ペーパーバックの数が増えていく TEXT+PHOTO by 片岡義男

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18 ケンジーロという名のサムラーイ

b0071709_13283234.jpg 『ケンジロー』という題名の小説がワーナー・ブックスからペーパーバックで出た。一九八六年のことだ。英語で書かれた小説の題名に、日本人の名が使われている例は、さほど多くない。僕が知っている例には、タカクワ・ゲンゴ、タカハシ、ハックルベリー・ハシモト、くらいしかない。ずっと以前に『オンリー・アキコ』という小説を読んだ記憶がある。このアキコも含めて、わずかに四人だ。そしてそこにケンジローが加わる。健二郎だろうか、それとも謙次郎、というような書きかたをするのだろうか。ジローには次郎と二郎のふたとおりしかない。ケンは権、憲、堅、賢、謙など、何とおりかある。どれであっても音声になるとケンジローだが、サムライがサムラーイとなるのとおなじように、ケンジローはケンジーロとなると思っていいだろう。
 表紙絵のなかにいる男性が、帝国日本の侍であるケンジローだ。その彼がうしろから抱き寄せているのは、彼が愛したイギリス女性、エリノア・ミルズだそうだ。十九世紀の中国を舞台にした『ジェイド』という小説がベスト・セラーになったパット・バーの第二作は『ケンジロー』といい、「十九世紀の日本を描いた小説」と、副題がつけてある。
 物語は一八六二年のヨコハマから始まっている。薩摩、長州、幕府、朝廷、攘夷、といった時代だ。次の年の七月には、薩摩藩がイギリスの艦隊を相手に、鹿児島湾で戦争を始めている。五百ページだからさほど大部な作品とも言えない。イギリス女性エリノアが、恋人となるケンジローという男性に、西欧のそれとはいかに異なったセクシュアリティを発見するか。それだけを追うのも、ひとつの読みかただと僕は思う。
by yoshio-kataoka | 2006-06-30 15:25

17 35冊のチャーリー・ブラウン

b0071709_10323613.jpg 一九六〇年代の前半から、一九七十年代のおなじく前半まで、十年ほどの期間にまたがって刊行されたチャーリー・ブラウンのコレクションが、三十五冊ある。およそ半分は新刊で買っている。神保町の古書店で買ったものは、雑誌や新書の原稿を喫茶店めぐりしながら書く仕事のかたわら、あるいはそのような一日が終わったあと、喫茶店ですべて読んだ。こうして三十五冊を積み上げ、タイトルの背文字を読んでいくだけで、ちょっとした読書をしているような気分になる。ピーナッツを読むのは、僕にとっては読書の一種だったからだ。
by yoshio-kataoka | 2006-06-26 10:35

16 8ボールの向こう側

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 ウオルター・S・ティーヴィスの『ハスラー』という小説の、版違いの二冊だ。左にあるデル・ブックスの小さいサイズは、一九六四年の初版だ。そして右のはワーナー・ブックスからの一九八四年のリイシューだ。内容はまったくおなじだからどちらで読んでもよさそうなものが、僕はデル・ブックスでないとその気になれない。何度もこれで読んだから、余計にそうなのだろう。二十代なかばに最初に読んだときには、本当に夢中になった。
 第一章から素晴らしい。シカゴのダウンタウンにある、見栄えのしない平凡な八階建ての建物の最上階に、ベニントンズという名のプールホールがある。泳ぐプールではなく、玉突きのプールだ。プール・テーブルが二十二台ある。朝の九時に掃除を担当する黒人があらわれる。朝、ここへ最初に来てドアを開けるのは、彼だ。窓を開けてドレープを左右へ開く。窓からは朝陽が差し込む。モップでフロアを掃除する黒人のほかには、誰もいない。煙草の匂いの沈殿した淀んだ空気が、窓から外へ出ていく。外から風が入って来る。陽のなかに埃が舞う。朝のプール・ルームの造作とそのディテール、そしてぜんたいの雰囲気が、教会になぞらえてある。午前中のうちにいろんな人が出勤してきて、最後に支配人があらわれる。彼はラジオをかける。そのラジオから流れ出て来る音楽を形容する言葉として、「ハーフ・リアル」という言葉が使ってある。そのとおりではないか。まさにあれは「ハーフ・リアル」だ。
by yoshio-kataoka | 2006-06-23 16:24

15 一九五九年のラヴ・ストーリー

b0071709_18463641.jpg エイヴォンというペーパーバックからオリジナルで出た、ジャック・ケルーアックの『マギー・キャシディ』という小説だ。一九五九年の版だ。僕が手に入れたのは二十歳の頃ではなかったか。ジャックという高校生がマギーという女性と知り合い、彼女に対する恋愛感情のなかに、自分の少年期の終わりを見る、という初恋の物語であるらしい。僕はまだ読んでいない。日常という現実のいたるところにある、きわめて普通で陳腐なものが、めったにない詩的な感情の体験へと高まる、といった読書になるのかな、と思ったりしている。ある時代を特定の視点から言葉で書きとめるのが、ケルーアックは巧みなのではないか。
by yoshio-kataoka | 2006-06-19 10:33

14 「コールドウェル・イズ・グッド」

b0071709_1738922.jpg アースキン・コールドウェルの短編すべてを一冊に収めたペーパーバックだ。一九五五年のシグネット・ブックの「ダブル・ヴォリューム」で、定価は五十セントだ。確か立川の米軍基地の売店で、新刊で買った。一九五五年の秋深くだったと思う。日系二世の中年女性が店員をしていて、彼女は小説をたくさん読む人だった。娯楽小説よりは文学を好んだ人で、これを読めあれを読めと、いろんな作品を僕に薦めてくれた。ウィリアム・フォークナーのシグネット版を、何冊も僕にくれた。いまでもそのままあると思う。探してみようか。
 コールドウェルの短編全集を彼女のいるレジへ持っていき、代金を払おうとしたら、「イエス、コールドウェル・イズ・グッドよ」と言った。「グッドよ」というような言いかたは、日系二世のものだ。少年の僕を相手に気を抜いているときなど、ふと出てしまうのだろう。
 なぜコールドウェルは「グッド」なのか、彼女は僕の目の前で証明してくれた。僕が買おうとしたこのペーパーバックに収録してある最初の短編の、第一ページを開き、その最初の一節を、彼女は音読してみせた。読みながら彼女は、右手のまっすぐにのばした人さし指の側面で、レジスターの置いてある台の縁を叩いてリズムを取った。コールドウェルの文章のなかにある抑揚や強弱など、音声としてあらわれるすべてが、彼女が指で叩くリズムに完璧に乗るのだった。「シー、ユ・ノー・ホワット・アイ・ミーン」と彼女は言った。「ね、わかるでしょう」という意味だ。僕もいろんな人からいろんなかたちで、貴重な薫陶を受けている。
by yoshio-kataoka | 2006-06-16 17:39

13 アイン・ランドの小説をもらった

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 三十一歳か三十二歳だった頃、ホノルル空港で見知らぬアメリカ女性からもらった『アトラス・シュラグド』を、僕はいまでも持っている。完璧ないきずりの関係でしかない四人の他人が、空港のバーでモノポリーをしてひとときを過ごした。モノポリーをしないかと提案したのが、そのアメリカ女性だった。
 モノポリーが終わって別れる前に、彼女がバッグから取り出して僕にくれた『アトラス・シュラグド』が、写真のいちばん下にある。一九五七年に刊行され、シグネット・ブックというペーパーバックのシリーズに加えられたのが、一九五九年だった。それから版を重ね続け、僕がもらったこれは一九六一年の第八版だ。
「私はもう読んだから、これをあなたにあげます。もらってくれるなら、これからこの本はあなたのものです」彼女がそんなふうに言ったのを、なんとなく覚えている。生活にも気持ちにも余裕のありそうな、したがって教養も充分に身につけた人という雰囲気の、中年女性だった。
 彼女からこの分厚いペーパーバックを受け取ったとき、僕がまず感じたのは違和感だった。千ページを越えるペーパーバックの、古びて傷んだ様子が、彼女には似つかわしくないのだった。彼女は一冊の本をこんなふうにしてしまう人ではないように思えた。ということは、彼女以前にすでにこの本は何人もの人たちの手をへているのだ、と僕は推測した。傷んでいるとは言っても、それほどひどくはない。しかし手垢は充分についている。どの人も熱心に読んだのではなかったか。
 写真のなかでまんなかにあるのは、おなじ『アトラス・シュラグド』の、おそらく一九七十年代の版だろう。そしていちばん上にあるのは、一九九二年に出た、刊行三十五周年記念の版だ。こうして三冊揃うと、小説であり本であると同時に、写真の被写体として絶好と言っていい質感や雰囲気を持った、たいそう好ましい物体として、僕は接したくなる。
『アトラス・シュラグド』を僕は読みたいと思っている。しかしその前に、一九四三年に出た、序章とも言うべき『ファウンテンヘッド』という小説を読んだほうがいいかもしれない。さらには一九三六年の処女作『ウィー・ザ・リヴィング』まで、さかのぼるべきか。さらには著名な四冊のノン・フィクションも、少なくとも手もとには置いておくといいだろう。そのどれもが、僕の背後にそびえているペーパーバックの山のなかに、かならずやあるはずだ。
 アイン・ランドが説いたのはオブジェクティミズムというヴィジョンだった。客観論あるいは客観主義、といった言葉があてはめられるかと思うが、彼女が言う客観とはアブストラクションのことだ。具体的なものはひとつひとつみな違うけれど、アブストラクトすると論理はおなじであり、そこにはロジックの法則がとおっていて、ではそのロジックの法則はどこから生まれてくるものなのか、そしてそれはこの世でどのように機能するのか、ということを小説で描いたのが、『ファウンテンヘッド』や『アトラス・シュラグド』だ。
by yoshio-kataoka | 2006-06-12 11:19

12 ニューヨークの地下鉄小説

b0071709_11411140.jpg 題名にある「ペラム・ワン・トゥー・スリー」とは、ペラム・ベイ・パーク駅を午後一時二十三分に始発で出た列車、という意味だ。マンハッタンの地下を走るこのレキシントン・ラインの地下鉄をハイジャックし、乗客を人質に取り、身代金を要求して現場まで運ばせ、それを受け取って逃げる、という設定のサスペンス小説だ。身代金は百万ドルで、それをハイジャックの実行者たち四人が均等に分配するという。本気ですか、と誰もが思うような設定だ。計画どおりハイジャック出来たとしても、どれもみなそれぞれにやっかいな、数多くの問題をクリアしなくてはいけない。そして身代金の要求と受け取り、さらには地下鉄のトンネルからの逃走という、うまくいかなくて当然のような難関を、突破しなくてはいけない。
 しかし読んでみるとこれがたいへん面白い。巧みによく書けている。四人の実行者たちのうち、もっとも臆病で神経質な、したがって予期せぬ突然の展開を前にしてパニックにおちいりそうな男性に関して、著者はもっとも多くの言葉を使っている。だからこの男だけが、身代金の分け前を持って、ひとまずはトンネルから脱出するのだろうな、という程度までなら予測がつく。そしてそのとおりになる。路上へと出た彼がアパートメントの部屋に戻り、すぐに刑事の来訪を受けてパニックを起こし、あっさりと逮捕されるまでの、ごく短く簡潔に語られる展開の部分が、もっとも面白い。
「やがて大作の映画になる」と、書評の賛辞を集めたページにうたってある。映画になって日本でも公開されたような記憶がある。なんという映画で、誰が出演したか。見たいものだ、と僕は思う。
by yoshio-kataoka | 2006-06-09 11:44

11 アン・タイラーの作品について書いた

b0071709_10441352.jpg アン・タイラーの小説が早川書房から翻訳されたとき、その巻末に僕は解説のような文章を寄せた。これが、アン・タイラーの小説について、日本語で書かれた最初の文章だ、ということになっているようだ。たいへん面白い小説だった。なんという題名だったか。彼女の作品リストを眺めて判断しようとするのだが、正確な見当はつけにくい。
 ペーパーバックで出たアン・タイラーはすべて持っている、と自分では思っている。実際に何冊もある。これでいまのところ全部だろう、と思えるほどに数は多い。そのなかから、四冊を抜き出して写真に撮ってみた。表紙の装丁に関する方針が、この四冊には共通して踏襲されている。ただし完全におなじなのは三冊であり、一冊は共通方針から少しだけはみ出している。
 なかなか美しいではないか。ひとりの作家の作品を続けてペーパーバックで刊行していくにあたって、装丁の方針をきめてそれを以後の作品において守り続ける、という試みはアメリカのペーパーバックでも珍しいことはないけれど、少なくとも僕の知るかぎりでは、最初にきめた方針が守り抜かれた例は一度もないと言っていい。なぜおなじにしなくてはいけないの、というような考えのもとに、前任者から引きついだ次の人が、あっさりと別なものに変えてしまったりするのだろう。この写真にあるアン・タイラーの四冊は、かなり手のこんだ装丁の方針が守られた、珍しい例だと僕は思っている。
by yoshio-kataoka | 2006-06-05 10:47

10 デニスとのつきあい

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 ヘンリー・ケッチャムの『デニス・ザ・メナス』というカートゥーンが、アメリカ各地の新聞にシンディケートされたのは一九五一年からだ。当時はポスト・ホール・シンディケートといい、のちにホール・シンディケートと名を変えたシンディケート会社が、配信を引き受けていた。カートゥーンとは、ひとこまの漫画に一行から三行ほどのキャプションをつけたものだ。
 フォーセットのクレスト・ブックから刊行されていたデニスのカートゥーン・コレクションが、ペーパーバックの山のなかから七冊見つかった。もっとあると思う。最初はエイヴォンから刊行され、のちにはポケット・ブックからも出ていた。ここにあるこの七冊は、一九五九年から一九六七年にまたがっている。一九六十年代の前半までは古書店で買い、それ以後は新刊で買っていた。
 一九六七年に出たデニスの謎々の本は、なかにぎっしりと詰まっている謎々が懐かしい。子供の遊びとしての謎々だ。その多くは言葉遊びであり、いかなる謎も言葉の頓智感覚で正解を導き出しては、難関を切り抜けていくのだ。「アリゾナの所有者は誰か」という謎々を、僕は久しぶりに思い出した。この謎々は、音声としてのアメリカ英語の基礎だと僕は思う。この謎々が瞬間的に解けない人は、英語を知らない人だと言っていい。「チーズの半分によく似たものはなにか」という謎に、正解することが出来るだろうか。
 いろんな雑誌や新書にさまざまな文章を書くフリーランスのライターをしていた頃、ペーパーバックのカートゥーンをよく読んだ。神保町で仕事をして一日を過ごし、夕食を食べたあとの時間、どこでもいいから喫茶店に入り、当時の苦いコーヒー一杯をテーブルに、七時あるいは八時といった早い閉店時間まで、僕はカートゥーン本を読んだ。二冊も読むとコーヒー・カップは空になっていた。渋谷行きの都電の最終に乗り、やや時間はかかるけれどひとまず渋谷まで帰るとそこはまだ宵の口であるという、フリーランスつまり日雇いあるいは時間雇いの青年の日常だった。
by yoshio-kataoka | 2006-06-02 11:20





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