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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
今日、山から下りてきた。
今回は二泊三日の短い滞在であった。 子供たちの家族が、、またその友達の家族と一緒にお盆を山で過ごしたいというので、小屋を明け渡し、我々は横浜でお盆を過ごすことにしたのである。 暑さを別にすれば、都心のお盆も悪くない。大方が地方に脱出するため、都心が空くからからである。 “もうそろそろ山に居を移さない?” 帰路、配偶者が言いだした。 定年になったら山に移り住み、仕事はネットでできるだけに整理し、必要に応じて下界に降りるという予定だった。 だが、そう簡単に仕事の整理もつかず、逆に東京での用は増える一方で、又、ネットを使いこなそうにも、パソコンが機嫌が悪いとすぐ秘書嬢の緊急出動を仰ぐ状態では、そこまでふんぎりがつかぬまま13年経ってしまった。 だが“アンチエイジング・ライフスタイルには、八ヶ岳の生活が最適”とは、前回八ヶ岳高原ロッジでの研修会で「トラベル懇話会」の皆さんに僕が説いたことでもある。 アンチエイジングの要諦であるバランスのとれた食事と適度な運動、そして快適な睡眠。それに加えてさわやかな山の冷気。 ただ年間通して住めるかが問題である。八ヶ岳の冬は厳しい。2月は雪に埋もれて、気温は零下30度に下がる。 おまけにわが山小屋は40年前の丸太小屋で、越冬には向かない通風に優れた造りである。 でも山での「仙人生活」は昔からの夢ではある。 ソローの「森の生活」にかぶれてもいる。 海抜1700メートルでの「晴耕雨読」。 そして時折下界に降りて「美女軍団」と歓談。 だがこんなことを考えるようでは、畢竟、僕が成れるのは「久米の仙人」ぐらいでしょうな。
なかなか風邪が抜けきらないので参っている。
クリニックの院長と電話で話したが、このところ喉をやられる風邪がはやっているそうだ。 一週間ぐらいはかかるようなので、“あせらずゆっくりお休みください”との温かいお言葉だった。 そして積読の山から拾ってきたのは、 加賀乙彦の「不幸な国の幸福論」 本名は小木貞孝。面識はないが医学部の2年先輩である。 ほぼ同世代の男で、同じ医者仲間ということもあるが、言ってることには全く同感である。 改めて内容を紹介し始めれば、著書の繰り返しになるので、その概要を本の見開きから拝借する。「経済は破綻し格差は拡大する一方、将来への希望を持つことが難しい日本にあって、『幸せ』は遠のくばかりと感じている人は多い。しかし、実は日本人は自ら不幸の種まきをし、幸福に背を向ける国民性を有しているのではないか。 精神科医、心理学者でもある作家が『幸せになれない日本人』の秘密を解き明かし、幸福になるための発想の転換法を伝授する。追い求めている間は決して手にいれることのできない『幸福』の真の意味を問う、不幸な時代に必読の書」 ふむ、先輩なかなかやりおるわい。 ま、『幸福』を手にしたいなら、まずこの本を手に入れることですな。
まだ横浜市大で教えてた頃だから、40年前のことだろうか。
卒業を間近に控えた医学部の学生が、部屋に訪ねてきた。 卒業式でスピーチをすることになっていて御相談したいという。 彼が言うには「生きがいについて」という題で話すことになっているのだが、何をしゃべればいいか困惑しているという。 僕は仰天もし、がっくりもした。 この男、もう大学を出て明日からは社会人になろうと言うのに、今まで何を考えて生きてきたのか? 我々の頃は旧制高校というのがあって、学業は二の次で三年間、“己とは何ぞや”とか“生きがいとは”といった問題を議論し続けたものだった。 答えはコンビニでは売ってなかった、とでも言いたいのか。 だが、考えると、そういう疑問を持ってくれただけでも良しとせねばならぬのが、今の子供だろう。 僕は熱海の老人ホームに隠居した親父の話をした。 それまでは毎日が超多忙な内科医だった。84歳でやっと仕事を離れ、熱海に移り住み、好きなゴルフ三昧の生活に満足していたが、半年ほどすると落ち込んでしまった。 ゴルフは楽しいが、“今のおれはなにも人の役に立ってない、生きてる価値が無い人間だ”というのである。 その後、なんかのきっかけで、最長老ということでマンションの居住者の集まりの世話役を頼まれ、それが成功したのか、見違えるように元気を取り戻した。 それからは自分の健康法を著書にし、全国を講演して回るようになった、と。 その時僕が感じたのは、「生きがい」とは「人に必要とされること」である。いや、錯覚でもいいから、人の役にたってると思えることだと、くだんの学生に言い聞かせた。 そして、これを参考にしたまえと神谷美恵子の名著「生きがいについて」を手渡したのを覚えている。 今考えるに、あの著作は「生きがい」に関する学問的な論述であり、彼女の深い洞察がどこまで彼の役に立ったのか、知りたい気もする。 その後、改めて自分なりに考察を加え、「心の平和」、「生きる喜び」、「他者への愛情」など、「生きがい」を支える様々な要素に気づかされたが、「人から必要とされる」ことこそ、「生きがい」の大黒柱だとますます思うようになり、今に至っている。
もう夜の10時。
何かと忙しい一日で、気がついたら今日は日曜だった。 ミサをすっかり忘れていた。 忙しいという漢字は、人遍に亡、失うと書くのだなどと嫌味なことを言う人もいる。 確かにそうかも知れない。 日曜日は安息日。神にこの一週間の感謝をささげる日でもある筈だ。 つつがなく過ごせた御礼を。 昔子供のころ、親父の知り合いの占い師に、この坊ちゃんの背後には素晴らしい守護霊がついてますよ。何も心配はいらない、と言われた覚えがある。 これまで何度か、やばい寸前で助けられたことがあるのは確かだ。 生来鈍いので、やばいのも気づかずにすり抜けてきたことももっと多かったかも知れない、運転のニアミスも含め。 かつて読んだ「霊界通信」という本には、自動車事故などのとき、バンパーの間に守護霊が間に飛び込んでエアバッグの代わりをすることもあると書いてあった。 “あまり守護霊様を飛び回らせていると、そのうちもう面倒見切れないといわれますよ、”と配偶者は心配している。 どうぞ守護霊様。来週もまたお守りくださいますように。 その分、少しでも人様のお役に立つように頑張りますから。
童話は子供のためよりも、大人が真の大人になるための本のように思えることがしばしばある。
アンデルセンはもとより、“星の王子様”があれほどの人気を持ち続けているのも、そのためではなかろうか。 もう使い古されたキーワード、英語ではクリーシェというようだが、になっている「青い鳥」にしてもそうだ。 実はメーテルリンクは“神秘主義者”としても知られている。 森の木々の精、誕生を待つ子供たちの世界。 あのファンタジーも彼にとっては現実よりももっとリアルな世界だったのかもしれない。 そしてあの「青い鳥」の象徴するものも。 マザーテレサは言う。 「今日、世の中は混乱し、人々は皆、ひどく苦しんでいます。それは、家庭や家族生活に、愛が見失われているからだと思います。親たちは子供と過ごす時間がなく、お互いのための時間もありません。まして楽しみをともにし、分かち合う暇などあろうはずがないという有様です。 (中略) 愛はまず家庭から始まるものです。愛は家庭に住まうものです。今の世に不幸と苦しみがこれほど多い理由も、家庭の中の愛の欠如にあります。 (中略) 今日では、だれもかれも非常に多忙になっています。より大きな発展、もっと豊かな富、もっと、もっと、と求めて。 (後略)」 出世や権力など、世間的な値値判断からいささか外れて行動してきたように見える僕でも、やっとこの年になって「青い鳥」はごく身近に、しかも日常に隠れていることが分かってきた。 合格、就職、結婚、出産などそれはそれで喜ばしい出来事である。 だがそれ以上に、配偶者や子供たち、孫たち、そして周りの友人たちに心を留め、彼らに一寸“優しい言葉”をかける、いやかけようと思うだけでも、自分の気持ちがほのぼのとなる。 皆がこの身近に飛び交う「青い鳥」に気づくだけで、“幸せの連鎖”が始まり、安らぎの世界が近づく筈なのだが・・・ それを妨げる一番の要因は、何故か我々に付きまとう“自信のなさ”というか、“恐れ”ではないかと思う。
アンチエイジングのゴールはQOLあると我々は気軽にいう。
だが、そのQOLを支えるものは何か、と改めて考えると答えはさまざまである。 昔は「後期高齢者」などという無礼な日本語は存在せず、「御隠居様」と奉ったもである。 「御隠居様」は長火鉢の傍にどっかと構えてキセルをくゆらし、GDPにはおよそ寄与しない、盆栽や骨董を愛でる横町のご意見番だった。 これもQOLの一つの姿であろう。 だが、“隠居仕事”という言葉の持つニュアンスのように、何か社会からおきざりにされた道楽事といった、多少の侮蔑の念が含まれていないでもない。 実は義弟から、写真のグループ展をやっているのでと誘われた時は、奴もやはり「御隠居様の道楽」にはまったのかぐらいに考えていた。 それがなんと会場は今が旬のミッドタウン。その一角の富士フィルムの展示サロンである。 義弟の作品は三点だったが、見事なものであった。 三陸海岸の荒々しい岸壁の、潮風を感じさせる風景が二点。 いま一つは、出雲大社?の巨大なしめ縄を下から見上げた、オブジェ風な作品。 ![]() ![]() 東工大出の根っからの技術屋の義弟に、これほどのセンスがあったとは、と改めて見直した。(失礼) 聞けば、このグループは東工大同窓の写真好きの同好会で、永年、プロの写真家の指導を受けてきたという。 いい趣味である。 これがどれほど定年後の彼のQOLに寄与していることだろうと、おせっかいながらホットした。 QOLといってもとらえ方はいろいろある。 いわく生きがい、いわく人に必要とされること、そしてまた、ひそかに続けてきた趣味や習いごと。 要は当人が“充足感”を感じることが大事であり、百人いれば百通りのQOLの形があって当たり前、と何となく納得もし安心もしたのである。
昨日は時間がなかったのでご紹介出来なかったが、「ガレット・デ・ロア」のことは、ブログ仲間の芙蓉さんが詳細に説明されているので是非お読みくださるよう。
ちょっと無断で引用すると 『「ガレット・デ・ロワ」は、 王冠がのったパイにアーモンドクリームが入ったフランスのパイ菓子のことですが、 何といいましても、パイ特有のこの焼き目の美しさと さくさく感はたまりません! バター風味で、クリームもまろやか♪。 何でも、フランスでは、 クリスマスあたりからケーキ屋さんやパン屋さんにこのガレット・デ・ロワが並び始め、 家族や同僚・友人達が集まって楽しく切り分けて食べながら、 キリスト公現の1月6日の「エピファニー(Epiphanie)」の日を祝うのだとか。…(後略) 「芙蓉のひとりごと 21-01-09」』 昨日のガレットも芙蓉さんが書かれた通りの出来栄えで、家族会もおかげさまで大いに盛り上がった。 ところで長男の嫁さんはフランス女性である。 “オレはもうあまりミサにもいかないし、カミさんも熱心なカトリックとは言えないけど、このお菓子はやはり正月には欠かせないようだね。 まあ、フランスはカトリックの国だけど、日本人の仏教みたいなものさ。” ふむ、そうすると日本は神仏混合だから、ガレットは鏡餅みたいなものか。 ここで一転してしかつめらしい話になるが、いつも気になっていることがある。 西洋ではクリスマスを盛大に祝い、雪をかぶったモミの木とお飾りはその象徴である。だが、よく考えると、ベツレヘムは中近東でどちらかというと砂漠地帯に近い。まして、年の暮れだからと言って雪が降るとは考えにくい。 “ま、そんな野暮なことを言いなさんな。楽しきゃいいじゃないですか。一つの文化ですよ。”と言われそうである。 確かにドイツのメルヘン街道のローテンブルグには有名なクリスマスショップがあって、日本にも進出していますよね。 だからもう、クリスマスといってもお祭りだし、現代では宗教が衰退して文化の部分だけが残っていると言える。 だがそこで気になるのは、もしキリストが日本に生れたら、キリスト教はどんな文化の衣をまとったかという疑念である。 このあたりは、遠藤周作氏も井上洋治神父も頭を悩ませたところのようで、僕などにすぐ答えが見つかるはずがない。 ただ、アンチエイジングに関わって、「老後の生活の質」をただし始めると、どうしても生きがい、死生観、そして最後には宗教の問題にぶち当たってしまう。 この辺でもっとまじめに神様と向き合わなければと思う。 というわけで、あのアーモンドクリームのサクサクしたパイが、そのきっかけを作ってくれればそれもまた良しとしましょう。
しばらく山小屋を訪れていないので、山が無性に恋しくなってきた。
11月頃、カラマツの黄葉を見に行くつもりが、諸般の事情でかなわず、ふた月以上もご無沙汰してしまった。 カラマツの黄葉は御覧になった方はお分かりと思うが、全山が黄金色に輝き、また落葉で地面も黄金色のもうせんを敷き詰めたようになる。 例年、今年こそは月に一回は山小屋にと思うが、実現したことがない。 いや本当は、定年退官したら、仕事を整理して八ヶ岳を終の棲家にし、インターネットで出来る範囲に業務を縮小するはずだった。 だが、海抜1700M、零下30度の越冬は、年を取るほどに現実離れした夢になってしまった。 そんな今日、あるライターの方がクリニックに原稿の打ち合わせに現れ、よく聞くと甲斐大泉から出てこられたという。 甲斐大泉は我が山小屋から南に車で20分ほど下ったところにある。 海抜1000メートルほどで、もう零下だが真冬でもなんとかに過ごせるという。しかも空気は冬が最も澄み切っているという。 うらやましい話だ。 山は無理でも、温かい海辺はどう?と配偶者は言う。 朝起きぬけに、はだしで砂浜を散歩する生活が夢だという。 そう言えば一時真剣にハワイに移住を考えたこともある。 具体的にはオアフ島で、ホノルルから山を越えたワイキキの反対側のカイルワ海岸である。静かな住宅地で、ウィンドサーフィンの発祥の地でもある。 そこに住む昔からの親しい友人がいて誘ってくれた。だが、その彼ももうこの世を去ってしまった。 何も今の横浜に不満があるわけではない。 港町だし、30分も車を走らせれば葉山、逗子に出ることができる。鎌倉も近い。そしてもちろん東京には毎日出かけている。 住まいのロケーションとして横浜は文句は言えない。 だが、一戸立ちだと、出入りの戸閉まりの煩雑さや、長期開けるときの不用心さ、さらには介護が必要になった時の不便さなど、若い時には考えもしなかったもろもろの不安材料が増えて、「終の棲家」の住み替えまで考えるようになる。 それもこれも、今日クリニックにおいでになった「ゼクスの女神」にランチを御馳走になり、高齢者マンションでの住居者のライフスタイルを話し合っているうちに、「ケア付き老人ホーム」も自分自身の選択肢の一つに入ってきたからかも知れない。 “面白そうだから買ってきてあげたわ”と配偶者から渡されたのは、今評判の姜尚中の「悩む力」だった。面白い。一気に読み終えてしまった。 クソ真面目な本である。こんなクソ真面目な本が売れるなら、日本もまだ捨てたものではない。 これまで「軽薄短小」を旨として、“悩み”など置き去りに先を急ぎ、やっと後期高齢者にたどり着いて一息ついてる僕にはうってつけの本だ、と言ったら、“何も努力の必要などなかったじゃないの、うまれつき「軽薄短小」のくせして”とどやされてしまった。 終章がまたいい。 “老いて最強たれ”とある。 一部を引用しよう。 「・・・次に思い浮かぶのは、老人は「分別」する力を持ち、「老成」した賢さを備えていると言うイメージです。しかしいまの老人はそういう感じではありません。また、我々の世代が十年、二十年後に、分別のある賢い老人になっているだろうかと考えると、たぶんそうはなっていないと思います。・・・・ ・・・ゆえに、これからの「老人力」とは何かと問われたら、「撹乱する力」である、と私は答えたいと思います。・・・ 老人の「撹乱する力」は、生産や効率性、若さや有用性を中心とするこれまでの社会を、変えて行くパワーになると思うからです。・・・」 励ましのようだが、分かったようなわからないような、つまりこっちが“撹乱”された気分である。 今まで悩み足りなかった付けが来たのかな。 ともかく皆さん、是非読まれることをお勧めします。そして悩みとお近づきになることを。 そのうえで、生まれて始めて、悩みとは何か?悩み始めたこの老人をお助けください。
夕べは久しぶりに「モナリザ」に行った。
箱根のオーミラドー同様、何時行っても裏切られない味である。 10年ほど前、恵比寿でスタートして評判となり、数年前丸ビルが新しくなったとき、その最上階に2号店をオープンした。 例の「ミシュラン東京」では星を一つ獲得した。が、なぜあと二つをケチったのか、以来僕はミシュランを信用していない。 眺めもすこぶるよい。 銀座のモナリザ達をお招きするには格好のレストランである。 美女の飲みっぷりがいいのは見ていて楽しい。見ているだけでこちらも酔いがまわってくるようだ。 お開きになったときは我々が最期の客で、11時を回っていた。 皆さん無事に帰られたでしょうか? ![]() < 前のページ次のページ >
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![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日) by n_shioya 以前の記事
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