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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
今日は実に愉快な食事会で、10年は若返ったろう。
飲み、食らいかつ活談論風発。 メンバーは群馬大学の皮膚科の阿部講師、大阪医大の看護学の松尾講師、そしてパラマウントベッドの方々である。 ![]() ![]() 明日開催のパラマウント主催の「褥瘡対策セミナー」の打ち合わせだったが、阿部講師の父君は今は松江で開業されているが、形成外科学会でのポン友。優秀な形成外科医であるばかりでなく、玄人はだしの落語家。学会のたびに余興で楽しませてくださった。 講師は僕が敬愛する真田軍団のメンバーである。 肝心の打ち合わせはどこやら、食いものや、外国旅行の思い出に話は弾んだ。 レストランは京橋ドン・ピエール。 不覚にも僕は知らなかったが、20数年の歴史のあるフレンチ・レストランである。久しぶりに、血糖値やコレステロールを忘れて、フレンチを堪能した。 アンチエイジングの輩がなんと言おうと、A1cは4月から上限が5,8から7.2に昇格すると言うし、コレステロールは高めの方が癌の発生は少ないと言う人もいるではないか。 とはいっても、この週末はカロリー・リストリクションに戻ることにするが。
数日前、長男の友人である電通のT局長とランチを一緒にした。
前にも書いたが、我が家には五人子供がいて、それぞれにまた何人かの友達がいるので、子供たちの出入りは絶えなかった。 山小屋には総勢30人ほどが雑魚寝したこともあるという。こうなるとどれが自分の子か区別がつきがたいことあるが、あまり気にもならなかった。皆僕の子供だった、相手様はどう感じていたか知らないが。 T君の父親は、手術の後に重症肝炎を併発して、20年ほど前に亡くなった。 母上は数年前から認知症になり、特養に入っておられる。 配偶者から、母上のことは話題にしないようにといわれていたので、食事中には全く話しは出なかったが、別れ際に彼から雑誌のコッピーを渡された。 頼まれて親の思い出を描いたので、あとで読んで欲しいという。 “一寸美化してますが”、と照れ臭そうである。 そこには、息子を夫と思い込んでいる母親が、夫との楽しい思い出を懐かしむ様がほのぼのと温かく描かれていた。 それは一遍のお伽話でもあった。 丁度、アンデルセンの自伝が、作品の中で最も優れたお伽話だったと言われるように。 またゲーテが自分の伝記をあえて「詩と真実」となづけたのは、詩と真実を並列したのではなく、詩のなかにこそ真実が宿ると言いたかったからではなかろうか。 僕の両親も残された数年は認知症の世界で暮らしていた。 自分の親が目の前で崩壊していくのを見るほど辛いことはない。そのためか僕の親に対する気持ちは決して温かいものとはいえなかった。 君は本当に親孝行だね、T君。
今日は僕が話をする番になった。
![]() 同じゼクスの「チャーミング・スクエア」だが、今日の集まりの場所は「チャーミング・スクエア本郷」で、東大農学部に隣接している。 本郷は医学部の4年間通った場所である。懐かしいはずだが、近隣の代わり様にびっくりしてしまった。 卒業してすぐ渡米し、帰国してからは東大病院に来ることはあっても、あまり近辺をうろつくことがなかったからである。 そう、医学部の頃はスランプで、それも入学してから卒業までの長期スランプで、学校に来てもキャンパスの外をうろついていることが多かった。 入学後まもなく赤門前にルオーというコーヒーショップができて、昼はカレーも食べさせてくれ、そこで過ごす時間が最も長かったように思う。そのルオーはまだ残っているようだ。 ところで僕の講演だが、昨日の大内女史のお話のインパクトが強く、話をしながらも、参加者の皆さんに対するアンチエイジングの心得より、すぐ自分の老後のことに頭が言ってしまい、いささか脈絡を欠くトークになってしまった。 誰でも出来ることなら自分の家で最後まで生活し、ある日コロリと逝ければと願うに違いない。 だが現在、先進国での平均寿命が80歳前後だが、最後の5年間は要介護と言うのも、これまた先進国の平均であることは、僕自身、アンチエイジングのレクチャーで何時も口にしていることだ。 その時どうするか? 一年前に次男に問い詰められたことがある。 そうなったらどうして欲しいか、つまり施設に入るかどうか、覚悟のほどを今から意思表示をして欲しい、それも書面で。 その時はまだあまりピンとこなかった、少なくも自分の問題としては。 あまり先のことを心配しても始まらないかもしれない。だがこの先、何が起こるか分からない。その時の選択肢に関して、もうそろそろ検討を始めてもよさそうだ。なにもネガティブにだけ考えてるわけではない。ただ、確実に自由度は失われていくわけだから、自律を保ちながら余生を楽しむ術、なんじゃない僕が常日頃人に説いている「高齢者のQOL」の維持を、自分の問題として取り組むことに尽きるのではないだろうか。 ここにきてその選択肢の一つとして、例えばチャーミング・スクエアのような居住空間も「終の棲家」として意識するようになり、この言行不一致の男がいささかうろたえているというのが本音である。
数日前、叔母から電話があり、叔父が嚥下障害で入院しているが今後のことを相談したいという。
親父の末弟で、ほかの兄弟や、おふくろの兄弟はすでに皆無くなっているので、残された唯一の叔父である。もう90歳を超えている。 電話で簡単に話を聞いただけなので、嚥下障害の原因が何かどの程度かはっきりしないが、問題はこれからである。 だいぶ以前から足腰が弱り、電話で話すことはあってもここ数年会ってはいないが、叔母が言うには体は元気で、頭もまだしっかりしているという。 ただ、固形物を飲み込めないので、とろみのものをゆっくり時間をかけて、吐かせたり、飲みこませたり、嚥下訓練のリハビリを受けているそうだ。 問題は今の保険制度で、長期の入院は不可能になってきている。かといって介護施設が満杯か、高額なのは御承知の通り。 一月以内には退院させろと言われているので、結局は家で面倒を見るしか方法はないのだろうか、と叔母は困惑しきった様子である。その叔母ももう90近いはずだ。 ここ数年の間に、僕も100歳前後の両親を看取って、今の日本の高齢者の介護と医療制度のありとあらゆる矛盾を体験したので、これは出口のない難問であることは熟知しているだけに、即答が出来なかった。 こと医療福祉に関しては、行政の対応は場当たりのパッチワークで、複雑怪奇になる一方で、いまだにその全貌が把握できない。 後期高齢者制度そして年金制度の打ち出し方や、対応の仕方でもわかるように、本音は「姥捨て山政策」へと舵取りをしようとしている。 たまたま近刊の雑誌に介護特集があったので、目を通したが、読むほどに複雑で、どの選択肢も一長一短があり、ならどうしたらよいかという答えは出てこない。とりあえずは今入院中の病院に見舞いに行き、現状を把握して、叔母の家族と相談するつもりである。
東京に住む息子の一人が訪ねてきた。
“親父、そろそろ先のことも考えておいた方がいいよ” “先って、老後のことか?” “何言ってんだよ、もう後期高齢者じゃないか” “ああ、逝っちまったときのことか?” “ちがう、ちがう。逝っちまってくれれば世話ないけど、認知症になったり、寝たきりになったりすると一番厄介なんだ” “じゃ、首でも絞めてくれるってのか。” “冗談はやめて本気で考えてくれないと、俺たちもこまっちゃうんだ。やっぱり本人の意思も尊重したいし・・・” つまり要介護になったらどうしてほしいか、自宅に出来るだけいたいのか、施設に入りたいのか、といったことらしい。 その時になって困るのは、お袋や子供たちだからともいう。 言われてみればそれはそうだ。 この数年、100歳前後の要介護の両親を抱えて、母親は2年前99で、父の方は昨年106歳寸前でなくなり、その後始末で追われてしまい、自分のことまで頭が及ばなかったし、また、誰でも考えたくない問題には違いないだろう。 要介護の状態、それを取り巻く日本の矛盾だらけの悲惨な状態を知り尽くしているだけに、そうなった場合、せめて自分の身辺をどうしてほしいか、子供たちにははっきり意思を伝えなければ、と悟った。 “わかった。じっくり考えて、結論を出す。” “じっくりなんて余裕ないかもしれないよ、親父の運転を見ていると。 すっと天国まで飛んでってくれればいいけど、なまじ心臓だけでも動いていたら一番たちが悪いからな。“ と悪たれをついて帰って行った。 持つべきものは親思いの息子である。
10年一昔と言うが、褥瘡学会を立ち上げてもう10回目。
今日は森口会長の晩餐会だった。 第十回日本褥瘡学会が明日から始まる。 「褥瘡って何?」なんてことはこのブログの愛読者なら言わないで欲しい。 “床ずれ”のこと。“トコズレ”。 でも呼び名が悪い。まるで寝て込んでしまうと、床ずれで皮膚が崩れてもしょうがないと言う印象を与える。 でも、“床ずれは防げます”。と叫び続けて10年。やっと介護の現場では浸透してきた。 でも実際にはある程度の専門知識と大変な労力とを必要とする。 二時間おきの体位交換。そしてスキンケア。 最近では減圧マットレスとか、介護用のベッドでいくらか労力は省けるようにはなった。 また一旦できた褥瘡にも、このブログで何度も取り上げたモダーンドレッシングによる湿潤療法で、回復も早くなった。 そして4年先に日本で開催される国際学会に向け、評議員会は大いに盛り上がった。 ところで晩餐会だが、余興として手品の名人が種明かしをかねて、森口会長に手ほどきをしてくれたが、形成手術よりも難しそうだった。 また海外の友人たちと旧交を温めることができ、楽しい一夜だった。 ![]() ![]() ![]() もしお家で寝たきり老人を抱えてお困りでしたら、ご一報ください。適当な対処法をご紹介します。 キズは乾かしてかさぶたを作るのは間違いで、傷口に染み出る体液を温存する湿潤療法が良いとは繰り返し書いてきたが、その為のモダーンドレッシングに新たな製品が登場した。スエーデンのメンリケ社のセーフタックドレッシングである。 今日はスエーデン大使館で、そのプレスリリースがあり、僕も湿潤療法の一般論とモダードレッシングの変遷をお話した。 セーフタックドレッシングはポリウレタンフォームが主体であるが、粘着財にシリコンの加工物を使い、密着性はよいが固着しないので、創面の痛みや障害が少なく、また周りの皮膚の浸軟が少ないというのが特徴のようである。 夜は橋本院長を迎えて丸一年になるバーリントンハウスの医療部門関係者の決起集会に出席した。 波乱万丈の一年と院長が言われたが、それどころではない、ジェットコースターにしがみついたような一年だった。 だがここでやっと再生のめどもつき、みなで祝杯を挙げた。 ![]() ![]() 橋本院長、中島さんそのほかの皆さん、本当にご苦労様でした、いやこれからもまだまだ難問が控えているが、みなで頑張って乗り切りましょう。
その施設はよみうりランドの隣の小高い丘に立っていた。
6階のレストランからは、もう今にもほころび始めそうな桜の木立に囲まれた、山並みが見渡せる。 “こんなところなら、私達も入りたいわ”配偶者が感嘆の声を上げる。 先立つものがあればね、という思いを言葉にはせず、運ばれてきた本日の病人食に箸をつけた。 ここは「よみうりランド慶友病院」である。 親父が回復したときの行き先を探さねば、ということで友人に紹介されて見学に来たのだが、院長とのアポには少し早くついた。 ちょうどランチタイムだったので、ちょうどいい、ここを試してみよう、ということになった。 量は控えめだが、味は上々の刺身定食をいただいて、院長室を訪れた。 院長は素晴らしい方であった。 人格者とはお聞きしていたが、柔和な笑顔でこちらの話をゆっくりと聞いてくださり、病院の受け入れ態勢をご説明くださった。 実はこの数日、容態は思わしくなく、今日、明日にでも異変が起こるかもしれない状態をお話しすると、“いや、百歳を超えた方というのは、不思議な生命力をお持ちのようですよ。今すぐ動かすのは無理でしょうが、よくなったら、そう、ちょうど桜の頃にでもお引き受けできればいいですね。ベッドはなんとでもしますから。”と言ってくださる。 話をお聞きするうちに僕も、もし今週末を乗り切れれば、あるいはこの快適な環境で親父を休ませることも可能かもしれない、と一縷の望みが出てきた。 それが昨日のことである。 そして今朝、血圧が下がり始めたのでという病院からの急報で、間に合わないのを覚悟で駆けつけると、幸い血圧は回復していた。勿論応答は無い。 今のところ落ち着いている。 今晩が山場だろう。 どんな短時間でもいい、あと2週間ほどで開花するはずの、この多摩丘陵の桜を見せてやりたい。
介護ベッドによる死亡というショッキングなニュースが飛び込んできた。
「広島赤十字・原爆病院(広島市中区)は10日、神経内科に入院中の60代男性患者が今年2月、ベッド側面の鉄製柵のすき間に首を挟み、呼吸不全などで死亡したと発表した。 病院によると、柵(幅約90センチ、高さ約40センチ)はベッド両側に2枚ずつあり、男性は右側面の2枚の柵の間にできた約6センチのすき間に首を挟んだ状態で発見された。病院側の処置で一時蘇生したが、11日後の同月28日に死亡した。 ベッドの製造販売会社は同病院に対し、プラスチック製安全装置をすき間上部に装着するよう文書で勧めていた。同病院では担当看護師か看護師長が装着について判断しているが、男性のベッドには付けていなかった。法的な義務はないという。」 今日の毎日ニュースである。 検索してみると、すでに経産省も次のような通告を出していることが分かった。 「介護ベッドの手すりに首を挟まれたりする事故が相次いでいることを受け、経済産業省は15日、製品に原因があるとみられる4件を公表した。 いずれもベッド脇の手すりが扉のように開閉する「スイングタイプ」で、介護用品の業界団体「日本福祉用具・生活支援用具協会」などは「生命にかかわる怪我をするおそれがある」などとして、使用者に注意喚起を呼びかけている。 経産省によると、事故が起きたのはパラマウントベッド(東京)の製品が2件、フランスベッド(同)が2件。」 これは明らかに欠陥商品であり、対応を怠ったメーカー側の責任は重大である。 とりあえず、ただちに全国のベッドに安全装置をつけ、新たに安全なベッドを開発し、危険なベッドはリコールすべきであろう。
厚労省の「無為無策」と「欺瞞政策」により、ここ数年で大量の介護難民が発生すると危惧されている。
その“走り”を今まさに体験させられている。 始まりはちょうど2週間前だった。 「特養」からの連絡で、親父が肺炎の恐れがあるから入院させたいという。その為に開設された隣接する病院は満杯なので、救急車を呼んで探してもらうが、という知らせだった。 それでたらい回しが始まっては救急隊に申し訳ないと、知り合いの院長に無理をお願いして都内の病院に入院させてもらったことは、先日報告したとおり。 その後、MRSA(メチシリン耐性葡萄状球菌)の軽い感染が発見されたが、手厚い看護で何とか小康状態を保っていた。 ただこれ以上、たとえば気管切開だの、送管だの、昇圧剤の使用など、過剰な治療は不要という誓約書を主治医と取り交わしたのが先週のことである。 そのこと自体、何か“死の宣告”をした様でもあり、家族の一員としては複雑な気持ちであったが、現場の医師としてはもっと苦しい事態になるのでは、とあれこれ思い悩んだものであった。 その主治医から夕べまた連絡があり、今後のことについて話し合いたいという。 まだ電話でのやり取りの段階だが、こういうことだ。 まず、このまま今の病院においておくことは難しい、できれば「長期療養型」の病院でケアを続けるようにしたい。だが、それもすぐ空きが見つかるわけでは無いが。 かといって「特養」に戻せる状態ではないし、また「特養」の部屋をキープすることは、経費の点と何年も待っている入居者のことを考えると、もったいない。「特養」は元来は終の棲家という建前なので、家族のほうから契約解除を申し出て欲しい、ということだった。 今の保険制度では、入院が2週間以上になると入院料が減り、一月になると更に激減して病院の赤字に繋がることは承知している。また、確か全体の平均入院日数が20日と超えると、病院全体の保険点数にひびく仕組みになっている。 また、「特養」では医療行為は禁止され、医師がいても役に立てないという矛盾を抱えていることは2週間前にはじめて知った。 問題は「長期療養型」の病院で,医療保険は使えるが、維持費として月20万から40万円はかかるという。しかも今でも数は足りないのに3年先には半減させるのが厚労省の方針のようである。 そこで大量の介護難民の発生が予想されるが、それは厚労省のかかわり知らぬところだそうだ。 要は繰り返し言うように、理念のない“霞ヶ関の村民”が、机の上の数あわせで、ひたすら経費削減を図っているだけのようだ、それももっと“巨額の税金”を無駄遣いするために。 < 前のページ次のページ >
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![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日) by n_shioya 以前の記事
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