- エキサイトブログ2周年 エキサイトブロガー様と「かわむら」での食事 8月29日[ 2006-08-29 23:41 ]
- 再び、大阪へ日帰り出張 「元祖 とんかつカレー」 8月25日[ 2006-08-25 17:15 ]
- 後楽園ドーム エキサイトシート 野球観戦 8月21日[ 2006-08-22 00:42 ]
- グルメとは? 8月18日[ 2006-08-18 20:50 ]
- 東京のお盆もおつなもんだ。 8月15日[ 2006-08-15 17:56 ]
- 週末、箱根へ 箱根一のイタリアン「ロンディーナ」は閉館。。。 8月10日[ 2006-08-10 21:41 ]
- 大阪は暑かった 8月9日[ 2006-08-09 13:04 ]
- 私には夢のカリフォルニアのはずだった。。。。。。。 8月1日[ 2006-08-01 19:48 ]
と言う事で、昨日は、エキサイトブログ2周年プレゼント当選者の方々に、銀座「かわむら」にお集まり頂いて、食事をして来ました。神戸から、有給休暇を取って駆けつけて頂いた方も含まれております。いやーーー、皆さんカメラ片手に取材しきりで、その熱心さに負けそうです。料理が運ばれても、ぱくついて食べてるのは私だけ。皆さんは熱心に写真を撮りその後に食べる。素晴らしい。私はほとんど先に、手をつけて思い出したかのように写真を撮ろうとするともう料理はボロボロって事が多いんです。皆さん、プロですねえ。
かわむらさんも料理を写真が取りやすいように、肉やあわびを並べて頂いて、協力してくれました。まあ、貸切で、気兼ねなく写真が取れるのもいいもんです。今日のかわむらの料理も渾身の皿が続き、その美味しさには本当に脱帽です。コンソメスープ一つで、食べる側にサプライズを与えるシェフが日本に一体、何人いるのだろう?と思います。
シメにかわむら特製のミートソースを御願いして皆さんで、無言で頂きました。さて、このミートソーススパゲッティは一杯、いくらなんざんしょ??
この会の模様はそれぞれのエキサイトブロガーの皆様が美しい写真と共にUPされると思いますので、様子はそちらをご覧ください。
当選者の皆さん、昨日はありがとうございました。これからもエキサイトブログ&ネームカードを宜しく御願いいたします。
当たらなかった皆さん、今年は当ててください!!!
さて、今年の景品は何にしようかなあ??「こささ」「かわむら」ときて、その次は?
いやーーー、楽しみだ。
山村幸広
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「山村幸広のインターネットブログ」内の検索 > “かわむら”
「山村幸広のインターネットブログ」過去の投稿 > “ブログ2周年記念 「プレゼントはなんと?」”
かわむらさんも料理を写真が取りやすいように、肉やあわびを並べて頂いて、協力してくれました。まあ、貸切で、気兼ねなく写真が取れるのもいいもんです。今日のかわむらの料理も渾身の皿が続き、その美味しさには本当に脱帽です。コンソメスープ一つで、食べる側にサプライズを与えるシェフが日本に一体、何人いるのだろう?と思います。
シメにかわむら特製のミートソースを御願いして皆さんで、無言で頂きました。さて、このミートソーススパゲッティは一杯、いくらなんざんしょ??
この会の模様はそれぞれのエキサイトブロガーの皆様が美しい写真と共にUPされると思いますので、様子はそちらをご覧ください。
当選者の皆さん、昨日はありがとうございました。これからもエキサイトブログ&ネームカードを宜しく御願いいたします。
当たらなかった皆さん、今年は当ててください!!!
さて、今年の景品は何にしようかなあ??「こささ」「かわむら」ときて、その次は?
いやーーー、楽しみだ。
山村幸広
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またまた、大阪へ。やはり暑かった。大阪へ行く日はいつも暑い。そして日帰り。朝7時に家を出て、8:00羽田発、伊丹行きへ飛び乗る。昼食に少し時間が余ったのと、同行した社員の強いリクエストにより、大国町にある「元祖 とんかつカレー」に向かう。お店は昔のままであるが、テントが張り換えられていた。電車では来られない不便な場所にも関わらず、相変わらずの盛況である。
本当に元祖かどうかは別として、この店の歴史はほぼ50年に渡る洋食屋さんである。カレー以外にもステーキや洋食のメニューを注文する事が出来るが私はとんかつカレー以外を食べた事はない。
メニューは、A:とんかつカレー 880円、B:上ロースカツカレー 1400円、C:ヒレカツカレー 1600円。殆どの人が、Aを注文する。因みに、他のポークカレー、ビーフカレーは1100円である。大阪では、しかもこの古い店構え(失礼しました。)で言えばなかなかのお値段である。また、濃厚カレー、2400円というものもある。
私は、いつも通りAを注文して待つ。殆どのお客さんがこれである。何でも、B、Cでルーも違うらしいので、いつか、昇格してBを食べてみたいもんだ。
待つこと5分ほどで運ばれて来る。美味しそう。薄く叩かれたカツはころもがとても美味しい。と言うかカレーに合うと言う感じ。豚もころもも薄目に作られている。店に張ってあった、新聞の紹介記事を読むと、ルーは富山県の工場で作られ、3年間寝かすそうである。そしてここで、リンゴジュースなどと、割られて提供される。
ソースにコクがあって、とても美味しい。甘くて、辛くて濃厚な味わいである。これより濃厚な、「スペシャル濃厚カレー」とはどんなもんかと想像が膨らんでしまう。いつも通りの美味しさで大満足である。
夜は、いつもの「かこい山」。もう大阪の夕飯はコレである。いつもの美味しさと大将のテキパキとした対応で、安心して食べられる。本当に良い店だ。夏の盛りとは言え、いつも通り満席である。最後の、スープキムチお茶漬けとラーメンをシメにして大満足で、新大阪へ向かって、のぞみで東京へ向かう。
3人で10本の缶チューハイをぐびぐび飲む。しかし途中でなくなって社内販売で追加。最近の、缶チューハイのおいしいこと。非常にレベルが高い。美味しい。氷が無くても美味しく飲める。素晴らしい進歩である。長い時間の新幹線も3人なら楽しく帰れる。
今回も日帰りであったが、このように好きな店に2軒もいけたのでOKである。FM80.2の石原社長からは、「次は「豚玉」に連れて行ったる。」とお誘い頂いたので次回の楽しみも出来てしまった。嬉しい。早速、長友さんと日程調整しなくては。
大阪、「くおいだおれ。」いいねえ。
山村幸広
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野球と言うコンテンツはもうダメなのか?
私の子供の頃と言えば夕方から寝る迄にかけて見るコンテンツと言えば野球であった。家族で野球を見る。それが当たり前である。Jリーグも無かった。野球が面白く無くなったのか、それとも他に面白い物がたくさんあるからなのか? ご存知の通り、野球の視聴率は年々落ち続けていて、もう放送は無くなるか否かの状態である。昔は放送が無い日はラジオででも聞いたぐらいだ。
学校が終わって放課後と言えば、近くの公園に集まって野球である。人数が少なければ、いわゆる三角ベースと言って、セカンドが無い野球である。日が暮れるまで毎日、毎日、野球をする。運動のできる奴はもう迷わず野球部である。そんな時代だったのである。
後楽園ドームに入る。さすがドーム、冷房がよく効いていて暑くない。球場はとてもリラックスした雰囲気であるが、皆、何だか楽しそうである。そして野球と言えば、ビールとホットドックである。グイっと一杯やりながら試合観戦。なかなか良いでないか? やっぱりライブはいいでやんす。
今回は、このまるでエキサイトがスポンサーをさせて頂いているかの様なネーミングの「エキサイトシート」に座る。所謂、観客フェンスの外側。球場に張り出した部分で観戦することができるのだ。目の前は網もない。よって危ないので、各シートにはヘルメットとグローブが置いてあって、ヘルメットを被り、グローブをはめての観戦である。なかなかの迫力です。2回ほど捕球のチャンスがあったが取れなかった。昔は、ファウルボールはもらえなかったのに、今はライトフライでも、野手が投げ入れてくれる。
試合は若いが素晴らしいピッチングをした内海の好投でジャイアンツの勝利である。打線は下位打線が頑張って得点を上げた。
まあ今年は音楽にサッカーに野球に、所謂、ライブを見ている。ライブはやっぱり面白いよ。音楽もCDの市場は5年連続落ち込んでいるが、ライブチケットのマーケットは落ちてない。ライブが良いアーティストは廃らない。
メジャーリーグでこんな歌があったよなあ。皆さんも身近な人に今日はこう言ってせがんでみて下さい。
「私を野球場に連れて行って!!」
山村幸広
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「あの人はとってもグルメなんですよ。」「山村さんはグルメですよね。」という日本語なのか英語なのか、訳の話分からん言葉がある。グルメという定義とはなんぞや?
私が考えるに、「その食べ物、食材を最高の状態で食しようとする人」なのであろう。要するに一食に対してどれだけ真剣に考えて食べているか?という事に繋がる。そう言う定義で、私はグルメである。
「明日、死ぬかもしれない。よって最後の食事と思って、一食一食、真剣に食べろ。」これは池波正太郎師の言葉であるし、小山薫堂さんは、ご自身の連載のタイトルを「一食入魂」と題してその心を表している。
例えば、納豆があるとする。別に高い納豆ではない。遺伝子組み換えをしていない小粒の3パック2〜300円のものでよい。これをパックから取り出して、タレとからしを入れ、適当に混ぜて食べる人。これはグルメとは呼ばないのであろう。納豆をまず、100回混ぜて、タレを入れ、また100回混ぜる。からしを入れてまた混ぜる、しょうゆをたらしてまた混ぜる。刻みねぎを入れてまた混ぜる。ごま油を少したらして、また混ぜる。そしてご飯にかけて食する。これはなんと言っても最高に旨い!! こうやって同じものでも、それを美味しく食べるために時間も労も惜しまない。これがグルメな人なのであろう。
インスタントラーメンだって、色々な工夫でいくらでも美味しくする事ができる。少しのだしパックやねぎ、卵、ねぎ油、最高の胡椒があって、少し炊き方や食べ方にこだわれば、同じ100円のインスタントラーメンをその辺のラーメン屋にも負けないラーメンに変身させる事が出来るのである。
残りの人生が後、30年だとしたら三食食べて、30000回程度。夕食は10000回しかないのだ。たった一万回しか人生で食べれないのである。
生きる為に食べているのであるから、口に入れば何でもいいんだ。これも生き方であろう。しかしながら、せっかく、鋭く感じられる味覚という感覚を持って生まれ、食べ物を選択する事が出来る豊な国に運よく生まれて来たのであるからそれを愉しんでもいいんではないか? 時間だって皆限りがあるが、同じ80年の人生だって、人によって中身も深さも全然違うはずだ。食べるという事もそう言う事だと私は思っている。
それが出来たら、もう基本的にはグルメだ。そしてもう一つは美味しいものを知るという事であろう。味のレベルと言うのはいかに美味しいものを知っているかという事も片方である。これには少々、投資が必要である。まぐろだって、ししゃもだって、鮭だって、肉だって、本当に美味しいものとそうでないものと差は恐ろしいほど激しい。そして本当に美味しいものは全体のほんの1%程である。私もほとんどを知らないのであろう。であるから出来る限りそれを知りたい、一つでも多くその最高のものを食べたいと日々願っているのである。
食欲の「欲」は本能的なものと、そして生きていくために必要な「欲」なのであるが、その「欲」を愉しむもの。一食、一食を愉しむ。一口、一口を大事に美味しく頂く。楽しく、そして美味しく頂く事が、病気も防ぐ。どうせ食べるんですから。生きている限り。
さて今日は何を頂こうか?
P.S. エキサイトユーザーの皆様、弊社関係各位
お盆も終わろうとしておりますが、暑い日が続いております。体調を崩しやすい時期ですので、体調にご留意されます様御願い申し上げます。これからもエキサイトを宜しく御願い申し上げます。
山村幸広
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お盆のこの時期の東京もなかなかいい。流れている空気がどこか優しく、波動がゆるやかに感じられる。朝方に聞こえる鳥の声も不思議と大きな声で聞こえる。中心部の交通量は嘘の様に少ない、青山通り、日比谷通りなどの主だった道路はがらがらで快適にドライブを楽しむ事ができる。公園も映画館も人が少なめでゆったり過す事ができる。
週末の東京湾の花火は素晴らしかった。自宅の部屋から1時間以上に渡って打ち上げ続けられる大型花火を眺めながらやる一杯は最高であった。思わず、一番良いウイスキーを開けてしまった程である。バカラのウイスキーグラスに注ぐ琥珀色の芸術品と日本の花火。これはもう最高!!東京のお盆も捨てたもんじゃない。
問題と言えば、レストラン。特に和食、鮨屋はほぼ全面的に休みである。やっているのはホテルだけと言った感じである。まあ築地も休みなので仕方が無い。鮨が食べられるのは、まあ早くて17日ぐらいからである。築地は何があっても4日以上(土日を含む)続けて休んではいけないルールがある。
会社の中は?と言えば、とてもお盆の最中とは思えない。もちろん休んでいる社員も見受けられるがまあ、ほとんど出勤していると言ってよい。この混雑する時期を休むのではなく、ピークを外して休暇を取って旅行や里帰りする方が効率的であると考える方が普通なのであろう。客先やパートナー企業も営業している方が多いのではないだろうか。それに9月の上半期の締めの決算が近くなり、数字が気になる。ラストスパートの準備を整える。
社長室から眺めても、街は何となく静かに感じられる。この東京が、焼け野原だったと言う事が本当に信じられないぐらいである。
京都は明日が、確か、大文字焼き。所謂、お盆のメインイベントである。暑いだろうなあ。しかしなぜか懐かしい。何だかんだと誰かの家に集まって、屋上や窓から大文字を眺め一杯やる。そして終わる頃に街に繰り出し、また一杯。これが京都流である。市内のどこからでも大文字が見れたのであるが、今は所々大きなビルがそれを邪魔する。悲しいことだ。これが終われば秋を迎えると言うことであるが、残暑が厳しい近年では後一ヶ月は暑さが続く。
日本中で色々な形のお盆がある。花火、大文字焼き、お祭り。終戦を偲ぶ。故人を思い出す。家族、親戚が集まり宴席。酒を持って集まる友人。それぞれが日々の辛さ、悲しさを忘れ、そのひと時を楽しむ。年を取って、この「お盆」と言う日本語の響きがいいんだよねえ。「サマー・バケーション」何て言葉に決して置き換えることのできない、日本の風物詩なんだよね。
暑い夏も、「人生で、後、何度の夏を迎える事ができるのであろうか?」と考えれば、ほとんどの人が数十回程しかないんだ。そう考えれば、暑い夏も貴重なひと夏なんですよね。
貴重な、一回しかないこの2006年の夏ももうすぐ終わろうとしている。
山村幸広
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週末は久しぶりに箱根へ。仙石原近くの定宿へチェックインする。もう箱根ではここと決めている。最近は他に選択肢が思いつかない。
しかしこの時期の車での移動は考えもんである。渋滞を避けるために6時に起床して6時30分に出発したにも関わらず、首都高の渋谷線、東名の下りも厚木まで渋滞。結局、1時間30分で着くところが、3時間近く掛かってしまう。しかもすでに温度は30度を越えている。
箱根を避暑地として利用する。昼間は30度程であるが夕方になると涼しくなり夜は25度程度。クーラーも必要なく快適に寝ることが出来る。しかも温泉にゆっくり入って。
昼間は木陰でごろごろして本を読んだり、昼寝をしたり。ハンモックで風を感じながら昼寝。これはいいでやんす。最近は激しく移動していたのでこういう時間も必要である。
箱根に、「竹やぶ」さんが出来てもう何年にもなるのだが、初めて行ってみた。立派な店構え。そして名前を聞きつけた、「品川」ナンバーの車が駐車場に並んでいる。2時というのに待ち時間あり。こちらは予約を受け付けず、来たお客順に入れるそうである。つまみの「わらび」が絶品。思わずビール!!!と叫んで一杯ゴクっと。旨い!!!!!!!卵焼き、みそ焼き(ここのみそ焼きは日本一!)とつまんで、やはり「田舎」でしめる。酒は、やっぱり新潟の「ひがん」。これは六本木の「竹やぶ」さんでも同じ。残念ながら5時30分にラストオーダーなので夜は使えないが、やはり名店である。
夜のお勧めを2件程ご紹介。一軒は、「PIZZA SOLO」。広尾にもある釜焼きピザ屋さん。しっかり目のチーズにモチモチ感のたっぷりの生地が旨い。赤ワインを合わせて頂くと、これはなかなかのお味。マルガリータが美味しい店にはずれはない。
そしてカジュアルな中華料理屋、「大原(たいげん)」。いつ行っても満員の人気のお店である。「くうしんさいの炒め」「ホイコーロー」「白菜のクリーム煮」「コーンスープ」(これがとっても美味しい!!)がお勧め。値段も安くて美味しい。そんなに油がぎとぎとしてなくて、しっかり食べられる。
しかし残念ながら。。。。。箱根で一番のイタリアンレストランと言えば、ユニマットさんがやっている箱根芦ノ湖美術館の中にあるイタリアンレストランなのであるが、何と箱根芦ノ湖美術館が閉館!!!!!!!です。悲しい。。。。。ここのバジルソースのパスタは最高だったのに。このお店はどこかでやっていないのでしょうか? ご存知の方は是非、教えてください。箱根へ行く一つの楽しみが無くなってしまいました。
何度でも言う。箱根は東京人の宝である。あの切り立った山々と温泉。後世に大切に伝えなければならない。その為には美術館も守らなければならない。箱根にはいくつもの美術館があり。文化を伝えている。それを守るのは私たちなのだろう。美術館をまわって、温泉に浸かり、美しい風景を眺め、美味しい料理を頂く。
やはり箱根は素晴らしい。
山村幸広
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ちょっと最近、更新をさぼっていました。すんまへん。今日からまたがんばりやす。
久しぶりに大阪へ。といっても日帰りという、とても酷な出張である。羽田を7:30に乗ると、伊丹空港に8:30分着。考えれば近いもんだ。最近、飛行機ばっかり乗っている人間にとっては1時間にフライトなんでフライトのうちには入らない。飛行機が飛び立つ前に、すでに熟睡して、そしてタッチダウンの振動で目覚める。もう30分寝たい。。。
大阪に行くのであればやはり食べたいものが一杯あって、それをできる限り、食べ歩きたい。それをせずに大阪へいくなんてなんと苦しいことであろうか?
大阪にいったなら、「重亭」でハンバーグとオムライスを食べて、「大黒屋」でかやくごはんを食べて、「吉風」で餃子を食べて、「自由軒」でカレーを食べて、「カツヤ」で、元祖カツカレーを食べて、「味穂」でたこ焼きを食べて、「新勝太郎」できつねうどんを食べて、「風月」で豚玉のお好み焼きを食べて、「眠眠」でタンメンを食べて、「一半」で鮨を食べて、「浅井きがわ」で和食を堪能して、もちろん、「かこい山」へいって鶏鍋を食べて、鶴一で焼肉を食べて、くしかつ食べて、おでんをたべて、ねぎやきたべて、ふぐ食べてというぐあいにとりあえず、食べつくしたいのである。そしてミナミで2,3軒ひやかして帰りたいのである。
最低、1泊2日、できれば2泊3日でこれらをできるかぎり食べる。そして食べる。これが大阪の過ごし方なのである。朝、昼、晩、夜、夜食と回していけばなんとか食することができるのである。
それらの店を横目にみながら、帰ってきてしまった。そしてなぜか私が大阪へいく日はとても暑い日になる。東京よりももちろん暑いのであるが、いくと決まって、「今日は一番、暑い日でっせ。」といわれる。なんとも大阪っぽいですよね。
大阪のタクシーのサービスで、5000円以上は半額というのが定着している。ようするに、20000円だと、5000+(15000円÷2)=12500円となるサービスなのである。これは東京にあるといいだろうなあ。
できるだけ早いうちにいきたいなあ、大阪。
よだれがでてきた。
山村幸広
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ウーマンエキサイト「近畿のレストランガイド」
エキサイトカテゴリ > “大阪のグルメガイド”
久しぶりに大阪へ。といっても日帰りという、とても酷な出張である。羽田を7:30に乗ると、伊丹空港に8:30分着。考えれば近いもんだ。最近、飛行機ばっかり乗っている人間にとっては1時間にフライトなんでフライトのうちには入らない。飛行機が飛び立つ前に、すでに熟睡して、そしてタッチダウンの振動で目覚める。もう30分寝たい。。。
大阪に行くのであればやはり食べたいものが一杯あって、それをできる限り、食べ歩きたい。それをせずに大阪へいくなんてなんと苦しいことであろうか?
大阪にいったなら、「重亭」でハンバーグとオムライスを食べて、「大黒屋」でかやくごはんを食べて、「吉風」で餃子を食べて、「自由軒」でカレーを食べて、「カツヤ」で、元祖カツカレーを食べて、「味穂」でたこ焼きを食べて、「新勝太郎」できつねうどんを食べて、「風月」で豚玉のお好み焼きを食べて、「眠眠」でタンメンを食べて、「一半」で鮨を食べて、「浅井きがわ」で和食を堪能して、もちろん、「かこい山」へいって鶏鍋を食べて、鶴一で焼肉を食べて、くしかつ食べて、おでんをたべて、ねぎやきたべて、ふぐ食べてというぐあいにとりあえず、食べつくしたいのである。そしてミナミで2,3軒ひやかして帰りたいのである。
最低、1泊2日、できれば2泊3日でこれらをできるかぎり食べる。そして食べる。これが大阪の過ごし方なのである。朝、昼、晩、夜、夜食と回していけばなんとか食することができるのである。
それらの店を横目にみながら、帰ってきてしまった。そしてなぜか私が大阪へいく日はとても暑い日になる。東京よりももちろん暑いのであるが、いくと決まって、「今日は一番、暑い日でっせ。」といわれる。なんとも大阪っぽいですよね。
大阪のタクシーのサービスで、5000円以上は半額というのが定着している。ようするに、20000円だと、5000+(15000円÷2)=12500円となるサービスなのである。これは東京にあるといいだろうなあ。
できるだけ早いうちにいきたいなあ、大阪。
よだれがでてきた。
山村幸広
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久しぶりにサンフランシスコに降り立った。それにしても色々と旅をした。調べてみれば、何と、一ヶ月で50000マイルも飛行機に乗っていた。体もおかしくなる訳だ。話を戻して、サンフランシスコ。何と5年振りである。一時は、一ヶ月に一回位のペースで行っていた。
サンフランシスコからサンノゼへ向かうハイウエイ101(ワンオーワン)。所謂シリコンバレーと言う場所。この100キロ程の中に、サンマテオ、レッドウッドシティ、クッパチーノ、サンタクララ、と街が続き、数々のIT企業が看板を上げている。実はエキサイトはそのシリコンバレーでも代表的な会社であった。
今、私が指揮を執っているこのエキサイト株式会社は、シリコンバレーに本社を置き、その日本法人として97年にスタートをした。私は日本法人で99年に採用されたのだった。
当時の米国エキサイト社はまだ社員が300人ほどの所帯。しかし活気があり、皆活き活きと働いていた。98年の11月に、面接の為に初めてこの会社を訪問した事を今でも昨日の事の様に憶えている。私は4時間に及ぶ面接の末、採用となり、99年の1月から赴任した。
私の当時のキャリアパスは日本法人の責任者として実績を残して、このシリコンバレーの本社で働くことを目標としていた。当時のITはアメリカ中心だった。アメリカの本社側で働きたいと言う夢を持って頑張っていた。
エキサイトは順調に成長している様に見えた。従業員は数年で3000人を越えていたし、いわゆる時価総額は一兆円を越えていた。レッドウッドシティでも一番の会社の様に思えた。しかし時価総額経営は崩壊して2001年9月に会社更生法の手続きをとり、2002年2月に更正することなく消滅した。エキサイトというサイトは日本、米国、ヨーロッパへ切り売りされた。そして今、日本は現在の親会社である伊藤忠商事が買い上げ、日本の伊藤忠商事の子会社として再スタートして現在に至っている。
社内は英語のドキュメントもなくなり、役員会も英語から日本語へ。会社は大きく変わっていった。そして私のキャリアパスも変更を余儀なくされた。しかしそれを今では肯定的に考えているので、悔いも後悔もない。
ただ、何となくサンフランシスコを避けていた。エキサイト本社の話もあまりしたくないし、オフィスの残骸も見たくなかった。しかしけじめをつける為に、苦労を共にした役員と一緒にレッドウッドシティへ車を飛ばした。
オフィスの殆どはまだ借り手がなく空きオフィス状態であった。メインオフィスへ行くと、何かセミナーをやっていた様なので、何と中に入ることが出来た!!! オフィスの中はそのままであった。所々にエキサイトのロゴが残っていた。ミーティングルームもそのままであった。打ち合わせをしていたこと。何もかもが懐かしい思い出である。あの頃のメンバーはどうなっているのであろうか?
行って良かった。なぜかすっきりした。訪問先では皆、日本法人の復活を祝福してくれた。会社は無くなったがエキサイトのサイトは米国、日本、ヨーロッパで残っている。いつかワールドワイドブランドとして再出発するのが次の夢である。
夢が破れたのではない。夢が膨らんだんだ。
そしてそれにまだ挑戦しているんだ。
山村幸広
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