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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
華々しくスタートしたメディケアレジデンス、バーリントンハウス馬事公苑だったが、本体のグッドウィルグループの不手際で、手放すこととなったのはご承知のとおり。
幸いゼクス・グループがエンジェルの手を差し伸べ、今まで以上に安定して快適な老後生活が居住者に保障されることとなり、僕も顧問を続けることになった。 そのゼクスグループではすでにアクティブエイジという子会社が、ハイグレードな高齢者用レジデンス、チャーミングスクエア・シリーズを展開しているが、その五番目の「チャーミングスクエア白金」が完成し、昨日内覧会が開催された。 ロケーションは抜群で、僕が客員部長を勤めている北里研究所病院から歩いて5分ぐらいの白金台にある。 パブリックスペースが贅沢にとられており、クリニック、エステ、ビリヤードそしてもちろんしゃれた造りのレストランも準備されている。 僕も明日からでも、と思ったが何せ先立つものがない。 これからもクリニックでせっせと額に汗して、いずれは終の棲家をここにと夢見ながら、当分は苫屋住まいを続けることとする。 ![]() ![]() ![]() ![]()
山下町の運河沿いに、ボンセジュールという白い洒落たマンションがある。
ちょうど首都高の新山下入り口の手前にあり、毎朝車で通り過ぎながら、どんなところかなと、いささか興味をそそられていた。 ![]() それが、今度グッドウィルのバーリントンハウス馬事公苑を引き継いだゼクス・グループの運営する介護付有料老人ホームとわかり、ゼクスの方にご案内を願った。 五階建てで約80戸。 共通のスペースは広々として、内装は明るく清潔感に溢れている。屋上には庭園もあり、見晴らしも良い。 気に入った。 運河沿いにカフェテラスでもあれば申し分ない。 一ブロックはなれたところには、我々がよくお世話になるみなと赤十字病院もある。その院長はかつての北里大学での同僚である。 我が家からは歩いても10分ほど。 ![]() 何かにつけ、マンション暮らしの気楽さが羨ましくなってきたこのごろである。 そろそろ終の棲家として移り住みたいですね、と半ば本気で施設長に申し上げると、介護認定をお受けになればいつでもどうぞ、とおっしゃる。 つまり残念ながらまだ入居資格はないということらしい。
特養に親父を見舞ってきた。
もうほとんど何時も眠っている。 無理に起こしても、僕だということもわからないようだ。 いつもながら、認知症のヒトから見た世界はどんなものかしら、表現できないだけで、意外に良く見えているのかもしれないなど、想像を逞しゅうする。 目をつぶって、時々腹をぴくぴく動かしているのは、例の塩谷式正心調息法を試みてるのかもしれない。ご存知の方も居られるかもしれないが、それは一種の腹式呼吸である。 介護士の方の話では特に変わりはなく、ほとんど寝たきりだが、昼食だけは時折、車椅子で皆と一緒に食べさせるという。 とても食欲はおありですよ、全部召し上がります。と介護士の方は面白そうにいう。 “胃袋が呼吸している”といった感じなのだろうか。 いつものように配偶者が花と榊を入れ替えるのを待って、特養を後にした。 それにしても介護の方々の献身的な介護には頭が下がる。しかも皆若い人たちだ。ゆめ、今時の若いものは、などと言わせるべきでない。 家族として、また顧問的な立場で色々な介護施設に関わっていると、現場の方たちの熱意には心を打たれる。 これはあの今悪者扱いにされているコムスンでも同じことだった。たとえ経営者が何をしてこようと、現場の人たちは献身的な介護を続けてきた。 また、コムスンにしても、このあまりにも複雑で矛盾だらけの制度の中で、何とか成り立たせようと無理をした結果が、最近起こった諸問題だと思いたい。 “医療崩壊”も源は同じといえるが、高騰する物価と医療費、それと反比例して減少する財源。 この逆境の中で如何にに高齢者のQOLを維持して行くか、NPO法人アンチエイジングネットワークの理事長の責務は大きい。
“有美女遠方来不亦楽乎”
文字化けではありません。 「友あり遠方より来る、また楽しからずや(有朋自遠方来不亦楽乎)」という有名な孔子の句を塩谷流に読み替えただけである。 ![]() その美女はゼクスからおいでになった。 ゼクスは高級老人ホームに力を入れている企業で、崩壊寸前のコムスンに救いの手を差し伸べてくれた、エンジェルである。 正直言って今回の折口バッシングはいささか常軌を逸している感があるが、いずれにしても気の毒なのは現在の居住者であり、これで一安心されたと思う。 そのエンジェルに今日の昼はフレンチをご馳走になり、バーリントンの今後について見通しを伺った。 僕は個人的には折口君の目指したものは、正しかったと思う。ただ、あまりにも無理と、あえて言えば無駄が多かったのは事実である。 だがその理念はゼクスとしても引き継いでいきたいという。 高齢者の生活環境の問題は、明日はわが身である。 僕はこれからも医師の立場でゼクスのお手伝いをすることとした。 夜はサントリーホールでN響の定期公演。 指揮はブロムシュテット。もう80歳だ。 曲目はシューベルトの交響曲8番グレートとマーラーのさすらう若者の歌である。 正直言って僕はグレートは苦手である。はっきり言って退屈だ。やはりシューベルトはリートの神様だが、大曲の構想は無理なのではなかったろうか。 マーラーを歌ったドイツの若手のバリトン、ゲルハーヘルは素晴らしかった。フィッシャー・ディスカウの立派な跡継ぎといえるが、ハイ・バリの美声で、最近引退した名テノールペーター・シュライヤーの穴も埋めてくれそうだ。 もらったチラシでは、来週の夜「美しき水車小屋の娘」のリサイタルをやるそうで、是非聴きたい! だがその日の午後は埼玉の劇場で蜷川、平幹二郎のリア王を見る予定だ。 昼間リア王、夜水車小屋では、あまりにも悲しい一日になってしまいそうで、今悩んでいる。
このところコムソンバッシングが華やかである。
その傘下バーリントンハウスに多少とも関わるものとしては、その成り行きは非常に気がかりであるが、今のところ静観する以外になさそうだ。 だが、報道を見る限りこの問題は介護業界に共通した問題のようで、その根底には介護保険そのものの問題があるようで、根は深そうである。
又一つバーリントンハウスが誕生した。
今度は吉祥寺である。 広さは馬事公苑の倍以上あるそうだが、細部までの凝りようはやはり折口流。 例えばピアノにしても馬事がスタインウェイの150周年記念の150台限定版のひとつなら、こちらはベッヒシュタインがリストのために作ったと言ういわくつきの逸品。 ![]() あいにくの雨で中央高速が事故で大渋滞。 やっと顧問としてのご挨拶には間に合ったが、ご依頼を受けていたその前のテープカットには遅れてしまった。実は僕、テープカットは初めてなので楽しみにしていたのだが。 ![]() その後は懇親パーティで、松井院長、土本さんら銀座グループの方々は、これもバーリントン御自慢のご馳走を楽しまれたようだが、僕は又、埼玉医大の市岡教授の就任祝いということで、東京に舞い戻った。 ![]()
今日はバーリントンハウスの新しく編成された医療チームの合同会議があった。
馬事公苑もこれで一年。 その経験を踏まえ、今度オープンする吉祥寺のバーリントンハウスの運営について、関係者一同で突っ込んだ議論がかわされた。 グッドウィル・グループのこの意欲的な試みが、順調に発展することを祈っている。 ![]()
夕方、銀座クリニックの仕事にけりをつけ、第二回「夢を語り合う会」に出かけようとした時、配偶者から電話が入った。
仕事場に電話することを極度に遠慮する彼女には珍しいことである。(彼女は男にとって仕事場は神聖なものと誤解してくれている) お袋が心不全になってケアホテルから病院に運ばれ、妹が向かっていると言う。 99%親不孝な僕は、それじゃ取りあえずは妹から容態を聞いてからと思い、会合の場所に連絡をくれるよう頼んで電話を切った。 だが数分もしないうちに、僅か1%ほどの親思いの部分が急に膨れ上がり、又、妹に任せっぱなしというのも気がとがめ始め、急遽会合の参加をキャンセルし、湾岸道路を許容範囲内のスピードオーバーで走り続けた。 その間僕の頭はただの空騒ぎであるよう念じながら、最悪の事態まで想定し、其の両極端を揺れ動いていた。 ケアホテルの対応は何時も慎重で、ちょっとの異変でもすぐ入院と言うことが過去に何度かあったが、反面、99歳の老婆なら何が起こっても不思議はない年齢である。 最悪の方に頭が振れているときは、子供時代の母親がしきりと脳裏に浮かぶ。 意気地なし、人に勝ちたいと思わないの、とののしるあの勝気な母がいなければ、良くも悪くも今の僕はなかった筈である。 試験も大嫌いで、それから逃れるためなら中学など行かなくていいとさえ思った。 其の本音をちらと洩らした時のお袋の憤怒と絶望の形相は今でも目に浮かぶ。 お袋はクリスチャンではないが、葬式は教会でして欲しいといってたのも思い出した。 でも、教会は信仰の場で決して儀式のためにあるのではない、プロトコール重視のメンタリティは外務省の役人に任せればよいと言う拒否反応も頭をもたげるが、反面、私はあの賛美歌と白い献花で送られたいのという気持ちも無視できない、どうしたものだろうと先走って悩んでいる内に病院についてしまった。 病棟の入り口には妹が待ち構えていた。 “大丈夫、大丈夫。もうだいぶ回復したし、しばらくこのまま酸素吸入を続ければ落ち着くでしょうって。” “なんだそうか。やっぱ勝気なだけあって、しぶといなお袋は。” 僕は答えた。 勿論、往生際が悪いなど罰当たりな言葉は口にはしなかったが。 だがほっとするとすぐに親不孝がみるみる膨れあがって99%を占め、又親孝行を1%に押さえ込んでしまったことは確かである。
今日は「夢を語り合う会」と言う不思議な会に出席した。
夢を語るだけでは腹の足しにならぬのでは、と不埒なことを考えながら出かけたが、ご馳走は出るし、夢は膨らむしで、物心ともに満足して帰ってきた。 発案者は僕がエステに関っていたとき大変お世話になった井上さんである。 参加者は老年看護学の教授をはじめとして、看護師、エステ関係者、麻酔医等々で皆美と健康に何らかの形で関っている方たちで、僕と井上さん以外は女性ばかりであった。しかも美女ぞろいである。井上さんもなかなか隅に置けない。 串焼き料理を頬張りながら、皆さんそれぞれ今のお仕事、其の隘路、そしてこれから実現したい夢など語られ、これから一致協力して美と健康の分野で社会貢献しすることによって、自分達の生きがいを造りだしていこうと言う主旨だった。 第一回目である。まだ話は漠としているが、美女軍団の自称顧問としては聞き捨てならない話であり、今後の発展を期待している。 話のなかで一つ非常に気になったのは、看護師さんの中で、燃え尽き症候群で職場を去っていく人が多いということだ。それも優秀な人に限って。 過酷な労働条件ということもあるが、その努力が報われない、報酬と言うことではなく、やりがいひいては生きがいを見失ってしまうとでも言うべきか。 これには今の保険制度の矛盾など行政の責任もあるが、医師側としても看護師さんそして広くはコメディカルの方々を自分達の命令どおり唯々諾々と動く手足と考えず、共通の目的のためのパートナーとして接するよう、まだまだ意識の変革が必要であると痛感した。 ![]()
老人にとってもっとも恐ろしいのは孤独である。
話し相手が欲しい。 こんな冗談をよく聞かされる。 あるクリニックの待合室が、老人の集会所になっていた。 あれ、今日は○○さんはどうしたの? ああ、なんか風邪を引いたそうだよ。 これが作り話とも思えない年齢に僕もなってきた。 そこで対話士の出番になる。 それを養成するのがメンタルケア協会である。 今年で十三年。今度財団法人に衣替えして、更なる活動にまい進することとなった。 今日は其の設立理事会。 石頭の役人を説き伏せて、よく短期間にここまでこぎつけましたねと、長木大三先生、佐藤理事長そして長木専務理事にお祝いを申し上たい。 殆どが僕より長老なので、何時もの調子で一人でヘラヘラしゃべっている内に、つい口が滑って大体役人は国民の税金を預かっているの言う感覚がゼロで、補助金を出す時も金をつけてやる、と言った態度がいやらしい、と言ったら向かいの長木専務理事が、慌てて僕の隣の方に気をつけるようサインを出した。 よく見ると霞ヶ関の某中央省庁の元事務次官の方だった。 大変失礼しました。この場を借りてお詫びいたします。 ![]() < 前のページ次のページ >
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![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日) by n_shioya 以前の記事
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