SNAIL RAMP OFFICIAL SITE Takemura PROFILE Toru PROFILE Ishimaru PROFILE 過去の日記 SNAIL RAMP

SNAIL RAMP
2年半ぶりの
オリジナルアルバム発売!
『SIX LOGIC』

SCHOOL BUS RECORDS "NEXT"
TKCA-73408
¥2,500(tax in)
2008/2/4

1.NEXT TIME
2.JELLY BEANS
3.Mr.SWALLOW
4.THIRTEEN
5.RUSH TO THE FLASH
6.WONDERFUL WORLD
7.THE RABBIT OF RED EYES
8.SHORT STORY
9.BE MY SWEETY
10.GET BACK
11.THE TWINKLE OF THE STARS
12.COUNT ON MY FINGERS

go store
カテゴリ:タケムラ(その他)( 72 )
急に更新したわ、ブログ
遂にSNAIL RAMPのHPがリニューアル!

http://snailramp.com

と言う事でリニューアル記念にブログを更新する記念日が今日だよ。

今までのHPだと更新作業をするのが大変だったみたいでさ。
「じゃあ」ってんで松浦が色々作業してくれて、内容変更、
そして新しいサーバーにも引っ越してリスタートと相成りました記念日です。

でもPCに詳しい人は凄いよねー。
俺なんて自分のPCスキルの頂点が「コピペ」で止まって、早14年だからさ。

HPが作れるようになるまでに、あと120年位は掛かるんじゃね?記念日。
そしたら俺も162歳。

バッリバリのITお爺ちゃんとして
近所の80歳位のピッチピチのおばあちゃん達を
キャーキャー言わせようかのう。

くどき文句は「君のHPを作ってあげようか?」

トップには代々続いてきた家系図。

「血筋が何かイマイチなの・・・」っていうシャイなおばあちゃんの家系図には、
チョイチョイ細工してあげてね。

先祖に「蘇我氏」辺りをフワ〜ッと入れ込んでさ。

「ほら、こうするだけで華やかな雰囲気になるんだよねー」なんて、
ドヤ顔の美容師みたいな事言っちゃうんだ記念日。


じゃ、HPの発注待ってるよ!
by ex_snail_ramp | 2014-07-19 12:38 | タケムラ(その他) | Comments(4)
新年と年末の挨拶
遅い挨拶だけど、みんな明けましておめでとう。

去年はブログをほとんど書かなかったけど、今年も書かないよ。
もう決めたわ。

まあ「決めた」っつーか、「諦めた」と言っていいと思うけど。

ブログは年1回の更新。

だからこれは2014年の最初で最後のブログという事になるね。

じゃあ・・・、2014年の年末の挨拶もしといた方がいいよね。

みんな!今年もありがとう!2015年もよろしくね。
by ex_snail_ramp | 2014-01-14 03:13 | タケムラ(その他) | Comments(4)
珍しい普通のブログ
今日は書くのだ、ブログ。
特に何があったからという訳では無い。

いや正確に言えば、お知らせはある。
明日は下北沢CCOでトークショーだ。
スキップカウズ・イマヤスのイベントにゲストでお邪魔する。
詳しくはこちら → http://ccr.ne.jp/skipcows/schedule.html

イマヤスもオールナイトニッポンで喋っていたバンドマン。
そして同い歳。
何年間も会っていなかったが、今年にtwitter上で再会。
元ブランニューモンキーズの井出っち、イマヤス、俺の3人で蒲田で飲んだ。
3人共、ニッポン放送で喋っていた40路男。

周りからしたら見た目の華やかさは皆無だったろうが、
俺達は最高に楽しかった。

隣のテーブルにいたアパレルとおぼしきキレイな女性5人組は
俺達を冷たい目で見ていたが、そんな事でこちらのテンションが下がる程、
俺達はお人好しじゃない。

PUNKS NOT DEAD.

何となく英語を書いてみたんだけど、どうかな?
ちょっとパンクっぽくなった?

それともこっち?


GOING MY WAY.


これなら一般の人々にも受け入れられ易いよね。
どうせなら支持は幅広く受けたいじゃない。
でも反骨精神的な面も見せたい、そんな時には最高かも。

ただ、思い切って一般の人々にアピールするならこっちかなぁ。


HOME CENTER.


みんなも結構利用するでしょ?

俺なんて大して使いもしないのに、
工具売り場でプラスドライバーを何時間も吟味したり、
タイミング悪くチェーンソーフェアをやってたりなんかすると、
もう釘付けだよ。

何の対価も期待せず、ただただ木を切り倒してみたくなるね。

でも一番萌えたのは、やっぱ「斧祭り」。

あれは最高の1日だった。

意外な程に色とりどりのデザイン、大小様々な刃。

そこに群がる皆が思い思いの斧を手に、
その柄の感触、重さを確かめる。

しっくりくる物はどれか、己の身体ひとつで大木を切り倒す為の道具を、
いや、もはや相棒と言ってもいいだろう。

そんな大事なパートーナーを探すべく、男達は斧に群がるのだ。

今まで木を切った事も、切る予定も無いのにだ。


・・・・・・、話しが逸れた。

いや逸れてはいない。だって元から主題なんて無かったんだもの。

でもこれだけは言っておこう。


明日は20時スタートだ。
by ex_snail_ramp | 2012-07-26 00:56 | タケムラ(その他) | Comments(3)
新説の浮上です
みんな、風邪なんて引いてないだろーな?

風邪なんて引いてる奴ぁアレだぞ、気が抜けてるってーか、
そいつがトンマかマヌケっつーかさ、とにかくアレだ。
ダメだ、ダメ。

そして、みんなに対して年上という立場を利用して
頭っから説教をぶつけてみれば、
何とかしてカリスマの仲間入りが出来るんじゃないかと
淡い期待を抱いている俺の近況はさ、



風邪で寝込んでるよ!



幸いインフルエンザではなく、
熱も37℃台中盤だから日常生活が全く送れない程じゃないんだけど、
36度8分から身体にダルさを感じ始める俺の我がままBODYは、
それでもキツいのよ。

で、外出も出来ないし、当然ジムにも行けないから
必然とtwitterをやる時間も増えて
「風邪だぜ、なう」的な事ツイートする訳ですよ。

そうすると
「あんまり栄養を摂るとそれがウイルスの栄養になるらしいので、お気を付けを」
とのリプライ(返信)が。

えええ!そうなの?
大抵「病気の時は食べて栄養付けろ」みたいなのが常識だったでしょ?

それが今じゃそんな説もあるらしい。
医学や科学って本当に日々進歩してるからね。

考えてみると、妊婦さんも昔は「2人分食べろ食べろ!」って食べさせてたのが
今じゃ「太り過ぎると良くない。食欲に任せて食べるなー!」みたいな感じだもんな。

思うに、日々の栄養事情の良くなかった昔は
それが原因で病気になる事もあった為に
「病気の時は食べろ」テイストが浸透したんじゃないかと。

しかしそれも時代と共に移り変わっていく。

だから昔から言い伝えられている
「風邪で喉が痛む時は、ネギを喉に巻いておけ」みたいなのも
将来的には変わって来る可能性も充分ある訳。

「風邪で喉が痛む時は、大根を喉に巻いておけ」

みたいに「巻く物」が変わる場合や、

「風邪で喉が痛む時は、はちみつに浸した大根を喉に巻いておけ」

のように「はちみつに浸した大根?確かに良さそうだな」との肯定派と
「首がベットベトになるじゃねーか!ムリムリ!」と断固の否定派が
がっぷり4つを組むハメになる問題作。

そして、ついには

「風邪で喉が痛む時は、喉をネギに巻いておけ」

と、1週して来て同じなんだか違うんだか分からない物になる、っていうね。

まー、ただ、アレだ。

ひとつ確実に言えるってのは
「俺が風邪を引くと、ブログを更新する確率が上がる」ってことだわ。

ずうううううううっと家にいるから、時間や体力にも余裕が出てさ、

「お、じゃあブログでも更新しちゃいますか♡」

となる訳ですから。

さあ、次に風邪を引くのはいつになるのやら・・・。
by ex_snail_ramp | 2012-02-18 02:21 | タケムラ(その他) | Comments(8)
タケムラ
みんな元気だった?
これだけブログを書かなかったってのは史上初だな。

さすがに自分でも呆れるわ。

ブログ人としての竹村は、もはや死んだも同然。

そしてブログ人としての松浦に至っては、すでに歴史上の人物です。

まあ、別にブログを止めるつもりでは無かったんだけど、
twitterがその機能を補完しちゃっててさー。

なのでtwitterで「TAKEMURAAKIRA」をフォローしといてくれると嬉しいです。
勿論、松浦もやっているのでそちらもフォローを。

こちらでは現役バリバリとしてブイブイ言わせております。
イケイケのウハウハです。

でもでも、ブログでないと書けない事もあるので
こちらでもちょいちょい書いていく所存ではございます。

ちなみに何でこの期に及んで、いきなりブログを書いたのか。

すっげぇ久し振りにカウンター?を見たんだよ。
日にどの位の人がブログを見に来てくれているのか、のをさ。

そしたらいるんだよ・・・。
全然書いてないこのブログを見に来てくれている人達がさ・・・。

何かすっげえ申し訳無い気になって、慌てて書き始めた次第です。

次のブログがいつになるのかは分からないが、気まぐれな俺の事。
急にちょいちょい書き出すかも知れないし、そうじゃないかも知れない。

期待はせずに、またこのブログを覗きに来て下さい。
by ex_snail_ramp | 2011-09-06 17:18 | タケムラ(その他) | Comments(15)
タケムラ
今日こそは高校の同窓会の続きを。

行くまでは乗り気じゃなかった俺だが、
行ってみりゃあすっげえ楽しくて、率先して2次会へ。

そこで1次会では喋る機会の無かった級友達と交わり、
勢い込んで話す。

まあ何せ22年間会ってない奴がいっぱいいる訳だからね。
いくら喋っても尽きる事は無い。
喋り終えた途端に死ぬんじゃないだろうかと思う程、俺は喋った。

「行くまでは乗り気じゃなかった」ってのは、
俺の持っている高校生活の記憶ってのが、
実はあんまり面白可笑しいものでは無かった訳。

いや、別に「友達が全くいなかった」とか、
「ひたすら暗い高校生活だった」ではなかったんだけど。

部活はバレーボール部に入り、それはすっごい楽しかった。
全然勝てない弱小部だったけど、俺はバレーボールに熱中した。

でも学年内やクラス内の生活では特に楽しみも無く、
淀んだ学生生活を送っていた。

自然に学校から足が遠のき、バイト先の大学生の人達と遊んだり、
都心のライブハウスに行っちゃあ朝帰ってくる、みたいな生活を送っていた。

で、昼間は寝てて、帰りのホームルームの時間位に登校、
部活だけ張り切ってやりバイトへ、という生活サイクル。

クラスメイトに対しても微妙な違和感を常に感じていた。

肌の違いを感じながらの付き合いに対して、
自分の中で上手く消化出来ていなかったのかも知れない。

だから、そんなクラスメイト達がワンサカいる所に行っても楽しめっこなく、
あの頃のような微妙な退屈感で満載になって帰ってくるのがオチだ、と
乗り気じゃなかったのだ。

しかし実際行ってみりゃあ、まあ何と楽しい事か。
どんだけテンションの上がってしまうイベントだった事か。

ここ数年の中では、トップ3に余裕で入るレベルの楽しさ。

当時との違いはどこなんだろう。
相手側も変わったんだろうけど、きっと俺も何かが変わったんだろうな。

これが成長というもんなんだろう。



ただ言ってみただけだが。



たださ、上記で「特に楽しみもなく淀んだ学校生活だった」ってあったでしょ。
俺の印象はそうなの。ひたすらつまらなかったの。

でもさ、同窓会で周りの奴らが
「あん時タケがさ~」みたいな話しをいくつかしてくれてさ。
みんなでゲラゲラ笑ってたんだ。

俺、全然覚えてないような話しもあったんだけど、
その話しを聞く限り、結構楽しそうなんだよなー。

だからもしかしたら、実際の所は
それなりに愉快な学校生活を送っていたのかも知れない。

ただ、その中でも驚愕だったのが、
俺当時からクラスの奴らを誰かしらイジってたみたいでさ・・・。

ホント恥ずかしかったよ。

今でも芸風が変わってないっていう進歩の無さ。

ただ人ってのは、高校生から大人になった位じゃ
基本的な部分は変わらないもんなんだね。

高校時代に自慢しいで有名だった奴は、
同窓会でも自慢しいで目が点になったし、
当時のある部活で「全メンバーが俺だったら全国大会行けるのに」とか言って
大ひんしゅくを買った人は、当日も似たような事を言っていた。

高校生の時からよく気の付くタイプだった女子は、
同窓会でも幹事を率先してサポートしていた。

だったらそりゃあ俺も変わらんか。

多分一生このまま他人をイジって、ケラケラ笑って終わる人生だな。


そして2次会もあっという間に終わった。
3次会に突入する人もかなりいた。

でも俺は減量中の弱ってる所に、尋常じゃない勢いで喋り続けたもんだから
完全にエネルギーが切れてしまった。

一緒に行った幼馴染みももう充分楽しんだようなので、
また2人で帰る事にし、自転車で帰路についた。

15歳~18歳まで自転車で毎日通った高校のその前を
40歳になろうとしている俺達は、また自転車で通って帰った。


「楽しかったなー」

「ああ、マジで楽しかった」


口に出すと、
さっきの楽しさが夜の空の下で
もっと増幅されていく気がした。
by ex_snail_ramp | 2011-06-18 12:16 | タケムラ(その他) | Comments(5)
タケムラ
先週の土曜日は高校の同窓会だった。

クラス単位では無く、学年全体のやつ。

クラス単位の同窓会も、卒業して3~4年の時にやったっきりな気がするが、
学年全体となると卒業して初めてだった。
何と22年振り!

そんな経ったか!と震える年数だ。

キックの試合の1週間前の開催でも有り、参加するか正直迷っていた。

減量真っ最中では料理など食べられないし、
まずどんな人達が、何人参加するのか分からない。

どうっすかなぁと考えている内に、参加出欠表を返送するのを忘れていた。

で、開催まで3日と迫った日、エレベータに乗り込んだ所で
「竹村じゃん!」と声を掛けられた。
見ると小中高と一緒だった同級生の女子。

「おぉ久し振りじゃん」と返すと、そんな事は御構い無しに
「ちょっと竹村!同窓会来ないの?サイトの出席者リストに入ってなかったよ!
 おいでよ!」とまくしたてられた。

そこで、「あ、今週だったか」と気付く俺。

「いやー、ちょっと迷ってるんだよね。しかも出欠表も出してない」と口ごもる俺に、
「おいでって!久し振りの人いっぱいだよ」と詰め寄る同級生。

「うーん、じゃあちょっと考える。で、サイトがあんの?見てみるからURL教えて」

と言い、まずアドレス交換。送られてきたメールからそのサイトにとんだ。

そこは掲示板になっていて、幹事からのコメントや、急遽出席します!等の、
参加者のコメントが書き込まれていた。

「へー、思ったより活発なんだな」

もっとみんな冷めた感じで、出席者もそんなにいないんじゃないかと思ってたけど、
さすがに8クラスもあるとそれなりの人数が集まるようだ。

ちなみに、前にブログに書いた
「東京マラソンに出場した小学校2年からの幼馴染み」もこの同窓会には出席する。

あー、やっぱ俺も行こうかな・・・。

よしっ、気が変わらない内に「出席するよ!」と書き込んじゃおう。

そして翌日、再度掲示板を見てみると俺へのレスもついてたりした。
わー、何だか楽しいかも。

俺は同窓会がちょっと楽しみになってきてた。

当日、ジムへは昼間に行き、夜は同窓会へ。
幼馴染みと家の下で待ち合わせ、会場まで自転車で行った。

こいつとは子供の頃から自転車でどっかへ行ってたが、
まさかお互いおっさんになってからも、
同窓会に一緒に自転車で行くとは思いもよらなかった。

そして20分程走り、会場へ。

着いてみると、そこには結構な人数。
多分130~140人位いたんじゃないだろうか。

もう受付の段階で「おぉタケ~!」「うわっ!○○!」と懐かしい顔との再会。

出席する事に迷っていた、理由の無い面倒臭さや憂鬱感などは、
その瞬間に吹き飛んだ。

会場内に入ると、更に知った面々がたくさん。

俺は22年振りに会う同級生に興奮しまくってるし、
向こうも「おおおおおお!!!」とまくしたててくる。

この興奮の度合い、分かって頂けるであろうか。

もしあなたがディズニーファンだったら、

「ディズニーランドに行ったら、全キャラクターが自分を胴上げし始めた」

レベルだし、
もしあなたがAKB48ファンだったら、

「全メンバーがあなたに告白。しかしそれを断り、推しメンとだけ付き合う」

レベルだ。

もう俺は誰から喋っていいかわからなかったので、
取り敢えずみんなを無視してウーロン茶を飲み干した。

そしてトーク再開。

何だろうね、あの感覚。

22年間会って無かった奴でも、何の抵抗も無く、
昨日の話しの続きをするかの様にフランクに喋る事が出来る。

思い返すと不思議な感覚だった。

さすがに22年経つと、ルックスが丸っきり変わり
「この人は誰だろう・・・」みたいな人もいたが、
皆が名札を付けていたので、それを頼りに「おぉ、○○か」と
判明もした。

そして会場内で、先日にエレベータで会った同級生女子とも会った。

「竹村、来て良かったでしょ~?」とニヤニヤしながら訊く彼女。

「うっせーなー、お前」

恋愛が始まるならこんな感じで返すんだろうが、
興奮のルツボにいる俺は、

「いや、超楽しいよ!マジで来て良かった!
あそこでお前に誘って貰って良かったよ!本当感謝してるわー!」

と普段より2トーン高い声で答えた。

そして2時間の宴は、あっという間に終了。
15分位しか経ってないんじゃないの?っていう位の短さだった。

でもその思いはみんな一緒だったようで、大部分が二次会へ。

普段は二次会とかほぼ行かない俺までもが、
「行くっしょ!二次会行くっしょ!」と連呼。
完全に楽しんでいた。

結局、店に入りきれなくて分かれたりもしたが、
俺のいた所だけでも100人位いたんじゃないだろーか。

みんなギュウギュウ詰めになり、二次会が始まった。


ここまで書いたが、今は夜中の3時過ぎ。

明日はキックの試合なんだよね、俺。
寝ないとさすがにヤバい。
午前10時からの計量にも、もう遅刻出来ないし。

中途半端だけど、続きは次回で〜。
by ex_snail_ramp | 2011-06-12 03:08 | タケムラ(その他) | Comments(2)
タケムラ
今回の東日本大震災に対する「物資支援」にご協力頂きまして、
本当にありがとうございました。

みんなの協力が無ければ何一つ出来なかったと
心の底からそう思います。

最初にメンバーとスタッフに話した時に
もし「ふーん」みたいな無関心な態度をされていたら、
尻込みしていたかも知れない。

急に実行に移し出したのは名古屋RADのライブの日だったが、
対バンのメンバーも真剣に話しを聞いてくれたからこそ、
話す事で自分の覚悟も決められた。

名古屋と八王子のライブで支援金を募った時も、
びっくりする位みんな快く募金してくれた。

ちなみにみんなが協力してくれた支援金「10万4922円」は、
物資購入等に充てさせて頂き、
その結果「150万6501円(市価ベース)」分の物資を
現地に届ける事が出来ました。

支援物資募集をブログ、twitterにアップしたその日から
物資が届き始め、最後には本当に山となった。

SNAIL RAMPの事を直接知らない人までもが、
人伝に聞き、支援物資集めに協力してくれていた。

送られて来た物資の中には
被災地の方々へのメッセージボードや手紙も入っていた。

子供用靴下のパッケージには、
被災した子供を想う、温かいメッセージが書かれていた。

使い捨てカイロ100個には色んな子供が書いたと思われる、
励ましの言葉が1つ1つ、100個全部に書いてあった。

俺なんかにまで「頑張って行ってきて!」と手紙を
添えてくれていた。

知らないおばちゃんが
「現地に行くドライバーさんが食べて」と
パンやお菓子を同梱してくれていた。

何なんだよ、これ。

逆ギレしたくなる位嬉しかったよ、俺。


余震が続く中で現地に入るのは危険を伴う、という事は自覚してたし、
実際、支援した翌日には3.11以来のデカい地震が来たんだ。

原発の状態はとても危険で、その付近に行く俺達は
「爆発したら俺達は終わりだ」という不安も正直有り、
それは原発に近づくにつれ、大きくなっていった。

それでも現地に行けたのは、
後押ししてくれたみんなのお陰だった。

みんなの心からの善意と、
相馬、南相馬で困っている人達がいるっていう事実が
俺達を突き動かしてくれた。

何故か俺達に「ありがとう」と
お礼を言ってくれる人がいるけど、そんなのはとんでもない。

お礼を言うのはこっちの方だし、
今回の支援は、正にみんなとの共同作業だったんだ。

みんなは最高のパートナーだった。

まるっきりの善意しかない行動を
あんなにたくさんの人がしてくれるなんてさ。

1人1人、ギュッと抱きしめてお礼を言いたいよ。

嫌がられるからしないけど。

そして、今回の
「相馬・南相馬市への物資支援行程」はひとまず終わったけど、
被災地の現状、復興は正直まだまだで、課題は山積みです。

人それぞれの出来る範囲で、
東北の方達のお役に立てる事が出来たらいいね。

何も、募金やボランティア活動だけが支援じゃない。

被災地、そして様々な被害に遭われた方々の味方になって声を上げる事、
それが世論となり、被災した方々を救っていくんだ。

そしてひいては、それが日本のより良い未来を創っていくはずです。

今回の震災はまさに最悪な出来事で、
出来る事なら幻であって欲しい事だけど、
でも、同時に「日本も捨てたもんじゃねーな」って事もたくさんあった。

善意は繋がるよ。

善意は、必ず次の善意を生むんだ。

この先に困難はあれども、それは決して暗い未来だけじゃない。
気持ちと行動があればどうにかなるもんだ。

それに改めて気付けたのも、みんなのお陰。

ありがとうね。

今回の物資支援、
ご協力頂き本当にありがとうございました。



追記・5/1仙台Rensaでのチャリティーイベントで話し掛けてくれた、
   津波の被害に遭われたという2人組の方、
   連絡を取りたく思っています。
   「管理者だけに見える表示」を使い、ブログコメント欄に
   メールアドレス等の連絡先を教えて貰えたら幸いです。
by ex_snail_ramp | 2011-05-02 18:16 | タケムラ(その他) | Comments(10)
タケムラ
南相馬市の支援物資集積所で残りの物資も下ろした後、
八幡小学校の教頭先生から言われた通り、
この震災がどんな被災状況を作り出したのか、
それ理解する為に俺達はトラックを走らせた。

まず国道6号線を南に向って下った。

時折、通行する車両を見かけるものの
相変わらず、外を歩いている人はいない。

地震の揺れで路面は荒れており、激しく車体を揺らす。

国道沿いにもかかわらず、店や会社は閉まっており
人の気配自体があまり感じられない。

国産大手の車のディーラーがあった。
よくある全面ガラス張りの、かなり大きい店舗。

揺れに耐えられなかったのだろうか、
その非常に大きいガラスが、広範囲に渡って割れていた。

そう言えば、1軒だけ営業しているローソンがあった。
商品の品揃えは2〜3割だったろうか。
でもあの時期で、あれだけの品を揃えて営業を再開させるのは
並大抵の苦労では無かったと思う。

後日、ドキュメント番組でローソン本社の震災後の取り組みを
放送していたが、やはりかなりの障害があったようだ。
それでもそれを成し遂げた、あの姿勢は賞賛に値すると思う。

俺達はそのローソン横で昼食を取った。
勿論、自分達の食べ物等は東京から持参していた。

あの段階で、現地で食料を調達する事は、
被災した方々の飲食料を奪う事にもなりかねないからだ。

俺達が車を停めた目の前には線路があった。
いわゆるローカル線だが、そこを電車が通る気配は全く無かった。
恐らく、あの日以来不通なのだろう。

車両ごと津波に流されたという報道も耳にしている。
この路線なのだろうか・・・。

ローソンを出て、更に南へ下る。
途中で斜めに道を入っただろうか。
荒川が「あっ」と声を上げた。

道路脇の田んぼの様な所には、ガレキに混じり
漁船が何艘も横倒しになって見えている。

津波の跡だ。

やはり津波はここまできていたのだ。
海とおぼしき方角を見やったが、
ここから海岸線なんて到底見えない。

それでも、この内陸まで全ての物を飲み込みながら
大きな津波が押し寄せたのだ。

俺達は
「もし今ここで再度強い地震が起き、津波が来たら・・・」と思い、
慌てて避難ルートを再確認した。

更に進むと、道路はテープで封鎖されていて、
これ以上南に下る事は出来ない様にされていた。

そう、原発だ。

相馬市や南相馬市をもうちょい南に下ったその先には、
あの「福島第一原発」がある。

南相馬市の南部は避難区域にかかっている。

実際、行き止まる手前から既に辺りに人の気配は全く無く、
集落はあるものの、そこに住んでいる人がいないのは明らかだった。

そこは、無人の街だった。

俺達は封鎖された道路を左折し、海岸方向に進んだ。

ちょっと進んだだけ、ほんとにちょっと進んだだけで
その惨状は、もう目の前に広がっていた。

建物は何もない。

そこが元々、どんな使われ方をされていた土地かなんて
全く分からない。
そこが住宅地だったのか、畑や田んぼだったのか、
全く見当が付かないのだ。

あるのはガレキ、ひっくり返った漁船、グシャグシャに潰れた車。

海に通ずる川には、建築中のような橋があった。
でもそれは橋桁だけを残し、橋床は流されてしまった橋だった。

橋桁から推測するに、それは道路幅10mはありそうな
コンクリート製の頑丈そうな橋だったが、
それすらも津波は持って行ってしまった。

帰り道に確認すると、
流された橋床は、橋桁から数百メートル内陸に押し流されていた。


気付くと俺達は全くの無言だった。
どの位黙ったまま、車を走らせていたのだろうか。

車はやがて河口、そして海岸線付近に出た。
この先は道路の損傷が激しく、もう先には進めない。

「降りてみようか・・・」

ドアを開け、ガレキの上に降り立った。
地面をよく見ると、家の土台・基礎工事の跡がある。
どうやらここいらには、家があったようだ。

30m程先にちょっとした高台がある。
そこには辛うじて家屋の痕跡を残した家があったが、
1階部分には3台の乗用車が、
ぐしゃぐしゃにしたティッシュのように折り重なっていた。

辺りは完全に静まりかえり、物音ひとつしない。

誰もいない。

全く見た事の無い光景。

この日はやたらと晴れていたのだが、
それすらも非日常的に感じられてきて、
「ここは日本なんだろうか?」と思っていたのが、
次第に「これは現実なんだろうか?」に変わっていった。

やがて後方から警察車両のバスがやってきて
俺達のすぐ前で停車した。

そこから警察官とおぼしき10人程の人間が降りて来た。

彼らが「警察官」だとはっきり認識出来無かったのは、
制服を着ていなかったからだ。

着ていたのは、真っ白な「放射線用防護服」だった。

全身をすっぽりと覆った格好に1.5m程の長い棒を持ち、
彼らは行方不明者の捜索を始めた。

放射線の影響も有り、ここらの地域は
行方不明者の捜索自体も遅れているのだろう。

ガレキの地、白装束の集団、非日常的な光景ではあったが
それでも、それによって俺達はふと現実に返った。

「危ないな。行こうか」

トラックに乗り込み、来た道を引き返していった。

車中、俺達は普段では有り得ないような量の飲み物を摂っていた。
理由は分からない。
喉がカラッカラになっていた。



海沿いの街は壊滅した。

南相馬市と相馬市、
両市の死者・行方不明者は1953名にものぼる。

運良く津波から逃れ、生き残る事が出来た方々も
今度は放射線の恐怖に襲われている。


以上が、4月6日福島県相馬市、南相馬市に入り、
自分の目で見て来た事。

ローソンの奮闘に対する賞賛以外、なるべく私感は省き、
出来るだけ客観的に書いたつもりだ。

これを読んでくれたみんなが何を思うか、
それは個々それぞれだろう。

今はもう明け方だ。
でも教頭先生との約束は果たせた。

俺はちょっとホッとしてる。

長くなって申し訳無いが、
次回のブログで最終的な報告とお礼を言わせて欲しい。

もうちょっとのお付き合いを
by ex_snail_ramp | 2011-04-26 05:46 | タケムラ(その他) | Comments(3)
タケムラ
八幡小学校避難所の先生やおばあちゃんに見送られながら、
俺達は南相馬市に向った。

ここは福島第一原発にも近く、
避難区域や屋内退避区域に指定されている地区。

それ故、物資も行き届きにくい地域で
物資不足からくるあまりの困窮に、
南相馬市の市長自らが、YouTubeで助けを乞うメッセージを発信。

そのショッキングな発言、様子は
日本のみならず世界的なニュースにもなった。

八幡小学校で物資を下ろしていた時も
「南相馬市用の支援物資」はコンテナの奥に取り置いていたのだが、
そうとは知らない小学校の先生が

「あのう・・・、
 奥にある食料と水も頂いてもいいですか?」

とおっしゃったのだが、

「すいません・・・、あれは南相馬市用の物資なんです」

と説明すると、ハッとした顔で

「そうでしたか!いや、あっちはもっとひどい状況なんで
 是非あちらにお願いします!」

と慌てて訂正。加えて、

「そうですか・・・、南相馬にも行ってくれるんですね。
 ありがとうございます」

と言っていた。
南相馬への支援自体が、やはり少ないのだった。

南へ下る俺達。
相馬市も出歩いている人は少なかったが、
南相馬市はもっと少なかった。

というか歩いている人は、ほぼ皆無だったのではなかろうか。

車で移動している人は見かけても、外でおしゃべりしていたり、
歩いて移動している人を見かけた記憶が無い。

そして事前に物資集積所と言われていた、厚生病院へ到着。

中へ入ると、集積所というスペースは無く
病院の一角で、ゴッタ返す人達を診療をしている。

「あれ・・・?」と思いながら看護士さんに訪ねるが、
「物資を?ここへ?」と合点がいかない様子。

「南相馬市市役所の方から、
 ここが集積所だから持ち込むように言われたのですが」

と言ったら、集積所はここでは無く、
少し離れた所にある市場だ、と言う。

そこへの行き方を教えて貰い、トラックを走らせる事10分弱。
教えられた「卸売り市場」に着いた。

そこはバレーボールのコート2面分程の大きさで、
作業着姿の男性20人程が手持ち無沙汰に座っていた。

支援物資を運んで来た旨を告げると、
事務所で書類を書くように促され、奥へ通された。

「ほぅ〜、東京から来てくれたのかい。ありがとなぁ」と
おじちゃんに声を掛けられながら、物資内容等の書類を書き終えた。

事務所を出ると、もう荷下ろしは始まっていて
10人掛かりで作業にあたってくれていた。

おまけにフォークリフトも使ってくれていたので
作業は順調に進み、スピーディーに終わった。

物資置き場になっているスペースを改めて見回してみた。

その時、南相馬市で避難所生活や自宅避難を続けている方の人口が
どの位なのかは分からなかったが、
それにしてもそこにある物資の量というのは
心もとない量だった。

勿論、他のスペースにすでに移されている物資もあるのだろうが、
それにしても、だった。

目的の地に支援物資を届け、
コンテナが空っぽになったトラックに乗った俺達。

「支援物資を届ける」という役目は、一応無事に終えた。

しかし、八幡小学校の教頭先生との約束がまだ残っていた。

現地に行く前、電話で打ち合わせを重ねている時に
教頭先生にこう言われたのだ。

「もし本当にこちらに来て頂けた際には、
 被災地のこの現状、被害を時間の許す限り、つぶさに見て行って下さい。
 そしてそれを皆さんに伝えて欲しいのです。」

今回の支援に際し、様々な現地関係者の方達、
宮城・福島県の行政、災害対策本部、支援本部、
避難所の方達と話してきた。

しかし、こんな事を言うのはこの教頭先生だけだった。

教頭先生自身も相馬市という、
津波で壊滅状態になってしまった街に深く関わる
れっきとした被災者なのだが、
それと同時に、未来を創っていく教育者としての発言であるのだろう。

俺も人生の中で色んな「先生」に出会って来た。

しかしこの教頭先生ほど、教育者として素直に尊敬出来る人には
残念だが出会ってなかったかも知れない。

「この先生の生徒になってみたかったな・・・」

そんな事を心の底から思ったのは、初めての経験だった。

小学校を後にする時も、教頭先生は重ねて俺に言った。

「出来れば、でいいです。被災の状況を見て行って下さいね」

「はい。失礼にならないよう気を付けながら、そうさせて頂きます」

教頭先生の前で、俺は従順な生徒だった。

(次回に続きます)
by ex_snail_ramp | 2011-04-21 04:02 | タケムラ(その他) | Comments(3)
 

カテゴリ
最新のコメント
また次の日うつうつした気..
by いいのでは at 23:48
やりたいことをして生き、..
by いいのでは at 23:37
スネイルのライブに行きた..
by ファン at 22:40
Twitterしてないの..
by さー at 02:00
思い出ビデオ リリース求..
by ゆうた at 00:34
2002年頃のJ-WAV..
by あんどー at 22:58
は!
by ガチ at 05:36
絶対に完全復活してくださ..
by yukkin at 22:59
めちゃめちゃ残念 ..
by アリババ at 22:45
かききれません…(T ^..
by さー at 13:08
以前の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
ブログランキングBEST3
ラウドネス二井原実
二井原実 BLOG
「R&R GYPSY」
ランキング1位bottom
ユニコーン
ユニコーンはブログもお好き!?
ランキング2位bottom
TRICERATOPS 吉田佳史
TRICERATOPS 吉田佳史のブログよしふみ
ランキング3位bottom
ア行‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
◇a flood of circle
◇AJISAI
◇アナム&マキ
◇アナログフィッシュ
◇ANCHANG
◇UNLIMITS
◇H.
カ行‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
◇Cure Rubbish
◇ケンスペ
タ行‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
◇高橋優
◇竹内電気
◇China
◇つしまみれ
ナ行‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
◇中島卓偉
◇中山うり
◇ねごとのねごと。
マ行‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
◇MIX MARKET
◇Megu Mild
◇MOTORMUSTANG
◇MOMOKOMOTION
ヤ行‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
ラ行‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
◇LITE
◇LAST ALLIANCE hiroshi
◇LAST ALLIANCE MATSUMURA
◇Lucky13
◇LaughLife
◇rega
◇Response THE ODGE
◇ROCKET K
ワ行‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
◇ワイルドマイルド
過去のブログ
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
◇音楽評論家 平山雄一
おことわり

コメント、およびトラックバックは、エキサイト株式会社にて、当ブログへのコメント、およびトラックバックとしてふさわしいか、誹謗中傷や公序良俗に反する内容が含まれていないかどうかを確認致します。内容により予告なく削除する場合もございますので予めご了承ください。また、掲載された記事・写真等の無断転用を一切禁じます。無断で加工、転載などを行うと、著作権法に基づく処罰の対象になる場合があります。