こんにちは。
9月に入りました。
我が家はお誕生日ラッシュ。
お友達や親類も合わせたら、8月の後半からずっとです(笑)
順番にいくと、ソウルメイトの1人である仲良しシズ、義祖母(94歳!)、娘のボーイフレンド君ママ、義母、ボーイフレンド君、私、良くしてくれているYじぃ、娘、主人、親友…と、もうずーーーーーっとめでたい(笑)
確か、娘の幼稚園時代の大切な女の子友達も近かったはず(˘◡˘)
余談ですが、娘が産まれた日…同じ病院ではその日娘が一番目に産まれ、そのあと立て続けに25人も誕生(未だに信じ難い!)し、病院のベッドが足りなくなって、違う科の遠い病棟に移された方々、とっても大変そうでした(汗)確かに、大混雑でした〜
双子ちゃんとかも合わせて、だったのかなぁ。。
月の引力か何かでしょうか、、なんとおめでたいのでしょう。
娘が無事に産まれた時、見上げると気づけば10人の先生に囲まれていて。
『私が暴れすぎたせいで、こんなに先生が集まってきてしまったんだ…』と反省すると、みなさん「違うよ〜赤ちゃんが可愛くて見にきたんだよ〜」と上手にごまかして下さいましたが、どうやらその後に続く沢山の赤ちゃん達に対応するために、控えてらっしゃった先生方だったようです。
…我が家は、個々のお誕生日当日にはささやかに済ませ(また美術館に行こうかと)、いつかまとめてお祝いしようと思っています(汗)
で、人生3本目の白髪を発見し、落胆している私です。。
そして自分の誕生日はすぐに忘れてしまいます(笑)
小学校も再開。
娘っこは嬉しそうに登校しています(*ˊ ˘ ˋ*)
前回、「夏休みも楽しいし、学校も楽しみだし、不思議な気分よねぇ」と呟いた娘の話を書きましたが…
私は「もっと一緒に居たいな〜、でも学校を楽しんでいるのは本当にいいことだなぁ〜あぁ、複雑。」です(笑)
「ママ、また寂しくなっちゃう?大丈夫だよ。ぬいぐるみちゃんがいっぱいいるしね。」と心配され、なだめられる私でありました(ˉˡˍˉ )
先日、亡くなった、母方の大叔父が大切にしていたものを受け取りに行ってきました。
大叔父は、昨年の秋過ぎに天国へ旅立ちました。
まだ、1年経っておりません。
いつだって助けになってくれ、支えてくれる、
私の「自慢のおじさま」でした。
「七色の大きな龍に会ったのよ、鱗同士が重なり合う音も聞こえたんだよ。」なんていう私の話も、信じてくれる人でした。
「そうかそうか、、私はね、青年時代、富士山を両腕で抱えて揺らす夢を見たんだ。それに若き頃の天皇陛下とおままごとだってしたんだぞ。あっはっは。家にはなぁ、金色の龍が住んでいたんだ。」なんて話していました。
※家に住んでいたという龍は、蛇さんでは?と疑いましたが、ちゃんと龍らしい顔があって、大きなキバとツノがあって、長いお髭が生えて、光っていたんだそう。大叔父は当時、驚いて父親を呼びに走ったそうです。。。本当に龍だったのかもしれません。。
大叔父はいつも中折れ帽子をスッと被り、長身で、年を重ねても背筋がシャキンとした人でした。
*結婚前の写真ですから、もう7年前ですね。私もすごく高いヒールブーツを履いています(汗)
主人と結婚が決まった際、挨拶に行った時のこと。
大叔父の風貌ゆえ、なかなかの威厳が漂っている上に、ただでさえ緊張してしまう空気の中…
しばしの無言からの、
「…君の趣味はなんだね」
カコーン←日本庭園のししおどしの音(笑)
と、主人に問い(爆)
その状況だけでも「漫画みたいなことに…」と、私は色々と堪えるのに必死でしたが(笑)
主人は、ものすごい真面目な顔で膝の上の拳を少し震わせながら
「しゅ、趣味は、、千紘です!!!(私の名前)」と答えました。
私たち家族は感動を通り越して『本気でそんな風に答える人いるのか!?』と、若干引いてしまう程でしたが(笑)
※ごめんね、ごめんね。でも、そんな彼を我が家は大好きです。
大叔父は
「はっはっはっは!!!こりゃ参った!最高だ!それなら安心。君はいい人間だ。千紘はいい人を見つけたもんだ。うむ、結婚しなさい。(←なぜか大叔父に決定権)」と大喜び&大ウケ。
そして、彼のことを、愛おしそうに見つめながら
「千紘はね、ちょっと、ハッキリしてるでしょう。。女としては強すぎる位だからなぁ、、でもいいんだよ、強い方がいい。男はね、優しく受け止める、それで夫婦うまくいくんだから。。」
とニッコリ。
そして帰り、大叔父から手紙を渡されました。
『人間本来無一物』
人間は、本来、何も持たない。
裸ん坊で生まれてきたんだ。
だから生きていくのには最小限のものがあればいい。
欲張らないで、焦らないで、
仲良く生きなさい。
とありました。
夫婦であること、一緒にいること、ささやかな幸せを大切に。
大叔父の言葉は、いつも胸にあります。
そんな大叔父が大切にしていたもの。
それは、
晩年に天皇陛下から頂いた、瑞宝小綬章という勲章です。
生前、
「それほどすごくはないけどね…形じゃないんだがね、、でも、本当にありがたいことだ。私の宝物だ。」
と、嬉しそうに見せてくれました。
そして、
「これは、いつか千紘にあげるからね」
「人生が終わったら、何も持ってはいけないのだから。持っていけるのは、心だけだから。これは千紘が持っていて。」と。
大叔父の人生の証ともいえる宝物…
貰った愛情や心と一緒に、私が大切に守る。と約束をしました。亡くなった今、親戚一同もこのことは承知してくれており、その上で
大叔父の娘家族から、とても気持ちよいやりとりの中、きちんと受け取れたことも、嬉しい出来事でした。
私の舞台にも、亡くなった大叔父の写真と共に、駆けつけてくれた優しい人たちです。大きな花束も添えてくれました。
娘のこともとても可愛がってくれて。。
私は、大叔父と最期のお別れが叶いませんでした。
代わりに、娘と主人が私の気持ちを伝えてくれました。
やはり悔やまれますが、大叔父は「それでいい、そうするべきだよ」と言ってくれたように思っています。
また、今、娘の進学が最良の道に導かれたことも、大叔父の愛情ゆえだと感じています。
どこまでも悩み抜きましたが、頂いたありがたいご縁や、様々な可能性の中、我が家にとって何を大切にしたいかを考えて選択した今の生活、、どこを境にするかはさておき、娘の笑顔と健やかな日々を思うと、これで良かったのだと…
(↓こちらは勲記)
私が、娘の出産の時…
痛くて映画エクソシスト(怖くてちゃんと観た事もありませんが)ばりに乱れて大騒ぎした挙句、一度出かかった娘の頭が何故かターン(自転)しながら子宮に戻っていったそうで(;^ω^)
助産師さんが「戻らない!回らない!どこ行くの!」と娘に叫び(笑)
そんな声を遠くに聴きながら、あまりの痛みに私は気を失いかけ…
「あ、私、今天国にきちゃったかもしれない…」と思った瞬間、
『おぃ千紘、ほら、ちゃんとなさい。』
と、"まだ生きている叔父"が、目の前にハッキリ現れたのです。。。
それほど気にかけてくれていたのでしょうか(汗)
生き霊にまでさせてしまいました。
私も出産の時まで、無意識に、大叔父の存在に甘えていたのかもしれません。。
その話を聞いた大叔父は、小さな娘を抱いて「そうかそうか」と喜んでいました。
この勲章は、いずれは娘に託します。
そのことを、娘にもしっかり話しました。
「いつかママが、ずっとずっと後に、ずーっと後に、おばあちゃんになって、死んじゃって、薄くなっちゃった(オバケになるという意味だそう)時には、私が守るんだね。…よし、頑張る。嬉しい。」と胸に手を当てて、言いました。
娘なりに、愛と心を伝承する、という意味をわかってくれたのだろうと感じました。
そうか…私は、死んじゃったら、薄くなって側にいるタイプなんだね(笑)
(…私、前髪がほちょけてますね。)
「千紘…どんなときも、癒しと、希望を与える人でありなさい。」
大叔父は、そうも言っていました。
そんな人間にはまだまだ程遠いだろうけれど、
そう在りたいと願っています。
100歳目前まで生きた大叔父から、
これからも見守られて、しっかり生きていきたいです。
毎日、命が誕生し、誰かにとって幸せな日。
毎日、命が天に召され、誰かにとって寂しい日。
今日も元気にズンズンと学校へ行った娘。
私は、娘の勉強机で、こんなことをして寂しさを凌いでいます(笑)
数々の有名作品に携わってきた大ベテラン舞台スタッフの
『Yじぃ』が、娘の入学の頃に送ってくれた可愛い小さなランドセル。
娘が色んなぬいぐるみちゃんに背負わせて、喜んでいます。
中には、これまでにYじぃからもらったお手紙を入れてあるようです(*ˊ ˘ ˋ*)
きっと、今年のYじぃからのバースデーカードもここに入れるのかな♪
※もう準備してあるで〜!と連絡をくれました。ありがとう!!
娘と1日違いのYじぃもおめでとう〜!!
今日はほちょけた前髪を整えるべく、美容院へ行ってきます(笑)
では✩.*˚
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