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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
明けましておめでとうございます。
![]() 今朝は恒例の灘万でのおせち。 そしてイグナチオで御ミサ。 ![]() 10何年かぶりに、元栄光で長男がお世話になった、レデスマ神父にお会いすることができた。 忙しいが充実した年の初め。 ![]() 本年もよろしくお願いします。
今日は大森の牧田総合病院の人間ドックの会で、アンチエイジングの話をさせていただいた。
![]() 牧田総合病院の検診センターは、わが国の人間ドックの草分けの一つで,この会も今年で42年目ということだ。 今でこそドック検診は常識だが、半世紀も前に其のアイデアをスタートさせた笹森先生の先見の明には感服させられた。と共にこのドックで毎年検診を続け、自己管理を行い、ドックを支持してきた会員の皆さんに敬意を表する。 病気になってからでなく、予防のために検診を、しかも数日間入院すると言うことはなかなかできるものではない。 事実、検診率の一番悪いのは、大学病院の医師達だと、保健所からは何時もお小言をいただいてきた。 我々抗加齢医学に携わる者も、アンチエイジング・ドックを提唱しているが、僕個人としては、本当は人間ドックの中に含まれて良いのではと思っている。 強いて言えば今までのドックがどちらかと言うとがん検診に重点が置かれていたのに対し、アンチエイジング・ドックは其の人の生物学的年齢、それをリアルエイジと呼んでいるが、その測定に重きを置いていると言えるだろう。 いずれにせよドックというのは、検査結果を出すだけが目的ではなく、それを指標に健康なライフスタイルを維持するのがその目的である。 このモチベーションを維持することが正直なかなか難しい。その為の数値目標と考えればよいのではないか。
今日は一日この本を読んでいた。
![]() 題名に引かれて読み始めたが、まことにまじめきわまる内容である。 男のというか人間の形成と生き方についての真摯な取り組みである。 内容は追って詳しく・・・
五人の子供がいて、それぞれが何人もの友達を伴って家に出入りしていると、最盛期には2,30人の男の子や女の子が我が家を賑わし、どれが自分の子かその友達か、見分けがつかなくなってしまうほどであった。
ま、なにも区別せんでもいいじゃんと、我が子同様に扱ってきたのが、今はもう立派に成人して社会人として活躍してくれているのはうれしい限りだ。 (配偶者曰く:あなたが勝手にそう思っているだけで、相手様は大迷惑かも。) このブログにも数回登場した、次男のぽん友のハーマン・ミラーのマッツ社長もその一人だが、今日はこれ又次男の中学時代からの無二の親友であるチャールズ、いやさアフラックのレーク会長に昼飯をおごってもらった。 ![]() 彼は今、日本通のアメリカ人経営者としてしばしばマスコミに登場しているので御承知の方も多いと思うが、日本の惨憺たる政治情勢に心を痛めているガイジン?の一人である。 僕も日本の行く末を心底から案じている一人だが、オバマ政権も漂流し始めているのでは?と問うと、 “いや、そんなことはない。充分実績を挙げています。”と具体的な数値と事例を挙げて、蒙を正してくれた。頼もしい限りである。 それに引き換え菅政権は?彼に言われなくても、もう末期的症状もいいところで、断末魔であえいでいるとしか言えない。嗚呼!
グランド・セントラル・ステーションはマンハッタンの中央駅である。
其の駅構内にあるオイスター・バーは100年の歴史を誇るシーフードレストランで、僕のような食いしん坊には、エンパイア・ステート・ビルよりも、マンハッタンのランドマーク的な存在だ。 ![]() 其のオイスター・バーが数年前に品川に第2号店を開いたと聞いていたが、行くチャンスがなかったが、つい最近、丸の内の明治生命ビルに第3号店が開店したと知り、同じビル内に直営店を開いた、ハーマン・ミラーの社長をランチに誘い、存分にマンハッタン気分に浸ることが出来た。 ![]() 内装は本店と全く変わらない。 オイスターも新鮮この上なく、又、ランチのチキンプレートは味もよくボリュームたっぷりで、1000円ちょっとなのは驚きだった。 ハーマン・ミラーの松崎社長は僕の次男のポン友で、マッツ、アヤ(子供たちの僕の呼び名)と呼び合う仲だ。 ハーマン・ミラー社はオットマン・チェアで知られる高級家具メーカーだが、近頃は内装と言うか、リビング空間のコーディネーターとしても評価が高い。 最近の傑作はアンチエイジング・チェアで、人間工学に基づいた設計であり、かけ心地がよいというか、座ることが楽しみな椅子で、僕もオフィスで愛用している。 ![]() これから是非、アンチエイジングなリビング空間のデザインも手掛けて欲しいと、マッツ社長に注文をつけてショールームをあとにした。
ゴルゴよりはるかに面白い読み物に遭遇した。
イギリスの諜報機関のドキュメンタリーである。 “事実は小説より奇なり”ということなのだろうか。 「Secret Wars」という題名で、MI5とMI6の100年という副題がついている。 著者はイギリスのゴードン・トーマス氏。これまでにスパイものを主に40冊ほどの著書を出版していると言う。 ![]() 第一次大戦にはじまり、第二次大戦、その後の原爆を廻るスパイ合戦。さらにはオサマ・ビン・ラデンを取り巻くアルカイダの世界。 月並みな表現だが、読み始めると巻を置くのが惜しいくなり、仕事にならないことおびただしい。 祖国の為?とは言え、仲間以外のすべての人を、その中には配偶者も含まれるが、騙しつつける生活。例えその身が消されてもその存在すら秘匿される過酷な運命。 正常な人間の精神の限界を超える者があるのではと思ったが、やはりそのために破綻をきたすこともまれではないようだ。 以前、イスラエルの特殊部隊、モサドの暴露本を読んだことがあるが、モサドの女性はスパイ活動のためにはセックスも重要な武器としての訓練を受けると言う、もちろん結婚相手を裏切ってでも。 又、日ごろのストレス発散の為に、仲間内のパーティは壮烈な乱交で締めくくると生々しく書かれていたのを思い出している。 スパイ活動は他人事として読む分にはこよなく面白い。又、情報収集が国際社会では不可欠なことは分かる。 だが現実に、これほどまでスパイは自分の人間性を蹂躙しなければ成り立たないものだろうか。読みながらしばしば考えさせられる。 翻ってわが国は、反対に諜報活動はないに等しいと言える。 もしあるならば、国民も知らないほど見事な覆面活動と言えるが、今のようなお粗末は外交を見せつけられると、そのような器用さがあるとは思えない。 菅政権もこの「Secret Wars」でも参考に、外交戦略を練り直したらいかがでしょう。
新年会から今帰宅したところ。
おかげさまで和気あいあいの和やかな会だった。 僕のスピーチは? “絶滅しつつある教養学派の時代遅れのずれた話で、皆さん退屈なされたんじゃないかりら・・・” というのが配偶者のきびしいコメントでしたが・・・ とりあえずはフォトをご覧ください。 ![]()
今日の午後、北里研究所病院で今年最後の患者を診て帰宅すると、どっと疲れが出て、着替えもせずソファにマグロのようにしばらく横たわっていた。
これで今年の仕事はすべて終わったという安堵感だった。 そして“越し方行く末”に思いを馳せた。 本当にいろいろなことのあった年だった。 で、最もメモラブルな思い出は? そう、ニューヨークから孫娘が来て、夏休みを我々と過ごしたことだったろうか。 このことはまた改めて。 もう夜も更けてきた。 ![]()
アメリカのキャンプ場は日本のような若者でにぎわう場所ではなく、どちらかと言えばつつましい庶民が、子供連れで自然と親しむ場所である。
ほとんどが国立か州立の公営で、広大な敷地の中に自然を損なうことなく、テントを設営する場所がゆったりと取られ、水場もそれぞれに確保されている、もちろん便所は共同だが。 その他シャワーや薪の用意されているところもある。 これらの設備については、ランドマクナレイのガイドブックに詳細に記載されているので、自分で適当と思われるキャンプサイトを繋いで、旅を続けることになる。 使用料は当時で、車一台につき1ドルほどだった。 やり方としては僕たちのように車にテントを積むか、テント付きのトレーラーを引っ張るか、いわゆるキャンパーと仕様の車で移動するかであった。 一番楽なのは最後の方法で、テントを張ったり畳むたびに、キャンパーがうらやましく思えた。 さてオルバニーを出発して最初の泊りはシラキュース付近だったと思う。 日本でもキャンプの経験のない男である。 最初の晩は随分ともたつき、皆が寝袋に潜り込んでいびきをかき始めるころは、真夜中をとうに過ぎていた。 キャンプの魅力は、モテルと違い自然の一部に溶け込んだ感じを味わえることである。 また、キャンパー同士すぐ仲間としてうちとけ、一緒にバーベキューをしたり、反対方向に行く同士では、行き先のキャンプサイトの情報交換をしたりする楽しさがある。 ナイヤガラを過ぎ、クリーブランドに差し掛かるころはもうすっかりキャンプ生活も板についてきた。 クリーブランドではちょうどそのころ、後に東京医科歯科大学の学長となる鈴木彰夫君がオルバニーから移って、心臓外科の修業をしていた。 鈴木一家に敬意を表し、“まだ先が長いから頑張って”と励ましを受けシカゴに向かう。 シカゴでは、これもまたオルバニーで知り合った留学生仲間と再会を果たし、一路西へ向かう。 ここからひたすら平野で40度近い猛暑の中を走り続けた。 窓を開けると熱風が吹き込むので、クーラーはなくても窓を閉める。当然車内は炎熱地獄で、後ろの席では男の子二人が些細なことですぐ喧嘩を始めたものである。 時折スーパーが見つかると、店内に飛び込んで一家で「涼」をとった。 そして10日後、ダコタのブラックヒルに到着。森の冷気に息を吹き返し、そこからはロッキーを超えて西海岸に達するまで、国立公園をはしごして、アメリカ大陸のキャンプの醍醐味を存分に味わう毎日が続く。
われわれの医療グループの事務局に、七人の新卒が入った。
昨日、今日と入社式とオリエンテーションである。 不肖名誉院長も駆り出されて、訓示を垂れる仕儀となった。 こういうのは最も苦手とするところですなぁ。 予定が錯綜して突然のご指名だったので、しどろもどろの挨拶になったが次のようなことを云ったような記憶がある。 「おめでとう、諸君! これまでの20年ほどは準備期間で、これからが人生の本番だ。 学生時代の殻を捨てて、新天地に飛び込んでほしい。 まずは先輩が企業での仕事のルールを指導してくれると思うが、僕が名誉院長として言いたいのは、まず完全な頭の切り替えである。 君たちは15,6年間かけて、日本の“受け身の教育”を身につけきた。そこでは、正しい答えは常にどこかに存在し、学生の役目はそれを見つけて鵜呑みにすることだけだったはずだ。 だが、いったん社会に出れば、仕事の上では正解が一つとは限らない。また、正解はまだだれも持ってないかもしれない。 その正解を自分で探し出すのがこれからの仕事である。 ただツッパレと言ってるのではない。 慣れるまでは先輩の指導に従う必要がある。 だが課題を与えられて、先例というか答えがすぐ見つからぬ時は喜んでほしい。 自分が新たに答えを出すチャンスが来たと。 君たちがこれから取り組もうとしているアンチエイジングの世界は、我々にも未知の世界である。 将来どう発展するかではなく、どう発展させるかという意気込みで取り組んでほしい。 僕が理事長を務めているアンチエイジング・ネットワークのモットーは “未来を予測する最も確実な方法は、自分で造り出すことだ”ということを忘れないでほしい。 < 前のページ次のページ >
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![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日) by n_shioya 以前の記事
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