトで綴じられる、という他に類を見ない本に仕上がる事となったわけだ。
この本、個展『混沌とした秩序』のフライヤーでも中心に据えてあるのだが、表紙の色が違う。フライヤー上では白い本となっている。なぜ色の変更が?と聞いた所、意外な答えが返ってきた。
「改めて考えてみると、背の部分が2つカーブしているフォルムを白い紙では強調しにくいと感じました。どうしようかと考えているうちに、丹下健三が設計した静岡新聞・静岡放送東京支社ビルを思い出し、その円筒形のフォルムをさらに強調するために、ビルに似た茶色を使い、さらに雑誌『IDEA』の唯さんの特集号の背表紙の色を思い出し、同じようなトーンのワインレッドを試してみました。唯さんも納得して最終的なレイヤーが決まったんです」(マキシム・コーミア)
静岡新聞・静岡放送東京支社ビルといえば、形を変えながら増殖していくイメージで作られたメタボリズム建築の一つ。そういえば、この本は断片の順番を変える事も、他の要素も加えて内容を変容させることは可能だ。断片、秩序、フォルム、増殖する建築の中に見た美的感性、発想の糸というのは面白いものだと思う。
読者の方にもこの書籍を是非手に取ってもらいたい。
8月25日(木)まで開催されている展覧会場で見られる他、隣接するMMMでも発売中。展覧会終了後の書籍販売に関しては、ori studio info@ori.studio にお問い合わせを。