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私の愛車は、3月に3回目の車検を終えて8年目になる。いわゆる走行距離は2万数千キロしか走っていない。エンジンの調子も、まあデザインも個人的には満足している。しいて言えば、細かいキズが多いのと、ナビが古いので調子が悪くなるのが欠点であるが今のところ、買い換える理由もない。
もちろん、アストン・マーチンだとか、最近出たマセラティのオートマ車なんかを欲しいなと思うのだが、乗る回数や距離を考えると非常にコストパフォーマンスの悪い買い物になってしまう。そう考えるとなかなか買い換える理由も金もない。いっその事、あまりにも頻繁に故障するとか、もうぶっ壊れてしまえば思い切って買い換えるのであろうが、今のところ、その心配はない。
この7年間で車検と点検以外に車を修理に出すようなトラブルは一度もないのである。そう考えるとまあ年は取っているのであるが元気で快調なのにお払い箱にする理由が見当たらない。
車の維持費を考えると、駐車場の代金、車検、点検、重量税、自動車保険、ガソリン代と、月間8万円から9万円ほどかかっていると思われる。タクシーを月に8万円ものればかなり利用できるであろう。そう考えれば車は必要なのかと考えてしまう。
しかしながら、その答えは「ノー。」である。男には車が必要なのである。車は実用だけを考えるものではない。キーを回してスタートするエンジン音とハンドルを握るワクワク感は子供がゴーカートに乗るのと同じ興奮である。そして前にも書いたが、男は、車と時計に関してはポリシーを持っていなければいけない。車と時計には自分だけが語れる能書きがなければならないのである。
時計だってもし時間がわかればいいとすれば、100円ショップにだって売っているのである。車だって走ればいい!とすれば、それはなんとも悲しい。女性が必要ないからといってアクセサリーに興味がなく、持てればいいとバッグにも興味がないとすれば、それもなんとも悲しいでしょ。
車は自分の空間である。車は主張である。そして車は自分のポリシーなのだ。古い車だって、8年目の車だって、自分がポリシーを持ってそれを使っていればいいのいである。そしてその車を語れればいいのである。都内に必要のないトルクやパワーも能書きには必需品なのである。コストパフォーマンスなんざあ、二の次なんでやんす。という事で金がかかるが、「男は食わねど高楊枝。」なのである。週末は車を洗ってあげよう。
山村幸広
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もちろん、アストン・マーチンだとか、最近出たマセラティのオートマ車なんかを欲しいなと思うのだが、乗る回数や距離を考えると非常にコストパフォーマンスの悪い買い物になってしまう。そう考えるとなかなか買い換える理由も金もない。いっその事、あまりにも頻繁に故障するとか、もうぶっ壊れてしまえば思い切って買い換えるのであろうが、今のところ、その心配はない。
この7年間で車検と点検以外に車を修理に出すようなトラブルは一度もないのである。そう考えるとまあ年は取っているのであるが元気で快調なのにお払い箱にする理由が見当たらない。
車の維持費を考えると、駐車場の代金、車検、点検、重量税、自動車保険、ガソリン代と、月間8万円から9万円ほどかかっていると思われる。タクシーを月に8万円ものればかなり利用できるであろう。そう考えれば車は必要なのかと考えてしまう。
しかしながら、その答えは「ノー。」である。男には車が必要なのである。車は実用だけを考えるものではない。キーを回してスタートするエンジン音とハンドルを握るワクワク感は子供がゴーカートに乗るのと同じ興奮である。そして前にも書いたが、男は、車と時計に関してはポリシーを持っていなければいけない。車と時計には自分だけが語れる能書きがなければならないのである。
時計だってもし時間がわかればいいとすれば、100円ショップにだって売っているのである。車だって走ればいい!とすれば、それはなんとも悲しい。女性が必要ないからといってアクセサリーに興味がなく、持てればいいとバッグにも興味がないとすれば、それもなんとも悲しいでしょ。
車は自分の空間である。車は主張である。そして車は自分のポリシーなのだ。古い車だって、8年目の車だって、自分がポリシーを持ってそれを使っていればいいのいである。そしてその車を語れればいいのである。都内に必要のないトルクやパワーも能書きには必需品なのである。コストパフォーマンスなんざあ、二の次なんでやんす。という事で金がかかるが、「男は食わねど高楊枝。」なのである。週末は車を洗ってあげよう。
山村幸広
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財団法人 高速道路調査会というところが発行している「高速道路と自動車」という本があり、そちらに寄稿させて頂いた。それを掲載させて頂きます。ちょっと長いので興味がある人だけ読んでください。しかし最近、運転しなくなってきたなあ。ちなみに私の愛車は現在、車検中です。
「ITが描く未来ドライブ予想図」
先日も、石川県を2日間にわたって旅をした。レンタカーでの走行距離は300KMに及んだ。ITはレンタカーでの旅を便利に楽しくしてくれている。イグニションキーをまわして、自分のETCカードを挿入する。そして行き先をナビにセットする。電話番号をナビに入力するだけで、私を目的地に運んでくれる。私は案内にしたがって運転するだけ。夜道でも不安にならない。初めての道も不安がなく、確実に目的地にたどり着くことができる。渋滞の情報も、ガソリンスタンドもナビに全てが表示される。ガイドブックも必要がない。史跡、名所で検索すれば、何があるかも教えてくれる。ITは旅を変えてくれる。
高速道路もETCでスムーズに通過する。もう小銭を用意しなくても良い。そして申し訳なさそうに一万円札をださなくてもいい。使った料金は自分のクレジットカードに加算される。石川県の海岸線を、高速道路をひた走る。海の眺め、夕日の色合いを眺めながら風を感じる。ドライブとは目的地に着くためだけの行為ではない。ハンドルを握り、美しく延びた道路を走れば、これぞリラクゼーション!
この10年でIT技術は急速に生活に入り込んでいった。そして生活を豊かに便利に変えていった。これほどの急速な変化をだれが予想しただろうか?誰が10年前に、レンタカーにナビゲーションシステムとETCが標準装備される事を予想したであろうか?私はこの技術革新に携われた事を誇りに思わずにはいられない。
日本の田舎は素晴らしい。美しい風景、郷土料理、素朴な人々。このような日本の良さを感じるためにも私は時間をみつけて旅にでる。そして自分でハンドルを握り、獲物を探すかのようにひた走る。不思議なもんだ。旅での運転は疲れを感じさせない。というより、楽しみになっている自分がいる。
ITの技術はもっと進歩を遂げて、運転をそして道路を変えていくであろう。ナビゲーションシステムはただの道を案内するナビゲーションだけではなく、旅をナビゲートするコーディネーターの役割を果すに違いない。
例えば、金沢に旅にでる。「蟹が美味しいお店を教えてください。」と入力すれば、何軒かお店をナビは紹介してくれるであろう。また、「今日、泊まれる宿を一万円以下で探して?」と入力すれば、ナビは空室を探して、予約をしてくれて、そこまでの道を案内してくれるであろう。「能登で6時間の時間を使っての観光コースを作って?」とリクエストすればいくつかの6時間コースを作ってくれて、みどころや名所の説明をしてくれるはずだ。
道路ももっと快適に案内してくれるだろう。渋滞を回避した裏道や渋滞時刻の予想は非常に役立つだろうし、時間はかかっても、美しい風景を見られるコースや海岸線を中心としたコースの案内も可能なはずだ。また隣を走る車の人とチャットを楽しめたり、後ろを走る人の聞いている音楽を聴いてみたりとコミュニティも広げられる。ITはリクエストを聞いてくれる相棒となる。
もっと身近に利用していく。主婦がスーパーへ向かい車を走らせる。スーパーの特売品がナビから紹介されている。「豚ロース100グラムで100円。キャベツ一個100円。」そしその素材を使った料理とレシピが紹介される。「豚のショウガ焼き!!」。
更にITは未来を描く。ナビで入力をすれば、もう運転なんて必要ないのかもしれない。レーザー機能とナビゲーションが通信しあえば、自動運転も可能なはずだ。もう飲酒運転や居眠り運転の心配もない。ハンドルはもう握る必要のないものになるかもしれない。そして我々が昔から想像した、空を飛ぶ車。これを誰が全面否定できるであろうか?我々の次の世代は体験しているかも知れないだろう。
高速道路は時間を有効に使うために、また人身事故を防ぐために有効だ。しかし高速道路も時間を短縮するだけではなく、それを楽しむエンターテイメントなものになっているかもしれない。休憩所は休憩を超えたものになっていく。例えば温泉がある休憩所。3つ星レストランがある休憩所。5つ星のホテルがある休憩所。映画館やスポーツ施設。高速道路はエンターテイメントを提供する場所になっていく。
もちろん電気自動車や新エネルギーを利用した車はどんどん開発されてほしい。先日の石川県への旅も、いわゆるハイブリッドカーを借りたのであるが、その燃費効率に驚いた、300KM近く走行して、なんとなんと、減ったガソリンは10リットルほどであった。素晴らしい。日本車バンザイなのである。
排気ガスの問題も解決したい一つだ。日本の技術力をすれば可能なはずだ。排気ガスは車の後ろからでる。車の前の部分に、排気ガスを吸い込んできれいな空気をだす機能を標準装備すればどうだろう。自分が出した排気ガスの量だけ、他車の排気ガスをきれいにする。こんな機能なんて日本だったら簡単につくれるはずである。もしくは道路の中央部分に排気ガスを吸い込む機能をつけてみてはどうだろう。排気ガスを道路が吸い込んできれいな空気にかえてくれる。世界各国から拍手喝采を浴びる尊敬される国になるであろう。「日本の道路は環境のための道路」と胸をはって外国人に説明がしたい。
例えば、泥道を走るのを楽しむ道路、運転技術を競うレーシング道路。こんな事を言えば、ふざけていると怒られるかもしれないが、私は真剣に、一度思いっきりカーチェイスがしてみたい。例えば300キロで衝突しても大丈夫な車や、衝撃を吸収する壁が開発されれば可能にしてくれるかもしれない。「便利」のつぎに求められるのは「楽しみ」なのである。人間の欲望に、限りがないのは今も昔もかわらないだろう。
道路が国境を越えていく。私の要望も限りがない。昔、国を、村の境は峠であり、川であった。そこに橋を架けて道を作り、境は取り除かれていった。そして村と村は交流して街になり、発展をとげていった。人と人をつないだのは文字どおり「橋」である。
韓国まで道路が走ってもおかしくないはずだ。ハワイまで道路が走ってもおかしくないはずだ。もしかしたら太平洋が。。。。韓国まで道ができれば、もっと両国は「境」をこえられるのであろう。友好の架け橋は文字どおり「橋」。
これからもITは全ての生活のシーンに活用されていく。もちろん弊害もあるかもしれない。しかしそれをのりこえられるはずだし、活用のメリットは大きいはずである。20世紀の産業革命が自動車ならば、21世紀の産業革命はITである。私はこのIT技術の推進に自分が携わる事ができて嬉しい。そして誇りに思っている。私の小さなアイデアが社会で実現されて使われ、生活を便利に変えていく。なんと素晴らしい事だろう。次の10年を想像して車はどう変わっているのか?道路はどう変わっていくのか?ワクワクする。楽しみだなあ。そして私が少しでもそれに係われたら、私の仕事も価値があるというもんだ。
山村幸広
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「ITが描く未来ドライブ予想図」
先日も、石川県を2日間にわたって旅をした。レンタカーでの走行距離は300KMに及んだ。ITはレンタカーでの旅を便利に楽しくしてくれている。イグニションキーをまわして、自分のETCカードを挿入する。そして行き先をナビにセットする。電話番号をナビに入力するだけで、私を目的地に運んでくれる。私は案内にしたがって運転するだけ。夜道でも不安にならない。初めての道も不安がなく、確実に目的地にたどり着くことができる。渋滞の情報も、ガソリンスタンドもナビに全てが表示される。ガイドブックも必要がない。史跡、名所で検索すれば、何があるかも教えてくれる。ITは旅を変えてくれる。高速道路もETCでスムーズに通過する。もう小銭を用意しなくても良い。そして申し訳なさそうに一万円札をださなくてもいい。使った料金は自分のクレジットカードに加算される。石川県の海岸線を、高速道路をひた走る。海の眺め、夕日の色合いを眺めながら風を感じる。ドライブとは目的地に着くためだけの行為ではない。ハンドルを握り、美しく延びた道路を走れば、これぞリラクゼーション!
この10年でIT技術は急速に生活に入り込んでいった。そして生活を豊かに便利に変えていった。これほどの急速な変化をだれが予想しただろうか?誰が10年前に、レンタカーにナビゲーションシステムとETCが標準装備される事を予想したであろうか?私はこの技術革新に携われた事を誇りに思わずにはいられない。
日本の田舎は素晴らしい。美しい風景、郷土料理、素朴な人々。このような日本の良さを感じるためにも私は時間をみつけて旅にでる。そして自分でハンドルを握り、獲物を探すかのようにひた走る。不思議なもんだ。旅での運転は疲れを感じさせない。というより、楽しみになっている自分がいる。
ITの技術はもっと進歩を遂げて、運転をそして道路を変えていくであろう。ナビゲーションシステムはただの道を案内するナビゲーションだけではなく、旅をナビゲートするコーディネーターの役割を果すに違いない。
例えば、金沢に旅にでる。「蟹が美味しいお店を教えてください。」と入力すれば、何軒かお店をナビは紹介してくれるであろう。また、「今日、泊まれる宿を一万円以下で探して?」と入力すれば、ナビは空室を探して、予約をしてくれて、そこまでの道を案内してくれるであろう。「能登で6時間の時間を使っての観光コースを作って?」とリクエストすればいくつかの6時間コースを作ってくれて、みどころや名所の説明をしてくれるはずだ。
道路ももっと快適に案内してくれるだろう。渋滞を回避した裏道や渋滞時刻の予想は非常に役立つだろうし、時間はかかっても、美しい風景を見られるコースや海岸線を中心としたコースの案内も可能なはずだ。また隣を走る車の人とチャットを楽しめたり、後ろを走る人の聞いている音楽を聴いてみたりとコミュニティも広げられる。ITはリクエストを聞いてくれる相棒となる。
もっと身近に利用していく。主婦がスーパーへ向かい車を走らせる。スーパーの特売品がナビから紹介されている。「豚ロース100グラムで100円。キャベツ一個100円。」そしその素材を使った料理とレシピが紹介される。「豚のショウガ焼き!!」。
更にITは未来を描く。ナビで入力をすれば、もう運転なんて必要ないのかもしれない。レーザー機能とナビゲーションが通信しあえば、自動運転も可能なはずだ。もう飲酒運転や居眠り運転の心配もない。ハンドルはもう握る必要のないものになるかもしれない。そして我々が昔から想像した、空を飛ぶ車。これを誰が全面否定できるであろうか?我々の次の世代は体験しているかも知れないだろう。
高速道路は時間を有効に使うために、また人身事故を防ぐために有効だ。しかし高速道路も時間を短縮するだけではなく、それを楽しむエンターテイメントなものになっているかもしれない。休憩所は休憩を超えたものになっていく。例えば温泉がある休憩所。3つ星レストランがある休憩所。5つ星のホテルがある休憩所。映画館やスポーツ施設。高速道路はエンターテイメントを提供する場所になっていく。
もちろん電気自動車や新エネルギーを利用した車はどんどん開発されてほしい。先日の石川県への旅も、いわゆるハイブリッドカーを借りたのであるが、その燃費効率に驚いた、300KM近く走行して、なんとなんと、減ったガソリンは10リットルほどであった。素晴らしい。日本車バンザイなのである。
排気ガスの問題も解決したい一つだ。日本の技術力をすれば可能なはずだ。排気ガスは車の後ろからでる。車の前の部分に、排気ガスを吸い込んできれいな空気をだす機能を標準装備すればどうだろう。自分が出した排気ガスの量だけ、他車の排気ガスをきれいにする。こんな機能なんて日本だったら簡単につくれるはずである。もしくは道路の中央部分に排気ガスを吸い込む機能をつけてみてはどうだろう。排気ガスを道路が吸い込んできれいな空気にかえてくれる。世界各国から拍手喝采を浴びる尊敬される国になるであろう。「日本の道路は環境のための道路」と胸をはって外国人に説明がしたい。
例えば、泥道を走るのを楽しむ道路、運転技術を競うレーシング道路。こんな事を言えば、ふざけていると怒られるかもしれないが、私は真剣に、一度思いっきりカーチェイスがしてみたい。例えば300キロで衝突しても大丈夫な車や、衝撃を吸収する壁が開発されれば可能にしてくれるかもしれない。「便利」のつぎに求められるのは「楽しみ」なのである。人間の欲望に、限りがないのは今も昔もかわらないだろう。
道路が国境を越えていく。私の要望も限りがない。昔、国を、村の境は峠であり、川であった。そこに橋を架けて道を作り、境は取り除かれていった。そして村と村は交流して街になり、発展をとげていった。人と人をつないだのは文字どおり「橋」である。
韓国まで道路が走ってもおかしくないはずだ。ハワイまで道路が走ってもおかしくないはずだ。もしかしたら太平洋が。。。。韓国まで道ができれば、もっと両国は「境」をこえられるのであろう。友好の架け橋は文字どおり「橋」。
これからもITは全ての生活のシーンに活用されていく。もちろん弊害もあるかもしれない。しかしそれをのりこえられるはずだし、活用のメリットは大きいはずである。20世紀の産業革命が自動車ならば、21世紀の産業革命はITである。私はこのIT技術の推進に自分が携わる事ができて嬉しい。そして誇りに思っている。私の小さなアイデアが社会で実現されて使われ、生活を便利に変えていく。なんと素晴らしい事だろう。次の10年を想像して車はどう変わっているのか?道路はどう変わっていくのか?ワクワクする。楽しみだなあ。そして私が少しでもそれに係われたら、私の仕事も価値があるというもんだ。
山村幸広
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