
とうわけでMOT東京都現代美術館へ。
森山大道×ミゲル・リオ・ブランコ写真展を見に行く。
両者ともにものすっごいエロス。
森山氏の写真は言わずもがな、
その場所の匂いや湿度を感じるほどの力で迫ってくる。
鋭く生生しいのに美しい。
リアルな表現は行き過ぎると不快に感じるものだが、
なぜかそれが全くない。どんどん引き込まれる。
はあ・・天才。
この人の目に写る現実世界はこんなにドラマティックです。
いやシアトリカル?
いくらカメラマニアが大金叩いて機材買いそろえようと、
絶対にこの写真は撮れないんだろうな・・と思った。
ちなみに森山氏は主にコンパクトカメラで撮ってます。
写真は結局、その人の目なんだろう。
それを紙に写しただけ。
まぶたはシャッター。心がフィルムに焼き付ける。
創作意欲がムラムラとする良い時間だった。
俺はいわゆる「アート」というものには
ある程度の距離をとるスタンスでいる。
とくにコンテンポラリー・アートには
常にオナニーとセックスの間を往来するような
歯痒さと難しさがあるからだ。
俺は芸というものは人様のためにある、という考えなので、
いくらクオリティの高いものであろうが
こちら側に明確なメッセージをよこさない
内向きな自己表現にはいささか懐疑的である。
そう、いわゆる「俺はアーティスティックだろ」ぶった奴が苦手だ。
音楽にも同じ事が言えるのだが、
アーティストにしか理解されないアートなんてつまらない。
何か少しでも誰かに向って表現しようとするならば
自ずと対世界を意識せざる得なくなる。
表現したいと思う事自体、それは既に外へと向っている。
というわけなので、
直感でしか作品を判断しない。完全に受け手となり、
あくまで自分の自然な感覚で
作品を見聞き感じることにしている。
「・・ん〜まったく意味わからん」
と思えばどんなに名作と呼ばれるものにも興味を持たない。
それと、変な先入観で本質を捕まえられなくなるのも嫌だ。
素直にいいものはいいです。
大体、名作と呼ばれるものは、
どんな人にでも何かしらインパクトを残す。
それはアートがアートの殻を突き破った瞬間。
もしくは本当の意味で芸術になった瞬間。
今多くに聴かれる音楽は芸術の匂いを感じない。
苦痛を伴わないひたすら快適なセックス。
達成感もそれなりの。行為。
だからなのか、完全にオナニーばっかしとるやつもいる。
相手はどうでもいいから
俺だけのイマジネーションの快楽に耽っていたい。
なんだか、どっちかしかない。
せめて心が不感症になるのだけは絶対に避けよう。
うん、俺はまだまだ健全な欲求不満。
行為に繋がる何かを求めて
男子は日々悶々とイメージし精進するのです。
全部は繋がっているんです。物事はぶつ切りにしてはいけない。
即出会って即ヤるなんて!そこにドラマはあるんか!だったら風俗だ!
色と色のグラデーションしてる部分が大切。
見えそうで見えないあたりがいいんです。
ああ〜!完全に脱線しとるやん!
う〜ん、イメージが行為に繋がること、
例えば何か感動的な作品に出会って、何かを思い、何かを始めたりする。
この「何か思わせる」
そこに芸術の力を感じるんです。
どれだけ沢山の事を、強い何かを
「思わせる」かが。
俺も芸で生きていくものとして、
しっかり芸術というものと
向き合いながら作品作りをしていきたいと思います。
普段ヘラヘラ生きてる俺でも、
文化の日ぐらいは文化を意識したぜ・・(笑)
最近文章長いですけど、
頭がいい感じで回ってる証拠なので
許してね。
by tsubakiyablog | 2008-11-03 19:53