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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
カテゴリ:手術
  • 美容外科とは、そして人は何故美を?
    [ 2008-02-03 16:02 ]
  • 美人も皮一重
    [ 2008-01-28 23:54 ]
  • 明日出来ることは今日するな
    [ 2008-01-22 22:39 ]
  • 形成外科医は器用でなければ務まらないか?
    [ 2008-01-17 21:37 ]
  • 悪徳美容外科医から身を守る方法
    [ 2008-01-15 17:05 ]
  • 神の手とは?
    [ 2008-01-11 20:54 ]
  • 医者の医者選び
    [ 2008-01-07 22:12 ]
  • 医者選びのコツ
    [ 2008-01-06 20:27 ]
  • ビューティ・ジャンキーズ
    [ 2007-12-17 20:59 ]
  • 美女軍団小田原へ
    [ 2007-11-04 21:15 ]
美容外科とは、そして人は何故美を?
今日は朝から雪で、一面の銀世界は綺麗だが足元が危ないので、予定していた映画館行きは諦め、家にこもって“美”について考えている。

人は何故美を求めるのだろう。
とくに女性は、なぜ美人でなければならないのだろう。
女性週刊誌は、こうすれば貴方も美人にとか、確実に痩せる法などと、“美人への近道ガイド”が毎号ぎっしりと詰まっている。
又フェーシャル、痩身、脱毛を表看板にしたエステサロンは大繁盛だ。

まるで生まれ付きの自分に満足しているのは怠慢だと言われいるようで、“人間の本質は形ではなく心だ”とという建前はかき消されてしまいそうだ。
たしかにそれは建前であって、それだけで本音が納得するとは限らない。
肉体のない霊魂ならともかく、僕たち人間は肉体によって存在し、生きているのだから。
肉体に反映するように、肉体に影を落としまし、両者は不可分のものだからであろう。

仮に、ヤケドで顔に大きな傷跡が残ったとしよう。その傷跡が形成外科医のメスでキレイに消せるなら、その手術を受けることは、多くの人が当然のこととして納得するだろう。
では、どの程度の傷跡ならみんなが納得するのだろうか。
どんなひどい傷跡でも、当人が意に介さないのなら、形成外科医は手術はしない。
ところが客観的にはそれほどひどくなくても、当人が苦痛に思っているなら、その心の傷を癒すためにメスを入れる必要があるのではないだろうか。

そしてこのことは、鼻の形や肌の皺にも当てはまる。
つまり美容外科というのは、メスで体のキズや形を治すことによって、心を癒す医療である。

私は過去五十年近くを形成外科医として過ごしてきた。
そしてある時は異端視されながら、美容外科にも関わってきた。
その経験を踏まえて、美容外科とはいったいなんだろう、人はなぜ、メスに頼ってまでを追究するのだろう、そして美容外科はこの先どう進むべきだろうと改めて考えてみたくなる。

美容外科は根底に文化の問題をはらんでいる。
美の基準一つとっても、国により時代により、またひとによりさまざまで、“医療”の範疇から思い切りはみだしている。
今感じていることを一言で表せば
美容外科とは美を求める人間の執念と、造形の魔力に憑かれた形成外科医とが織りなす、矛盾をはらんだ人間模様であり、社会現象である」
ということになる。

何、さっぱりわからないとおっしゃる?
ではこれから、おいおいこのブログで解き明かすことにしましょう。
by n_shioya | 2008-02-03 16:02 | 手術 | Comments(5)
美人も皮一重
美人も皮一重”というが、美人を裏側から見るのは普通には出来ない貴重な体験であろう。
形成外科医として40年間、僕はそれを見続けてきた。
それは皺延ばしの手術である。

先ずこめかみに切開を入れ、更にメスを耳前部で下方に滑らせ、耳垂部でメスを耳后部にUターンさせ、最後に生え際へと水平に切り込む。
ついで顔の皮膚を前方へと皮下の脂肪組織から剥がしていく。
ここのところで、白人と日本人の違いが出る。一言で言えば、白人の皮膚の方が遥かに剥がしやすい。皮膚と皮下組織を繋ぐ結合織が粗なので、ほとんど指でさっとはがれていく。日本人の場合はこれに反し結合織が密で、丹念にメスか鋏みで、離斷して行かねばならぬ。
剥離に際しては、顔面神経を傷つけないよう、細心の注意を払う。
剥離を終えたところで、出血がないかどうか確認し、止血操作を行い、皮膚の吊り上げを行う。
この際、緊張はなるべくこめかみと耳后部で受け止め、耳前部や耳后部には、緊張がかからぬように気を付ける。余った皮膚は切除し、皮膚縫合を終えて、包帯を施す。
このほかにも効果を持続させるための、2,3の工夫があるが、これが手術のあらましである。

それにしても、人は何故、これほどの思いをしてまで、痛みをこらえ、若さを求めるのだろうか、
そのままで十分魅力的な女性の顔にメスを入れ、顔の皮を剥がし、顔面神経に気を遣い、術後の出血が気になって気になって、止血に神経を使い果たした時、僕はしばしば自問したものである。

ある女性患者が答えてくれた。
女がね、先生。こんな決意をするのは、男を引き留めようとしているときか、必死に追いかけているときなのよ。とさらりといわれ、ずしりときたことがある。
それ以来、美人の顔を裏側から透かし見るたびに、その重い言葉を噛みしめたものである。

だが最近は、そんな思い詰めた様子とも思えない、あっけらかんとした患者も増えてきた。一部の心無い医師の宣伝に惑わされてか、化粧感覚で手術を受に来る患者には、こちらが戸惑ってしまうのが現状である。
by n_shioya | 2008-01-28 23:54 | 手術 | Comments(3)
明日出来ることは今日するな
僕の運命を決定付けた一冊の本がある。いや性格には二冊組みであるが。
題名は「アート アンド プリンシプル オブ プラスティックサージャリー
著者はギリエスミラードという二人の20世紀を代表する形成外科の巨人の傑作である。

僕がアメリカで外科を修行中、将来は脳外科をやるか、いや心臓外科にすべきかなど迷っていたとき、“違う、お前は形成外科に進むべきだ”と、決心させたのがこの名著である。
入門書でもない、歴史でもない、テクニックでもない、いやそのすべてであり、しかも“形成外科のエスプリ”を余すことなく伝えてくれた魅力的な著書である。

この中で著者たちは形成外科医の守るべき10か条の心得を挙げている。
その中の一つ“明日できることは今日するな。”というのが僕を魅了した。
早とちりしては困る。決してこれは事なかれ主義の霞ヶ関の村民たちの、“先送り体質”を奨励しているわけではない。

そもそも形成外科手術は熱傷や外傷などを除き、一刻を争うものは少ない。
むしろじっくり時間を掛けて問題を分析し、頭の中で手術法を練りに練って、最適と思われる方法に絞り込めたところでメスを入れるべきで、とりあえずの行きあたりばったりの手術はつつしめという戒めである。

ある意味で形成外科の手術にはルーティンはなく、すべて応用問題といってよい。
しかも他の手術と違って、先へすすめなくなったらいったんメスを収め、間をおいて手術を再開することも可能な分野である。
また、手術の種類によっては、二回、三回とステージを分けて手術を行ったほうが安全な場合がある。

第二の理由としては、これが一番多いケースだが、当初目立つ傷跡でも、日にちが経つに連れ自然に目立たなくなることが多い。外傷などでは、受傷当時は細かい細工がしにくいし、また感染を誘発しやすい。
とりあえずは傷をふさぎ、半年、一年たって再評価して、目立つ部分だけを対象にすれば、修正の範囲も少なくてすむし、また操作もしやすくなる。

また小児の場合は、機能障害や生活に支障がない限り、成人するのを待って手術を行えば、子供のときには入院して全身麻酔が必要だったのが、局部麻酔で通いの手術で済む場合もあり、また術後の管理もしやすいというメリットがある。

つまり、形成外科では、“待つ”ことも治療の重要な一環であることが多い。

これほど大切な一か条だが、実は学生には教えないことにしている。
最初の講義でこれを得々と説いたら、その日から彼らは勉強しなくなったからである。

だから、美女軍団の皆さん!
スキンケアだけは、“今日出来ることを明日に延ばす”と後悔しますぞ、と脅しをかけるのは、目下当方は画期的なアンチエイジング化粧品を懸命に開発中だからである。
by n_shioya | 2008-01-22 22:39 | 手術 | Comments(4)
形成外科医は器用でなければ務まらないか?
形成外科医になりたいけど、器用でなければだめですか?”と聞かれることがしばしばある。
僕はこう答えることにしている。
"そんなことはありません。当たり前の手を持っていれば、誰でもなれますよ。僕を見なさい。”と。
すると相手は、またはぐらかされたかという顔をするが、僕は真面目である。

もちろん器用であることに越したことはないが、大切なことは形成外科に魅せられることと、あとはその人の努力である。
下手の横好きは困るが、自分の腕を過信せず、地道に基本から積み上げ、計画性を会得し、確実な手技を習得することにある。
器用な人の中には時折、あまりプランニングをせず適当につじつまを合わせてしまい、大成しないことがある。

“でも美的センスは必要でしょう?”
これもよく聞かれる質問だ。
“僕はこれも並みのセンスで十分。”とお答えする。
一番の理由は、SF映画と違い、今の形成美容外科のレベルでは、顔を思い通り自由に変えることなど不可能だからだ。
たとえば造鼻術。眼や外傷で欠けた鼻を皮膚移植で再建しても、かろうじて鼻らしいものが出来るのが今の技術の限界を示している。
最も難しいのはペニスだ。機能ははじめから諦めても、形状すら大浴場で他人様に開陳できる代物ではない。
余談になるが、性転換の手術で、男から女は比較的容易だが、その反対は難渋するのはそのためである。

必要なのは美的センスよりも美に対するこだわりだろう。仕上がりに対するあくなき執念。この点でも僕は失格者だと自認している。
仕上がりの完璧さを追求するほどリスクは高まり、僕の場合外科医としての判断がストップをかけてしまうからだ。
だが僕は、患者の心臓が止まっても、まったく気づかずに夢中で細工を続けた名工?を知っている。

そこまでいかなくても最も恐いリスクは、細工に凝りすぎて皮膚が死んでしまうことだ。血流が断たれてしまうからである。
20世紀の名形成外科医ラルフ・ミラード
形成外科とは美と血流の永遠の相克である。”と喝破したのはこのことである。
さすがミラード先生、洒落たことをおっしゃいますね。
by n_shioya | 2008-01-17 21:37 | 手術 | Comments(0)
悪徳美容外科医から身を守る方法
僕がアメリカ留学を終え、形成外科医として日本に戻ってきたとき、直面したのは跳梁跋扈する悪徳美容外科医の群れだった。
その頃まともな形成外科医は十指にも満たず、必死に形成外科の確立に努力いる彼らの足を引っ張っているのが、いわゆる“美容整形医”のでたらめな手術とその被害者の存在であった。
この図式は今もまだあまり変わりはない。

ちょうどその頃、豊胸術による死亡が話題となった。ある福島の女性が、日比谷の某クリニックで豊胸のためにパラフィンの注入を受け、それが静脈に間違って入り、肺に飛んで呼吸困難で死亡したのである。
今問題になっている下肢の静脈血栓が肺を詰まらせる、エコノミー症候群と同じ現象である。
その頃注入物質としてシリコンが使われ始め、すでにそのトラブルが問題視されていたとき、それよりはるかに劣悪なパラフィンを人体に注入すること自体犯罪行為であった。
その後、鼻の美容整形と称して、大切な鼻の軟骨を皆抜かれ、救いようのないつぶれた鼻に泣く女性。
下眼瞼の皺をとりすぎて生じたアカンベー。更には誇大宣伝で有名な某クリニックでは、脂肪吸引と称して腹部の内臓に穴を開けて、患者を死なせてしまう。
まさに魑魅魍魎の世界である。

何故このようなことが許されるのか。
まず、法律的には医師免許さえあれば、誰でも今日からでも何科を開業してもかまわない。たとえば僕が明日から産婦人科を名乗っても一向に構わない、ただ、僕にその勇気がないのと、どうせ患者も来ないことも確かである。

今の保険で締め付けられた日本の医療の中で、美容外科は唯一保険の効かない、自由診療の分野である。つまり、安い報酬と過酷な労働を強いられる保険制度に嫌気がさした医師にとって、言い方は悪いが唯一“うまみのある分野”である。そしてみな、メスを手にしたことのない医師まで、美容外科にシフトして行く。

反面、医師の広告規制は厳しく、つい最近まで、自分が専門医であることすら広告できなかった。これは美容外科に関しては今も変わらない。

更に美容外科の世界では、お忍びで手術を受けるがるため、患者の“口コミ”が期待できない。
したがって唯一の判断基準として、“テレビの露出度”が高いほどいい医者と、一般の人は信じ込む。
もちろん正しい啓蒙番組なら大歓迎だが、マスコミのスタンスは、イヤー美容はイカガワシイのでちょっとまだ、としり込みするくせに、その同じ局でワイドショウ的に、またお笑い番組で美容外科を面白おかしく取り上げ、そのイカガワシサをあおっている。

では安心できる美容外科医の選択基準は?
①形成外科の専門医であること(これは必要最低条件と考えて欲しい)
②その上で美容外科のトレーニングを積んでいること
誇大宣伝に走らないこと。テレビのモニター手術など言語道断である。美容外科も立派な医療の一つ。お笑いの対象にすべきものではない。
④悩みをよく聞いて、説明を十分にし、手術を受けるかどうかの決定は患者にゆだね、決して手術を売り込まない
⑤そしてもちろん腕が確かなこと。

だが、この条件を満たす医師は数が少ないんですな。
今は金と宣伝で“悪貨が良貨を駆逐せん”としている。
じゃどうすればいいの?
具体的に良貨の名前を提示する以外にないですな、考えて見ましょう。
by n_shioya | 2008-01-15 17:05 | 手術 | Comments(9)
神の手とは?
神の手“という言葉が流行っている。
手術の名手”を誇張した言い方だろうが、いかにもマスコミ好みのキャッチワードで正直言ってあまり好きでない。

今日も美女軍団の一人に聞かれた“先生、神の手ってほんとうにあるんですか?”
むむ、と返答に窮した。
ないよ、といえば己が神の手を持ってないことの僻みととられそうだし、あるといえば、マスコミの軽薄なセンセーショナリズムに迎合することになる。

確かに外科医にも上手い下手はある。だが何を持って上手いとするか、その評価基準はまちまちである。

一口に手術といってもそれぞれで目的が違う。
緊急を要する救命の手術なら、命が助かること。たとえばくも膜下出血や盲腸炎の手術。
癌の手術では、当然ながら病巣を完全に取りきって再発を防止すること。
だが、整形外科のように機能回復が目的なら、たとえば関節なりが動くようになること。
これが形成外科となると、顔かたちが本人の希望通りに復元されること。
美容外科はもっと難しい。本人の変身願望をかなえて、コンプレックスを解消すること。
いずれの場合も目的を達成し、かつ後遺症はゼロか最小限に抑えること。
つまりは結果がすべてであって、テレビ写りのよい手さばきの鮮やかさとか、執刀時間の驚異的な短さなどは、同じ結果を生むならばという二次的な評価対象に過ぎない。

これはひとえに麻酔の発達のおかげでもある。
今の麻酔の危険性は導入覚醒時にあり、持続時間はあまり関係ないから、大動脈瘤の破裂のように、寸秒を争う場合を除いて、落ち着いて手術ができるようになったからである。

手さばきにしても、せかせか忙しいのがよいわけではない。糸結びのような簡単な操作でも、焦って2回3回とやり直すよりも、丁寧に一回で済ませたほうが時間も節約になる。
一番よくないのは、あっちをいじったり、こっちをいじったりもたもたが続く手術である。時間を取るだけで、結果も思わしくないことが多い。ただこういうときは当の本人も何をやっているのかわからないことが多いので、やむをえない??

また、よくハンドルを握ると人格が変わる人がいるが、メスを持つと人格が変わるというか本性が出てしまうようだ。

そのため、手術の上手下手を一番よく知っているのは麻酔医である、術中に露呈される人物像を含め。
麻酔医はいろいろな人いのろいろな手術にいつも立ち会わされるからである。
医学部で外科系の教授選のとき、当該候補者の勤務先の大学の麻酔科教授に、そっと評価をお伺いすることがしばしばあるのはそのためである。

前置きが長くなったが結論を言おう。
僕は“神の手”は誤解を招く表現だと思うし、また“神の手”をまねることもない。
それよりも、外科医が目指すべきは、“神の意思”に従って患者のために動くような手を目指すべきと思う。
この場合、指先以上に大事なのは、神の意思を戴した“判断力”である。
これこそが外科医の真骨頂と言うべきであろう。
by n_shioya | 2008-01-11 20:54 | 手術 | Comments(9)
医者の医者選び
昨日の続きで、何故医者は自分の医者選びに苦労するかという話をする。

まず、医者であると、医療の裏側を知りすぎている。
世間的には名医で通っているがその実・・・、とか、あいつは手術は熱心だが、症例を増やして教授を有利に運ぼうとしているとか,この治療はメリットに比べてリスクは無視できると患者に入っても、自分じゃやっぱりリスクにこだわったりなどなど。

反面、こと手術に関する限り、他科の医師の実力など、執刀する姿を見せてもらわない限り、分かるものではない。
また、手術の腕のよしあしは、色々な要素で決まるので、一概に誰が名手とは言いにくいこともある。この問題はいわゆる“神の手”を含め、別の機会に論じたい。

更に教授職にあれば政治的な配慮も必要になる。
他大学には自分の抱えている疾患の名医がいると分かっても、同僚の面子を立てて自分の大学で受けざるを得ないとか。
たとえば心臓外科では、日本ではあそこが一番と誰もが知っていても、仲間を裏切るわけにいかず、ホノルルへ逃避したりした教授もいた。それはたまたまホノルルに名医がいたからでもあるが。

ところでこれからどこか医者にかかりたいが、というご相談のときは、まだ幸いクラスメートでも現役がいるのでそのつてか、また、後輩や弟子たちを通じて探してあげることにしている。
だが、どなたでもやはりかかりつけの医師というのを持つべきと思う。その人のライフスタイルをのみ込んで、また、家族構成も熟知してくれてる医師が。

昔は内科の開業医がそういう役目をしていた。今は内科医もそれぞれの専門に分かれてしまった。
だから逆に、かかりつけ医師は何科でもかまわない、必要に応じて専門医に紹介するだけの器量ネットワークを持っていれば。

数年前に始まって物議をかもしている2年の研修制度も、また、プライマリーフィジシャンという職種も、すべての医師に交通整理の基本能力を持たせるためのものとして、色々と問題はあるが育てていかねばならぬだろう。
by n_shioya | 2008-01-07 22:12 | 手術 | Comments(0)
医者選びのコツ
現役を退いた今でも、医者の紹介を頼まれることはしばしばある。
これが意外に難しい。
医者であっても自分の医者選びには頭を悩ますことが多い。

そもそもいい医者とは何だろう。
まず腕がいいこと、これには診断が確かで、治療、外科の場合は手術になるが、その腕がいいこと。
もちろん最新の知識にも通暁していること。
また、いくら腕が良くても、頭が良くても、おっかない先生は遠慮したい。つまりこちらの聞きたいことには分かりやすく、親切に説明してくれるないと困る。
じゃ、お前はどうだったと聞かれると忸怩たるものがあるが。

医者の紹介を頼まれた場合、僕はまずすでに誰かにかかっているかどうかを確かめる。
原則として、医者を変えるのは反対だからだ。
よほど特殊な病気であったり、その医者が医者仲間で定評のヘボ医悪徳医師なら別だが、通常は医者を変えればすべて検査をしなおしたり、同じことでも医師によって説明のニュアンスが違うと却って迷いが深くなるからである。
また、言い方は悪いかも知れぬが、並みの病並みの医師に任せたほうが無難である。

唯最近は“セカンドオピニオン”という考えが定着してきて、必ずしも転医のためではなく、とりあえず別の医師の意見を聞いて確かめたければ便宜を図りましょうと、セカンドオピニオン外来というのも生まれてきたので、活用されると良い。
ことに手術が必要な場合、外科医としては考え抜いた結論でも、突然手術といわれれば、素人でなくても、エッ、切らないと駄目ですか、とまずショックを受けるのが普通だろう。そこでセカンドオピニオンもやはり手術となれば、諦めもつくというものだ。
もちろん、“札付きの医師”の犠牲からもまぬかれることも出来る。

かってイエズス会の神父さんから相談を受けたことがある。カトリック系の病院で大腸がんで手術が必要を言われたという。やはり癌センターで手術を受けたほうが安心なのではという悩みだった。
話を聞いてみると、唯普通の大腸がんで、手術もルーティンのものである。幸い僕もそのカトリック病院と関係があり、外科部長も信頼できる方と知っていたので、たってと言われれば癌センターもご紹介できますが、今の病院でなんら問題ないし、院長も主任看護婦もカトリックで、むしろカトリック司祭にとっては、何かと好都合ではないか、また、入院環境も世俗の病院よりも優れているのではないか、と申し上げた。
だが、神父でもこんな時、世俗的に悩むものかと、いささかがっかりしたのも本音である。

そこで、医療というものは、医師とか看護師とか、また、医療設備とかいったものだけでなく、それ以上の次元の働きに、“神のご加護”とは言わなかったが、助けられるものだなど、“釈迦に説法”のようなことを付け加えた覚えがある。
そしてまた、良い医療を生み出すのは医師と患者の信頼関係であること。つまりこの先生にならすべてお任せします、たとえ結果はどうあろうと、と言うくらいの信頼が生まれれば、医師の力も最高のものが発揮されるものですよ。

このような僕のつたない説明に神父さんは納得してくださり、そのカトリック病院で手術を受けられた。
幸いに経過は良好で、30年たった今も、故国のハンガリーでまだ司祭として活躍されている。

医師自身の医者選びはまた別の難しさがあるので、次回に回す。
by n_shioya | 2008-01-06 20:27 | 手術 | Comments(14)
ビューティ・ジャンキーズ
先週はある一冊の本に取り付かれ、すっかりはまり込んで、昨日やっと読み終えた。
これをどうブログで紹介したものか、頭を悩ませている。

題して“ビューティ ジャンキーズ
著者のアレックス・クジンスキーニューヨークタイムズビューティコラムライターである。

内容は最近のグロテスクとも言えるアメリカの、殊にユーヨーク、ロスアンジェレスの女性たちの間の美容外科ブームの赤裸々なドキュメンタリーである。

患者や外科医の取材も入念で、自身の体験も交え、トピックスもボトックス脂肪吸引から、ヒアルロン酸注入等々、最新の話題を網羅している。

ジャンキーズと著者が呼んでいるように、一部かもしれないが本当とすれば、アメリカの女性たちの美容医療へののめりこみは、気違いじみてているというか、恐ろしくさえある。
たとえば豊胸術。昔はなるべく自然に、やった跡も残らぬよう苦心したものだが、今は唯、ひたすら大きいことはいいことだ、とむしろ人工物が入っていることを誇示する傾向になっているという。
また、ボトックスで皺だけでなく、表情筋の動きを止め、文字通りポーカーフェースでラスベガスで荒稼ぎをするなど、続々と興味をそそる話題が続いていく。

そうこんな話もあった。最近、肥満に対して、胃腸を切除したりバイパスして、消化不良で減量を謀る手術も盛んだが、その後だぶついた皮膚がエプロンのようにひざに達し、それをばっさりと取り除く形成術も必要になるという。

アメリカで起こることは数年の遅れで日本にもはやり始めるのが今までの習いである。
こんな“狂気の世界”が持ち込まれぬよう、また、一部の心無き医師がその風潮をあおる前に、このブログでおいおい彼の地のビューティ・ジャンキー達の実態をご紹介せねばとも思っているが、手っ取り早いのは、どなたかご興味ある方がこの本を翻訳して出版してくだされば、既にコマーシャリズムの餌食になっている日本の美容外科医とその患者さんたちへの警鐘にもなるだろう。

付け加えたいことがまだ二つある。
かつてアメリカの広告規制は厳しかった。それに反して日本は野放しとも言える状態だった。
今はアメリカの宣伝のほうがはるかに破廉恥である。

今ひとつは、まやかし美容外科医の横行である。唯これに対してはやはりまだ、アメリカのほうが自主規制が働いている。それはアメリカ形成外科学会の努力のおかげだ。
日本では、偽医者とは言わぬが、メスも持てないインチキ美容外科医が横行し、まだ犠牲者を出し続けている。

この間の事情は、拙著“美容外科の真実”(ブルーバックス)に詳述しているので省略するが、今テレビで派手に宣伝している美容外科医の相当数は危ないと思ったほうがよい。
では、安心できる美容外科医を探すには?
まず日本美容医療協会に問い合わせていただきたい。そして日本形成外科学会の専門医の資格を最低必要条件として、お考えいただきたい。


by n_shioya | 2007-12-17 20:59 | 手術 | Comments(1)
美女軍団小田原へ
最近美女軍団の露出が減ったが?
と熱烈なファンから問い合わせがあった。
決して消えたわけではなく、美女は美女を呼んで急増し、銀座の美女軍団はとても数枚のフォトには収まりきらなくなったのである。

というわけで今日はその半分がヒルトン小田原に集合したのでご披露する。
美女軍団の熱気でシャッターを押した若いウェイターのカメラが手ぶれをしたのはご勘弁いただきたい。

ここは元スパウザ小田原といって、悪名高き年金流用で立ち行かなくなった保養施設を、ヒルトンがリニューアルして、ドイツのバーデンバーデンにも負けないスパに変身したのである。

本場のカラカラテルメと同様、各種プール、ジャグジー、サウナ、エステ等すべて完備している。
ただバーデン・バーデンでは、サウナだけは男女が同室で生まれたままの姿でホットサウナを楽しむが、ここでは水着着用となっているのは無粋な限りである。
by n_shioya | 2007-11-04 21:15 | 手術 | Comments(0)




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