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Feature of the month '07.Feb

『善き人のためのソナタ』暗い屋根裏に鳴り響く、哀しく儚いソナタ
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 1984年、「ベルリンの壁」崩壊直前の東ベルリン。一党独裁の恐怖政治の下、反逆者を取り締まっていたのがシュタージという秘密組織だった。本作は、旧東ドイツの政治内部へ鋭利なメスを入れたとして本国ドイツで賞賛をあび、一五〇万人の観客を動員した。米アカデミー賞の外国語映画部門にもノミネートされている。しかし、特筆すべきなのは秘密組織の暗部を正確に描いた手腕ではなく、ヒューマンドラマとしての完成度の高さである。政治と芸術の狭間で彷徨う芸術家たちの苦悩と、国を信じ、国に仕えてきたシュタージの局員が、自由に生きることの真価を知るまでを、正面から見据えている。
 シュタージの局員ヴィースラー(ウルリッヒ・ミューエ)は、劇作家のドライマンと彼の恋人で女優のクリスタの監視を命じられる。この頃の東ドイツでは、舞台や音楽の内容までも政府が管理し、目を光らせていたのだ。少しでも疑いがかかれば仕事を干され、周囲の人間は自分たちの身を守るために、積極的には仲間を救おうとはしなかった。その結果、ドライマンの友人の劇作家が自ら命を絶ってしまう。その時に彼がピアノで奏でるのが「善き人のためのソナタ」なのである。そして彼は言う。“本気でこのソナタを聞いた者は悪人になれない”“レーニンはベートーベンのソナタを否定した。なぜならそれを聞くと革命が達成できないと思ったから”。ヴィースラーは、盗聴器で、そのソナタを聞いていた。
 強くきつく抑えこんだウルリッヒ・ミューエの演技には、とにかく圧倒される。芸術世界が放つ自由と解放の匂いに翻弄される後半戦では、葛藤と切なさが、じわりとにじみ出てくる。それはセリフや動きからではなく、ただ立っている姿かたちからだったり、目線を落とした角度だったり、動きにもならない微妙なニュアンスからこぼれているものだ。ちなみに、ウルリッヒ・ミューエは、実際にシュタージの監視下にいた経験があるという。
 監督は、これが長編初作品となる弱冠三三歳のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナーヅマルク。本作のために四年もの年月をかけて、関係者や研究者への取材、記録文書のリサーチなどを行った。監視する側とされる側、双方の視点から当時の監視国家を俯瞰的に描こうとしていて、引きの画では時代の風潮で暗く澱む街を捉え、寄りの画ではシュタージ内の細かい工作をちゃんと映し出す。
 印象的な言葉があった。シュタージの幹部がドライマンに向けて放った言葉だ。
“作品の中で叫んでも、人間は変わらない”
 政治でしか世界は変わらない。芸術は政治の上に成り立つものだと、言いたかったのだろうか。映画では繰り返し描かれてきたベルリン崩壊直前という時代。監督が初の長編作品としてこの題材を選んだのは、ドイツの芸術が自由を得た日のことを、ドイツ人として、忘れるわけにはいかないからだ。(坂本亜里)

監督・脚本:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演:ウルリッヒ・ミューエ、マルティナ・ゲデック、セバスチャン・コッホ
★シネマライズほかにて全国順次公開中
www.yokihito.com
# by switch-movie | 2007-02-19 00:05

観ておきたい映画4本 '07.Feb

『パリ、ジュテーム』

b0071697_14474920.jpg18人の監督が、パリの各地区で“5分間の愛”を綴ったオムニバス作品。監督はウォルター・サレス、アルフォン・キュアロン、オリヴィエ・アサイヤスのほか、出演者もナタリー・ポートマンやジーナ・ローランズなど豪華な顔ぶれ。その5分間は、愛の抜け殻が残る別れた夫婦の会話だったり、ボーイ・ミーツ・ガールな瞬間であったり、どれも些細だからいい。コーエン兄弟の作品は、リズム感のある運びが気持ちよい。(坂本亜里)

監督:ジョエル&イーサン・コーエン、ガス・ヴァン・サント ★3/3よりシャンテ シネほかにて全国順次公開




『今宵、フィッツジェラルド劇場で』

b0071697_14475872.jpg昨年11月20日に逝去した巨匠ロバート・アルトマンの遺作。30年あまりにわたって放送され続けてきたラジオの音楽バラエティがラジオ局の買収によって打ち切られる。その最終回の公開放送を舞台に、番組に関わってきたさまざまな人々の表情を淡々と切り取っていく……という、あまりに遺作にふさわしい題材なのだが、消えゆく「古きよきアメリカ」への、静かで温かいオマージュに胸打たれること必至。(猪野 辰)

監督:ロバート・アルトマン ★3/3より、銀座テアトルシネマ、Bunkamuraル・シネマ他にて全国ロードショー




『ポリス インサイド・アウト』

b0071697_144889.jpg実現するとは誰も思っていなかった再結成を果たしたポリスの、まさにジャスト・タイミングなドキュメント作品。ドラマーのスチュアートが回し続けたスーパー8が映し出す、青年3人のサクセスストーリー、そして崩壊までの短い軌跡。粒子の荒い画像の中で素顔を見せて笑うロック史上最強のトライアングルと呼ばれた3人。彼らの本当に幸せなユースフル・デイズは、ほんの一瞬だったのかもしれない。(菅原 豪)

監督・脚本:スチュアート・コープランド ★3/31よりTOHOシネマズ六本木ヒルズ他にて全国順次公開




『ボッスン・ナップ』

b0071697_14481542.jpg自分の女に売春をさせるピンプ稼業。成り上がり、愛に傷つく……と、この映画のストーリーを語ると実も蓋もないが、なにより西海岸随一のモテ男・スヌープの静かなピンプぶりに心酔。かつミュージカルのように挿入されるスヌープの“西海岸、夜の楽曲たち”がドープすぎて、麻薬のように映画的評論を受け付けなくさせる。観た後に「ピンプになりたい」と感想を漏らしても、誰もキミを責めたりはしない。(青木雄介)

監督・脚本:プーク・ブラウン 主演:スヌープ・ドッグ ★2/24よりシアターN渋谷、大阪・シネヌーヴォXほかにて公開
# by switch-movie | 2007-02-19 00:00




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