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吉原遊女の供養

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気温12度、強い風と強い雨が降っている中、吉原の遊女の供養をさせていただきました。法衣も足袋も雨でずぶ濡れ。毎月、関東大震災で亡くなった吉原の遊女の供養をさせていただくこと、今回で丸18年になりました。来月から19年目に入ります。続けさせていただいたことに感謝感謝です。

吉原遊女の供養

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月イチ、吉原の遊女の供養を始めて18回目の秋が来ました。でも彼岸花の最盛期に重なったのは初めてです。いつもまだ咲いていない時や、枯れている時でした。彼岸花、本当に綺麗ですね。今日はTBSの健康新番組がロケに来て下さいました。これから山形県の出羽三山(でわさんざん)に向かいます。

吉原遊女の供養

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実は昨日、経本を忘れたのです。ご本尊様の前で般若心経50巻と、それぞれの場所で15巻、いつも通り上げさせていただきましたが、理趣経や観音経があげられず、今夜また続きの供養をさせて貰いに来ました。台風の影響で「始めよう」とした途端にドドドッ!と、大雨が迎えてくれましたが、すぐに止んでそれっきり。雨に遭わずにお経を上げられました。21時すぎに吉原で供養をさせていただいたのは、18年間で初めてですが、18年間毎月させて貰ってきたお経のメニューは、1回たりとも少しでも欠けてはならないので、2日連続で供養させていただきました。この地はボランティアで、街の皆さんがきれいにして下さってるのですが、待っていて下さったんです!私財を投じてこの地をどんどんきれいにして下さっている吉原の吉原さんや、池の水を毎日きれいにして下さっている「のぼるさん」が!蚊取り線香をつけて下さったり、お参りに付き合って下さったり。。温かいですよね、本当に。終わってから向かいの鈴乃音さんで、やはりママに閉店を待ってて貰って食事を作って貰い。。経本を忘れたがために皆さんを巻き込んで。。嬉しい反省。

吉原遊女の供養

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暑いので、夕方から吉原遊女の供養に行きました。毎月1度、1923年9月1日に関東大震災で亡くなった吉原遊女の供養をさせていただくこと18年。来月は関東大震災から96年になります。午後6時でも33度ありましたが、台風の影響か、時折吹いてくれる風が、とても清々しかったです。供養を始めた18年前は悲しかったですが、最近、ここへ来ると嬉しくなることがよくあります。遊女たちが明るくなってくれているからだと思います。

吉原遊女の供養

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台東区(東京)の気温31度。拝んでいると汗が吹き出てきますが、曇っていて風があるので救われました。日曜日なので、多くの方が訪れて下さいました。若い男性で2度目という方も大汗かきながら、いらっしゃいました。お参りしたあと泣いて下さった女性もいました。今の時期、紫陽花も枯れたあとで、花があまり咲いていないのが少し淋しいです。供養を終えたら陽が照ってきました。1923年、関東大震災で亡くなった吉原の遊女を毎月供養させてもらうこと18年。来月は8月と思うと、早いですね、今年も半分以上すぎちゃいました。でも吉原に売られた遊女たちは、月日が過ぎても過ぎても借金がちっとも減らなかったんです。

吉原遊女の供養

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月に1度の吉原遊女の供養に来ました。今日は、日本経済新聞社さんが取材に来て下さいました。今日は「おりく」という遊女と、(よく聞き取れなかったけれど多分)「ひな」という名前の遊女が現れました。今日から関東も梅雨入りし、どんより曇った天気ですが、雨女なのに雨に降られずすみました。紫陽花の美しい季節になりました。

吉原遊女

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浅草まで来たので、吉原遊女の供養をさせていただいている観音様て弁財天様にご挨拶に来ました。1923年9月1日関東大震災で亡くなった吉原遊女の供養を毎月させていただくこと18年。どんどんどんどん遊女たちが愛おしくなり、今日も、彼女たちにとても会いたくなりました。お参りが終わったら、向かいの喫茶店「鈴の音」で、いつものカジキマグロの照り焼き定食をいただきました。

吉原 遊女の供養(台東区千束 東京都)

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台東区の気温は28度、日差しも強い中、今月の吉原遊女の供養をさせていただきました。関東大震災で亡くなった遊女たちです。お地蔵様が、まだ成仏していない者は280人いると、おっしゃるのです。増えた!ゴールデンウィーク中に訪れた人たちの中で、浮遊霊をおいて行っちゃった人々がいるそうなのです。ここにいれば確実に成仏させて貰えるわけで、居座られてしまいました。

吉原の桜(東京都台東区)

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寒いのにテレビ用の照明を点けて、近所のテレビ制作会社の方々が花見をされてました。吉原遊女の供養をさせていただく所の外側の道路です。浅草っていいですよね。道端でお花見宴会して、向かいの喫茶店の「鈴乃音」のママが、体が冷えるだろうからと、お味噌汁の差し入れして「花見?」と、皆んなが話しかけて。。昔の温かな光景があります。でも花冷えしますね。寒かったし、桜もまだ二分咲き。やはり木曜日か金曜日ですね。

吉原遊女の供養

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月1度、1923年9月1日 関東大震災で亡くなった吉原遊女の供養をさせていただくこと18年。例年なら桜が満開ですが、今年はまだまだです。木曜日か金曜日、この地が桜吹雪に彩られることでしょう。今日は遊女や幇間(ほうかん 芸人)たちが、桜の下で踊って大騒ぎ。だから般若心経も、皆の踊りに合わせて木魚叩いて軽快に。写真を写して行くだけの招かざる人がこの地に入ってきた時、幇間が手にしてた太鼓のバチで、その人の頭をポコポコ叩いていて、お経を上げながら吹き出しそうになりました。楽しい供養となりました。1人、遊女が成仏しました。ニコニコして挨拶に来ました。ステキな1日になりました。