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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
霞ヶ関村の掟は厳しい。
「省益」を忘れ「国益」を考えるような“はしたない男”は、最も陰険な方法でたたき出され、「記者クラブ」という自殺行為で権力側とつるんだ情けない我が国のジャーナリズムは其の“勇敢な者たち”を見殺しにする。 其の中でわれわれ国民のために果敢に戦い続けている勇者が「古賀茂明」である。 ![]() 彼はちょうど1年前,現役の経産省幹部として、「日本中枢の崩壊」を著し、経産省,東電の欺瞞と隠蔽、そして彼ら原子力村の住民たちに丸め込まれた民主党の惨状を暴露して、国民の蒙を開いた。 彼がその半年後の11月に出版した「官僚を国民のために働かせる法」が、今また話題を呼んでいる。 霞ヶ関と多少ともかかわったことのあるものにとっては、常識ともいえる事柄の連続だが、そこに身を置いた者の記述だけに具体的で生々しい。 霞ヶ関で君臨するのは,保身のためには恥も外聞もなく権謀術数に走る男たちだ。 かれらは学生時代から、人間性を削っても㊝の数を増やす事が唯一の価値観のヤカラではあったが、最近でははじめから人間性を持ち合わせていないのが問題のようだ。つまりマザコンか何か知らぬが、“一人前の男”になれないまま,権力の中枢に居座っている。 それに対して古賀氏は日本再生のための具体的な処方箋を出しているが、其の実行には国民の覚醒と,土性骨(どしょうぼね)を持った政治家の存在が不可欠である。 泥鰌(どじょう)よ,引っ込め!
この秋のアンチエイジングネットワークの公開シンポジュームのプログラムを検討中である。
メインテーマは「睡眠」。 キーノートスピーカーは聖路加病院の精神腫瘍科の保坂隆先生・・・ とここまで書いたところで、テレビで原子力村の破廉恥な犯罪的行為が暴露され始めたので、キーを止めて明日にまわす。 3・11の責任を取るどころか、なりふり構わず自己保存に狂奔する原子力村の「金と権力の亡者」たち。 任命権の在るはずの国会は何をしているのか? お前らもグルか?
今日は学会なか日。
![]() 木村利人先生のバイオエシックスの話は、ベトナムの枯れ葉作戦の悲劇を通奏低音にして、心に響くものがあった。 そして可能なこととやってよいことの境も意識せず、突っ走ってきた医学、というか科学技術全体だが、に対して、項門(こんな字でよかったですかね?)の一石だった。 ![]() 夜は、小錦夫妻のショーも交えての盛大な懇親会だった。
原発事故から一周年を目前に、マスコミは大災害の検証番組を繰りだしている。
再建と将来の対策の為にそれは必要なことである。 だが、あり変わらず核心に迫ることを避け、事故の本質、責任の所在から国民の目をそらすための作為を感じざるを得ない。 丁度その時、アメリカからは衝撃的な原発事故対策の膨大な、生々しい記録が発表された。 アメリカからの援助を断り、隠ぺいに必死になっていた当事者の姿が明らかにされた。 そのすべてが、我々素人でも直感的に、また常識として感じていたことであった。 しかもアメリカの報告は真相のごく一部にすぎない。 東電は国家なり、の傲慢な体質。原子力隠ぺい委員会の無様な対応。そしてデタラメ(斑目)委員長を頂点とした御用学者の群れ。この厚顔無恥なトライアングルは、いまだにアメリカが明らかにした不都合な真実をシカトし続け、国民を欺くことにマスコミも一役を飼っている。 ここにきて電力値上げを企むのは火事場泥棒であり、消費税アップを図る財務省は、焼け太りを計っているとしか言えない。 まず正体を暴かれた責任者達は相応の責任をとり(面の皮より腹の皮が更に厚い奴にハラキリは無理かもしれぬが)、自分達ができる財政援助をまず洗いざらい吐き出し、せめてもの償いをセよ! 責任をトコトン追及しないと言う日本人の美徳は、いまだに太平洋戦争の国家の責任をあいまいにしているが、今度の原発事故では、もうその美徳は通用しない。
「原発危機と東大話法」という挑発的な題である。
そして内容はもっと刺激的で、しかも一々ごもっともである。 著者は東大教授安富歩という方だ。 ![]() 冒頭に掲げられた「東大話法規則一覧」から拾ってみると、 規則1:自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する。 規則6:自分の問題を隠すために、同種の問題を持つ人を、力いっぱい批判する。 規則9:「誤解を恐れずに言えば」と言って、ウソをつく。 規則15:わけのわからない見せかけの自己批判によって、誠実さを演出する。 規則20:「もし○○○であるとしたら、お詫びします」と言って、謝罪したふりで切り抜ける。 参りましたなぁ。(ホントのところ、ほとんどが僕にも当てはまる。) そして、この集大成が今度の原発事故に対する、東大の御用学者の対応だと言う。 しかも、其の利権亡者たちの振る舞いが実名で槍玉に挙げられている。 僕が3・11から数週間、このブログで吠え続け、頭がおかしくなったのではと言われた事項が、鮮やかに解き明かされている。 しかもその根っこにある日本人の抱える「役」と「立場」の果たす役割の分析は見事である。 これでは何のことかわからんでしょう。 なら、騙されたと思って、是非、この本をお読みください。 我々がこの大惨事を機会に、幸せを取り戻すためにも。
昨日のブログはいささか感情的で、舌足らずだったので補足を試みる。
問題は、行政の委員会は出来レースだと言うことに尽きる。 行政に都合のよい結論を出してくれる御用学者で大半を押さえた諮問機関で、ときには国民を欺く結論を出させる。 もし結論が不都合なら、其の委員会の存在さえ消してしまうこともまれではない。僕は自分でその被害に会っている。 災害直後の議事録がないなどというのも、不都合だから処分したに違いない。 官僚はそれほど卑劣狡猾な人種である。 結論ありきの議論が無意味なのは、反原発の議論にも言えることは賛成である。 いろいろな意見が噴出して当然だ。だが、その判断は直接利害の無いものによって下されるべきである。 問題は今の場合、検証する対象から金をもらっている御用学者には、其の委員になる資格がないということである。 もし御用学者を入れるなら、それは最小限に抑え、反対派や特に被害者のメンバーも入れるべきであろう。 また、産学協同が悪いというのではない 現在学問の世界でも、産学協同は奨励されている。研究がすべて国家予算で賄えというのは、現状に会わないことは言うまでもない。 だが、我々は研究発表の際、研究資金がどこから出ているか、具体的には企業の資金が入っているかどうか、また、研究者本人が其の開発にかかわる特許を有しているか、つまり利害関係があるかどうかを明確にすることが要求される。 つまり、御用学者は金と権力に毒され、この二つに犯されている、破廉恥な確信犯だと言うことを言いたかったのだ。
恥を知れ、御用学者たちよ!
呆れた話で、カッカ来て正確ことは忘れたが、二日前の朝日の記事はおおよそこんなことである。 政府の設けた原発の検討委員会の委員の三人が、東電から研究費を2000万円ほどもらっていたということだ。 東大ほかの教授である。 今回の事故発生直後、東大を筆頭に御用学者達が如何に政府弁明に努め、恥知らずに国民を欺いたか、記憶に新しいところである。 まず、政府委員としての利権にしがみついて、学者としての生命を犠牲にする愚か者たち。 又、検討の対象となる企業から金をもらっている者に、検討委員の資格がないこともわからぬ行政。 このような、国民の不利になることを許し、追及を続けないジャーナリズム。 それを問い質そうともしない国民も国民である。 3・11の原発事故後2週間ほど、僕は頭がおかしいのではと言われるほど、日本列島の危機と東電、行政の隠ぺいと欺瞞を叩き続けた。 今になって不都合な真実がボロボロ出てきても、東電は其の傲慢な体質を改めようとしない。 そして永田町は政変に明け暮れている。 又、財務省のシャイロックどもには、消費税アップのいいチャンスでしかない。 のらりくらりと先延ばししないで、まず、救済と補償をスタートし、責任者の処罰を断行せよ。 そして、東電の会長と社長よ、自腹を切れ! それが金銭面であろうと、日本刀を使おうと。 そして御用学者たちよ。 もう学者としての生命は絶たれたのだから、潔く退職して、国民に謝罪せよ! そしてフェースブックの皆さん。 脱原発の国民運動をスタートしましょう。
今日は一日ゴルゴ漬けであった。そんな日もあってよいだろう。
ゴルゴ13は僕の愛読書ナンバーワンのである。 ゴルゴにはさまざまな癖がある。 例えば絶対に握手をしない。他人が後ろへ回るのを許さない。などは自衛のためである。 また、ギラン・バレーという奇病の持ち主で、発病している時は姿を隠す。などはゴルゴファンならどなたでもご存じだろう。 スナイパーとしての成功率は99.99%。ただ一度の失敗は不発弾のせいということになっている。命中率が天才的なのはプロだから当たり前だが、僕が何時も感心するのは、時差ボケで悩まされないことだ。 プロのパイロットやスチューワデスでも時差ぼけだけはお手上げというのに。 そして何よりもその面白さは筋立てにある。 ここ数十年の世界での出来事を題材に、いかにもその裏の裏はこうだったに違いないと思わせる、ストリーの展開である。 例えば今日本で、菅首相が原発対策にのめり込み、東電の懲罰、保安院の独立、発電・送電の分離を本気で推し進めている時、もし首相に何かあったら、ゴルゴの愛読者ならまず、真犯人はゴルゴと考えるに違いない。 そしてその依頼人は、東電、経産省ではなく、フランスの原発管理会社アレバであろうことは推察する。その巨大な日本への管理料の一部に、ゴルゴへの報酬が含まれていることは当然だ。 いや、原子炉冷却電源の壊滅から、アルバ社が絡んでいるのでは、と考え始めれば、もうゴルゴ病膏肓にいると言えるというべきかもしれない。 だが、 “笑っちゃいけないけど、セックスする際、上の肌着を脱ぐと、カツラが引っ掛かってズレてしまう。そのため、パンツは脱いでも上は着たまま、しちゃうそうです。(消息通)”という、無様な不倫で責任をとらされた西山審議官が、色ネタの脇役として登場することは間違いない。 と、ここまで書いてきて気付いたのは、世界に類を見ないほど脇の甘い首相官邸である。危機管理など言う不吉な発想は想定外の世界だ。 その主人公を消すのに何もゴルゴに頼らずとも、その辺のチンピラに札びらを切れば一件落着し、すべての利権は保全されるということは間違いない。 などと不謹慎のそしりを覚悟で、一ゴルゴファンは妄想をたくましゅうした。
3・11直後から2週間ほど、当事者の初動の遅れ、事故の隠ぺい、、子供だましの欺瞞だらけの大本営発表、適正対処の欠如等々についてこのブログで警鐘を鳴らし続けたことは覚えておられることだろう。
頭がどうかしてるのでは、とまで言われたこともある。 だがこの時点になって、「不都合な事実」がボロボロと暴露され、素人の僕の杞憂以上の深刻な事態はまだ続いているのは悲しいことだ。 原発事故は明白な人災である。しかもその責任隠しは着々と進行している、被害者の救済を後回しにして。 “菅下ろし”もその最たるものと僕は思う。 確かに“空き缶”は無能無策だったかもしれない。だが、もともとは自民党時代の産・官・学のマフィアグループにある。 利権、金権亡者と御用学者の緊密なチームプレーはあきれるほどの緻密さであった。 其の中で首相がどれほどの指導力を発揮できるか。指導力を発揮されては困る者たちの足の引っ張り合戦で会った。 ここで首相を変えるのに何ほどの意味があるか。その証拠に、これならという候補は誰も挙げることが出来ない。 少なくも“空き缶”は、大チョンボをやったかもしれぬが、それで学んだ教訓も多い筈。それを生かさぬ手はない。 ここで首相としての権力を最大限に行使して、リーダーシップを発揮できるよう、敵も味方も協力して、国民のために国難に立ち向かうことがなぜできないのか? 問題ははっきりしている。 今の日本は「政治屋」の烏合の集団で、志ある「政治家」が一人も現場に居ない。 「アキ缶」もペテン師的手腕で「政治屋」としては及第点をとった。 今度は、“志ある若者”を糾合して、「政治家」としてのリーダーシップを発揮してみたらどうか。 退陣はそれからでも遅くはない。 この際、今「空き缶」が退陣すべきかどうか、国民投票を行ったらどうだろう。 政治遊びの空白を避け、続投を望む国民は意外に多いのではなかろうか。 その為には三つ条件を付ける。 ①被害者の早急の救済 ②第三者機関による徹底究明 ③責任者の厳正な処分 この具体案の期限付きの実行を空き缶は公約とする、ペテンの抜け穴を残さずに。
3・11以来、僕はこのブログに原発事故を惹起した当事者のおごりと欺瞞と隠ぺいとに怒りといら立ちをぶつけ続けてきた。
始めは一人で怒り狂い、配偶者からも愛想を尽かされた。 その後、僕の危惧した不都合な真実がボロボロ明らかにされ、ブログではおとなしくするようになった。 だが、依然、事態は一向に鎮静化していない。 最悪のシナリオは遠のいたかもしれないが、現状はまだ、半年、一年はだらだらと続くだろう。 そして、地震と津波の災害だけであったら、すでに復興のつち音は高らかに響き始めていただろう。 このあと5年、10年と日本はいばらの道を歩むことになるだろう。 ある時まで、僕は原発事故の当事者の怠慢と自己保全とそして何よりも欺瞞を憎み続けた。 文字通りハラワタが煮えくりかえる経験をした。 今でも許す気にはなれない。が、“人を憎む”と言うことがどれほど自分自身を蝕む行為であるか、やがて気付かされた。そして務めて自身の怒りの鎮静化を図った。 其の時頭に浮かんだのはヘッセの「デミアン」の一節である。 「ある人間をにくむとすると、そのときわたしたちは、自分自身のなかに巣くっている何かを、その人間の像のなかでにくんでいるわけだ。自分自身のなかにいないものなんか、わたしたちを興奮させはしないもの。」 人を憎むのは天に唾をする行為だということか。 < 前のページ次のページ >
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![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日) by n_shioya 以前の記事
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