第一章 あいさつ2012年
我々の新しい作品が出るにあたって、もう一度歩き出すということも兼ね、
メンバー皆で、もう一度共通のツールで、
情報や何かを発信したい、もしくは、残したいと思い、
昨今、たくさんのSNSが溢れる中、もう一度ブログという手段に戻ってきました。
これからまたよろしくお願いします。
文明は進化して、絵画や生演奏しか無かった100ー200年前とは、あらゆる事が変化して、進化している。
今はみなさん知ってる通り、、音楽や、本や、あらゆるものが、手軽になり電子化されたり、(配信や、電子書誌など)
昔はおそらく、蓄音器などで聞いてたのも、生演奏に比べたら邪道とかいわれたのだろう。
お互いにたくさん良い所があるだろうし、結局答えは歴史が決めていくだろうしレコードなど、紙などは無くなっても、流行なども兼ねて結局巡るものでもあるだろう。
けど、昔から一つだけ変わらなくて大切なことは、
文字や絵など、自分の目で見て、音楽は、自分の耳で聞くということだと思う。
これが狂わない限りは、どんなに進化して、世界が奇天烈になっても、文化と芸術は死なないと信じてる。
(それすら怪しい状況を生んでる現状もあるが、、、、)
第2章 なぜブログをいまさら書くのか?自分の目でみたものを信じて、自分の耳で聞いたものが貴方の真実。
ツイッターやフェイスブックと違い、ここは僕たちを本当に好きな人、繋がっている人たちが見てくれてる人が多いと思っている。
たくさんの人にバンドの存在を伝えるという事よりも、
文字制限もなく、タイムラインも関係なく、
とことん深く言葉と向き合って、何かを毎回残していこうと思っている。
例え、紙じゃなくても、声じゃなくても、拙いバンドのブログでも、
あなたの目に届くことを祈ってる。
真面目に難しいことだけ!!!って訳ではなく、好きな事や伝えたい事はしっかり書きたい。
僕にとっては、一週間に一回の、言葉のLIVEだと思って、書き綴っていく気持ちだ。
良いところでも悪い所でもあるが、ブログで書いた簡単な言葉でも、永久にネットの中で、残るかもしれない。
なおさら、いつ死ぬか分らない以上は、最後の言葉になっても良いように残しておく。
これは、もはや、僕の生き方だ。
出来るだけ長文で書いていきたい。
他のメンバー(僕は月曜日担当)も、自分の価値観でつづっていくだろうから、
どうか、僕の文章が長く、退屈だとしても、スキップして貴方が好きな情報をキャッチしてくれ。
この点が、バンドブログであえてやる理由の中で、一番気に入っている。
今日は1回目だ。とりあえず自分の一番好きなものを書こう。(ようやくここから始まり笑。長いぞ?)
第3章 ボブマーリーについてhttp://youtu.be/nlk9Sj4Ns2k歴史上、ジャンル問わず、もっとも僕が尊敬する人物ボブマーリー。
軽く生い立ちを話してみよう。
1945年ジャマイカの貧民地区に生まれる。白人の父親を持つ混血児。
生まれて幼い時、よく近所の人たちの手相を見て、未来を占って、驚かせたりしていたが、
ある日、手相はもう見ない!!と言い放ち、僕はこれから歌を歌うんだ!!と宣言したりしたらしい。
1950年代に
家族と都会に移住する。
トレンチタウンという、本当に危なく、貧民街に移り住み、そこで人生のすべてを学んでいく。
本当に札付きの悪だったため、(rude boy)、
音楽に専念するために学校をやめて、
後にラスタファリ運動、宗教を教わる、音楽の先生ジョーヒッグスと出会う。町のなかで至るところにて、
音楽はあり、コーラスや歌の練習をする日々。
その鍛錬の中、後にバンドを組むピータートッシュやバニーウェイラーと出会い、
The Wailers
を結成する。。。。。。。。。。
この60年代当時ジャマイカの音楽業界は、やはりマフィアみたいなやつが仕切ってて、
曲ごとに契約して、そのたびに一週間の食事代くらいの本当に少ない金しか貰えない。
それでも、みな現状を打破する為に、歌を歌い、歌を作った。
金が無い、生活は苦しい、お前だけが必要だ、、、、などよくある歌だ。
人間の欲の根源に忠実に歌うのは、黒人の嘆きだ。そして、The Wailersとは、嘆きの民という意味でもある。
またみんな同じ生活をしていた。皆金は無く、生活も苦しい。
だから、それは、みんなの歌になっていった。
これは、まだレゲェが始まる前の話。まだ時代はskaからロックステディに、移るころだ。
http://youtu.be/ybmPHD7FPcQ第4章ボブマーリーの練習量
まず彼を尊敬する部分で大きいところでもあるんだけど、
彼の練習量。黒人だから皆うまいわけではない。
みんな死ぬほど練習してる。
才能はもちろんだが、しっかり練習してる。
あらゆるものを犠牲にしながら、生活しながら、日々特訓だ。
有名になった後の話だが、
金持ちになって、キングストンの高級住宅地区に家を構え、
一日中、ごろつきや、ドレッドロックスたちや、子供たちが勝手にブラブラくる環境の中、
バンドメンバーも半分くらい一緒に住んでいたらしいが、
毎朝6時に起床、クルー全員で浜辺までランニング、もしくはサッカー、
昼に飯食って、あとは、夜の11時近くまでバンドの練習。
それを、ツアー始まるまでは、ほぼ連日だ、、、、。
週2-3日の4-6時間でも、現代の日本ならガンバリ屋さんに入るのだが、
はるかに超えていく練習量。
バンドは、別に練習の時間がすべてと思わない。
ただそこまで、
有名になったとしても続けるストイックさと、
音楽、グルーヴ、そして共に音を奏でる仲間に対する情熱が、
僕にとっては、まだまだ俺は甘い、まだまだ頑張れると、勇気を奮い起し、謙虚さを与えてくれる。
第5章 音楽の苦悩と意志ボブマーリーが21歳ごろ、リタという女性と結婚する。
いわゆる出来ちゃった結婚だ。
リタも、教会などで歌ったりしていた。
後の、ボブマーリー&ウェイラーズのコーラス女性3人組のリーダーだ
http://youtu.be/HRTRY58pgrs
この時点で、彼の財力は、ほぼ0に近い。
ジャマイカの有名レーベルから作品は出していて、
町で有名にはなっても、なにも状況は変わらない。
そこで、彼は決心した。
母の住んでいるアメリカ(母親は再婚してアメリカに住んでいた)に行って、働き、金を蓄え、
今度こそ自分のレーベルをつくろうと。
結婚式の翌日に、アメリカに飛び立つ。。。
(1ー2年ぐらいだったかな?)
ようやく、金も溜まり(確か掃除婦かスーパーの整理係とかで仕事してた)、
帰国し、
バンドを再結成し、
アメリカで生活しながら、曲もたくさん書いてたので、
さっそくレコーディングに挑む。
そして、自分たちの会社で、レコードを作り、売るのだが、
まだノウハウもなく、1年ぐらいで倒産する。。。。
仕方なく、元のレーベルに頼み、5年ほど活動し続け、リーペリーと出会ったり、音楽を進化させながらもレゲェを発明していく。(ジャマイカ全体が、レゲェを発明したに近いが、、)
うっすら世界に届きはじめる。ある時、転機が訪れる。。。
まあざっとこの時点で突っ込みどころ満載なんだが、
とにかく、たくさん失敗してる。
普通の人の何倍も失敗している。
現代だったら、多分世の中が許さないくらい、失敗してる。
それでも、彼を支えていたのは意志なのだろうか?
それとも、音楽しかない道を自ら作った宿命のおかげなのか?
とにかく、たくさん失敗して、それでも、あきらめることは無かった。
全部歌にしていった。
それが、歌を歌う人の唯一の幸せであり正解だと思う。
信じるままに生きて、あきらめずに、すべてを受け入れ、勝てなくとも、何にも屈することなく、挑み続ける。
第6章 希望http://youtu.be/zGO8HN1QQdIようやく、彼にも転機が訪れる。
いわゆるメジャーの会社が興味を示したのだ。
ジャマイカに一番近いロンド