マレーシア長期留学2年目④〜高速グルグル New Year🐴✩.*˚〜
2026年 02月 21日
…2月後半でございます。ひひ〜ん…🐴
こちらペナンは、旧正月(チャイニーズニューイヤー)真っ最中です🎇
街は元旦よりもお正月気分でありますので、まだ間に合っている気がしています。
だって、元旦〜1月半ばまではまだクリスマスの装飾で、音楽だってクリスマスのままのお店だらけだったのです(笑)
という言い訳は置いておいて。
実は、クリスマスイブの発熱39度のあと…
だるい身体のままお正月を越え、完全復帰する前に待ち侘びていた主人のペナン入り!
主人との日々は、ゆっくりさせてあげられると思っていたのに、幸せと同じだけ怒涛のスケジュールで睡眠3時間コースの日々。娘もすごい量の宿題に追われ、夫婦に加えて娘までも痩せてしまいました
その1週間後にはAward's Nightというインター校の授賞式があり、娘は言葉ならないほど嬉しい賞を受賞🏆。感謝と感動…と同時にちゃんとマレーシアらしいぶっ飛び事件の連続もあり
涙が溢れる素敵な出逢いにも恵まれ…
翌朝、私、倒れました
最悪。情けない。
実情を知る人は「この半年に起きてきた事件の1つでも経験したら、帰国したいくらい心もげますよね。」と口を揃えて言いますので、確かに、何十回も心もげかけましたが
長年の教育現場指導で得た、大事な友人であり、ママ友であり、戦友でもある、元顧問のY先生♡につい先日2時間ほどお電話していたら。
「私に最近起きた事件なんて、安間先生の、どのエピソードにも敵いやせん。安間先生、ドラマみたいな人生っすよね。ちょっと信じられない。もうシーズン3入ったんじゃないっすか?凄すぎて映画化も大ヒットっす。私の事件なんて、鼻くそっすね。」と話していて、久しぶりのY節に大爆笑でした。(私はあなたに敵わないぜ!
幸せホルモンって本当にすごい。
それだけ、彼女との友情や絆が熱いのだと、嬉しかったです。
一区切りということで、身体がリセットしようとしたのかもしれませんね。
今回はそんなお話だけ。
私たちは入院・手術・検査だけでなく通院も、基本全てが即日ノーキャッシュになる日本の海外保険に入っています。
病院に着くまでに保険屋さんへ連絡すれば、到着までには病院にも確認が取れていて、一時負担金もなく、とてもスムーズ。
海外では数日入院だけで数十万、さらに手術費用は非常に高額ですし、マレーシアも同様です。通院やお薬も高い。
保険では一部の負担しかないものも多い中、全てまるっと無制限ノーキャッシュは本当に助かります。
保険費用は2人で50万弱とお高めですが、不安や迷いなく病院にかかれるのは何より心の保険にもなり、有難い、重要な存在です。
4週間ほど前。
*あとで触れますが、これは私には結構よくあること。
なんか気持ち悪いなぁとベットで横になりました。
(頭痛や痛みは、強膜炎の時と同じくらいのキツさ)
視界がシーリングファン(強風)のように回ります。目も追いつこうと高速で左右し目の神経が切れてしまいそうな感覚。
目を瞑るとコーヒーカップで高速回転したみたい。「クラクラする」というのとは、次元が違う。これまで経験した『目眩だと思っていたもの』は、軽い立ちくらみなのだと知りました。

主人と母に連絡し、少し横になれば治るのではないか?という昭和な考えで、3時間ほど待ってみるも、悪化するだけ。回転も一向におさまらない。
無理やり立ち上がってみようとしたら、誰かに張り倒されたように斜め後ろにドスン!と倒れました。
もう一度立とうと試みるも、今度はフードを引っ張って後ろに引きずられたように、ザザザザーッと、大きく後方に転倒。とても怖い。
這いつくばってリビングまで行って、仲良しのNさんにヘルプコール。
Nさん曰く「千紘さんのお家にお邪魔し、どこかから私を呼ぶお声がするのに、見当たらなくて、ソファで倒れていたのを見つけた時、透けている?と思うほど弱っていて、本当にびっくりしました。真っ青で、可哀想で可哀想で、ただ事ではない状態でいらっしゃいましたよ💦」とのことです。
私は透ける能力があるようです。
世界的に展開している大きな私立病院です。
お昼過ぎに到着・・・
検査への移動も看護師さんが車椅子で運んでくれますが、その車椅子の運転の荒さがすごい。一番ダメージを受けた気がします
「速いよー!」「カーブ緩めて!」「あ!誰かに当たった!痛い!」「段差、段差、頭ガクガクしちゃうから!」と、声に出ないので心で叫びまくり、ヘナヘナです。眩暈も止まりません。
Nさんも追いつくのに必死で申し訳なかったです。
1人だけ、とても穏やかに対応をしてくれた看護婦さんは、おトイレ(尿検査)にいく時に私のおパンツも脱がそうとしてくださって、とても恥ずかしかったです。
そんな羞恥心が消えていないあたりで、「私、大丈夫ね。」と感じました
ほっそくて高い場所にあるU字のフックです。
(何なら前日から食事してなかったので点滴が欲しい)
こんな大きなバック絶対かけちゃいけないやつ。(タオルや防寒着、水筒など緊急病院グッズ一式)
「絶対誰かに怒られるよー
(そもそも、口も脳も十分に動いていた)
でも時間はどんどん経つばかり。
夜の9時あたりになって。Nさんも娘さんがお二人もいらっしゃるのに!こんなに遅くなってしまうなんて。上のお嬢さんが高校生でお食事などは自分たちでまかなえるとのこと、引き続き胸を痛めつつ甘えさせていただきました…
ぐわんぐわん回って終始気持ち悪いけど、昨夜の7時から丸一日以上食べていない状況なので徐々に空腹で気持ち悪いのかもしれないとも感じました。
空腹の低血糖で倒れてもご迷惑です。
「こんな時もお腹空くんだから、大丈夫だ」とまた不安が消えました

病院に到着してから3回目の問診にて、(情報共有してほしい)
看護婦さんが真っ青げっそりな私に「Throw up? (吐きそう?)」と尋ね、「No, … I'm hungry」と答えてしまった正直な私。恥ずかしい。
看護婦さんがちゃんとカップに注いでくれ、追加のクッキーも
Nさんと6枚のクッキーとホットチョコドリンクをありがたくいただきました。「これは忘れられない美味しさだね…」とNさんとニッコリでした。
日本の病院では、まずない対応ですよね(笑)したくても、色々問題になっちゃいますもんね。
目はグルングルン
そして気持ち悪い時でも固形物食べられるのは、相変わらずです。
目がグルングルンなのに、何か見える。
アリンコです。
かなり立派な大きい病院なのにアリンコが出没したことも怖いし、強度の眩暈より、虫さんへの恐怖が勝った自分の能力が怖いです。
涙を浮かべて、産まれたばかりの可愛い赤ちゃんの写真を見せてくださいました。
これも何かのご縁なのかなぁと。私まで立ち会えさせて頂けたような気持ちになり、感動しました…
ベットでひたすら検査待ち&脳外科受診で、結局23時までかかりました。
母子留学中で娘がいると伝えたら理解くださいました。転倒の危険を考慮してこのまま入院した方が良かったのでしょう。主人がいたら、そうしていました。
*夕方に帰宅する娘のことは、Mr. Alex(送迎ドライバーと家庭教師、家族ぐるみの大切な仲)が安全に送り届けてくださり、娘とも常に連絡をとって、主人がオンラインで終始見守ってくれていたので、安心していました。
そして娘はこういう時にすごく強い子で、本当に助けられました。
でも時間はちゃんとかかるし、変わらずに受験生ばりの過密スケジュールなので、やっぱり心配でした。無理をしているに決まっています。
Nさんが付きっきりでいてくださったことへの感謝と申し訳ない気持ち、甥っ子さんのお子さんの誕生、高速眩暈以上に早く感じた高速車椅子の恐怖、クッキー、アリンコ…
あれ、私の病名って・・・
脳が除外できただけで、何もわからなかった。
(眩暈への知識も少ない)
ただの疲労ですね〜とも言われてないし…
次回の予約は二日後。
お医者様もちょこっと「耳鼻科に」と言ったけど、耳鼻科、予約されてない…
あ!
それに私、昨年1年、頻繁に耳管開放症という厄介なのに罹ったんだ!きっと関係しているに違いない!
喉元過ぎれば熱さを忘れるで、完全に抜け落ち。。。
と、翌日ベッドで反省していたところ、
娘のクラスメイトであり仲良しのAliceママ(中国人さん)から別件連絡あり。
Aliceママが「状況、症状、できる限り全部私に教えてください。私が診断します。」と。
細かく質問をくれて、それに短く回答していきました。
でも、(次回お医者様に伺いやすくする為)あの手この手で調べてみるねという意味なのだと思いました。
で「私の診断は、イチカママは前庭神経炎だと思われます。だから大丈夫、あなたはひたすら眠ります。そして栄養をたっぷりとって。ビタミンサプリも必要です。そうすれば治ります。眩暈は最低でも2週間以上はかかるでしょう。」と。
何度も言いますが、お医者様ではありません。
スマホを見るのも定まらない状態だったので、前庭神経炎という言葉を知れて、すごく助かりました。
私も、昨年の耳の異常や年末の高熱などを含め、そうではないかと思い、すぐに耳鼻科の予約をNさんに代行してもらいました。
即座に対応いただけ、おかげで早くに診察を受けることができました。
*こちらでは英語でのやりとりがメインですが、個人的なお友達などは相手の言語でメッセージを送り合うことが多いです。例えば、ビジネスとして知り合った方も、お仕事では英語だけど、内容が個人的だと相手の母国語に直したりということもよく経験します。
(⬇︎今現在、許可をいただいて掲載しています)
余談ですが、マレーシアでは語尾にYa、Lahなどをつけて「ありがとうね」「ごめんね」と、親しみを込める表現として頻繁に使われています。
なんなら「Ya!
そして同じ学校で年上のこれまた大の仲良しな台湾人Tony君のママさんとも連絡することがあり、同じく状況を簡単にお伝えしました。
私は日本語を翻訳アプリで英語に、それをまた日本語に、単語の語源や使用法を調べて意味合いをすり寄せ、いくつかの翻訳アプリで確認…を相当回数繰り返します。その時間が相手の文化を知れる良い機会になりますし、その時間がお気に入りなのです。
Tonyママとも「時間がかかってしょうがないし、もっとこなせたらいいけれど…互いに残るものだから、丁寧に向き合いたいのよね」と、笑い合っています💦
移住して2年、翻訳への感覚がここまで似ている人と出逢えて嬉しかった。
日本語に大変興味のあるご家族というのもあるでしょうが(日本に旅行するときは3週間以上は滞在しているそう!)、異国のお友達で気持ちが似ている方に出会えるのは、とてもホッとします。
繁体語は、そのものも芸術的な形や表現が多く、さらに日本語にとても似た言葉の柔らかさがあって、温かく控えめな表現が豊富であることにも感動します。察しの美学がそこにあるのです。
体調を崩した私の心は、どれほど救われたことでしょう。
ただ、良かれと相手の母国語を尊重したことによって、真逆の意味になったり、全く意味が通らない言葉になってしまうことも多い。
お互い大恥!で笑って済めばいいですが、重大な勘違いで誤解が生じたり、大変失礼になってしまうこともあります。
翻訳アプリやAIは素晴らしい進化を遂げているけど、ニュアンスを全て正確に伝えるのは難しい。
国や文化が超えて愛や友情は生まれても、異国の方の感覚を知るには双方大変時間がかかるものという側面も忘れてはいけません。
私が行った病院は英語ではなくマレー語の方が主体で、時に簡単な英語も時々伝わらない時も。受付も人によってマレー語のみの場合もあります。簡単な英語で話してくださっても訛っていて聞き取れなかったり、看護婦さんが翻訳アプリを使ってくださっても、意味不明な日本語にお互い「?」な時だってあります。
問診は大概のことがなんとなく分かっても、細かいことを伝え合うのは通訳さんを通しても容易ではないのです。
まぁ、日本語同士でもなんか伝わらない…時もありますよね、人間ですから💦
でも一生懸命やりとりしてくださる姿勢だけでありがたいことです。
お互い様だと歩み寄って理解や信頼に繋がることが理想ですが、他国の人が困っていてもコソコソ嘲笑する人は世界のどこにでもいます(日本人含め)
1人の通訳さんがムスリムの方で。
「私は日本の食事が大好きだけど、きっとムスリムのハラル/ハラム(宗教上の禁止)を理解できている日本人は少ないと思う。豚肉以外のお肉は食べられるけど、動物の殺し方、捌き方(誰が行うかも含む)が間違っていたら私たちは食べられないの。難しいと分かっているし、求めるのは申し訳ないからお伝えしないけど…」とおっしゃっていました。
………………………………………………
メニエール病との違いは、耳鳴りの有無だとか。
(メニエールを患った知人も多く知っていますので、どれほどお辛いことかと思っていました。)
またBPPV(良性発作性頭位めまい症)とも違って、完治に長期間かかるそう。
2週間の眩暈の継続、回復に1〜3ヶ月がかかるのが特徴だと。
眩暈は数時間休めば大概治るものと勝手に思っていました。
*が、のちに私は前庭神経炎と同時にBPPV(耳石が移動)も併発していたと知る。
回復にはお薬飲んでとにかく寝る。
そして、絶対に1人で行動しない。家の中でも1人で行動しないこと。
包丁や熱湯を扱うなど、お料理などはもってのほか。
とのこと。
娘不在時は、私1人なのよ…
でも、実際本当に歩けない…
転倒でもしたらマレーシアの硬い石の床でひとたまりもありません。大迷惑。
(発症した日の2度の転倒でよく頭打たなかったなぁ。あちこち打撲と捻ってしまったけど。)
Nさんのアドバイスで、キャリー付きの椅子ちゃんが大活躍でした。
それに、我が家は段差がなく、ほぼバリヤフリー!
後に主人とペナンで過ごした様子を書きますが、主人も「部屋が広いと、トイレも遠いし移動だけで足にくる…」とぐったりしていたので、キャリー椅子ちゃんは本当に支えになりました。
移住当初、ペナンのニトリで娘のお勉強机と一緒に買った、可愛いモコモコキャリー椅子ちゃんを貸してもらいました。

1人のトイレは、ギリギリまでハイハイで進みます。
膝っこじょが、擦り切れまくり
トイレの床の除菌&掃除、こういう時していてよかったと。
娘も必死に綺麗にしてくれました。
………………………………………………
1週間ほどひたすらに寝て。眩暈の角度や回転速度が緩くなった!
常にゆんわりやや縦方向に回って、ゆんわり上下してる。これなら怖くない。
(劇場ステージの巨大円形状のターンテーブルの回転型舞台機構・ドリフターズの場面転換などで見たことある方も多いのでは?)
青劇=惜しまれつつも今は無くなってしまった最高の舞台機構を兼ね備えた青山劇場
新国立=今も健在、我が家からとても近い大劇場、新国立劇場(大中小の劇場があります)

と、調子に乗って廊下を歩いていたら、知らぬまに斜めに進み、おでこを壁に打って、おでこ削れました。痛い。

お医者様が「絶対に1人で家の中を歩かない!」って指差してキツめに言いながら去って行ったもんね。
反省をし、またモコモコキャスターに戻りました。
数日後、メリーゴーランドの回転、さらにゆるくなったんじゃ?と思って、またキャスターからスッと立って、冷蔵庫開けたら、後ろに尻餅ついて、手首を痛めました。

(その間、脳外科は受診)
ペカーッと治った感じ!
ヤッタァー!
歩ける!と思って家の中を普通の早足で歩いて過ごしたら、翌日に内転筋が筋肉痛になりました。よっぽど筋肉使わずに過ごしていたんですね
ただまだ上の方を長く見るのはできず、高い棚の上の方を見ていたら、知らぬまにふわ〜っと後ろに倒れ、あわや大惨事だったり(娘がいたので、娘が全力キャッチ!)、久しぶりにお風呂に入れて、首まで浸かったら、耳と脳が膨張して弾けてしまいそうな感覚?になりました。ちょっと怖かった。
お医者様へ「I'm Very well!!」とポージングをしてアピールをするほどご機嫌で診察室に入室。
お医者様も拍手をして「Wow!! Gooooood!!!!」とにっこり。
が。
「でもね、君は治っていないんだよ。さぁこっちで治療しましょう。(英語)」
と別室へ。
診察初日にも施術した、怖いやつだ!
エプリー法という、ベッドから頭だけをガクーンと90度に落として寝て(それだけで怖い)、先生がグルングルン回して、耳後ろあたりを叩いて、目を指示通りに動かす…という怖い怖い方式。(荒療治としか思えないけど、れっきとした正しい治療)
患者の目の動きで耳石の位置を特定して動かし、修正していくのだとか。
そして激しい吐き気!!
「あなたの中にある目眩の種をこうやって呼び起こして、悪いものを押し出しています。回復に必要なのです。」と通訳してくださいましたが…怖いー!私の悪い種、早くなんとかしてくださぁーい!
(エプリー法の直後は強い目眩がするのがノーマルだけど、大概の患者さんは眩暈が増して怖がるそう)
「目眩の種」と翻訳されたものは「耳石」のことなのか、まだ完治していないという比喩なのか…後に詳しく聞いたら、両方の意味だったみたい
種?耳石のことかな?と思った時すぐに「私は前庭神経炎ですよね?BPPVではないですよね?」と尋ねると、「一緒です」と。
それにフラフラで気持ち悪くってもう尋ねる余裕もありません。
あの回復を噛み締めた時間はなんだったんだ!と絶望感でいっぱいに。
もはや怒りにも変わってしまいそう。

そしてお医者様は「まだ単身行動禁止!お料理禁止!ナイフ禁止!」と廊下で指を刺して忠告し、去っていかれました。
が、
本当にがっかり。
Nさんと楽しくて浮かれたせいなのか、やはりエプリー法で悪化したの??(一時的に悪化するのは通常で、次の日まで続くことはあまりないそう)
エプリー法のことを調べたら、BPPVには効果的だけど、前庭神経炎には不適切と…
主人や母、Mr.Alexも大いに心配して色々調べてくれました。
別の医院のお医者様に経緯を伝えお尋ねしたら、義務ではないし、今の私だと心配だから拒否をしてもいいのではと。
(いつもとても親身になって時間をかけてお相手してくれ、娘の書道のグリーティングカードも先生の診察室に飾ってくれているほどお優しいローカルの先生。日本語まじりで話してくださいます。)
よし、次はできるだけお断りしよう。
診察室を出る際に先生に深く頭を下げてお礼をお伝えした瞬間、先生と看護婦さんに「頭下げちゃダメー!!」とステレオでご注意を受けてしまいました。
その夜の私の顔は、目の周りが真っ青で、おでこやほっぺは真っ赤。
娘が、
次の通院。
(最初は前庭神経炎とだけ聞いていて、前回はあやふや。)
通訳さんを通して何度確認しても、同じ答え。
諦めずにもっと伺うと、「病気が一緒」なのではなくて「あなたの中に同時に起きていて、その程度は(前回は)どちらも一緒」ということだったと、わかりました
前庭神経炎とBPPVが最初から併発していたそうです。そういうケースも珍しくはないそう。
安静にしすぎることでBPPVになる人もいるそうですが、私の場合はとにかく眩暈の度合いが強く完治に時間がかかりそうだと言うことで、絶対安静だと。
可能性として、最初の高速眩暈の転倒で後頭部を激しく壁に打ったこと(石頭で痛みはあまりなくても)で、BPPVになったのかもしれません。
数回通院し、その都度通訳の方達(2名入れ替わり)も必死に色々な言葉で表現してくれましたが、通訳ミスではないと思います
最初は前庭神経炎が強く出ていて、前回は同じくらいの程度、今はBPPVの方が残っている感じとのこと。
初回に行ったエプリー法は、主に耳石を確認する為に行なったもので、前回は、BPPVへの処置で強めに行ったそうです。
前回のエプリー法で次の日も眩暈や吐き気や耳鳴りがしてしまった(悪化した)のは、先生も険しい顔をされ「ごめんね…」とのことでした💦やはり強すぎてしまったそうです。
………………………………………………
「Don't use a knife!!!(ナイフ禁止!)」と廊下で指さしながら去っていった先生とは思えないほど、にこやかです(笑)
激しく顔を左右にブンブン!🫨
と叫ぶ私に、通訳さんが吹き出してました。
その後、エプリー法もするというので、通訳さんを通して明確に拒否。
でも「やります。やったら治るから。必要だから。」とニコニコ。
*通訳さんには事前に状況や不安や疑問を全部伝えています。そして私自身もそれを全部英文にして用意していた(先生が褒めてくれた)ので、先生は理解した上で「必要」とご判断。
先生「Understood?
私「No understand...」(わかりません)
先生「Understood?HUHUHU
私「No〜u! NO NO!!
看護婦さんも笑いながら私を処置室へ連れて行きました
連行です。
もう、なす術なし
義務じゃないのにぃー!
あんなに断ったのにぃー!!

(治ってきているから程度が変わったのかしら)
先生に半泣きで「私の耳石は今どこにあるの?見えないのにどうしてわかるの?」と尋ねると「うふふ〜(笑)君の言いたいことはわかるけど、そうだなぁ…この辺りにいくつか残ってる。でも前庭神経炎はほとんど治っていて、BPPVはあと10〜20%くらいで治るから、安心してください。でも、時間はかかります。」
その後、しばらく気持ち悪かったので、1時間ほど病院の椅子で目を閉じ、休んで帰宅。
*この日もNさんは念の為に同行くださり(病院としては1人で行動はまだ禁止なのもあり)、処置の後ご用事があって急いでお帰りになられました。
帰宅後もまだ気持ち悪さはあり、ちょっとダウン。
エプリー法をしない方がもっと早く治った気がしてしまうけど、やはりハンサム先生が正しかったのかなと…先生は著名でベテランの名医でいらっしゃるようです。(旧正月のお祝い品も診察室にたくさん届いていました)
何より、後半は特に私が変な英語でヤイヤイ言っていたのに「めんどくさい、うるさい患者だなぁ」という態度もせず、笑顔で全部お相手をしてくださり、人格者であられました…感謝です。
ともあれ、私の場合は発症から4週間後の今、こうして長い文章を書いたり、お絵かきをするほどに回復しております。あぁ、よかった。
そっちの方がもっと鋭利で目がツクツクします!全く見れないよー!!
先端恐怖症の症状を知らない先生なのか、とにかく眩暈どころじゃなくなりそうでした(それならいいのに)
………………………………………………
もう1つ気になるのは。。。
今回は確実に耳から来た眩暈が中心でありますが
20年以上前、当時数ヶ月待ちの頭痛専門医(大変権威のある先生)を受診したことがありました。
アインシュタイン?

ご説明くださっても、素人(当時20歳くらい)にはあまりわかりませんでしたが、どうやら、特徴がいくつか似ているということのようでした。
そっくりということではなく、ここのしわが多めで似ているねとか、ここの溝がちょっと狭いよね、とか。その関係で伝達や処理が早かったり、同時に認識ができたり、置き換えや組み合わせが得意だったり、どれもいいことで、心配はいらないよとのこと。
頭痛については、一般よりかなり頭蓋骨が小さく、脳は少し大きめであるのも原因だそう。
「君のせいじゃないよ、お母さんがこんな風に産んだんだから、お母さんのせい。」とまで言われて、母娘でショックを受け診察室を出た記憶です。(母も付き添ってくれていてたので、余計に傷つきました。)
研究のために記録を使用させてもらいたい。とも言われましたが、お断り。アインシュタインじゃないし、母は何も悪くないもん。
ちょっぴりアインシュタイン風でも、
ナントカと天才は紙一重と言いますから、私は残念な方なのでしょうね

自分の特徴も思い出し調べてみると、その髄液の少なさゆえに、眩暈も発動するということも書かれていました。
今回、
耳も異常があったし、完全に極度の疲労も後押ししていますが、やっぱり脳の関係も拭えないのでは?
これまで発症しなかったのは運が良かったのかもしれない。
長年、あんなに頭を振って激しいダンスを行ってきたのだから。
医療研究も発展していて、もっと正確に調べることは可能でしょうが…とにかくそれは特性なのだし、アインシュタインと呼んだ先生がおっしゃるように、私のギューギューブレイン🧠は生まれつきなのだから仕方ないことです。だからお付き合いしていくだけ。
………………………………………………
ちなみに、眩暈の期間、1つ良いことがありました。
それは、幼少からの大きな悩みだった睡眠(寝つきが本当に悪い。4時間くらいかかることもざら。)が、目がグルグルする事で眠りに誘われるという効果があったこと。
シーリングファンや高速コーヒーカップの時は眠るなんてとんでもなかったですが、後半のゆるい眩暈の継続は、睡眠へと誘われ、心地よかった感覚すらありました。
*髄液が少ないと、めまいも不眠も起こり得るそう。そうか、不眠も髄液の関係なのかも!
集中力の低下もあるそうですが、集中力だけあるタイプ(ずっとアクティブで困る)なので、なんでも人それぞれですよね💦何にせよ特性であり、誰でも何かしら持っている、ということ。
Tonyママも
『今回はたっぷりの睡眠がとれるという、所謂「禍福は糾える縄の如し」といった幸運でもあります✨。あなたの前向きな姿勢が一番の薬ですね💪🏻!』
と
初期の更年期もあるでしょうし、気をつけるけど、気にしないことにしよう。
さらに先生からの助言で、私に元々あるコーヒーとタバコのアレルギー(香りでも熱が出たり倒れてしまうケースもある)や、食べて不調が出るいくつかの食品は、間違えても絶対に摂取しないようにと。確かにそうですね…
ご迷惑をかけないよう、油断しないで、調子に乗らないよう気をつけます。

まるでヨーロッパの貴族のように、美しく振る舞いたいでございます。オホホ。
できないことを考えるより、できることが増えたら、楽しいです
もう1つの視点。
私は、体調不良になると、すごくすごく、悔しくて情けなくなります。
(さっき前向きだった癖に
誰にでも起き得るけど、怪我や風邪をひくことやこうした今回の不調の時も、ものすごく自分に怒りを覚えます。
その所以のことも、少しだけ書いておきたいと思います。
やはり芸術・芸能の中で育てていただいたことがベースにあります。
誰しもがご存知の名俳優方のお背中や、今では大御所になられている方々の下積み時代の努力もたくさん拝見してきました。
撮影の待ち時間に、キャスト同士で戯れるのではなく、何度も鼻うがいをしたり、体を隅々まで整えて、お芝居の確認をしながら準備なさったり…
名の通った俳優さん、美しい女優さんが、楽屋を散らかし、夜も大はしゃぎ。お酒の場所で羽目を外し、思いがけない事件や怪我に巻き込まれ出演を余儀なくされ…制作側は各所スケジュール調整や寝ずの編集に追われてしまう。駆け出しの若手の方でも、そういう状況を多く目にしました。
スタッフさんが嘆いておられたこと、子供ながらに複雑な心境でした。(胃が痛くなることも多々)
どんな役にも自分の代わりはいない。
親の死に目、子の死に目に逢えない、厳しい世界だと感じていました。
本当はどんな役にもアンダースタディという代役さんがいますし、代役を見事にこなしたことで大きなチャンスを得た役者さんもたくさんおられます。ある意味自分の代わりはいくらでもいるとも言えるからこそ、より全うしなくてはと身が締まるものです。
20歳くらいだったか、本番3週間前に、自分の筋肉で肺に穴を開けて(肺気胸)、肺の70%が萎んでしまった事もありました。
踊っていて、やけに苦しいしチアノーゼになる、前屈するとボコボコいうなぁと思っていたら、結構重度な事態に。チューブを入れて膨らます手術をして、1ヶ月近くは安静。と言われましたが、手術は拒否し「安静2週間で100%肺を復活させるから帰宅します!」と、気合いで全力安静(どんな気合い?)
また子役時代の12歳くらいの頃…
『渡る世間は鬼ばかり』(泉ピン子さんの娘役)の全国公演を行なっていた際。
1ヶ月半くらいでしょうか、家族と離れ、マネージャーと付き人が行き来してくれながら、1人ホテル住まいをしていました。
その長い舞台公演本番中に、人生初のものもらいになりました。1日2ステージあり、病院に行く時間は無いと思った私は、直感で、その舞台で共演していたあるベテラン女優さんの楽屋を尋ねました。
事態を知ったその女優さんが、すぐにお持ちだったつげ櫛を取り出し、畳で擦って摩擦熱を起こさせ、その温まったつげ櫛を私の瞼に当てる…を何度も繰り返してくださいました。
(その間、「よく冷静に私のところに来たわね…エライエライ」と背中をさすってくださいました。付き人の方々も温かい飲み物などを出してくださって、見守ってくださいました。)
すると不思議な程に、数時間で治ったのです。
古くから伝わる民間療法的な温罨法(おんあんぽう)の一種で、つげ櫛からでるつげの油分にも効果があるそうです。
舞台へは支障なく出演ができました。
のちに母やマネージャーに伝え、改めて心からのお礼を致しました。
私はそれ以来、つげ櫛をお守りに持ち歩くように。
このように、長年さまざまな経験を積まれたベテランの方々のお知恵と愛にもたくさん支えられてきました。
*そして実はAliceママが今、お目目の疾患で悩んでおられ、この方法をお教えしました。
↓相当古い新聞の切り抜きなど、久しぶりにみると不思議な感じ。
昔はテレビ雑誌も多く、新聞などにもたくさん掲載してくださっていて。その一部ではありますが、こうして母が保管してくれていたのがありがたいです。
いつの間にか自然とこの道にいた私は、当時はほとんど読み返したりしていませんでした。母の集めた分厚いスクラップブック達、この歳になってまた貴重な愛の思い出となっています。

どんなお仕事も、使命を全うするのは当たり前です。
(多くの方に夢や希望をお届けするということは、それを壊すことだってできてしまうのですから)
実在する歴史上の人物などを演じさせていただいた際はお墓参りとお礼参りもいたします。
どう選択し、どう在るべきか——
多くの命と想いあって成り立っていることへの感謝。
強制された事も、厳しく指導された事もありません。
神様を信じる世界と同じように、己の中にある信念が消えないだけです。
*4歳からこの世界にいたこともあり、下積み時代と呼べる時期がなく、諸先輩方に丁寧に言葉でご指導を頂くという機会はほとんどなかったのですが、肌で五感で、たくさん感じさせて頂きました。
今、私は、異国にいて、
全力でお母さんを全うする使命です。
(多少の仕事は継続しています。)
親に何かあればすぐにでも帰国しますし、娘に何かあればどんな状態でも駆けつけられる身です。
………………………………………………
私が一番目眩が酷かった時の付き添いでは、先を読んで、病院内のあちこちに走ってくださいました。
長年移住されているからこそ得た知識や、前職のご職業柄(とても立派なお役目を果たされていました)のご経験も含め、本当に十分すぎるサポートをしてくださいました。
サポートの質も、お人柄が本当に出るものです。
自分の醜態を見せてもなお、安心できるという人はなかなかいません。
さらに、こちらのタイミングや気持ちに寄り添った上で、お食事を作って届けてくださり、娘のお弁当まで2週間も作ってくださいました。
私に言わないだけで、もしかしたらお辛い日や大変な日だってあったのではないかと申し訳なく思います。
Nさんは毎日「お口に合うかしら?」「今日のトムヤムチキンは辛くなかった?」「ご飯の量はどう?」「明日は餃子弁当だよ!」「残さずに食べてくれてありがとうね」と、いつも気遣ってくださり、娘も毎日「今日のお弁当もとってもおいしかったよ、お味もちょうどいいのよ、ありがとうございます」とボイスメッセージをお送りしていました。
カリカリチキンのクレイジーソルトが登場した時は、
「カリカリチキンさん🐓とっても美味しかったよ♡」と(笑)
そんな優しいやりとりも含め、
娘のお弁当保冷バック(これはうちの私物)に、娘の名前を可愛く書いてくれました。食べ終わったお弁当箱も受け取ってくださっていたNさんですが、この日は娘が持ち帰りました。
お弁当のお包み風呂敷を洗ったりアイロンをかけたりもできなかったので(これはNさんの)、ちょっとしたおやつを忍ばせ、返却させていただきました💦(娘撮影)
ある日、Nさんのご家庭でそうした話題をしていた訳ではない時、Nさんがお弁当を準備していた背中を見て、高校生のお嬢さんがふと「お母さん、私たちやっと恩返しできたね」と呟いたそうです。
そのお嬢さんの言葉こそ、人と人が支え合う温もり、ご縁の美しさを表しているなとジーンとしました。
………………………………………………
私が倒れて深夜に帰宅した翌る日、Nさんは大切な予定を変更してまで、私のところに美味しい肉じゃがを大きなタッパーいっぱい、そして上品なかぶらの京風煮物、梨を持ってきてくださいました
肉じゃがは2度のお夕食にしっかりいただく事ができて、心身に沁みました。
あのタイミングで、きちんとした栄養補給が出来た事がとても効果的だったと思います。
先ほどの俳優・舞台人の心得?と同じですが、私は体調不良時こそ、食べる!高熱があろうが、気持ち悪い日だろうが、バクバク栄養摂って早く治そう!とめちゃくちゃ食べるタイプです。
がしかし、、、今回の目眩症状は、食べることはできても(たまに口の位置間違えるけども)、洗ったり、片付けたりが、全くできない
主人も「体調不良とは違うと思ってね。眩暈は侮っちゃダメだよ!一瞬でとんでもない場所まで倒れたり、気絶するほど打ち付けたりしちゃうんだからね!」と何度も何度も言われました。
辛い時、一緒に楽しむところまで導いてくださる。
Nさんとの時間は、病院でも、お家でも、メッセージでも…ずっと心に楽しさを忘れないでいられました。まさに回復への大きな助けです。

2人にお願いして、きっとこの辺りにはほぼ回復しているだろうという日程に合わせて、Nさん、Mr. AlexやALICEママやTonyママへ、そしてエプリー法についてご相談したお医者様へ、お礼を兼ねたささやかな贈り物を日本から送ってもらいました。
Nさんには、過去にも母からお手紙をお送りしたこともありましたので、今回も一筆添えてくれていました。44歳になる私ではありますが、母にとっては、娘のお世話を献身的にしてくださったNさんへお気持ちを添えたかったのだと思います。

私が使っているのは卯るし庵の『極細箸 1膳』というシリーズなのですが、完売で。。。
*某一流ホテルの中国料理店で使用されていて、お店の方に教えていただいたのです。
日本の色の名前(伝統色)ってなんて優美で情緒があるのだろうと、Nさんともうっとり話したこともあるので、きっとこの贈り物がぴったりだと思いました♡(うちは3膳。なぜ4色買わなかったのか不明)
下の写真の上部にあるのが卯るし庵です。
細いお箸で頂くと、なんだかお料理がより美味しく感じるのですよ(笑)
Nさん&お嬢さんたちも喜んでくださったようで、よかったです♡

これ、実は娘が学校の授業(Chinese New Yearに合わせて)で作成したもの。
最高に可愛い。こういう経験をさせてくれるのが本当に楽しいですね。
娘はお顔がない方が表情を想像できるからとあえて書かなかったのですが、1頭だけお顔と立て髪が入っているのは、知らぬ間にクラスメイトの誰かが描き入れちゃったんですって(笑)でもどちらも可愛いですね♡.*˚
1cmほどの、本当に小さなお馬さん家族です。

丸一日、旧正月にまつわるアクティビティをしてとても楽しかったそうです。お友達のお母様のお手製の縁起のいいお菓子や、先生からもらったおやつや飲み物など、嬉しそうに抱えて帰ってきました。
娘は今年の元旦明けに行ったモールのセールで買ったチャイナドレスを着て行きました。
(少し前にオープンしたちょっと遠くの総合施設)
大人のXXSですが、膝が隠れちょうどいい♪
みんなにも好評だったようです(笑)
お馬さん🐴をイメージしたCNYダンスにも参加し、センターで踊らせて頂けたのだそう。
事前に特別映像を撮影し、イベントで放映
娘が、ある仲良しの先生に私の現状を伝えたそうで、その先生がこっそり「元気が出ますように」と、動画を送ってくださいました。
普段から仕上がりに大満足しています。マレーシアに来てから、5店舗くらい回って、悩んでいたのですが…まさかここまで正確に私の希望を叶えてくれる人に出逢えるなんて!「私、次回はもっと上手くできると思う。研究しておくね」といつも徹底してくれる。
(いつの日か、このマレーシアから旅立つ日が来た時、彼女との別れはとっても辛いと思います。)
細かい歪みや厚みや硬さが気になるところが、似ているのでしょう。
以前、ちょっとしたデザインをお願いした時、19回も描き直して、もう後半は2人で大爆笑でした
そして夏に1ヶ月半帰国した間も、全くトラブルなし。普通ならちょっと空気が入ったりするのに、すごい。
彼女の技術の高さも勿論、使っているネイルの液剤が日本より私の爪に合っているのかしら。
マレーシアではこちらが納得していなくても「これでいいよね?」と強引だったり、ちょっとその場で修正をお願いしたら「次回はちゃんとしますね」みたいに、よくわからないことを平気で言ったり(笑)「早く仕上げてさっさと終わらせよう」と言わんばかりのネイリストさんにも結構遭遇してきましたもん(評判のいい丁寧な人も勿論いらっしゃいます!)
彼女は「絶対要求に応えたい、時間がかかっても完璧に仕上げたい」という強いプライドがあり、こんなに徹底したネイリストさんに出会えて感動です。
それに日本より安くて、衝撃的。
でも、施術の途中(オフしている時とか)に「ごめん、5分、3分待って!」とダッシュで裏でランチを食べる、可愛いマレーシア〜ンな一面もあって、好きです(笑)
娘のこともとっても可愛がってくれています
絶対似合うからとオススメされた日本製のマグネットジェルネイルを4重に塗って(爪側ではなく、指の腹側から磁石を当てると、鉄粉が魔法みたいにもっと輝く!)、さらにキャッツアイジェルネイルで覆って柔らかさを出してくれました。吸い込まれるような深い輝き…まるでルビーみたい!💎とても嬉しい。
「あなたが元気が出るように、それに、お家の中でも新年を気持ちよく過ごして欲しいから、私からのサービス!」と言って、キャッツアイネイルはサービスしてくれました(泣)
写真だどあまり伝わらないですね💦
(サイドが滲んでいるように見えますが、反射?です。)
大雨でもあったので、きっと空いているかなと。
何かあればすぐに帰ればいいのですから。
予想通り、大混雑はなく、いつもよりも空いているくらいのモールで安心でした。
母娘で赤い服を着て、短時間だけ、お出かけです。
中華ではなく、よく行く韓国料理。
お皿がたくさん並ぶと縁起が良さそうだし!
*主人が来た時もここにきて、全てのお皿を空にするほど美味しいと言っていました(笑)

韓国海苔が付いてなかったので、おねだりして出していただきました💦
プルコギはスーパーノンスパイシーに。
娘はモリモリ、ご飯もおかわり(RM5)。私のご飯も半分食べてもらいました。
美味しそうに頬張る娘を見るのが大好きです。
(やはりまだ疲れやすい)
こちらのニューイヤーイベントを見学。
Acrobatic Lion Dance(中華獅子舞のアクロバティック)
さっきまでは人がほとんどいなかったけど、獅子舞ちゃんは人気があるから、きっと大勢集まるかな?と思ったらやはり。
本当は正面から見せてあげたかったけど「ママ、きっと端っこの方が安心だよね」と娘も言ってくれて、万が一のために一番隅っこから見学しました。
端っこだと、獅子舞ちゃんのお尻が目の前で可愛かったです
尻尾もピクピク動いているのですよ。
獅子頭役をカブ、脚役をウスと呼ぶそうで、ウスがカブを肩車して高いところで獅子舞が2本脚で立ったり、迫力満点のパフォーマンスを初めて間近で見られて、とてもワクワクしました。
縁起物の大きなお蜜柑🍊やひょうたん✨を咥えて、ポーンと投げてくれるサービスも。
みんな必死に手を伸ばします。
あるご家族がお蜜柑を一度ゲットしたのに、落としてしまい、私たちにちょっと近い前方へ転がりました。小さいお子さんがいたので諦めてしまったようです。
娘に「拾ってあのご家族に渡しに行ってあげたら?」と耳元で呟いた矢先、
別の赤ちゃんを抱いたお母さんが走ってお蜜柑の元へ。
赤ちゃんの頭が逆さまになりそうな体勢でお蜜柑を拾い…そして周りを見回しながら自分のものに。
…複雑な気持ち。
次は目の前の男の子がゲット。
即座に隣にいた小さな妹に渡してあげようとしています。
小さくても、ちゃんとお兄ちゃんなんだなぁと感心。
するとその男の子が振り返り、娘を見て、なんと娘にお蜜柑を渡そうとしてくれました
娘は慌てて「いいのよ、ありがとう」と。
男の子もヘヘッと笑って、後方にいたご両親に手を振っていました。
抱きしめたくなっちゃうくらい、心の綺麗な男の子でした。
同じお蜜柑🍊でも、きっと味もご利益も違うことでしょう。
…ちなみに私は、演出の紙吹雪バズーカのキャップ?が胸にスコーンと当たり、なんか縁起がいいなぁと思いました
そのバズーカの紙吹雪、可愛いハート型でした。
娘が集めていると、他のお子さんも一緒に集め出して。お掃除のお兄さんも気付き、しばらくの間お掃除を止め、笑顔で待機していてくださいました。
このハートの紙吹雪、ちょっといいことに活用しようと思っています。
我が家にとっては、十分ご利益がありそうです♡

短い時間でしたが、旧正月のお祝いにもなって、とても良い1日でした。
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この眩暈の期間、
実は母娘の人生において、いくつかの重要な精神成長の機会に恵まれました。
それはまるで、どれも神様に試されたような時間でした。
些細な出来事もありましたが(それだけでもぐったり)、衝撃的で強烈にショックなことも重なって、違うめまいが起きそうな状況で、主人もずっとずっと支えてくれていました。
主人にオンラインで見守られながら、Mr. Alexの胸でワンワン泣いてしまったこともありました。全てを話せたわけではありませんが、それでも重要なポイントを的確に救ってくれました。彼とはこの約1年、互いにかなり深い部分を語り合う関係を構築していて、いろんな側面を理解してくれています。
その後も何個も何個も重なって。
いつもに増して、娘とたくさんたくさん、お話しました。
運命に試され、導かれるとは、こういうことなのだと、
娘は全神経と心の深くで感じたようです。
様々な心のステージから『生きること』を学び、命の在り方を目の当たりにし、娘の目の輝きは、確かに深く濃ゆくなりました。
娘は巡り巡った終わりの方に、
と泣きながら言いました。
たくさん抱きしめ、娘も私を強く抱きしめました。
誰よりも私の命を知っている娘が、この現実の世界で、等身大の娘として、何かに触れ…改めて私に触れてくれたのだと思います。
魂と心と肉体は、別々に歩み、成長していると私は思います。
それらの強いエネルギーが必要なタイミングで共鳴し、スパークして…その人にとって何か重大なことに気がつくのだろうと。
娘の学びは、私にとって贈り物で、教えで、救いです。
今、母娘で綺麗な景色を眺めています。
主人も特別な想いでいます。
眩暈は、もしかしたら、この予兆だったのではとさえ思いました。
主人の愛に力強く護られ、
両親や義両親、天国にいる祖父母や義祖父母、ご先祖様、友人達や、お優しい方々、たくさんの先人達に支えられ、
天使や妖精や、日本の八百万の神々様、ペナンの神々様、世界のたくさんの神々様に見守って頂きながら…
家族みんな、
普段なら何度もかけるのに、心配させまいと復活してから電話したら、「待ってたでー!」と。
「心配で心配で、毎日朝晩、ちぃちゃんのブログの更新チェックしててん。本当は電話したかったけど、プレッシャーになったらアカンなって我慢してな、ブログの更新まで待っていようって思ってな。きっとすごく(体調が)アカンねんな、どうしようって、ずっと心配やってん。」と、かぁからしい優しさを。
私も早く声が聞きたくて夜遅くに電話してしまったけど、「1日でも早く連絡して欲しかったから、嬉しかったぁ…心が晴れたわぁ…いっちゃんも、よう頑張ったなぁ。」と。娘もかぁかとお話しできてとても嬉しそうでした。ありがたかったです。
かぁかが今年の秋に1ヶ月間ペナンに来てくれることが何より楽しみです。
元々更新がゆっくりなのに、心配して連絡をくれた生徒ちゃんやお友達にも心から感謝しています。
ありがとう…
病状を伝えたら驚いて、「OMG!なんで私たちに言わないの!そんなの悲しい!助け合わないと!」ととっても心配くださいました
アメリカの娘さん(私と同い年くらい)とお孫さんが今度遊びに来るらしく、私たちもご挨拶させていただきます♡
CNYホリデーまでしっかり休んだので、もうほとんど復活しました。耳の奥がじんわり痛くなったり、少しだけふわっとする時があるけど、たいした事ありません
ハイハイで擦れた膝っこじょも、ヒルロイドで保湿してだいぶ色が戻ってきました
では✩.*˚

























