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台北『中村至男自選展』を見て
・台北で新しい個展の展示をめざす
 
 グラフィックデザイナー、中村至男 http://www.nakamuranorio.com の個展『中村至男自選展』が7月5日より台湾台北市の文化施設、松山文創で開催されている。本来は9月1日で終了のはずだったが、好評を得て9月22日までの会期延長となった。
 今回の展示には私自身、スタッフとして参加している。コーディネーター兼共同プランナーといったような役割だ。内部から見て行ったこの展覧会の様子を書いてみたい。
(以下は敬称略、写真は中村至男、木村一心、渡部千春撮影)

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 中村至男の個展は、すでに日本では 2017年、2018年と G8他で行われているが、松山文創の会場はこれまでの個展とは規模が違う、500平米という面積での展示である。

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 ちなみに G8は120.01平米とのことなので、約4倍だ。2つの個展を合わせても足りないほどの大きさは、当初なかなか想像しにくかった。
 G8での2回の個展展示作品をそのまま持って行き、余裕を持たせればなんとか、という考え方もあったことはあったが、単純に過去の展示を持って行くだけというのは独創性がないし、台湾での来場者にも面白味なく映る。
 新作を入れることに加え、展示物の構成を変え、大きさを変え、見せ方を変えていく事で新しい展示として見てもらう。これを目標としてまずは肝となる作品、及び確実に展示する作品を決め、会場のおおよその設計が決まったところで、サイズや配置を考える。バランスを見ながら追加するものを考えて行った。
 
 バランスを見ながら、と書くのはたやすいが、遠隔地、異なる言語や異なるソフトウエアなど、様々なハードルがある。これをこなせたのはスタッフに恵まれたお陰である。
 主催会社 KKLIVE、JUSTLIVE就是現場  https://www.justlive.com.tw のディレクター、エリオット・チャンは会場の設営関係から経理、パネルなどの素材や印刷方法、販売グッズの管理、PRなどに至るまで全体を把握。彼のように全体も見つつ細かいところまで配慮をしてくれる人がいなかったら、今回のような完成度は望めなかっただろう。
 会場設計は VERY CONCEPTION 麻粒國際文化試驗 https://www.facebook.com/very.conception/ が担当。相互理解に齟齬がないよう、台湾在住の日本人設計士木村一心 https://www.isshin-taiwan.com に入ってもらった。木村一心がこまめにエリオット・チャンと VERY CONCEPTION とやりとりし現地の状況を伝えてくれたこと、かつ、3D データに慣れていない中村至男と渡部用に展開図、俯瞰図にしてくれたことで、格段に効率が上がった。

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 現地打ち合わせ、設営時、イベントでは通訳Chocoが細かくサポートしてくれた。言語を訳すだけの通訳の範疇を超えて、細かなニュアンスも伝え、なおかつ場の雰囲気からどのように動けばいいかといったアドバイスもくれた。台湾と日本の事情や常識感覚をしっかりと認識しているからこそできることである。

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・フローを考える
 
 展覧会の醍醐味の一つは動線という流れがあることだろう。例えばスマートホンや雑誌などで一つ一つのグラフィックを単体で見るのではなく、続けて見て行く。こうした流れの作り方は書籍と似ている。一連の流れを掴み、深み、和み、肝、穏やかな終わり(呼び方は私が勝手に群をまとめて呼んでいるだけだが)、というように緩急のあるフローを考えた。

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 まずは台湾の人にも馴染みのある現地で行われた『単位展』(2016年)のメインビジュアルや、中華系の人々にはウケの良い「a piece of spring」(2011年)、新作を最初の掴みとした。
 「ブルードラゴン」(2017年)やモニターを使う「Twin Unverse 」(2007年)などで少し余裕のある場の後に、台湾の人に認知度の高い明和電機の作品のコーナーをほぼ現物のみで密集させ、物量の多さ、細かさで密度が高い場を持ってきた。

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 和ませる部分は、ミッフィの作品(2017年『シンプルの正体 ディック・ブルーナのデザイン展 』での出展作品)や「私の部屋」パッケージデザインなど、ぱっと見てすぐ分かるもの。

 肝となるのは、会場の一番奥の部屋に設けられた、「どっとこ どうぶつえん」(初出2012年)、「Universe」(2018年)、「7:14」(初出2010年)の連作。スペースを広く取り、大きな作品をゆっくりと見てもらうことが狙いだ。
 日本ではなかった事の一つとして、「どっとこ どうぶつえん」の巨大な立体化がある。ワニは人が座れるほどの高さに、ゾウは高さ3メートルの壁を超え、幅は5メートル近い。巨大である。加えてその後ろ、壁の裏からキリンの長い首が見えているという構成だ。

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 会場他の壁面がほとんど白の中で、もともとの書籍『どっとこ どうぶつえん』に寄せ壁面を黄色くし、際立って華やかな場所になっている。ここは子供だけでなく、大人にもウケが良く。インスタグラムなどの SNS で見るとほとんどの人がここで写真を撮っている。

・大きさの力

 会場の床サイズも広いが、天高も高い。壁の高さこそ3mから3.5m と、ほとんど G8と変わらないが、天井の板がなく屋根そのものが天高となるので、上の抜けも大きい。この空間を活かす作品展示とするため、「春」や「7:14」を始め現地出力のものの多くはこれまでにない大きなサイズで出力した。最も大きなもので「a piece of spring」、「7:14」から2枚、「蛇口」(『Graphic Design in Japan 2013』表紙)で高さ約2m、幅約1,5m である。

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 自分の身長より作品が大きいと、見る側の目線も変わって来る。「7:14」の表紙のグラフィックでは、室内にいるような感覚になり、「蛇口」は落ちそうで落ちてこない水滴のギリギリの緊張感がより大胆に伝わって来る。

 立体的なモノとしての感覚やテクスチャーのない平面作品は、ネットでも簡単に見る事ができる。こと、中村至男の作品はグッズなどモノ化させたり、印刷のテクスチャーにこだわったりするものではなく、単純に視覚的な面白さを追求するものである。
 むろんスマートホンのサイズでも、PC のモニターのサイズでも、見たことには変わりはないのだが、そのサイズを超える印刷物で見てもらう事で、異なる視覚体験となる。
 中村至男の平面に特化した作品は、大きさやメディアに関わらず理解、解釈できるものだと思っていたが、私自身こうして大きく展示されたものを見ることで、より迫ってくるような体感として見ることができた。

・精緻さよりデザインの醍醐味に

 中村至男と仕事をするのは『明和電機の広告デザイン』(中村至男/土佐信道著、2006年 NTT出版刊)以来13年振りである。久しぶりに中村作品とガチで対峙することになったわけだが、以前に比べて随分変わったところもある。分かりやすいところではアウトラインが太くなって、大胆な作品が増えた事。また、ここ数年は特にくずしや、バグによるズレをも楽しんでいる。書道で言えば、楷書から行書、草書に進化しているようなものだろうか。

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 作品を大きく刷れば、イラストレーターのバグや線のつなぎ目のズレがより拡大されても見える。
「あえて残している部分もあります」と中村至男はいう。「自分の作品はそうした精緻さを問うわけではないんです。過去には神経質なほど線の位置にこだわった時期もあったんですが、今はそれほど精緻さにこだわりはなくなってきました。むしろ、正確さ精密さだけではないデザインの醍醐味に焦点を当て、見ることの面白さを拡大していきたいです」
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・「見る人」中村至男

 展示企画が始まってから開場(及びイベントなど)に到るまで、中村至男と何度もミーティングを重ね気付いた事がある。中村至男はあまりメモを取らず。メモ代わりの写真もほとんど撮らない。つまり、文字や写真の記録に依存しない、ということである。
 その代わり徹底的に「見る」。見たことを体感として覚えておく、頭の中に記録しておく。また、見る集中度も高い。中村至男とのLINE によるチャットで、強く記憶に残った言葉がある。どういう話の流れでそう言ったのか自分でも忘れてしまったが「井の中の蛙大海を知らず」と私が書いたところ、「大海の中の潮流(流行)、井の中の大宇宙を知らず」と返された。
 井戸(あるいは沼や池でも良いが)の中にも小さな生物による世界がある。ささいに見える事をじっと見続け、想像力をたくましくしていくと、新たな宇宙観が見えてくる。中村至男はその宇宙の中で広がっていく、見る楽しさを「視覚の喜び」と言う。

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 記録媒体なしで「視覚の喜び」を留める、自分自身の身体に留め、作品の中に留める。視覚体験も含め、自分の体感を信じて、極力余計な情報を入れないようにしているように見える。
 自身の体感を信じ、続けていくのは容易に出来ることではない。視覚を記憶し再現することは「頭が覚えていて頭が動く」ということになるだろう。頭に溜めて溜めて構造ができたところで表現にまで作り込む、これが中村至男の方法であり、それがゆえに出来ている作品群なのだ。

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 展覧会のイベントとして行われた明和電機との対談で、明和電機社長土佐信道がこんな事を言っていた。
「中村さんは、視覚の中の仕組みというのを必ず考えている。グラフィックを見た途端にクスっと笑えるような、皮肉もあって面白い、そんな瞬間が常にあります。明和電機というモチーフを使っても、やっぱりその仕組みがあって、それから頭にスイッチが入るのを今回感じました」
 こうした揺るぎのなさは長年付き合いのある明和電機でも、今回の展示で気付いた事だという。

 中村至男の作品すべてではないが、かなりの量の作品を俯瞰し、かつ、広いスペースで堪能できる展覧会に仕上がっている。9月22日ももう間近に迫ってきたが、日本ではまでできていない規模の大きなこの展示を1人でも多くの人に堪能してもらいたいと思う。

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展覧会の詳細情報はこちらから
公式 facebook
渡部千春の facebook(公式サイトの和訳)
justlive のチケット情報

by dezagen | 2019-09-07 13:23 | 展覧会
『これ、誰がデザインしたの? 続(2)』
渡部千春著、デザインの現場編集部編
美術出版社刊
04年以降の連載記事をまとめた2冊目の書籍。連載で紹介したアイテムのほか、名作ロゴやパッケージ、デザインケータイなどを紹介。
 
これ、誰が書いているの?
 
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