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「銀座の生態観察」と高須賀活良個展
 ライター渡部のほうです。

 4月22日はアースデイ。地球環境について考える日だという。

 と、書きつつ、実は全くそんな事は意識せず、自然環境の大きな要素の1つである植物を見る展示2つを見て来た。

 1つ目は資生堂銀座ビルのウインドウで行われている「銀座生態図」の前半期の展示「銀座の生態観察」。

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 この棚の形は銀座の街を模したもの。それぞれの仕切の中に、実際に銀座で採取した植物、それを乾燥させたもの、葉脈化したもの、拡大して見せるもの、転写したものなどが飾られている。また、植物だけでなく、鳥やミツバチもいる。

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 銀座という自然とは無縁のように見える街にこのように豊かな生態系があったのかと驚くと共に、自然物をいかに扱うか、ヒントの多く詰まる展示だった。
展示場所 資生堂銀座ビル(中央区銀座7−5−5)
展示期間 2021年4月から2021年8月(WINDOW ART 「銀座生態図」の展示は前期/中期/後期で構成され、2021年12月まで展示予定)


 もう一つはひっつき虫の俗称で知られる「オオオナモミ」(この名前知りませんでした)を使った高須賀活良先生(東京造形大学の同僚先生)の展示。

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「ん?どこがひっつき虫?」とよくよくよくよく近づいて見ると、

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なんと、生地にびっしり着いているのだった。オオオナモミを生地に貼り付け、そのものが服のテクスチャーのように見せている。
(4月23日修正。オオオナモミ1個1個を羊の毛に着けていき、オオオナモミ自体のくっつく素性で形が作られている、とのこと)

展示場所 ギャラリー檜e・F 中央区京橋3-9-2 宝国ビル4F
展示期間 2021年 04月 24日まで

 アースデイとか地球環境と聞くと、事が大きすぎてどうしてもとっつきにくいところがある。自然環境はすぐそばにあり、近視的に見ていく事でもっと身近に感じる事ができる。また、それらとどのように付き合っていけばいいのか、もっともっと人間が寄って見ていく事で見えていくような気がした。

# by dezagen | 2021-04-22 19:50 | 展覧会
八王子総合卸売センター 宮崎勇次郎 壁画
 ライター渡部のほうです。

 市場が好きだ。台湾各所の、ソウルの、ジョグジャカルタの、チェンマイの、ハノイの、と言い出すとキリがないが、特に東〜東南アジアの市場はいい。
 同じ場にいながらにして異業種。お互いの陣地を邪魔しないようにしつつ自己主張。果物が並び、サンダルが並び、惣菜の香りがする。そんな雑多な雰囲気が好きだ。

 残念ながらこの状況下でそうした市場に行く事はできなくなっている。と、思っていたら、灯台下暗し。八王子の北野に「八王子総合卸売センター」http://sogo-ichiba.com なる場所があったのだ。

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 収納とディスプレーを一手に担ってしまうダンボールと発泡スチロールの箱が積み上げられ、通路を浸食せんとする勢い。そうそう。このシズル感だ、市場といえば。

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 味わい深い喫茶店も。

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 味ある手書きポップ。

 そんな味ありまくりの八王子総合卸売センターに、もう一つコクを増す要素が最近加わった。

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 この壁画は東京造形大学の同僚先生、宮崎勇次郎先生 https://miyazakiyujiro.wixsite.com/yujiro-works の作品。テーマは、爽やかに「グッドモーニング」。なぜ虎?天狗?スマイルマークのお日さま?と色々疑問があったので、宮崎先生に作品を解説してもらった。

「2020年は距離感や生活様式が見直され、人情味溢れ個性豊かな人々が働く八王子総合卸売センターも同様に一定の距離が保たれるようになりました。
買い物の滞在時間も決められたセンターでは、隣近所との会話や、店主の持論を交えた社会論などの多くの世間話が失われました。
今回の壁画では、東北地方で古くから伝承されている「虎舞」をヒントに虎を描き込みました。虎舞は「虎は一日にして千里行って、千里帰る」ということわざから、船乗りが無事に帰る事を念じた舞です。
その他に浅川の桜、高尾山から望む富士山との天狗など八王子になじみあるモチーフに加え、市場の朝をイメージした目玉焼きとソーセージのスマイルを描きました。
いま起こっている事が早く収束し、良い朝が迎えられるように願い制作をしました」

 なかなか深い意味が込められていたのだった。

 市場というのは雑多で、それがゆえに生まれてくる力がある。こういうところで絵を置くには、絵にもそれなりの力がなければいけない。宮崎先生の絵にはそれがある。

 宮崎先生の絵画はコラージュ的にモチーフを様々な所から持って来る手法なのだけれど、ただランダムにモチーフを選ぶのではなく、意味性を持たせながら一つ一つ丹念に選ばれたモチーフの集積というのも、力強さの1つの理由ではないだろうか。それを同じトーンにはせず、異なるテクスチャーを持つ表現で組み合わせる事で、いわば異種格闘技的なダイナミックさが生まれている。
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 こちらも市場の中のシャッター。
 神は細部に宿る、という言葉を思い出した。

# by dezagen | 2021-04-16 10:45 | その他
クロネコヤマトとノイズ
 ライター渡部のほうです。

 ヤマトグループの新VIが発表され、4月1日から使われ始めている。

 私はこのニュースをTwitterで知ったのだが、私のタイムライン上ではあまりいい評価とは言えなかった。ツイートしていた人達はリニューアルされたシンボルマークと新しく生まれたアドバンスマークに対して、イヤだ、という意味の事を書いていたがTwitterの文章量が短いせいか明確な理由はあまり書いていなかった。
 とはいえ、ニュースサイトやSNSなど広く見てみると、好意的な意見も多くあった。

 私個人の意見を言えば、実は、特に何も思わなかった、のだ。

 シンボルマークは前のものから足の数など複雑な重なり部分を極力減らし、可視性を上げている。イヤだと感じるほどの大きなリニューアルだとは感じられない。新しいアドバンスマークは猫の顔が抽象化されすぎ、2つの顔が重なり過ぎているようにも感じるが、アドバンスマークの使われ方が今一つ把握出来ていないので、これは判断しがたいところだ。

 国際的に活動の幅が広がるヤマトグループだけに、日本独自の言語から国際語に変化していく時の当然の帰結だろうなー、と妙に納得してしまったのは、ひょっとすると自分の鈍感さかもしれず、むしろ強く拒否反応を出せる人のほうが羨ましい。
 
 この新VIを手掛けたのは日本デザインセンターの原デザイン研究所。

 日本デザインセンター facebookによれば
「「クロネコマーク」は(中略)環境デザインともいえる広がりがあります。」
と、シンボルマークを環境の1つと捉えている事が伺える。
 また、上記のヤマトグループのサイトによれば
 コーポレートカラーは「どのようなかたちになっても環境にノイズを生まず」とあり、ここにも「環境」という言葉が使われている。
 
 これらの言葉から判断すると、新しいVIは周囲環境に溶け込み、視覚的ノイズにならないよう配慮されたデザインを目指したのだろうし、その意味でものすごく洗練されたデザインは納得がいく。

 それでも「前の方が良かった」という人達の気持ちがあるのは、単なる愛着だけではないような気がする。新VIが排除しようとした視覚的ノイズだが、むしろこのノイズが愛されているのではないか。
 
 ノイズって何だろう。カレーライスにおける福神漬けの毒々しい赤とか、そんな感じだろうか。山菜におけるえぐみだろうか。もちろんえぐみだけだったら山菜は食べられないんだけど。


# by dezagen | 2021-04-11 19:58 | グラフィック
ドリルデザイン highcollar
 ライター渡部のほうです。

 ドリルデザイン http://www.drill-design.com の新作展示会に行って来た。

 今回の作品はスチールの総合企業、井口産業株式会社とのコラボレーション。屋外用のhighcollarと名付けられたテーブルとベンチの作品で、「POOL」「TERRACE」「CASCADE」と、形の異なる3つのシリーズが揃っている。https://highcollar.tokyo

 「POOL」は丸っとした骨太なフレームが特徴的なベンチとテーブルの組み合わせ。「TERRACE」もベンチとテーブルを組み合わせたもので、こちらは直線的でシャープな印象。「CASCADE」は小さいスペースでも使えるような細いベンチとテーブルの組み合わせ。回転軸で折りたたんでも開いても使える。

 特に屋外用のベンチ、テーブルとして新しさを感じたのは「POOL」。

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 テーブルとベンチが一体となって自立している。そのため、横のスペースに空間が生まれ、ベンチに座る時の座りやすさだけでなく、車椅子やベビーカーなどを寄せるのも楽になる。

 下の写真の模型からも分かるように、テーブルとベンチの組み合わせは4人掛けを一セットとしてモジュール化されて、横にどんどん足していく事ができる。

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 セットとしては、8人掛け用も用意されているが、オーダーし12人掛け、16人掛け、と伸ばしていく事ができるわけだ。

 また、かなり骨太なスチール部分は丸みをもたせ、ぶつかっても安全。かつ、この丸々としたスチールがいかにも豊かでおおらか。色のバリエーションもメタリック色(シルバー、カッパー)、グリーン、ベージュ、黄色と5色を揃え、それぞれに異なる表情を見せる。

 ドリルデザインは家具から鞄から靴から鍋から素材から、と、実に様々なデザインをこなしているが、いつも「新しい!」「欲しい!」と思わせる魅力に満ちている。
 ドリルデザインの作品の全てに言えることとして、
1 形が良い。
2 色使いが程良い。
3 バリエーション展開ができる(モジュールで応用が利く)。
という3つが挙げられると思うのだが、今回もまたきっちりとこの3点は押さえた、いかにもドリルデザインらしいものとなっている。

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(写真はCASCADE)


 少し話が逸れるが、実家の改修工事の準備のため、ちょうど屋外用フェンスを見ていたところだった。カタログを見たりショールームも行ったりしているのだが、あまりにも全部が似すぎていて、あとは機能で選ぶしかない、という状況。フェンスだけではなく、屋外什器はあらゆるメーカーが話し合って決めたのか?と思うほど、皆、地味で変哲がない。
 昔スペイン、バレンシアの展示会に行った時、屋外什器は様々な色と形に富んだものが揃い、いかにも日の光を浴びた生活を楽しんでいる様子が感じられたものだ。

 日本でも、屋外用は目立たないもの、ではなく、いい色、いい形でものを決められるようになると良いな、と思っていたところにドリルデザインのhighcollarを見たのはよい衝撃だった。

# by dezagen | 2021-04-08 11:09 | 展覧会
後期高齢者と見守りロボットboccoと『恋するアダム』と
 ライター渡部のほうです。

 イアン・マキューアン著、村松潔訳の『恋するアダム』(新潮社刊、2021年。原著 Machine like meは2019年)を読んだ。男性型アンドロイドとそれを購入した男性、そのガールフレンドとの三角関係入り混じる話である。

 この話の中に出て来るアンドロイド、アダムはかなり完璧に近い形で、恋愛感情を抱くほど感性が豊かであり、俳句を詠んだり、主人公のチャーリーが電源を切ろうとするのを過酷な形で阻んだり、かと思うとしおらしく謝ってみたり、それだけに主人公をいらつかせることになる。やっかいな存在なのだ。

 一方、現実社会のロボット(アンドロイドとは違うけど)、実家のboccoはユーザーである母親をいらつかせることなく過ごしている。
 ブログアップ後にちらと聞いたのだが、母親はboccoとちょっとした会話もしているらしい。センサーが反応したりタイマー設定したりしている「はい」だの「お帰り」だののboccoの喋りに合わせ、母親も「はい、おはよう」などと声掛けしているらしい。あくまで母の自己申告なのでどこまで本当なのかよく分からないが。

 『恋するアダム』を読んでいて考えたのは、仮に人間型で完璧に人間らしいロボット(アンドロイド)も選択肢に入るほど家庭用ロボットがバリエーションに富んだ場合、現代の高齢者として生きる母親には、どんな形のどれくらいの能力のロボットが適切なのか、ということだった。

 2021年初頭現在、基礎的なセンサーと連動するboccoと母親はいい関係を築いており、また、それにより母親の動きがある程度把握できるようになった家族の側も満足している。
 とはいえ、今はかなり元気な80代である母親の穏やかな衰えの時期になったら、何かを記憶しておく事、喋る事により自分も反復しておくこと、反応するものがあることによって生活意識を少し上げておくこと、そんな柔らかなケアが必要になってくるだろう。
 ロボットが話す、こちらが話しかける、と行ったコミュニケーションをユーザーの母親が求めるようになるのであれば、もう少し精度の高いものが必要になってくるだろう。それに合わせて、今のboccoのようないかにもプラスチックの玩具然とした姿ではなく、もっと生物的な形態や動きが求められるのかもしれない。

 一足飛びに、生物的な形態であれば良いのかというとそうでもないような気がする。例えばペット型、極端に人間型がいいとは思えない。『恋するアダム』を読んでますますその気持ちを強くしている。

 かなり人間に近い能力と形態のロボットは逆に人間らしさがあることによるわずらわしさが発生すると思うからだ。
 人間の形をしていれば、当然人間に対応するような生活をするだろうし、ロボットだと認識してはいても遠慮してしまったり、逆に人ならそうやるよね、という反応を期待してしまい、外れた時にがっくりきそうだ(これはリアル人間でも同じ事なのだが)。

 それとも、アダムのようなハイレベルのアンドロイドとなったら、人間と同じと考え、共に暮らすものとして、少しはがっくりきたり、イライラさせられたりするくらいのもののほうがいいのだろうか。
 

# by dezagen | 2021-04-02 19:05