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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
それは奇妙な映画だった。
![]() 人を食った、よく言えば、フランス風に洒落のめしたとも言えないこともない。 初老の妻子持ちの男と、中年の女性との不思議な出会い。 それに二人の飛行機への夢が錯綜する。 映画通には結構評判は良いようだが、我々素人は何かこう翻弄されたような気分で、でも、色々な仕掛けやどんでん返しは面白いし。 まそれが90になったアラン・レネ監督の思うつぼだったのかもしれない。 「幾つになっても男と女」という、我がアンチエイジング・ネットワークの趣旨にぴったりの映画と言えないこともないが。 これでは何のことかわからないという向きは、ともかくご覧ください。 今、岩波ホールで上映中の「風にそよぐ草」である。
読み始める前に其の評を書くというのは著者に失礼かもしれないが、この中国系アメリカ女性、エイミー・チュアが書いた「最強国の条件」は、序の文とあとがきだけでも、其の違例ともいえる行為を誘発させる魅力がある。
![]() まず序文から、 「(前略」 この本での私の主たる関心は、1990年代後半に、当時のアメリカを形容するのに使われていた『最強国』(ハイパーパワー)という概念である。 (中略) 『最強国』の歴史において、肝要は勃興と、また不寛容は衰退と、密接に結びついている。そうだとすれば、寛容政策を続けることによって『最強国』は何時までも世界を支配していられそうなものである。だが残念ながら、事はどうやら、それほど簡単でないようだ。 “衰退の原因は、寛容さによって撒かれるのが常である。” そう、すべての『最強国』の事例に置いて、寛容さは不寛容の源なのだ。そして寛容さはやがて天井にぶち当たり、『最強国』社会の中に対立関係と憎悪を生み出すことになる。何かをきっかけにして、ついには暴力の大波が襲いかかり、『最強国』の衰退がはじまる。 (後略)」 今のアメリカの苦悶を的確に言い当てているとおもう。 では、“アメリカが選択すべき未来”はなにか? それは、これからゆっくりと読ませていただくこととする。 最後にあとがきから、 「(前略) むろん、いくらアメリカが寛容だと言っても、それが極めて不完全な形に置いてであるのは百も承知だ。だが、現に私の両親は吸い寄せられるようにしてアメリカにやってきて、この地で成功をおさめている。アメリカ社会は、書くも貧しい中国系移民の夫婦が、大成功を収めることを許してくれたのだ。私たちはアメリカ人に同化していったが、それも自分たちで望んでそうした結果である。こんなアメリカは、やはり寛容な社会だと言わざるを得ないというのが偽らざる感想である。 (後略)」 帰化したアメリカ移民だけでなく、他国民の大方もアメリカに対して持つ愛憎の心情を、見事に言い表しているではなからうか。
「政治家の殺し方」という、いかにも幻冬舎風のタイトルの著書で、中田宏氏が“現役市長を辞した今だからこそ語れる、誰も知らない政治の実態”を暴露した。
要は市議会と市庁舎に巣くう守旧派勢力が、根も葉もないスキャンダルを仕立てて、マスコミをあおって失脚をたくらんだということのようである。 政官財が結託して既得権と利権にしがみついている図式は、まさに永田町・霞が関の縮小版である。 マスコミもマスコミである。 よく“火の無いところに煙は立たない”というが、火のないところでは発煙筒をたくのもマスコミの仕業、ということらしい。 昔、朝日新聞の重役に、“真実の報道と営業政策が齟齬した時、どちらを選ぶか?”と問うたら、“そりゃり営業ですよ”、と当然のように答えが返ってきたことを思い出す。 社会の木鐸とはよう言ったものだ。 現代社会で、チェック機関なしにふんぞり返っている、唯一の暴力団体がマスコミである、というのが僕の持論だ。 勿論大半のジャーナリストは、真剣にその責務を果たそうと頑張っているのはよく承知している。だが、中にはヤクザまがいのブンヤも横行している。 不勉強だったり、筋書きありきでとても取材は受けられないと断ると、それではどんな用に書かれても、知りませんよ、と絵にかいたような脅迫文句を吐く輩もいた 犬が人を噛んでも二ユースにならないが、人が犬をかめば特ダネになる、という言いは、ジャーナリズムの本質をついている。 身の安全の為に隠ぺいに徹するのは権力側の常で、それを暴くのがジャーナリストの使命であることは解る。 だが、其の体質がの為、為政者の些細なスキャンダルは針小棒大に書きたて、その功績を取り上げることをおろそかにする。 ま、建前がどうあろうと、どう綺麗ごとを言おうと、ジャーナリストとて、其のたたく対象の権力側と同じように、保身と出世の奴隷であると思えば話は解りやすいが。
久しぶりに映画を観た。
「ショパン 愛と悲しみの旋律」である。 ![]() ショパンの映画は戦前に黒白で「別れの曲」というドイツ映画が大ヒットした。数年前にショパン生誕200年記念でリバイバル上演もあった。 今度の作品には正直がっかりした。 ショパンの名曲はふんだんに鏤められ、マヨルカの自然も美しいが、肝心のジョルジュサンドがいただけない。ファム・ファタールの凄味が全くない。 ショパン役はまあまあだが。 又、筋立ても、何が描きたかったのか、サンドの男遍歴なのか、乱脈なサンドの家庭状況なのか。 ![]() そう言えば昔の「別れの曲」は、パリで成功したショパンが、故郷の恋人を捨てて、サンドとマヨルカに逃避するところで終わる。 其の恋人の別れの言葉、“アデュー ムッシュー ショパン!”は、まだ僕の耳の中で響いているのだが。 ![]() 今日は銀座のライカ事務局の美女軍団とアメリカンクラブで会食。 ライカとは何ぞや、という説明はさておいて、ボリュームたっぷりのアメリカ風のディナーにご満足いただけたようである。 そして良くも悪くも、アメリカンの雰囲気も。 ![]() アメリカから帰国してから50年間、ホームシック(アメリカ帰りたさの)を癒してくれたのが、このアメリカンクラブであった。 アメリカ人は2,3年で入れ替わるのが多いため、最近のメンバーは会員番号が5ケタで、僕のような4ケタは貴重な存在になってきたようだ。 始めは木造の、いかにもカントリー・クラブ風だったが、その後少しモダーンな造りに建て替え、今回は2年かけて新築。大分広く立派になったが、クラブというよりホテルに近い感じで、まだちょっと馴染むのに時間がかかりそうだ。 去年、丁度新築して移転した直後に、3・11が発生し、相当数のアメリカ人が帰国、一時開店休業を余儀なくされたが、新しい年を迎え、徐々に活気を取り戻してきた。 現役時代は毎年1月15日の成人の日に、教室関係の方を招いて新年会を開催していたのも楽しい思い出である。 23年続けたわけだが、天気には恵まれ、不思議なことに曇りや雨のことはなかった。 まだアメリカへの郷愁を捨てきれない僕にとって、アメリカンクラブは死ぬまでホーム・アウェイ・ホームであり続けるだろう。
アイパッドを使い始めて2週間。
買うまでは半年迷ったが、いまは十二分に満足している。 まだ、存分に使いこなすには程遠いが。 ![]() 実は大晦日に買ったおかげで、三ヶ日がつぶれてしまった。 タッチパネルに慣れずミスを繰り返したり、アプリのダウンロードでひっかかったり、悪戦苦闘を続けたことは、既に報告した通り。 こちらが3,4時間苦闘していると、小学生の孫がやってきてシュッと人差指で払うと画面がピット決まる。あっちはゲーム感覚で気軽に操作するので、とてもじゃないがかなわない。 そこでプライドを捨て、老うては孫に従えで、一通り使いこなすようになると、こんな便利なものはない。 まず、早い。蓋を開ければさっと立ちあがる。 又、軽いので、外出の時のお伴にもってこいである。 そしてスマートフォンよりはるかに画面が大きいので、苛立ちがない。 何よりよいのは、寝っ転がって仕事ができることである。 長文を打ち込むことはやはりパソコンが便利だが、ほかのことはほとんどアイパッドで済ますところまでになった。 ことにフェースブックの対応にはもってこいである。 なんでもっと早く導入しなかったかと悔しく思うのが今の心境である。
今日は久々に“活きのいい若者”に出会って、上機嫌になった。
東大の教養学部の文科の一年生。 最近の教養学部は、草食男子の吹きだまりかと思っていたら大間違いである。 昼飯を食いながら、3時間近くも話しあったろうか。 ![]() 彼は語学に堪能なようだ。英、仏、スペインそれに今は死語となっているシリヤ語に取りつかれているという。 話は政治、経済、そして宗教にまで及んだ。 今の反教会風潮の原因。カトリシズムの詭弁。 話は尽きない。 神の存在の議論は次回にまわした。 又音楽をよくすると言う。 僕の好きなバロックリュートの名手であるとは、別の知人から聞いていたが。 では一度、山手でサロンコンサートでもと、話は進んだ。 僕が彼に与えたアドバイスの一つは “授業などでなくてもかまわない、どうせ教科書に書いてあることばかりだから。それよりも、将来自分がやりそうなことと最も対極にあることに二年間は没頭せよ”ということだった。 なぜなら医者をやめた今、其の時の遊びの遺産で僕は生かされてると感じているからである。 ![]() 其の彼の母君は、今が旬のメディカルジャーナリスト、宇山女史である。 ちなみにお二人とも、フェースブックの常連だそうだ。
みなとみらいのインターコンチに、いつもの美女軍団(ドールズ)が年の初めを祝って集結した。
ドールズが集まれば、ガイズも寄ってくる。 ここでその一部を、 いま旬のビューティライター海野女史とフェースブックで華麗なベリーダンスをご披露している古賀亮子嬢。 ![]() 我々夫婦の間にはジョンソンアンドジョンソンの奥沢玲子お姉さん、僕の左は自由が丘の陰の実力者北村女史。 ![]() 前列僕の左は、皮膚科の権威、ニュー上田クリニックの上田先生と宇津木流クリニックの宇津木先生。背後の左はガシー・レンカーの糸山女史とKCIの門間さん。 ![]() 時計回りに、M&Mクリニックの今野先生、聖路加の形成部長大竹先生。そし関西の大学で美容外科もテーマにされている谷本準教授。その隣はライターのさえき女史そして聖路加の松井先生。 ![]() 左からゴルフダイジェストの宮野編集長、そして古賀玲子さん(亮子さんのお姉さん)自由ガ丘クリニックの王者古山先生。そして電通の角田局長。 ![]() ホテルのスタッフに撮ってもらったフォトから選んだので、抜けている方もあったら御勘弁を。
ささやかな新年会を終えて今帰宅。詳細は明日又。
クルーズから帰ると待っていたのはIT地獄である。
船中では幸か不幸か自分のパソコンは使えなかった。 そして今日は一日アイパッドと格闘した。 その格闘は深夜まで続いている、嗚呼! < 前のページ次のページ >
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![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日) by n_shioya 以前の記事
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