ビーチサンダル・クロニクルズ TEXT+PHOTO by 今井栄一

021【7月、奄美大島、2つの島唄。その1】

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 夜明け前、東京の海辺では雨が降っていた。
 自宅を出たのが午前6時半過ぎ。雨は上がっていたけれど、地面は濡れていた。南への飛行機に乗って空へ飛びたったとき、東の方にはまだ雨雲が残っていた。明け方の驟雨なんて、まるでハワイやタヒチ、そう、熱帯の島みたいだ。
 東京はほんとうに熱帯化しているのだろうか。でも、東京にはしっかり「寒い冬」があり、雪だって降るのだから、やはり熱帯化はありえない。ただ、あまりにも夏と冬との寒暖の差が激しすぎるような気がするわけで、それは「四季がはっきりしているのはいいね」とか何とか、そういう風情を通り越して、不快な感じ(あくまで個人的に)。

 羽田空港から2時間ほどのフライトで着いた先は、青空の下にあった。台風3号、4号の影響が心配されたのだが、台風はずっと西南のほうに過ぎ去ったらしく、空は青かった。
 小さな地方空港だけれど、世界最悪の成田空港や、世界最悪ナンバーツーの羽田空港に比べたら、ずっと心地いいし、きれいだし、使いやすい。奄美空港。鹿児島県の奄美大島だ。空港の小さな建物から外へ出ると、途端に熱風に包まれた。

 今週、奄美大島へ行ってきたので、そのことをちょっと書こうと思う。ほんとうは前回に続いて「7月のポルトガル」について書くつもりだったのだけれど。

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 奄美大島へ行くのはこれが3度目。最後に訪れたのは、たぶん、7年か8年くらい前。もうずいぶん昔のような気がする。
 空港には、宿泊するホテルのスタッフがワゴン車で迎えに来てくれていた。西村クンという、たぶん、20代の男性。僕は彼の隣、助手席に座った。
 クーラーはついているけれど、そんなに効き目はよくないみたいだ。西村クンは窓を全開にしている。だから僕も取っ手を回して窓を降ろし、風を浴びた。湿った、温かい風。「台風は、大丈夫でしたね」と僕は西村クンに言った。
 「そうですね。今はもう台湾のほうに向かっています。結局こっちには来ませんでした。ただ、風が強いですけど。たぶん今日が、一番風が強いんじゃないですかね」
 風は強く、湿って、熱い。手や首筋や、身体の表面の毛穴がどんどん開いていく感覚。何もしていなくても、全身がいつも湿っている感じ。
 蝉が激しく鳴いている。
 「あ、今年初めて蝉の鳴き声を聞いた」と僕が言うと、西村クンは、「ここでは年中鳴いてます。特にこの辺りでは1年中鳴いてますね」。
 車はちょうど、濃い熱帯の森の横を走っていて、そこから大音量の蝉の鳴き声だ。
 「えっ? 冬でも蝉はいるんですか?」
 「いますよ〜。そうだな、2月の初め頃だけ、1週間くらい静かになるかな。あとはずっと鳴きっぱなしですねー」
 以前に訪れたのは、春と初夏だった。きっとそのときも蝉は元気に鳴いていたのだろうけれど、記憶にない。とにかく、これが、僕が今年最初に聞く蝉の声となった。
 小さな集落を過ぎて走る。平屋のトタン屋根の家が並び、その隙間にバナナの木が林になっている。ここでは芭蕉と呼ぶべきか。風に揺れる芭蕉の葉。確か、実がなるのがバナナで、実がならないものを芭蕉と呼ぶのだったか。ずっと昔に竹富島のオジイからそんな話を聞いた気がするのだけれど、忘れてしまった。
 ソテツの大群もすごい。奄美大島は、米の二毛作、サトウキビ、ソテツ、グアヴァ、ビンロウ椰子が有名。もちろん海の幸も。大好きなもずくはとても安いし、アーサー(あおさ)もたっぷり漁れる。

 左手には海があり、強い風が吹いているのがわかる。大きなうねりが次々と入ってきているけれど、波はもうぐしゃぐしゃだ。誰も波乗りなんかしていない。でも、奄美大島はいい波が立つことで有名。1年中島のどこかでいい波に乗れる。
 「波乗り、しますか?」と西村クンに訊いてみた。
 「自分はしませんね。ダイビングはしますけど」
 「ダイビングって、スキューバ?」
 「いいや〜、ま、ときどきスキューバもしますけど、素潜りですね。タコとか漁ってます」
 「タコ?」
 「ええ、あの辺り」と言って西村クンが顎をしゃくる。車はちょうど海岸線の道路を走っていて、助手席に座った僕の左手に波が打ち寄せている。
 「いつもここに潜ってますね。今日は潜れないな、でも。残念ですねー、潜りたいなぁ」
 西村クンの言い方からは、「潜ることができない」のを残念がっているのか、それとも「タコをとることができない」のが残念なのか、今イチわからない。きっとその両方なのだろう。
 「岩場とかにいるんですか?」と僕は訊く。
 「ええ、そうですね、岩場とか。あと砂浜にもいますよ。どこにでもいるんですよ。とにかくいっぱいいますから」

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 高速道路なんかない。ローカルロードをただ走っていく。片道一車線で信号はほとんどない。ガラガラの道だけれど、西村クンはあまり飛ばさない。とても安全運転。その後、何かの話の流れで、彼はこんなことを教えてくれた。
 「島で一番怖いのは、お巡りさんです。とにかくお巡りさんが一番怖い。スピード違反はめっぽう厳しいですから」
 周りを見渡してもお巡りさんの姿もパトカーも見あたらない。ソテツの陰に隠れているのかもしれない。
 「道はいつも空いてるから、つい飛ばしたくなるんですよ。途端にお巡りさんが現れますから」
 それとも、あのビンロウ椰子の陰にいるのかも。隠れているのは熱くて大変だろうなぁと思う。でも、それが彼らの仕事なのだろう。わざわざ車を飛ばさせて、つかまえるのだ。警察官というのはそもそも、「守る」ためにいる人たちではないのか。つまり「警備」「防護」「防犯」といったこと。「犯罪を犯させないこと」が大切なのであって、「犯罪者を捕まえること」ではないはずだ。まずは予防が一番。風邪と同じだ。物陰に隠れてスピード違反を取り締まるなんて、それこそが犯罪行為みたいなものだと僕は考える。彼らにそんなせこいことをする権利を与えた覚えは僕にはない(彼らは公務員で基本的に僕らの小間使いなのだから)。警察官というのはだから、どんなに暑くても寒くても、雨が降っていても、堂々と道端に立ち、あるいはしょっちゅうサイレンを光らせたパトカーで道を走っているべきなのだ。そうすれば、みんな気にしてスピードを出さないし、駐車違反もしなくなるだろう。それを「犯罪の予防」と呼ぶ。それが「警察官のほんとうの仕事」ではないか。日本の警察官がやっている仕事とは、わざと相手にミサイルを撃たせて、倍にして迎撃する、ということだ。そう、ブッシュのように。

 そんな僕のイライラを西村クンは無視して走っていく。
 車はいつしか海から離れて、くねくねと細くなる。と思ったら今度は右手に海が現れた。西村クンが教えてくれる。
 「さっきまでの海が太平洋で、こっちは東シナ海です。こっちの海の方が静かで、穏やかなんですね」
 なるほど、確かにこの海は大きく波うっていない。穏やかな遠浅の海。エメラルドグリーンの、すごく温かそうな海だ。
 「この辺りが、ホテルからすぐの海辺です。水着のまま歩いて来られますから」
 と西村クンが言ったと思ったら、車はひとつカーブを曲がって、ホテルに着いていた。
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<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『THE ERASER』THOM YORKE
『LE VOYAGE DE SAHAR』ANOUAR BRAHEM
『DIFFERENT GAME』MAKANA
『COMPOSER』ANTONIO CARLOS JOBIM
『KUPU KUPU』ASANA

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by imai-eiichi | 2006-07-15 17:29




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