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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
カテゴリ:コーヒーブレーク
  • YYN通信より
    [ 2012-05-02 23:15 ]
  • 連休の谷間
    [ 2012-05-01 23:03 ]
  • 「女の見た終末ソ連」
    [ 2012-04-30 22:34 ]
  • 南蛮美術
    [ 2012-04-29 22:30 ]
  • マックに逆戻り
    [ 2012-04-21 22:10 ]
  • 成城学園
    [ 2012-04-19 23:09 ]
  • ドライヴと音楽
    [ 2012-04-15 22:46 ]
  • フランスの美しい村
    [ 2012-04-09 21:57 ]
  • 復活祭
    [ 2012-04-08 22:54 ]
  • アルハラとセクハラ
    [ 2012-04-05 21:49 ]
YYN通信より
YYN通信が久しぶりに送られてきた。
これは元順天堂の整形外科の教授で、順天堂大学病院の院長も務めた山内君が不定期に友人宛発信するニュースレターである。
内容は主に整形外科学界のニュースだが、その他、音楽,絵画、文学等の話題も豊富で、山内君の幅広い趣味を反映し、僕を含めファンも多い。

今号の冒頭の意見は僕も全く同感なので、以下に引用させてもらう。
「YYN 通信をかなりサボってしまいました。いろいろ言い訳はありますが、一番は東日本大震災・福島原発事故による「日本はもう駄目ではないか」というウツ的気分でした。加えてそれに上乗せするように日本の政治・政治家の貧困がありました。被災者や被害地の首長たちはあんなにがんばっているのに、中央の政治家、ことに与党民主党の連中のあのザマはなんとも情けない。自分たちの議員生命をなんとか長く保ちたい、次の選挙にはなんとか再選されたい、と いう自己保身的な精神構造・行動しか見えない。その間に、日本は明らかに下り坂、down-hill course を辿っています。じつにじつに 情けないことです。自民党時代から総理がころころ替わる、メディ アがそれを助長するような雰囲気をつのる。それに嫌気がさした国 民が民主党に政権を取らせたら、マニフェストは従来のできもしない公約よりもまだ悪い嘘ずくめ、それにあのルーピー鳩山の醜態ぶり(東大の恥さらしめが!)、その後の迷走カン、ついでだんだん 肥るドジョウ、そして小沢(征爾ではない政治屋)も無罪だと言って復権しようとしている。こんなテイタラクに「民主主義は結局日本には合わなかった」という雰囲気が醸成され、英雄待望論さえ出てきました。こういう風潮がファシズムに連鎖するのが最も怖いな と思っていたら、大阪の橋の下から変な男が出てきた。それに情けない第三勢力連中がすり寄っている。まさかと思いますがヒットラー台頭前夜のようなあやしい雰囲気です。迷える日本よどこへ行く。」
by n_shioya | 2012-05-02 23:15 | コーヒーブレーク | Comments(4)
連休の谷間
今日、明日はゴールデンウィークの谷間。
五月の1、2日は暦では平日である。
だが現役の頃は自主的に休日にして、大型連休を楽しんだものである。
だが定年で「毎日が日曜日」になると、無理して休むこともないので、今日は銀座のオフィスに出かけた。
明日も出社するつもりだ。
人間の心理はおかしなものである。
by n_shioya | 2012-05-01 23:03 | コーヒーブレーク | Comments(2)
「女の見た終末ソ連」
松浦夫妻と知り合えたことは、前回のパリ訪問の最大の収穫だったとは以前に触れたが、その松浦夫人からいただいたご著書「女の見た終末ソ連」を読み終えたところである。

松浦氏は日本テレビの報道畑を歩まれ、最後の七年をパリ支局長として勤め上げて定年を迎える。そして定年後は半年は東京、半年はパリという優雅な生活を送られている。
その間、モスコー駐在の時には、ソビエト崩壊に遭遇という、特派員としてはまたとない幸運に恵まれる。
其の時の経験をご夫人が、主婦の目線で綴られたのがこの「岩波同時代ライブラリー」である。

70年続いた共産国家の崩壊の有様が、一般市民の生き様を通じて生々しく描かれている。
圧巻は後半の八月革命の下りである。
ゴルバチョフの失脚とエルチンの台頭。あの戦車に飛び乗り反乱軍を押さえ込んだエルチンの勇姿は、未だに僕の目に鮮やかである。
幸いクーデターは失敗に終わり,反乱は3日で終結した。
これは下手をすれば民主勢力の敗退と、共産党とKGBの恐怖独裁政治に逆戻りもあり得た大事件だったのだ。
それを食い止めたのは、エルチンのパーフォーマンスもあるが、自由に目覚めた一般市民の命をかけた反抗にあったと著者は述べている。

この大事件も我々にとっては、少なくも僕の受け止め方は、他国の一争乱にすぎなかったことを今改めて反省している。
自国のことしか目が行かない島国根性かも知れない。
だがそれだけでなく、ちょうど今、我が国では全国民が政治の荒廃を嘆き、原発と来るべき大震災の恐怖におののいているように、それぞれの国の国民が、何時も其の国固有の大問題で手一杯ということもあるだろう。
どの国も問題を抱えていること、だが自国の問題は他国にとっては関心が持てないということを改めて認めた上で、ちょっと上から世界の国々を俯瞰し、 どの国の問題も同じレベルに並べる、言わば「複眼視」が持てないものかと考える。
其の国の問題を理解するには、其の国の市民の立場に自分の身をおくことが最も有効ではないだろうか。
其の意味で「主婦の目線」がいかに問題の本質と其の普遍性を焙り出すのに有効か、改めて考えさせられた。
by n_shioya | 2012-04-30 22:34 | コーヒーブレーク | Comments(2)
南蛮美術
神戸大学の田原教授の退官記念パーティに参加したついでに、神戸市立博物館で開催中の「南蛮美術の光と陰」をのぞいてきた。

池長孟という篤志家のすばらしいコレクションが中心である。
そのコレクションの歴史的意義はさておいて、28聖人の殉教の図絵や、踏み絵の実物を初めて目にし、僕は複雑な気持ちになった。

かつては信仰を守ることが命がけな時代があった。
そして今、信仰の自由が当たり前になって、かえって人は信仰を失いつつある。
弾圧を受ければ信仰はかえって強いものになる、という一面もあるだろう。
また、ザビエルが言っているように、物質的に貧しければ人はより精神的なよりどころを求めるようになる。
物質的な繁栄に酔いしれた現代人が神からはなれていくのも当然かも知れない。
さらに言えば現代人はそろそろ「唯物論」という迷信から解放される必要があるのではないか。
by n_shioya | 2012-04-29 22:30 | コーヒーブレーク | Comments(2)
マックに逆戻り
マックエアを衝動買いしてしまった。
それも昨日のことである。
これにはちょっと悲しい事情があるが今は触れたくない。
まだ操作に慣れるのに必死だが、具合は上々。

実は僕は、日本最初のマックを持っている。
あの頃はNECの98が主流だったが、電通でマックのPR担当をさせられた友人にそそのかされて、初めてのパソコンにマックを選んでしまったのだ。
あの頃のマックは、今と比べると新幹線と人力車ほどの差があり、日本語の対応も不十分で、パソコンそのものからしばらく離れてしまったが、ここ10数年はウィンドウのお世話になってきた。

それが、去年暮れから使い始めたiPadとの相性がよいということで、銀座のクリニックの隣のアップルストアに足を踏み入れたのが運の尽きだった。

なるほど、初代のマックに比べると雲泥の差である。
使うのが楽しくなる。
しかも値段は10万ちょっと。
ちなみに僕の初代マックは200万円で、数年の月賦で買った覚えがある。
今は骨董品の価値が出てきたというが、元は取れないだろう。
by n_shioya | 2012-04-21 22:10 | コーヒーブレーク | Comments(1)
成城学園
「成城学園」は変貌した。
成城学園は配偶者の育った街である。
僕の育った下北沢も若者に人気の街になったが、昔ながらに雑然としている。が、今日、久しぶりに訪れた「成城学園」はより垢抜けた街になっていた。

学生時代、我々は毎日のように下北沢と成城学園を行き来していた。
これなら、いっそいっそ、居をともにした方が効率がよいのではとニューヨークに移り住んだのが、我々の結婚のいきさつである。

昔はなかったが、今成城には「椿」という人気のトンカツ屋さんがある。
今日は成城のはずれに住む次男の嫁さんと町を散策し、「椿」で夕食をとった。
配偶者にとって成城は、いつまでも懐かしい街のようである。育った街が懐かしめるのはうらやましくもある。
何故か僕は下北沢にあまり愛着がない。
いささか寂しいことではあるが。
by n_shioya | 2012-04-19 23:09 | コーヒーブレーク | Comments(3)
ドライヴと音楽
今度の車のオーディオはなかなかよく出来ていて、CDはチェンジャーでなく、メモリーに落とし込むようになっており、数千枚は収納可能である。
まだ百枚も入っていないが、ドライブ中、センターコントロールで、自在に切り替え可能なので、運転中はほとんどCDをかけっぱなしで、走るオーディオルームの感がある。

色々な曲を流していると、ドライヴ中のリッスニングに適しているものと、あまり繰り返し聴きたくないものがあることが分かった。
聞きたくないという中には、元来の作曲家や曲の好みもあるが、お気に入りの曲でも、続けては、とご遠慮するものがある。

結論から言うと、ベートーベンなどは、やはり構えて聞くので、高速などで単調な走行のときはよいが、街中でのストップアンドゴーには不適である。
だが、最近では家では何かと中断されることが多いので、クロイツェルやラズモフスキーなどは走るオーディオルームの方が楽しめる。
また演奏スタイルの違いなど、今まで以上に聴き分けられる様になった気がする。

注意が散漫になってドライヴ中は危険では、と配偶者は心配するが、むしろ反対のように思える。
音楽が響いていると、意外に視覚が全面の風景に集中するが、音がないと、視覚をつかさどる脳の部分が瞑想、いや迷走を始めてしまうような気がする。また、声楽曲のように、言語が入ってくると多少注意が散漫になるかもしれない。

その点、バロック例えばビバルディの四季やモーツァルトの器楽曲など、ドライヴ中には最適のようだ。
そしてこれは好みの問題かもしれないが、毎日のように鳴らしても飽きず、気が休まるのが、ナルシス・イエペソのギター曲である。

音楽療法という学問があるくらいだから、ドライヴと音楽の相性の研究もあってはいいのではなかろうか?
by n_shioya | 2012-04-15 22:46 | コーヒーブレーク | Comments(7)
フランスの美しい村
モンテカルロから車を走らせ、目的地のヴァンスに就いたのは昼前だった。
だが、お目当てのマチスの礼拝堂は2時まで昼休みで門はしまっていた。
幸い車で15分ほどのところに、サン・ポール・ヴァンスという美しい村があり、其の墓地にはシャガールが眠っているという。

村はすぐ見つかったが、車を止めるところがない。
野菜市場の隣にレストランがあり、どっしりした木の門の向こうには中庭が広がり、木立の中の30ほどのテーブルを、ボーイ達が忙しそうに白いクロスでセッティングしている。

とりあえずここでランチをと、車を駐めようとすると、マネージャーらしい男が〝予約はあるか”と聞く。
〝いや”と答えると、もう“予約で満席” だという。
すると、野菜市場の親父が手招きして、小声で“チップを渡せ”とささやいた。
何がしかの紙幣をマネージャーに渡すと、あら不思議、パッと二人の席が用意された。
なるほど、「地獄の沙汰も・・・」の諺どおりである。

アスパラと子羊でランチを済ませ、車を預けたまま村を散策する。フランスの村によくあるように、狭い石畳の通りの周りには、土産物屋、画廊などがひしめいている。
石畳を上り下りして、村を抜けたところに墓地はあった。

シャガールの墓はすぐわかった。
マネージャーから教わった通り、ユダヤの習慣で墓石の上には、花の代わりに小石が積まれているからである。
我々も小石を拾い、ローマ字で名前を書いてそっと墓石の上に載せて墓地をあとにした。

マチスの礼拝堂は意外に小ぢんまりとした造りだが、コート・ダジュールの爽やかな日差しが、マチス最晩年の壁画を美しく照らし出していた。

フランスには「フランスの美しい村」という協会があり、150ほどの村を認定している。
サン・ポール・ヴァンスは其の中に入っていないようだが、おそらく認定されたどの村にも負けないくらい、魅力的な村といえるであろう。
by n_shioya | 2012-04-09 21:57 | コーヒーブレーク | Comments(2)
復活祭
時差ぼけのあおりか、今朝目覚めたのは昼近くだった。
今日は復活祭である。
キリスト教徒にとっては、クリスマスよりも大事な祝日だ。
所属の山手教会には夕方のミサがなくなったので、上智大学のあるイグナチオ教会の6時のミサに参加した。

丁度一週間前の枝の祝日はモンテカルロに居た。カンヌ周辺をドライヴし、夕方アンティーブのピカソ美術館を見学した後、隣の伽藍で6時のミサがあるのを知り、一時間半ほどのフランス語のミサにあずかることができたのを想い出した。
たまたま、美術館のテラスで失敬したオリーブの若枝を手にしていたので、プチ窃盗の贖罪も兼ねて祝福を受けた。
by n_shioya | 2012-04-08 22:54 | コーヒーブレーク | Comments(1)
アルハラとセクハラ
セクハラ、モラハラ(モラル・ハラスメント)続いて、アルハラが問題になっているそうだ。
アルコールの飲めない者、また飲みたくない者に宴会などでアルコールを強要するアルコール・ハラスメントのことである。
こういう場での飲兵衛は実にしつっこい。
新入部員や新入社員の歓迎会がアルハラの格好の場所になるという。

昔、と言ってもまた半世紀も前の話になるが、外科の医局のハラスメントはすさまじいものがあった。
入局の儀式と称し、昼間野球をし、百メートル泳がされてから、護衛付きで宴会場に誘導される。そこで長い訓示の後、無礼講となる。

僕等の前の年は、飲めない奴には胃カテーテルが突っ込まれ、ビールと小便を半々に割ったものがつぎ込まれ、一人、急性の肝障害で死亡したという。
が、これはあくまで風評である。
さすがに僕等の年はそれは自粛されたが、アルハラは健在で、御遠慮すると介添え役に羽交い絞めにされ、口を割って飲まされそうになった。
僕は親父の体質をついで、それまでは全く酒は飲めず、ちょっと口にしただけでも苦しくなった。
これでは殺されると思い、介添えを突き飛ばしたので、そいつは窓から落ちたが、幸い一階だったので大事には至らず、ぼくも難をのがれた。

アルコールだけではない。二次会と称してキャバレーや芸者遊びを強要するのも、無粋な男にとってはセクハラともいえる一種のハラスメントである。
僕はどういう訳か元来、全くその手のことに興味がない、というか苦痛でさえある。金を払って女を遊ばせているようにさえ見える。
だがこれまでの男社会では、そんな時に仲間づきあいを断ると“お前、それども男か!”と恫喝される。
いよいよ追い詰められた時の僕の魔よけの呪文は、
〝俺は金で買える女には興味がない。〝という一言だ。
座がしらけることは確実だが、これほど効果的なセクハラ男どもの撃退法は無い。
by n_shioya | 2012-04-05 21:49 | コーヒーブレーク | Comments(5)




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