1920年代…プロのアメフトがまだマイナースポーツだった時代。
ドッジ(ジョージ・クルーニー)はベテランの名物選手だったが
長年キャプテンを務めてきた「ダルース・ブルドッグス」が
不況のあおりをうけ解散の危機に。
そこでドッジは一計を案じ、第一次大戦の英雄であり
大学アメフトの超人気選手・カーター(ジョン・クラシンスキー)を
大金を積んでスカウトし、チームの再生に成功する。
そんなカーターを密着取材する美人記者・レクシー(レニー・ゼルヴィガー)。
実は彼女の目論みは、カーターの本当の戦歴を聞きだし
彼が“作られた英雄”であることを暴露することだった。
ただでさえ複雑なこの3人、恋愛面でも三角関係に発展。
そんなドタバタの中、ライバルチームに電撃移籍するカーター。
恋とスキャンダルと男のプライドを賭けた世紀の一戦が、今幕を開ける。『コンフェッション』『グッドナイト&グッドラック』に続く
ジョージ・クルーニーの監督第3作。
前2作を見た方はおわかりの通り
この人、見かけによらずなかなか腰の入った映画を作ります。今回はアメフトがビッグ・ビジネスに生まれ変わる前夜を
往年のスクリューボール・コメディ(…ってゆーんだそうです)
のスタイルで撮り切りました。
「今年は映画の当たり年」と何度も言っている私ですが
実を言うと、ラブコメだけはハズレ続き。
大好物ジャンルの不作を寂しく思っていたところにこの映画。
あのオッサンならきっとやってくれる…。つぶらなお目々をキラキラさせながら試写室へ向かう39歳。
…で結果、良い方に裏切られました。
金離れのいい女性客を当て込んで、この邦題をつけたんでしょうが
中身は完全に“男の映画”。クルーニーとゼルヴィガーの丁々発止のやり取りは文句なしに楽しく
恋愛ものとしてもよく出来ていることは事実なんですが
この映画の核になるテーマはズバリ
「プロスポーツの功罪」。原題の『Leatherheads』は
当時のアメフト選手が被っていた皮製のヘッドギアのこと。
ごっつい防具に包まれた、ロボットじみた選手の姿しか見たことのない我々の目には
この20年代の素朴なアメフトのスタイルが実に新鮮に映ります。
限りなく「草アメフト」に近かったこのスポーツが
現代のようなショーアップされたビッグ・ビジネスに生まれ変わることで
確実に失われたものがある。そのことをこの映画は教えてくれます。
ラフ・プレイ(ときには乱闘も含む)や
選手のずるさ(サッカーで言う“マリーシア”)。
たくさんの人間が見、大きな金が動くことで
「公正」の名の下、こういった人間臭い猥雑さがスポーツから排除されていく。
加えて、現代のプロスポーツとは切っても切れないテレビ中継という要素。
CMにあわせてプレーを止め、ビデオ判定を盛り込むなど
ゲームはどんどん人間の手から離れていく。こうした「管理されたプロスポーツ」
引いては「現代という時代そのもの」に対して
ロートルのジョージ・クルーニーが単身で戦いを挑んでいくラストは
巨大な風車に立ち向かうドン・キホーテを見るようで、胸が熱くなりました。
最後に主演の2人についてちょいと。
クルーニーが脚本段階で決めていたという、レニー・ゼルヴィガー。
確かにコメディエンヌとしても芸達者で、個人的には好きな女優なんですが
この
瘤取り嬢ちゃんに、まわりが口々に「美人記者、美人記者」言うのがちょっと寒い。
クルーニーとのキスシーンで、2人の顔を逆光で撮って
シルエットだけで見せるカットがあるんですが
ゼルヴィガー嬢のほっぺの線が見えちゃってて失笑。
この人はどこまで行っても
シャーリー・マクレーンタイプのファニー・フェイスなんだから
始めっからそーゆー設定にすりゃ誰も傷つかずに済むでしょうに…。
そこへ行くとジョージ・クルーニーはほんまいい男ですな~。
体の隅々から
古き佳きハリウッドオーラが溢れまくっております。『フロム・ダスク・ティル・ドーン』で最初に見た時は
「テレビ顔のあんちゃんやな~」とゆー感想だったんですが
(ブルース・ウィリスの時も同じことを思った)
いい感じに歳を取って、渋みが増してきた今になってみると
ブラッド・ピットやマット・デイモンが進んで舎弟になりがたる気持ちが
よーくわかります。
ま、とゆーことで
チケット売り場で言うのが照れ臭いタイトルになっちゃってますが…
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↓夜になって鍋買いに出たら道に迷った。暗いよ寒いよ怖いよー。