
高校卒業を間近に控えた、幼なじみのセスとエヴァン
2人はもちろんオタクで童貞。彼らは焦っていた…このまま高校生活を終えてしまっていいのか?
しかしモテない2人に大チャンス。
クラスメートのパーティーに初めて参加が許されたのだ。
酔った勢いでもしかしたら女の子と…つーかもうココで決めるしかない!
もちろん財布にコンドーム持参だ!しかし天国の扉を開くには、パーティーの酒を調達するという条件が。
「そんなの簡単じゃん?」というのは日本の話。
アメリカでは未成年がアルコールを手に入れるのは至難の業なのだ。
そこへ、偽造IDカードを持ったフォーゲルと言う同級生が。
こいつが2人に輪をかけて友達のいない
独自の亜空間を持つ男。「下には下が」…人間って悲しい生き物。
しかたなくこのメガネ君を仲間に引き入れ、
颯爽と街へ繰り出す彼らだったが…
まぁ、そんな簡単にうまく行っちゃ映画にならない。
童貞3人組を待ち受ける、数々の試練。
一夜の地獄めぐりが始まるのだった…。(ちなみに主人公「セス」「エヴァン」は脚本家コンビの名前)
インディーズ製作、有名俳優ゼロ
小規模公開から口コミで記録的大ヒットへ。
2004年の『バス男(原題Napoleon Dynamite)』の再来と言われた本作
実際、『ゴーストワールド』から始まり、『アメリカン・ビューティー』を経て
『バス男』から『ジュノ』へと到る
アウトサイダー側から見た
アメリカ高校生活を描いた一連の作品の流れの中にある1本と見て間違いありません。
(エヴァン役のマイケル・セラは本作の後、『ジュノ』の準主役に抜擢)
プロデューサーは『40代の童貞男』のジャド・アパトーとゆーことで
映画の中心テーマはやはりコレ。
大人の男になるってどういうこと?主人公2人が幼なじみという設定がミソで
これが実に深く、アホらしいドラマを生み出します。
互いに心の中では
こんな奴と一緒だから
いまだに童貞なんだという不満を抱いており
いざ相手がうまく行きそうになると足を引っ張り合う。
「俺はお前よりはマシだ!」
「お前と過ごした10年間、全部ムダだったよ!」
とついつい本音が口に出て、傷つけあう。
そして狂乱の一夜が終わった後、抜け殻のようになった2人は
互いのすべてを許しあい抱き合って眠るのでした…。童貞であることの醜さ、滑稽さ、悲しさ、そして美しさ。
童貞をこじらせることの尊さをここまで描ききった作品を、私は他に知りません。
そして彼らを待ち受ける、どこかほろ苦い結末。
大人の階段のぼる君はまだ シンデレラさと昭和の名曲には歌われておりますが
その階段を昇りきってしまった先には、何が待っているのか。
その答えを実に叙情的な形で示した、見事なラストシーンでありました。
さて、この映画を見て最初に私の頭に浮かんできたのは
『天才バカボン』のとあるエピソード。これを読んだ当時、私はおそらく小学校低学年。
たまたま親が買ってきた少年マガジン(※)に載っていたその漫画を読んで
何とも複雑な気持ちになったことを覚えています。
ストーリーの全体像はいっさい記憶にないのですが
バカボンパパとか、レレレのおじさんとか、本官さんとかいった
この漫画の中年男性キャラクターがラストで総出演。
何がきっかけだったのか
彼らは口々に「おがあちゃ~ん!」「ママ~ン!」と母の名を呼びながら
互いの乳首をまさぐり始めるのです。
そして最期のコマは
全員が数珠繋ぎのようになって泣きながら乳首を吸いあっている絵。まだ子供だった私には、彼らの感情が汲み取れるわけもなく
しかしなぜか鮮烈な印象とともに、このシーンだけが記憶に残りました。
そして現在39歳の私がそれをどう見るかと言いますと
1000%感情移入。生きていく過程のどこかで童貞を失い
大人にならざるを得なかった男たちの悲しみ…。
赤塚不二男の訃報にふれたのはこの映画を見た数週間後でしたが
私にとっての赤塚は、こういう言葉にならない感情をすくい取ってくれて
いつでも「ああ、人間これでいいんだ」と思わせてくれる
魂のセーフネットのような存在でした。
天才・赤塚不二男と失われたすべての童貞のために黙祷。※『天才バカボン』は1969年に「マガジン」から「サンデー」に突如移籍。
その後半年ほどで打ち切りになったらしいのだが
私が読んだのがどちらの雑誌だったのかははっきりしない。ブログランキング〜
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