「古本のオーソリティにして、モンドなんでも博士」。深夜映画ファン、特に日テレ"シネパラファン"なら、この懐かしいフレーズを一度は耳にした人もいるに違いない。そうその人こそ、"元"風俗ライターの松沢呉一先生なのだ。本誌にコラム「逸脱の文化ー間違えたい欲望について」をUNIT#10より連載し、異例の読者からの大反響、そして空前の松沢ブームまで引き起こしつつ、惜しくも21号で終了となってしまった。風俗ライターを廃業し歌手として、第2の人生を歩み始めた松沢呉一先生とは、一体どんな人なのか?今回は、彼の人柄を知るべくインタビューを試みた!!

☆:松沢呉一というペンネームはどこから?
松沢呉一(以下M):
広島出身で呉のおじいちゃんが、呉で一番になれよってことで付けてくれた事になっている名前。ていうことになっているっている嘘名前なんです(笑)。
☆:いくつも名前があったんですか?
M:名前によってテーマが、全部違っていたんだよ。例えば、ビデオ関係のレビューは、「村田ビデ雄」っていう名前で、「村田ビデ雄」は、編集本なんだけれど「ザ・ホラーヒーローズ」っていう、ホラー映画の本を一冊出してんだよね。当時、映像の仕事をやっていて、他にも仕事をやっていたから、ライターは趣味というか、そっちで喰っていこうなんて全然考えていなかったんだよね。それで喰っていこうって思ったのは30代になってからかな。
☆:どのような転機だったんですか?
M:当時、映像関係の会社にいながら、別の会社を作っちゃっていたんだよね(笑)。社員のくせに他の会社の社長をやっていた訳なんですよ。で、そこの社長に「仕事を整理しろ」って言われて、それで自分の会社でって。一応、編集プロダクション的な仕事がメインだったんだけど、一般的に、編集者って原稿を書けない人の方が良くって、書けても書く事をあきらめないとダメなんだよ。なんでかっていうと、腹が立つんだよね。原稿が遅くてしかも出来が悪いと、
「お前がこれで2週間掛けているなんて、おれは1日で書けるぞ!」ってなっちゃう(笑)。まさに俺がそうで、ダメだったんだよね。だったらライターかなと思って選んだのが、間違いよ(笑)。
☆:風俗ライターになったのは?
M:風俗ライターになったのは、ブルータスか何かで"高橋鐵"という性学者の話をやった時に、
国会図書館に調べに行ったら、行方不明みたいな状態で3冊くらいしかなかったんだよ。昭和20年代から30年代にかけてすごく売れた人で、古本屋に行けばいくらでもある。おれは、逆にそれが面白いなと思ったんだよ。国会図書館に無いって事は、誰もやっていないジャンルなんだなって気付いて。高橋鐵を集め始めて、そこから昭和初期のエロ関係のものを集めて、
同時に昭和20年代のカストリ雑誌っていう所謂エロ本なんだけれどそれも集めて。江戸以前は、キリがないしお金が掛かるから明治以降に絞ったんだよ。明治以降の性関係に関しては、トータルで言えば俺一番じゃないかな。で、十数年前に、気付くとエロ関係の知識もそれなりに付いて本も沢山入手した。何が弱いかっていったら、風俗関係が弱かったんだよ。一応、自分の中で隙間になっていたから、それをやろうかなっていうので、風俗誌とかの仕事を始めて、それで、風俗ライターとあえて名乗って、、、それも失敗だったんだよな(笑)。。。
☆何故、失敗だったのですか?
M:風俗ライターって最も簡単に出来るジャンルなんだよ。データはお店の人が全部くれるし、体験ものもお客になって行けばいいだけで、取材力って全然必要ないんだよ。簡単に出来るが故に、ちゃんとやっている人が少ないジャンルなんだよね。例えば、取材費が5万円だったら、他のライターは、お金を普通に払って、しかも経費で。こんな良い思いをしましたっていうので、5万円をもらった方が楽に決まっているじゃん。それを俺は何度も自腹切って通って、
街娼のお姉さん、実際にはおばあちゃんに近かったりするんだけれど、彼女たちのインタビューとかをやっていて。何度も通っていたら、5万円なんてあっという間に飛ぶからね。雑誌もそこまでって思っていない訳だから。しかも、ほとんどの読者はどこの風俗にどんな娘がいて、どんなサービスなのかを知りたいだけで、おばちゃんのインタビューなんかは、読みたくない訳。30人くらいインタビューしているけれど、それも未発表のものもあるしね。面白いと思ってやっていたんだけれど、本当に需要の無いジャンルなんだよ。金と手間ばっかりかかってね。
☆:「黒子の部屋」の運営コンセプトは?
M:元々ポット出版と仲が良くって本を出しているんだけれど、そこで本を売る為の純然たる宣伝行為なんだよね。例えば、10,000人アクセスの内の一人が買ってくれればいいっていう、
かなり無駄な宣伝方法にしても、興味を持つ人がいるだろうって始めたのが「黒子の部屋」。
元々何もお金を生まずに原稿を書く事って個人的に抵抗感があって、当初は2週間くらいで消していたんだよ。毎日書いて、どれだけ本の売り上げに繋がったかを印税で計算するとたった数十円。いくらなんでも無駄が多過ぎる。どうしようかなって思っていた時に読者から「だったらお金を取ってください」みたいな話が出てきたんだよ。で、メルマガを正式に始めたのが昨年の4月から。それが始まったくらいに風俗関係の連載が全部終わっちゃって、、、風俗ライターの先は無いなっていうので、風俗ライター廃業も4月くらい。メルマガも、風俗と全く関係の無い法律の規制の話とかで、例えば、今度変わる風営法の解説をちらっと書いたりはするけれども、実際の現場がどうなっているとかは、自身の中で興味も無くなちゃったしね。
☆:なぜ興味が無くなった?
M:昔は、隙間を縫って変なお店が出て来たりとか、店舗の面白さがあったけど、今は、面白さはほぼゼロ。昔、バーの内装みたいな風俗店があってね、よくある痴漢電車とか女の子の部屋のイメクラって分かり易いけれど、そこは西部劇の舞台のイメクラだったんだよ。(笑)。ドアをバーンと開けて、ピストルを出すっていうコンセプトで(笑)。そういうくだらないコンセプトのお店が、かつては沢山あったんだよね。あと、風俗誌の読者って記事を読まないから、一生懸命に書いても、やりがいの無いメディアだし、大体分かちゃったから、これ以上やってもなっていうのもあったんだよね。でも、風俗の歴史に関してはちゃんとやろうって思っていて、メルマガの2本に1本は、"松沢式売春史"っていうのをやっていて、それは古い資料を毎回一冊づつ取り上げていて、当面の目標は2000回なんだけど、やっと10分の1いったところなんだけれどね。・・・
次号に続く
※「黒子の部屋」
今回の松沢呉一氏のインタビューは、あまりにも文字数が多かったのと、その内容の面白さから異例の2号連続インタビューとさせて頂きます。まだまだ続きます。