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Feature of the month '07.Feb

「てしょがいいひと」の言葉

b0071699_23192753.jpg 最初読み始めたときは、どこか遠い国の話を聞かされているような気がした。
 コンビニエントでインスタントな都会の日常では聞き慣れない、古風なモチーフや言葉に戸惑った。けれど、読み進めていくうち、まぎれもなくこの東京のいまの時代に暮らしている女性が書くエッセイなのだということがはっきりしてきた。
 「おくるみ土鍋」という一編がある。十五年前に二束三文で買った小さな土鍋の話。
 古びてみすぼらしくなった土鍋は、いつのまにか流しの下に追いやられていた。しかし、中国で出会ったおこげ料理に使われていた真っ黒な鍋を見て、家に帰ると早速、土鍋を引っ張り出してみる。
 石田千にとっての「言葉」も、この土鍋のようなものなのかもしれないと思った。
 もう使われることの少なくなった古い言葉や言い回しは、しかし真っ黒な鍋のように年月が染み着いた味を持っている。そんな言葉を引っ張り出してきて、丁寧に使うこと。
 もう一つ、「透明なもの」という一編にも、この著者の言葉にまつわるヒントがあるように思えた。
 中学の美術の授業で、先生が生徒達に、透明なものを思いつくだけ書きなさいと言う。自分は、水、空気、風、セロハンテープ……と、月並みなものしか思いつかない。しかし、隣りのクラスの女の子が
「猫の目を見たところ」と答えたことを知り、もやもやとした嫉妬の感情を覚える。それから二十年が過ぎた今でも、「透明な猫の目をみつけたやさしい友だち」をうらやましいと思う。
 石田千は、この忙しない日常を過ごしながら、「透明な猫の目」のような出来事や言葉に気を留めている。だから、同じ時代同じ場所に暮らしていても、まるで遠い世界のように思える話を紡ぐことができるのかもしれない。
 「やわらかな切れ味」という一編では、料理や裁縫といった手仕事の細やかさが語られる。細かく正方形に刻まれたキャベツの浅漬けが、機械の仕事か包丁の仕事かという話から、スライサーで作ったにんじんのサラダがおいしくないという話に繋がる。そして、母親がよく口にした「てしょがいいひと」という言葉を思い出し、辞書を引くと、それが手性、つまり手先仕事の上手下手という意味だと知る。この話は機械の仕事と包丁の仕事、同じに見えても繊細な違いがあるということなのだが、その言葉は文章を書く者にも当然跳ね返ってくる。
 その伝で言うなら、石田千のエッセイは「てしょのいいひと」の仕事であることは確かなのだけれど、それは上手にコントロールされた収まりの良い文章という意味ではなくて、とても丁寧に一つ一つの言葉が手塩にかけて育まれた印象があるという意味だ。
 特に、時折顔を覗かせる敬語は絶品。うつくしい敬語に触れる機会もどんどん減っている昨今、「くださる」という言葉がここまで確かな実感をもって記されているのを読むのは、やはり気持ちがいいものだと思った。(猪野 辰)

『ぽっぺん』 石田千 新潮社 ¥1600(税別)

# by switch-book | 2007-02-19 00:05

読んでおきたい本4冊 '07.Feb

b0071699_239526.jpg『Melbourne 1』
http://ecodec.com/melbourne1/1000円(税別)
柴崎友香、長嶋有、名久井直子、福永信、法貫信也による限定1500部の同人誌。第1号には歌人・穂村弘と漫画家・ほしよりこ、中原昌也をゲストに迎えている。柴崎友香の描き下ろし短編小説『レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー』は、日常の些細な発見も大きな恋のはじまりも、同じベクトルと同じ湿度の中で交わっていて面白い。また、「穂村弘と三人」と題したインタビューでは、歌人・俳人・小説家のそれぞれの人間性が世代とも照合され、言葉の性質と宿命がスリリングに語られている。(坂本亜里)




b0071699_2391595.jpg『榎本俊二のカリスマ育児』
榎本俊二/秋田書店/800円(税別)
これまで数多くの女性漫画家達が、自身の体験をもとに育児エッセイ漫画を発表してきた。この一大ジャンルに本邦ほぼ初、男性漫画家の榎本俊二が殴り込み。『えの素』『ムーたち』など唯一無比のギャグを生み出す漫画家業と、同業者の妻と分担しながら姉弟2人を世話するパパ業兼務の日々が、これ全部1コマ漫画!?と感じられる高密度な笑いとテンションで描かれていて、せわしなくも面白く、そしてうらやましい。パパ目線の育児漫画、断然ありだと思います。(吉田大助)




b0071699_2392725.jpg『気まぐれコンセプト クロニクル』
ホイチョイ・プロダクションズ/小学館/2,200円(税別)
『気まコン』は週刊ビッグコミック・スピリッツの名物連載。その23年分をまとめた辞書級のブ厚さの本書は、極めてクオリティの高いギャグマンガであり近代風俗史だ。バブルに浮かれ、四足から二足歩行へと進化するが如く携帯とメールが普及し、サラリーマンの生態やメディアの価値が景気で変化していく様はいわゆるギョーカイ人ならずとも一読の価値アリ。ちなみに登場人物の細川が披露する、『○×△の毛を燃やす』ワザ、私も実在の広告マンで達人を知っています。(内田正樹)




b0071699_231005.jpg『タイアップの歌謡史』
速水健朗/洋泉社/780円(税別)
年間ヒットチャートの9割をタイアップソングが占めた90年代、それは日本の歌謡史におけるひとつの頂点として記憶されるだろう。広告メディアと結びついた歌謡曲は、どのような行程を経て現在のJ-POPと呼ばれるものへと進化していったのか。戦前の流行歌から「シャボン玉ホリデー」、コカ・コーラ、レナウン、「東京ラブストーリー」、ビーイング、携帯電話……時代を映し出すいくつものキーワードを「歌謡曲」という一本の線で繋いだ風俗史としても読める一冊。(菅原 豪)
# by switch-book | 2007-02-19 00:00




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