ヴァニティ・フェア

 以前から不思議に思っている日本語がある。

 それは「こだわり屋さん」「がんばり屋さん」「はにかみ屋さん」「お天気屋さん」など、感情や気分に「屋さん」をつける言葉。

 なんなんだろう、このセンチメントショップな言葉は。はにかみ屋さんはマクドナルドに客を取られるぞ。あっちはスマイル0円だから。お天気屋さんに至っては、「感情の起伏が激しい→山のお天気のようだ+屋さん」というヒネリ具合。お天気屋さんって、宇江佐りえか? 石原良純か?

 ならばこの店は、さしずめ「うぬぼれ屋さん」だろうか。

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 これは東京メトロ丸ノ内線『中野新橋』駅前のビルで見つけたフロア案内板。
 『うぬぼれ』……。「こんな立派なビルに部屋を借りて、アタシうぬぼれてました」ってこと? なにもそんな自分を責めなくても……。

 不思議な日本語といえば、この「うぬぼれ」もそうだ。
 うぬぼれとは、実力以上に自分は優れていると思いこむこと。漢字で表すと「自惚れ」。自らに惚れる、と書く。確かに慢心するのはよくないだろう。けれど、自分に惚れるのは決して悪いことではない。本来はいい意味のはずの字が、いやな言葉に充てられてるよなぁ。

 うぬぼれを例える言葉も、フに落ちないものばかり。

 例えば「天狗になる」。天狗って、深い山に籠って修業を極め、呪術や霊術を体得した聖者だぞ。なれるもんならなりたいって。

 また「手前味噌」もそう。代々受け継がれた自家醸造技術を他人に誇ってなにが悪いの。そんなのを「うぬぼれ」の例えにしたら、ご先祖様に申し訳ない。しかもタチが悪いことに、「手前味噌ですが」と使う時には、うぬぼれ+謙遜という、嫌味な合わせ味噌ニュアンスになってしまう。自分ち製の味噌がそんなに恥ずかしいなら、パンばっかり食べなはれ。

 実際、うぬぼれより、無駄な卑下や謙遜のほうが腹が立ちませんか? モデルさんがテレビで「私なんか、ぜんぜんモテませんよ~」って言ってるのを観ると、「じゃ、あなた、そんなにモテないなら僕とつきあってくれるんですか?」とムカッ腹立っちまいます。ていうか、つきあってください

 うぬぼれも、時には大事。僕らフリーランスは、会社相手に「この企画、イケますよ!」と実力以上のハッタリかまさなきゃいけない時がある。「この企画、たいしたことないです。実は自信ないんです」なんて本当のことを言ったら、ぜったいにその企画は通らない。そんな時、「神よ、僕にもっと、うぬぼれエナジーを!」と天を仰ぎたくなる。

 この店には、ぜひ自信なさげな現代人に、どんどん「うぬぼれ」を売っていただきたい。

 で、結局ここ、なに屋さん? 実はスナック。オフィスが並ぶなかにポツンとスナックが……。日本語以上に不思議なフロアだ(吉村智樹)。

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by yoshimuratomoki | 2005-06-20 03:01