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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
昔のカメラのような黒い箱を肩から提げさせられている。そこからコードがシャツの下にもぐり、枝分かれした先の吸盤たちが胸にへばりついている。 これがホルター心電計という奴か。 これから24時間、こいつが僕の心臓を密着取材することになる。 時々無意識に掻きむしってしまうが、幸い吸盤はしっかとくっついている。 普段は配偶者に捕まる前に、風呂やシャワーはバイパスしてベッドにもぐりこんでしまう不精ものだが、風呂は控えてくださいといわれると、無性にシャワーが浴びたくなる。 幸い今日は昼間も22度。これが昨日のように34度まで上がっていれば、さすがの僕も汗だくで風呂無しではとても寝れなかったろう。 こうして24時間連続して心電図をとることになる。 その間のアクティヴィティは用意された行動記録表に克明に書き記すことになっている。 縦のコラムは何時何分、横のコラムは活動の種類。 行動はひどく詳細に分類されている。 トイレ、これは大小を区別して、階段昇降、食事、運転等日常生活を12項目に亘って網羅しているが、不思議に最も負荷のかかるはずだが、人類存続には不可欠のアクティヴィティははずされている。 これはこの24時間は節制せよということなのか、それともホルターを必要とするものが、そんなスタミナは残されているはずはないという考えなのか、下司の勘ぐりを次回主治医に確かめてみたい気もするが、やはりこれはチョッとためらいを感ずるデリケートなイッシューではある。
医師が診察台に横たわるのは、検事が被告席に立たされるような屈辱感を伴う、と誰かが言っていた、いや僕自身だったかもしれない。
事実大学病院に勤務してた頃、最も定期健診の受診率の悪いのは医師共だと毎年保健所から苦情を言われた覚えがある。 などゴタクを並べたのは、今日おそらく生まれて初めての心電図をとってもらい、期外収縮が頻発していることがわかり、明日聖路加病院の循環器内科で精密検査を受ける羽目になったからだ。 不整脈の一つの期外収縮は、誰でも時折は経験するものと高をくくっていたが、このところ其の頻度が増したようである。 なんとなく胸に違和感を感ずるとき、脈を取るとトトッと余分な脈を触れる。この程度のことはいかな藪医者の僕でもまだ自分でチェックできる。 お優しい上符院長は心電図を見て、“心配ないですよこの程度なら。”と慰めてくれたが、“でも一応の精密検査はされたほうがよいですね。”と付け加えるのは忘れなかった。 医者というものは日本語を明瞭に話さないことも多い。 例えば心配ないというのは、ヤバイけどあまり気にするな、という一見矛盾した日本語の場合もママあることは己の経験で承知している。 ここは年貢の納め時と覚悟を決め、聖路加病院の循環器内科の部長に無理をお願いして、早速明日おとなしく被告席に座ることにしたのである。 もしなんかあったらどういう治療が必要なんですか? それは検査結果次第で、そのための検査なのですから、そうせっつかないで下さいよ。 とたしなめられるほど、患者になれば医者でも素人と同じにワカランチンになってしまう。 いや、医者の方がいろいろの場面を想像してしまう分、素人よりも世話の焼ける患者になることは周知の事実である。 明晩まだ心臓が動いていれば、検査結果はこのブログでご報告するつもりだが、本人がプライバシーを暴露しても、個人情報保護法に抵触するものだろうか?
今日はまたとない貴重な体験をした。
アメリカから三人の講師を招き、キレーションの講習会が行われるというので、日曜を犠牲にして参加したのである 内容は重金属中毒の現実、其の対策としての最新のキレーションの手ほどき。すべて新しいことで大変勉強になったが・・・・ 問題は其の実習の時に起こった。 カルシュームEDTAという薬剤、これをキレート剤と呼ぶが、を使用するキレーションで、僕もいま毎週受けているが、すでに何回かこのブログで報告したように、一時間半ほどかけてゆっくり点滴を行えば、何も問題のない安全な手法である。 ところが今回はそれを、点滴ではなく5分ぐらいで一挙に静脈注射するのだという。 5人ほど名乗りを上げたモニターの中には一人は78歳の医師が入っていた。 ほかの4人は問題なく終了したが、其の高齢の医師の番になると、三分の一ほど液が注入されたところで、突然ショック状態になり慌てて救急車で病院に搬送し、そのご血圧も回復し事なきを得た。 講師の説明では、一時的な低血糖か、一酸化窒素による全身の血管の拡張であろうということだった。どちらもキレーションの付随現象の一つでありうるという。 今日のこの出来事で僕が改めて感じたことは三つある。 まず、緊急性のない治療、特に健康維持のための処置は、決して危ない橋は渡らないこと。 だからといって何もしないのでは義務の放擲になるし、又医学の進歩もないから、あらゆる見地から効果と安全性を確認したうえで積極的に治療は推進する覚悟を決めること。 そしてどんな簡単な処置でも、何時何が起こっても迅速に対応できるように整備された環境こそ医療を行う際の必須条件と肝に銘ずること。 医療においてはしばしば、効果を追及すればそれなりにリスクも増大する。この効果とリスクのハザマでわれわれは悩み続ける。 これは人の命を預かった医師の宿命と言うものだろう。
今日は三度目のキレーションである。
左の手首に点滴のボトルを繋がれ、ソファに寝そべってピクチャーウィンドウから外を眺めると、松屋デパートの大きなサインが目に入る。中は買い物客でにぎわっていることだろう。そして眼下の銀座通りも人の波だ。 あたりにはブティック、レストランが立ち並び、購買欲、食欲を煽りたてている。 銀座は現代人の欲望の渦の中心である。 その欲望が環境汚染を生み、有害物質が体内に偲びこみ、又、自ら限度を越えた過食に走りメタボリックシンドロームに陥る。 その自分で作り出した体の錆や垢を取り除こうと、こうやって僕は点滴で体内浄化を図っている。 なんともあほらしいが、これが人間というものかもしれない。 僕は昔のドイツだったかの民話、三つの願いを思い出した。ある貧しい夫婦が神様からなんでも好きなこと、三つだけ願いをかなえてやろうといわれる。 二人はまず、ソーセージを山ほどとお願いした。 これが第一の願い。 そのソーセージの分配で二人は喧嘩になり、ひとりがお前の鼻にソーセージがくっつけ、とさけぶ。 とたんにソーセージは飛んでいって相手の鼻にくっつきもう取れない。 これでもう第二の願いを使ってしまう。 困った二人は、どうかソーセージを取ってくださいと願う。 ソーセージはとたんに離れるが、これで二人はせっかくの三つの願いを使い果たしてしまう。 といった話だったと思う。 よく僕は人の一生はこんなものだと思うことがある。 一生懸命自分達で傷つけあって、やっと何とか修復できても元に戻っただけ。 我々の努力なんて、神様の目から見たら所詮このソーセージの脱着に過ぎないのではなかろうか。 もっと、もっとと金をかけて飽食する。 その結果体内に有毒物質が溜まってしまう。 こうなるとやはりこれは取り除かないわけにはいかないと、またせっせと金を使ってキレーションする。 考えてみると人類の歴史も、戦争と修復という愚行の連続だった。 そして20世紀、我々は遂にプロメトイスの火、核エネルギーを手にする。 だがその結果、原爆というソーセージが人類にとっついてしまった。 このソーセージをなんとかならず者国家の手から奪い取ってください、というのが今我々の三つ目の切実な願いとなっている。
今日は午後、またキレーションを受けた。
初回は眠気に襲われたり、疲労感を訴えたりする人が多いようだが、幸い僕は多少の眠気で済んだ。 今回は2回目なので気分的には余裕があったが、後の疲労感は前回より強いような気がする。 昨夜よく眠れてなかったせいか、あるいは白内障の手術のときと同じように、二度目のほうがかえって痛みを感ずる、それは最初は緊張してかえって痛みを感じないからだといわれ、その通りだったが、それと類似の反応かもしれない。 点滴ボトルの液面は眺めているとなかなか減らないが、忘れて本を読んだり、うつらうつらしているといつの間にか一時間半は経って、ボトルは空になってくれている。 又途中でアポの方が見えても、傍のソファにお座りいただいて用件を済ますことも出来るので、決して時間の無駄にはならない。 今ご自分もキレーションに通っているライターの方などは、点滴中は誰にも邪魔されずに書き物もできるので、かえって仕事になるとおっしゃる。 ともかくこれで第二回も無事終了した。 ところで昨日、ゴルフダイジェスト社から親父の本がまたドイツで出版されました、と見本が送られてきた。“Die Kraft strahlender Gesundheit” という題名で,数年前に同社から出版されて好評だった「大健康力」の独訳である。 ドイツ医学で育った明治生まれの親父である。認知できればさぞ喜ぶだろうに、と複雑な気分になった。 いずれにせよ、次回の訪問の際携えて親父の反応を見ることにする。 日によって波があるので、あるいは解ってくれるかもしれない。 今日はついに第一回キレーションをうけた。無事、今終わったところである。 まず血圧と血糖値をはかり、点滴を開始したのが2時半ごろ。 眺めていると、点滴ボトルの中身はなかなか減らない。 そのうちなんかボーっと眠くなり、ソファーでうつらうつらしていると、4時のアポの方々が見えた。 ジョンソン・エンド・ジョンソンとPR会社プラップの美女軍団である。キズパワーパッドのプロモーションのため、キズケア委員会を立ち上げた頃からのメンバーの一人が退職されるので、その挨拶ということである。 創立メンバーが一人減るのは残念だが、おかげさまでキズケアパッドの売り上げも順調で、安定成長をしているようだ。 この眠さというか、けだるさが取れるのには2,3時間かかるそうだが、これも初回だけだそうである。 回復しだい、栄養補給に出かけるつもり。幸い銀座ならその場所には事欠かない。 ![]() 今日は朝から上符院長の力作、「NY式デトックス生活」を読みふけり、やっと夕方読み終えた。非常に読みやすく、上符院長の目指すところが良くわかり、またアンチエイジングにかける彼の熱情が良く伝わって感銘を受けた。 そしてまた、なぜ彼の診察が時間がかかるかも理解できるようになった。 一人一時間の予定がすぐ二時間、三時間になり昼飯もそこそこに、夜中近く及ぶこともしばしばである。 患者は皆納得し上符教信者になって満足して帰るが、予約を管理するコンシェルジェ嬢や看護師一同の苦労は並大抵でない。 実はアンチエイジングは僕自身が説いているように、9割はバランスの取れた食事と適度な運動であるが、それを守るのが現代社会では困難なので、取り立ててアンチエイジングと叫ぶ必要が生ずる。 つまりこれはライフスタイルまで踏み込んでの指導が必要であり、また、長続きさせるためには、なぜアンチエイジングが必要かの理解を得、モティベーションを持たせなければならない。 これは根気の要る仕事である。 具体的に言えば、僕自身、上符先生の200ページの著書を一日かけて読み終えて、はじめてキレーションとサプリメントの大切さが飲み込めた。 そしてある程度食生活も改め、キレーションを受け、薦められたサプリも飲んでみようという気になった。 だが、これもいつまで持つか自信はない。 アンチエイジングはライフスタイルの見直しを要求する。 しかも5年10年先を見据えた、健康長寿への先行投資である。 盲腸炎とか心筋梗塞のような疾病対策と違って、痛みとか苦しみとかの警鐘を伴わない。 つまり当人に自覚症状が無い。 しかも疾病治療と違って、即効性に乏しい。 とりあえず検査値は改善されても、本人がなんとなくい体調が良くなってきたと感ずるのに最低数ヶ月の継続が必要だという。 つまり有り難味がわかりにくい。 こう考えるとアンチエイジングというのは、今われわれが置かれている不健康な劣悪な環境の中でサバイバルのための、新たなライフスタイルの提唱ともいえる。 上符先生、一緒にがんばりましょう、時間の有効活用は考えながら。 < 前のページ次のページ >
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![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日) by n_shioya 以前の記事
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