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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
先日、「第13回医療を考える医学者会議」が開かれた。
メンバーは神奈川在住の医育機関の長20人ほどだが、皆さんお忙しくて、いつも集まれるのは10人ほどである。 そして我々なりに、今の日本の医療危機をどう乗り越えるか、ない知恵を絞っている。 今回はゲストとして、元朝日新聞の編集委員で医学ジャーナリストの田辺功氏にご参加を頂いて、ベイシェラトンの中華をほほ張りながら、4時間近く討議を続けた。 医療経済、医師の資質、卒後教育の見直し等々問題は山積みだが、僕の考えでは、いわゆるインセンティブの問題と、評価の基準と導入に集約されるのではないかと思う。 この点については改めて分析を試みたい。 実は半年ほど前[医療崩壊]というブログを立ち上げて、これらの問題の検討を始めたが、毎日二つのブログを書き続けるのはあまりにも負担が多く、このところさぼっている。 だが、今回の討議に参加して、毎日は無理でも、週1ぐらいでブログを再開せねばと痛感した。 ![]()
今日は「健康医療市民会議」という会合に参加した。
国会議員、マスコミ、市民側、医療関係者等の多彩なメンバーの会だが、今日は特に医療側に対し、今の医師不足についての意見が求められた。 厚労省の吉村メモの短絡的な医師削減による医療費削減案に端を発し、数年前に始まった馬鹿げた2年の研修制度で止めを刺されたというのが大方の意見であった。 厚労省のやることは朝令暮改と小手先の数値あわせでごまかし、問題が起こると、御用学者を集めた委員会に都合の良い答申案を出させて、糊塗するのが常である、とみな一様に憤激していた。 今日色々出た対策がどれほど生かされるかは、市民の後押しと、国会議員の方々の腕次第というところだろう。 ![]()
連日の猛暑。
冷房のあるところを出入りすると、体がおかしくなってくる。 今日は「第12回医療を考える医学者会議」がシェラトンで開催された。 詳細明日にでも。 鉄門会と呼ばれる東大の医学部の同窓会がある。その神奈川支部の集まりが今日、横浜西口のシェラトンで催された。 長年続いている会で僕も会員ではあるが出るのは今日が初めてだった。 例年、特別講演があり、その後で集合写真を撮って、会食をして散会する。 今日の特別講演は昭和41年卒の寺岡先生で、「わが国の医療のグランドデザインと日本医師会の問題点」という演題で、彼の日本医師会の副理事長としての豊富な経験から、わが国の医療の現状分析と、医師会のそれに対する対策の詳細な解説があった。 日本の医療の仕組みとその矛盾点という、この“複雑多岐”、いや“複雑怪奇”な問題を80枚のパワーポイントのスライドに押し込んで、一時間で解説するというのは不可能に近いが、医療崩壊に対する医師会の取り組みの一部を垣間見ることができ、僕も一人で吼えているだけでなく、このような公的機関の真摯な取り組みを理解し、支えていくことの必要性を痛感した。 ![]()
このごろ北里大学を訪れる機会が多く、改めて現役時代の北里、特に創立の理念を思い返している。
半世紀前、医学部卒後教育の改善要求に端を発した大学紛争は挫折して、すべては元の鞘に納まり、医学教育ひいては医療改革の機を逸してしまったことは繰り返し書いてきた。 その時、既存の医学部の改善には限度があるとし、新たな理念と構想で立ち上げられたのが、北里大学である。 学部教育のなかにベッドサイド・ティーチングを導入し、レジデント制度による徹底した臨床医の養成、そして講座と医局制度の否定が主なテーゼであった。 こうして新星北里では、黒川清氏が指摘している問題点は、すべて配慮されたはずであるが、根本的なところで彼我の違いがあり、徐々に変質し、結局は挫折してしまった。 その原因は色々あるが、 ①まず、医者に限らず日本の社会の閉鎖性である。 開かれた人事交流の前提には、縦社会から横社会への変革を意味する。いくら一つの大学が横に開かれた人事を唱えても、他がすべて縦割りを堅持すれば、横の交流は成り立たない。 ②医学部と病院は分離した形態をとったが、教授が科長をかねている以上、従来型の付属病院にならざるを得なかった。 ③一番の問題は、教授に人事権が集中し、教授を頂点としたヒエラルキーが温存され、レジデントを終えて専門医になっても、講師、助教授は教授の指揮系統に組み込まれ、医局制度を否定しながらも、実質は講座性をとっていた。 ④オープンシステムでないため、開業医は診療、教育に参加できなかった。 今、黒川氏が大学病院革命の第一歩として推進している2年の研修制度が、今問題の医局制度の崩壊をもたらし、ひいては医療崩壊の最大原因であると非難されている。 何時もいうように医局制度は芸者の置屋のようなものである。 置屋制度の弊害に焦点を当てれば、医局崩壊は改善の第一歩といえるが、スクラップの先のビルドのビジョンが見えない。 反対に、競争原理をさけ、馴れ合い、談合を是とすれば、医局制度はわが国の風土にあった制度であるといえる。だがこれは本家のドイツでも過去の遺物となっている。 一番の問題は、医学校と病院との関係がそのなりたちにおいて、欧米とわが国では180度異なることにあるという黒川氏の指摘は本質を突いていると思う。 何かわけのわからぬことを羅列してしまったが、黒川氏の著書に触発され、この50年を振り返った断章である。
久々に“黒川節”を聞かせてもらった。
東京大学名誉教授黒川清著「大学病院革命」という勇ましい本である。 同じように日本に愛想を尽かし、アメリカに永住するはずだったのが、何の因果か日本にいついてしまい、定年退職後も医療改革など叫んでるアホの一人として、彼のいうことはいちいちごもっともである。 要点はいくつかあるが、 ①東大を頂点とした権威主義の弊害 ②臨床教育のお粗末さ ③医局制度という芸者の置屋。 ④他から評価を受けずにすむ教授という職業。 ⑤医学部志望の動機付けの乏しさ。 すべて40年前、医学部紛争の争点となり、またもとの鞘に納まったいきさつがある難題ばかりだ。 根本的には、医学教育、医療の世界にも競争原理を導入し、縦社会を横社会に改めねば根本的な解決にはならないのだが。
依然、あるカトリックグループの集会のテーマソングだった「見果てぬ夢」を、今日帝劇の舞台で久々に聴き、不覚にも目に涙した。
幸四郎の「ラマンチャの男」である。 ドンキホーテはもう日常の慣用語の一つである。だが、あの膨大な長編を、翻訳にしても全篇読破された方はどれほど居るだろうか。 自慢では無いが、僕は八ヶ岳の山小屋では一夏かけて読破した。 あのセルバンテスのスペイン的な、スケールの大きな風刺の世界は、ダリの奇抜さがドストエフスキーの粘ちっこさで展開されたようなものだといったらお分かりになるのではなかろうか。 そしてミュージカルの「ラマンチャの男」はドンキホーテでもあるがセルバンテス自身でもあるといえよう。 幸四郎のドンキホーテは、65歳の老いを感じさせぬ堂々としたものであった。松たか子以下助演の俳優陣もよく頑張った。 かつてのカトリックの集会では、各人の信仰の分かち合いの後、皆で「見果てぬ夢」を合唱して閉会する慣わしだった。なぜか皆、涙して歌ったものだった。 男は皆心の中に、何がしかのドンキホーテを宿している。 普段は何とかそれを宥めすかし、手慣づけているが、気を許すと不死鳥のように魂を占拠してしまう。 僕は今別のブログで“見果てぬ夢”を叫んでいる。 人はドンキホーテ的だという。 そうそれこそまさにドンキホーテだ。 立ち向かう風車は? 言うまでもなく「医療崩壊」である。 昨晩は「原宿サロン」の月例会に招かれて、アンチエイジングのお話をさせていただいた。主催はダイヤルサービスで知られた今野由梨女史である。 ダイヤルサービスとは、そのホームページhttps://www.dsn.co.jp/から引用すると、 「ダイヤル・サ-ビス株式会社は、1969年に創業いたしました。日本で最初の電話秘書サービスや、電話による育児相談「赤ちゃん110番」を開設。以来、常に生活者の視点から時代のニーズをとらえ、電話のもつ可能性を追求して、次々に新しい電話による情報サービス事業を展開してきました。また、年間50万コールを超える利用者の声をもとに、より豊かな暮らしをつくるために様々な情報の発信もおこなっています。 近年では、インターネットによる情報提供など、マルチメディア時代に対応した新しいサービスを随時スタートさせ、暮らしにビジネスに、新たな価値を創造する総合情報サービス企業として、積極的な企業活動を繰り広げています。」 僕の話はともかくとして、サロンのメンバーによるその前のトークに感銘を受けた。そのメンバーとは、もと岐阜県知事の梶原拓氏で、氏が始められた「健康医療市民会議準備会」の趣旨説明である。 一言で言えば、氏はご自分のまた知人の闘病経験から、日本の医療の現況を憂い、市民活動を立ち上げようとされている。 つまり医療を改革するには行政に頼っていては進まない。元の地方行政のトップがそういわれるのだから間違いないだろう。 市民一人一人が勉強し、医療関係者と結束して制度改革をはじめなければならぬ、というご趣旨だった。 僕が「医療崩壊」というブログを立ち上げたのも、まさにその為だったので、早速氏の市民会議に参加することにした。
今から50年前のアメリカ留学時代の話だが、「グッド・サマリタン法」という法案がニューヨークの州議会だったかに上程されたが、否決されて医療界で大問題になったことがある。
ことの起こりはどこかのプールでの事故だった。 準備体操なしにさっと飛込みをした男が心臓麻痺を起こした。 居合わせた若いインド人の医師がとっさに心臓マッサージを試みたがむだだった。 するとその医師が家族に訴えられた、死んだのは医師の医療ミスだというのであると。 免許は持っていても、インド人ということも不利な要因だった。 これが論議を呼び、このような医療設備の無い緊急事態に対処した場合は、譬え治療が成功しなくても、医師は免責にしうるというのが法律の趣旨だった。 この法律案の名前には聖書にある「良きサマリヤ人のたとえ話」の説明が必要だ。 “隣人を愛せよ”と説いたイエスにある律法の専門家が、“私の隣人とは誰ですか”と聞いた。 イエスの答えは譬えを使ってこう問い返した。 “強盗にあい半殺しになった男が街道に倒れていた。 通りがかった祭司も、レビ人もその男を避けて行き過ぎた。 ただ一人、あるサマリア人だけが男の手当てをし、宿まで運び、治療費も宿の主人に渡して行った。 誰がこの強盗に襲われた人に対して、隣人として振舞ったと思うか?” 律法の専門家は答えた。 “あわれみをほどこした人です” イエスは言った“あなたも行って、同じようにしなさい”。 これは隣人とはあなたのほうから求めるのではなく、あなたが進んで隣人になりなさい、という教えだとされている。ちなみに当時サマリア人は下層民族として軽蔑されていた。 この法律が否決されたとき、医療界は自衛のために次のような指針を打ち出した。 「道端でけが人や病人を見かけても、うかつに手を差し伸べないように」と。 こうしてアメリカの医療は崩壊がはじまり、いま日本も同じ道をたどろうとしている。 (ブログ医療崩壊より転載) 10年ほど前に読んだヤーギンの「Commanding Heights」を読み返している。政府と市場経済のどちらが主導権をとるか、という争いの物語である。 もっと分かりやすく言えば、大きな政府か小さな政府かの論議である。 ご承知のようにわが国ではケインズの公共事業による景気浮上論が優勢であったが、アメリカではとうにシカゴ学派の市場経済原理が勝ちを占め、グローバルスタンダードとなりつつある。 日本ではこの二つを都合よく使い分けられ、、医療崩壊と結びついている感じがし始めたからである。 つまり表面は福祉国家を唱え、実態は土建屋国家であるのを、この二つの理論をごちゃ混ぜにしながら使い分けて、議論を意図的に混乱させているように見えるからである。 ゼネコンは国土省と結託して、ケインズ理論を振りかざして税金を分捕ってきた。これは大きい政府である。最近ではそれでも足りず、ガソリン税を道路特定財源と称して死守しようとしている。 このような特定財源の一部でも福祉に回そうという発想は無い。 反対に大きな国家としての役割を果すべき厚労省は予算獲得の力が無く、いかに医療や福祉の予算を削るかに腐心している。 つまり霞ヶ関は、こと医療や福祉になるとシカゴ派の市場経済に屈した小さな政府になって予算を減らし、現場の医療従事者に過重な労働を強いるくせに、こと土建屋の利権を守るためには財務省さえコントロールの効かぬ、大きな政府に変貌する。これは逆ではなかろうか。 お分かりになっただろうか。 平たく言うと、狡猾な官僚と、意地汚い政治家と、欲の皮の突っ張った財界とが結託して、国民から吸い上げた税金を食い物にし、大きな政府と小さな政府を都合よく使い分け、高齢化社会に向けて国民がもっとも必要とする医療、福祉をこれからも圧迫し続けようとしているのだ。 素人の暴論に聞こえるかもしれないし、細部は誤りはあるかもしれないが、本質は突いているつもりだ。 |
![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日) by n_shioya 以前の記事
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