才能が全然ないのに、とにかく絵を描き続ける男。
そしてその良き理解者の妻。このたけしの新作にコメントするのは物凄く難しいです。
それはなぜかと言いますと
そこに山があるからだ。もとい
そこに自分がいるからです。正確に言うと、主人公の少年時代から青年時代までの前半は
自分自身の話として
恋人と出会い、結婚してからの後半は
両親の話として見ました。
(うちの父親は絵の仕事をしております)
とゆー訳で、今日の文章は非常に個人的かつ愚痴っぽい内容になると思います。
嫌な人はここで止め、読んで下さる方は覚悟して下さい。
この映画、話の節目節目でテロップが入るんですが
少年時代の真知寿(マチス・主人公の名前)が、ある画家から絵を褒められ
自分も大人になったら画家になることを決意するシーンで
画面に次のような言葉が映し出されます。
真知寿はこうして、将来画家になるという夢を持った。
また、持たされた。この「また、持たされた」って言葉が
私の心をずどーんと重たくしました。
夢を持つというのは、十字架を背負うようなもので
運良く叶えば万々歳だけど、それに一生を振り回されることだってある。
とゆーか、実際のところその可能性の方が圧倒的に高い。
ミュージシャンはあいも変わらず「夢は必ず叶う」と歌っておりますが
そんなものは大嘘です。私が今絵の仕事をしているのは
ある意味では「家業を継いだ」とも言える訳で
いい年をしていまだに自分に自信が持てないのは
そこらへんにも理由があります。
この夢は
果して本当に自分のものなのか。才能や能力の限界を感じたり、壁にぶつかったりすると
筋金入りの弱虫の私はすぐに人のせいにする。
こんな子供っぽい悩みはずいぶん昔に乗り越えたつもりでおりましたが
改めてたけしに言われ、ぶりかえしちゃった訳です。
ずどーんと。さて、後半。
青年になった真知寿は、運命の人・幸子(麻生久美子)に出会います。
青年期を演じるのは柳憂怜。(本作から名前の表記を「ユーレイ」より変更)
この人、『3-4×10月』でも石田ゆり子とつきあってましたが
たけしの中ではモテキャラなんでしょうね…。
主人公は私のようだ、と書きましたが
両者の間には決定的な違いがあります。
真知寿は一切迷わない。作風はいいかげんな画商に言われるたびにコロコロ変わり
他の画家の真似を平気でやる上、技術もないから粗悪なコピーにしかならない。
芸術家としては最低の部類。
しかし、自分は画家になるんだ、絵を描くんだという
狂気じみた確信だけは、まったく揺らがないのです。
この映画を見る人は
「なぜあんなダメ人間に
麻生久美子や樋口可南子(幸子の中年以降を演じる)が着いていくのか」
と不思議に思うかもしれませんが
私は両親の例を見ているので、よくわかります。
こうと思い込んだ人間には、磁力がある。世の中には夢を食べて生きるバクのような人間が本当におり
このタイプの人は、相手の夢を一緒になって見ることが楽しいのです。
“揺るがない夢”はこういうバク人間にとって何よりの栄養源。
貧乏を理由に別れる夫婦がたくさんいるのも事実ですが
バク人間は、そこの優先順位が違っている。
うちの母親のルックスは樋口可南子とは正反対のモロ南方系ですが
中身はほとんど同一人物と言っていいくらい似ています。
何日か前の記事にもちょっと書きましたが
現在はともかく、結婚してから10年くらいは
うち父親にほとんど稼ぎらしい稼ぎはなく
母親が毎日働きに出て、家計をまかなっておりました。
日がな一日働いて、帰ってきたらきたで亭主と息子の世話。
父親は家事が一切できないどころか
仕事でテンぱると、ほとんど狂人…わがまま言い放題な訳です。
私は子供ながらに
「ダメな人だなぁ、母親はよく耐えられるなぁ」
と思って見ておったのですが
ふと現在の自分を振り返ってみますと
稼ぎは全然ない上に
夢の方は揺らぎまくっている。どっこもいいところがない訳です…。
そりゃ、相手も見つかりませんわな。
まぁ、このように二重の意味で
私のコンプレックスをほじくり返しやがった『アキレスと亀』。
のめりこみすぎて、客観的に見て面白いのか面白くないのか
皆目見当が付きませぬ。
感想を一言で言うとこうですね。
私の人生、いつになったら始まるんだろう。始まらないまま終わりかけている男・にしかわの愚痴でありました…。
(9月20日公開)
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↓試写で爆睡・・・疲れ気味っス。