
結論から先に言いますと・・・
ちっともハマれませんでした!この映画、実は1週間前にシネマライズで見てたんですが
すぐにブログに書かなかったのは、ずっと考えていたからです。
「世間でこんなに評判がいいのに、その良さがまったくわからないのは
自分がどこか悪いからではないのか?」と。
本当にくだらない悩みです。後から考えたところで、つまんなかった映画が面白くなる訳はないのに・・・
で、わざわざ原作本も読んだりして、うんうん唸っていたのですが
この映画に感情移入できなかった理由としてまず疑ったのが
まぁ順当に、ゲイ映画だからではないかという点。
果たしてにしかわは同性愛差別主義者なのか?確かに私はそっちの方の行為は未体験。
しっかりと処女膜が残っております。しかしどちらかというと私は
限りなく境界線上に近いところにいる人間のような気がするのです。
中1のとき恋心を抱いていたのは、3年のMさん(男性)でした。
『幻魔大戦』の主人公に似てたので、秘かに「東センパイ」と呼んでいました。
中3のとき一番大事に思っていたのは、新聞委員の後輩のH君。
今で言えば藤原竜也似の、中性的な美少年でした。
キューバ滞在時に若い男の子にナンパされ、面白そうだったのでついていき
太股の愛撫までは許しました。(その後、彼の手が鼠径部まで伸びてきた時は
さすがに「めっ!」と言って叩きました)
私は当時、彼女にフラれたばかりでヤケクソ気味だったので
病気の心配さえなければやってたかもしれません。・・・とゆーわけで、私はゲイに対しシンパシーを感じこそすれ
拒否反応を起こすようなタイプでは決してないはずなのです。
私自身も性的には
それなりに特殊な嗜好を持っておりますので
自分のセクシャリティを否定されることへの恐怖は、何となくわかるつもりです。
性的なことに関して、人間は最も無防備になると思うから。
映画の中で、主人公が
ちんこ引っこ抜かれて殺されたゲイの人物のことを思い出しておびえるシーンでは、私も同様に震え上がりました。
では原因がゲイではないとすると、果たして何なのか。
考えてみるとこの映画、「同性愛」というキーワードをあえて除外すると
今どき珍しい
ストレートな恋愛映画なのです。
こ、これだー!!!
私はここ数年継続中の恋愛飢餓状態の副作用で
相思相愛アレルギーになってしまっておるのです。
ストーカーの気持ちはわかっても恋人同士の気持ちは理解できない。いつの日かこの永い永い乾期が終わり
もう一度大地が恵みの雨で潤うことがあるならば
そのとき私は、この映画を再見してみたいと思います・・・
今日は長ったらしい文章ですみませんでした。
棚ボタとは言え、初めてのランキング1位にテンションが上がり
つい書きすぎてしまいました。
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