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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
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それは奇妙な映画だった。
![]() 人を食った、よく言えば、フランス風に洒落のめしたとも言えないこともない。 初老の妻子持ちの男と、中年の女性との不思議な出会い。 それに二人の飛行機への夢が錯綜する。 映画通には結構評判は良いようだが、我々素人は何かこう翻弄されたような気分で、でも、色々な仕掛けやどんでん返しは面白いし。 まそれが90になったアラン・レネ監督の思うつぼだったのかもしれない。 「幾つになっても男と女」という、我がアンチエイジング・ネットワークの趣旨にぴったりの映画と言えないこともないが。 これでは何のことかわからないという向きは、ともかくご覧ください。 今、岩波ホールで上映中の「風にそよぐ草」である。
昨日のブログはいささか感情的で、舌足らずだったので補足を試みる。
問題は、行政の委員会は出来レースだと言うことに尽きる。 行政に都合のよい結論を出してくれる御用学者で大半を押さえた諮問機関で、ときには国民を欺く結論を出させる。 もし結論が不都合なら、其の委員会の存在さえ消してしまうこともまれではない。僕は自分でその被害に会っている。 災害直後の議事録がないなどというのも、不都合だから処分したに違いない。 官僚はそれほど卑劣狡猾な人種である。 結論ありきの議論が無意味なのは、反原発の議論にも言えることは賛成である。 いろいろな意見が噴出して当然だ。だが、その判断は直接利害の無いものによって下されるべきである。 問題は今の場合、検証する対象から金をもらっている御用学者には、其の委員になる資格がないということである。 もし御用学者を入れるなら、それは最小限に抑え、反対派や特に被害者のメンバーも入れるべきであろう。 また、産学協同が悪いというのではない 現在学問の世界でも、産学協同は奨励されている。研究がすべて国家予算で賄えというのは、現状に会わないことは言うまでもない。 だが、我々は研究発表の際、研究資金がどこから出ているか、具体的には企業の資金が入っているかどうか、また、研究者本人が其の開発にかかわる特許を有しているか、つまり利害関係があるかどうかを明確にすることが要求される。 つまり、御用学者は金と権力に毒され、この二つに犯されている、破廉恥な確信犯だと言うことを言いたかったのだ。
恥を知れ、御用学者たちよ!
呆れた話で、カッカ来て正確ことは忘れたが、二日前の朝日の記事はおおよそこんなことである。 政府の設けた原発の検討委員会の委員の三人が、東電から研究費を2000万円ほどもらっていたということだ。 東大ほかの教授である。 今回の事故発生直後、東大を筆頭に御用学者達が如何に政府弁明に努め、恥知らずに国民を欺いたか、記憶に新しいところである。 まず、政府委員としての利権にしがみついて、学者としての生命を犠牲にする愚か者たち。 又、検討の対象となる企業から金をもらっている者に、検討委員の資格がないこともわからぬ行政。 このような、国民の不利になることを許し、追及を続けないジャーナリズム。 それを問い質そうともしない国民も国民である。 3・11の原発事故後2週間ほど、僕は頭がおかしいのではと言われるほど、日本列島の危機と東電、行政の隠ぺいと欺瞞を叩き続けた。 今になって不都合な真実がボロボロ出てきても、東電は其の傲慢な体質を改めようとしない。 そして永田町は政変に明け暮れている。 又、財務省のシャイロックどもには、消費税アップのいいチャンスでしかない。 のらりくらりと先延ばししないで、まず、救済と補償をスタートし、責任者の処罰を断行せよ。 そして、東電の会長と社長よ、自腹を切れ! それが金銭面であろうと、日本刀を使おうと。 そして御用学者たちよ。 もう学者としての生命は絶たれたのだから、潔く退職して、国民に謝罪せよ! そしてフェースブックの皆さん。 脱原発の国民運動をスタートしましょう。
今日一日を振り返ってみよう。
まずランチは “熊浩”で、美女軍団と共に。 ここはグループの総帥三山氏の名前を冠した割烹料理店。 クリニックから数分のところにある。 三山氏が青山から引き抜いてきた、腕利きの板サンが腕をふるう。 率直に言って、味は辻留や吉兆をはるかに凌ぐ。 申し訳ないが一般には開放されていない。 ![]() ![]() 一時からは読売新聞の取材。アンチエイジングの特集を組みたいという。 手法が先行しているアンチエイジングについて、まず、アンチエイジング何のためということを考えて欲しいと頼んだ。 そしてNPOアンチエイジングネットワークのHP編集会議。HP制作会社武藤女史の出番である。 ついで「ダイエットアンドビューティ」の方々と今年度の活動について意見を交わす。今の情けないエステの現状を嘆いたところで、日本全身美容協会の松本氏が、アメリカからの新しい美容機器の会社の方々を伴って訪れる。 ここでも医療とエステの協力体制の必要性が話題となる。 そして今、帰宅していささかの疲れを感じたのは、年の為だけではないと言っても許していただけるだろう。
男が4人。何をたくらんでいるのか?
神戸ポートピアホテルの一郭。 五月に開催予定の市民講座の打ち合わせである。 ![]() 会員2000名を誇る日本創傷・オストミー・失禁学会に合わせ、我がNPO法人創傷治癒センターの共催で、市民公開講座を開催することになった。 二日間の学術集会のコリをほぐし、一般市民の啓蒙も兼ねて、チェリスト吉川さんの語りを交えた演奏と、アンチエイジングの専門家に“若返りのコツ”をお話しいただく2時間のイベントを予定したのである。 何時行っても神戸は楽しい街である。 横浜も港町だが、神戸の魅力は背後に六甲山を控えていることだろう。 そして西洋料理、ケーキ類の発祥の地でもある。 三宮にあるパティシエ“ツース・ツース”で名物のタルトを孫のお土産に買って、新幹線で戻ってきた。 交通機関の発達で、日本中どこでも日帰りが可能になったが、やはり移動した距離に比例して疲れを感じるのは年かもしれぬ。
無事、パラマウントの「褥瘡のセミナー」の座長を終えて帰宅した。
いつもながら看護師さんや愛護しさんの熱心さには、感心させられる。演壇から眺めていると、4時間の長丁場で居眠りをしているものは一人もいない。 よくテレビ中継で見る、大半が居眠りか私語にふけっている国会風景とは大違いである。 褥瘡は昔は床ずれと呼ばれていた。 ![]() 昔は何か病気でベッドに伏せっていると出来て当たり前という感じだった。 それが、褥瘡学会ができて10年。 褥瘡は防げるし、治療できると叫び続けた甲斐があって、発生頻度はぐんと減ったという。 それには二時間ごとの体位変換という看護側の献身的な努力のほかに、ベッドの進歩、耐圧分散マットレスの開発などが預かって大きい。」 この九月には世界創傷治癒学会が横浜で開催される。 そこでも褥瘡治療が主役となるだろう。楽しみである。
今日は実に愉快な食事会で、10年は若返ったろう。
飲み、食らいかつ活談論風発。 メンバーは群馬大学の皮膚科の阿部講師、大阪医大の看護学の松尾講師、そしてパラマウントベッドの方々である。 ![]() ![]() 明日開催のパラマウント主催の「褥瘡対策セミナー」の打ち合わせだったが、阿部講師の父君は今は松江で開業されているが、形成外科学会でのポン友。優秀な形成外科医であるばかりでなく、玄人はだしの落語家。学会のたびに余興で楽しませてくださった。 講師は僕が敬愛する真田軍団のメンバーである。 肝心の打ち合わせはどこやら、食いものや、外国旅行の思い出に話は弾んだ。 レストランは京橋ドン・ピエール。 不覚にも僕は知らなかったが、20数年の歴史のあるフレンチ・レストランである。久しぶりに、血糖値やコレステロールを忘れて、フレンチを堪能した。 アンチエイジングの輩がなんと言おうと、A1cは4月から上限が5,8から7.2に昇格すると言うし、コレステロールは高めの方が癌の発生は少ないと言う人もいるではないか。 とはいっても、この週末はカロリー・リストリクションに戻ることにするが。
悩んだ末、学会の特別講演「形成外科の裏街道」の抄録は以下のようにまとめた。
「振り返ってみると、形成外科の歩みは茨の道だった。 今でこそ医学界では、形成外科は当たり前の科であるが、ここまで来るのは苦難の連続であった。 しかもまだ一般には、形成外科という名前さえ認知されていないのにがっかりさせられることが多々ある。 我々が始祖と仰ぐ、16世紀のボローニヤ大学教授のタリアコッチは、決闘で失われた鼻を、当時としては画期的な上腕皮弁で再建を試み、それに成功したが故に、当時の教皇から破門された。 まず僕の言いたいことは、形成外科自体が外科の裏街道を歩んできたということである。 形成外科が再建外科として認知されるのは、20世紀に入り、二度の大戦を経て、戦傷者の社会復帰への貢献度が評価された為といわれている。 再建外科でもこの有様だから、美容外科が認知される為には更に大きな壁を乗り越えなければならなかった。 いや、まだ完全に認知されたといえないのが現状である。 かつてのアメリカの禁酒法の愚行でも分かるように、弾圧されればそれだけアングラ行為がはびこるのは世の常である。 およそこの世の全てには、表と裏が、別の言葉でいえば光と影があるが、美容外科は形成外科の影の部分として、ほぼ一世紀に渡り裏街道を歩まされてきた。 そして裏社会がかもし出すトラブルが、表を歩こうとする者たちの足を引っ張ってきたことも否めない。 このように医学の専門分野に表と裏があるように、更に学会内部にも表と裏の抗争があることは、形成外科に限らない。 しかも、しばしば表裏が反転して、熾烈な逆転劇になるのは、キックボクシングを思わせるものがある。 男性学の大家、札幌医大の熊本名誉教授の説によれば、闘争心の源はテストステロンにあるという。 したがって、歳を取って丸くなったというのは、単にテストステロンが欠乏したに過ぎないというのが彼の持論だ。 そもそも闘争心と向上心の線引きは難しいものがある。 ただ、人命を預かり、福祉に貢献するのが医学の使命とすれば、学会に関わるものも、過去のいきさつを勘案しながら、バランスの取れた発展に努めるべきだろう。」 学会の講演にしては品格がない? でも品格のない医師が多いもので。
今日は我々グループの「定例ミーティング」が行われた。
発毛の臨床と、毛髪の研究に特化しているグループである。 現状の分析の後で、日本医大からお招きした小川令準教授のお話を伺った。 テーマはメカノバイオロジーという、新しい分野である。 これまでの分子生物細胞学では、どちらかというと化学物質による細胞の活性化に主眼が置かれていた。 だが、細胞は立体的な構造物である。当然、周りの環境から力学的な影響を受ける。つまり機械的な刺激が如何に細胞の内部に変化を起こし、細胞の活動に影響を与えるかという研究で、張力、圧力が多いに関係すると思われる、傷跡特にケロイドの原因解明と治療に役立っているという。 この手法はいずれ発毛にも役立つかもしれない。 小川先生はまだ30代の気鋭の形成外科医である。 素晴らしい基礎研究を次々に発表しているだけでなく、臨床面、つまり患者の治療でも見事な業績をあげておられる。 会議終了後は、新年会を兼ねた食事会。 グループの主要メンバーをフォトでお目にかける。 ![]()
不思議な映画だった。
始めから終りまで、厨房の場面に終始する。 レストランの名は「エル・ブリ」。 スペインにあった実在のレストランで、世界一予約の取りにくいことで知られていたという。 其のレストランの“台所”のドキュメンタリーだとは知らなかった。 ![]() 主人公はオーナー・シェフのフェラン・アドリア。 ヌーベルキジ―ヌを超えた、芸術的な創作料理である。 “おいしいだけではだめだ、驚きがなければ”というのが彼の信念である。 毎年冬にかけて半年は休業し、新しいメニューの開発に専念する。 何もそこまでこらなくてもと思うのは、グールメと程遠い素人の悲しさか。 昔、箱根のオーベルジュ・オー・ミラドウで熱傷学会の会長招宴を催したことがある。 50人のゲストで満杯のレストランで、次々に出される料理は、完璧としか言いようがなかった。 厨房はさぞ戦場のようだったろうと、勝俣シェフの指揮のあり様を想像したものである。 その一端を、この映画で垣間見た気がする。 ![]()
読み始める前に其の評を書くというのは著者に失礼かもしれないが、この中国系アメリカ女性、エイミー・チュアが書いた「最強国の条件」は、序の文とあとがきだけでも、其の違例ともいえる行為を誘発させる魅力がある。
![]() まず序文から、 「(前略」 この本での私の主たる関心は、1990年代後半に、当時のアメリカを形容するのに使われていた『最強国』(ハイパーパワー)という概念である。 (中略) 『最強国』の歴史において、肝要は勃興と、また不寛容は衰退と、密接に結びついている。そうだとすれば、寛容政策を続けることによって『最強国』は何時までも世界を支配していられそうなものである。だが残念ながら、事はどうやら、それほど簡単でないようだ。 “衰退の原因は、寛容さによって撒かれるのが常である。” そう、すべての『最強国』の事例に置いて、寛容さは不寛容の源なのだ。そして寛容さはやがて天井にぶち当たり、『最強国』社会の中に対立関係と憎悪を生み出すことになる。何かをきっかけにして、ついには暴力の大波が襲いかかり、『最強国』の衰退がはじまる。 (後略)」 今のアメリカの苦悶を的確に言い当てているとおもう。 では、“アメリカが選択すべき未来”はなにか? それは、これからゆっくりと読ませていただくこととする。 最後にあとがきから、 「(前略) むろん、いくらアメリカが寛容だと言っても、それが極めて不完全な形に置いてであるのは百も承知だ。だが、現に私の両親は吸い寄せられるようにしてアメリカにやってきて、この地で成功をおさめている。アメリカ社会は、書くも貧しい中国系移民の夫婦が、大成功を収めることを許してくれたのだ。私たちはアメリカ人に同化していったが、それも自分たちで望んでそうした結果である。こんなアメリカは、やはり寛容な社会だと言わざるを得ないというのが偽らざる感想である。 (後略)」 帰化したアメリカ移民だけでなく、他国民の大方もアメリカに対して持つ愛憎の心情を、見事に言い表しているではなからうか。
「政治家の殺し方」という、いかにも幻冬舎風のタイトルの著書で、中田宏氏が“現役市長を辞した今だからこそ語れる、誰も知らない政治の実態”を暴露した。
要は市議会と市庁舎に巣くう守旧派勢力が、根も葉もないスキャンダルを仕立てて、マスコミをあおって失脚をたくらんだということのようである。 政官財が結託して既得権と利権にしがみついている図式は、まさに永田町・霞が関の縮小版である。 マスコミもマスコミである。 よく“火の無いところに煙は立たない”というが、火のないところでは発煙筒をたくのもマスコミの仕業、ということらしい。 昔、朝日新聞の重役に、“真実の報道と営業政策が齟齬した時、どちらを選ぶか?”と問うたら、“そりゃり営業ですよ”、と当然のように答えが返ってきたことを思い出す。 社会の木鐸とはよう言ったものだ。 現代社会で、チェック機関なしにふんぞり返っている、唯一の暴力団体がマスコミである、というのが僕の持論だ。 勿論大半のジャーナリストは、真剣にその責務を果たそうと頑張っているのはよく承知している。だが、中にはヤクザまがいのブンヤも横行している。 不勉強だったり、筋書きありきでとても取材は受けられないと断ると、それではどんな用に書かれても、知りませんよ、と絵にかいたような脅迫文句を吐く輩もいた 犬が人を噛んでも二ユースにならないが、人が犬をかめば特ダネになる、という言いは、ジャーナリズムの本質をついている。 身の安全の為に隠ぺいに徹するのは権力側の常で、それを暴くのがジャーナリストの使命であることは解る。 だが、其の体質がの為、為政者の些細なスキャンダルは針小棒大に書きたて、その功績を取り上げることをおろそかにする。 ま、建前がどうあろうと、どう綺麗ごとを言おうと、ジャーナリストとて、其のたたく対象の権力側と同じように、保身と出世の奴隷であると思えば話は解りやすいが。
この四月の日本形成外科総会で話す予定の特別講演の準備で伸吟している。
会長の内沼教授から、“題名はどうされます?”ときかれ、冗談半分に“「形成外科の裏街道」はどうだい?”と言ったら、“それでお願いします”とあっさり同意されたので、すべてはこちらの責任である。 が、考えてみると、形成外科は発足当初から迫害を受け、いわば医学の裏街道を歩んできた。 まず、16世紀のタリアコッチ。決闘で失われた鼻の再建に成功し、今では形成外科の始祖と崇められているが、当時は法王庁から破門という厳しい処分を受けた。 “神が造りたもうた人の体を、一部とはいえ、人間が真似て造るのは神に対する冒涜である。”というのが其の宣告の理由だった。 そしてほぼ4世紀に亘り、この分野は冬眠を続け、20世紀初頭に復活する。 それには19世紀に無菌法と麻酔の開発で、外科手術そのものが飛躍的進歩を遂げたのが根底にあった だが、救命や機能回復の為ならともかく、ただ形を整えるためにメスを加えることには批判があった。 それが正当化されたのは、第一次大戦がきっかけである。 その頃発達した破壊的兵器、つまり銃砲で顔面を吹き飛ばされた兵士の顔の修復である。 彼らには家族を養うためには、其の醜形を再建して社会復帰する必要があると言うのが、其の正当化の理由であった。 そこからさらに、正常な容貌にさらに手を加える、いわゆる美容整形が医学界で認知されるには、さらに大きなハードルがあった。 これほど美容外科が一般化し、テレビの人気番組に取り上げられるようになっても、いや却ってその為に、美容外科に対する偏見は根強いものがある。 又、悪徳美容外科医の生み出すトラブルの数々が、正当な美容外科と形成外科の足を引っ張っているのが、いまだに悲しい現状である。 という訳で、冒頭に述べたように、形成外科自体が外科の裏街道を歩んできたが、それとは別の次元で、形成外科学会自体に、政治的と言えば聞こえがいいが、さまざまな裏の動きがあった。つまり何処の世界にもある権力闘争である。 そこに焦点を当てるかどうか、今悩んでいるところである。 勿論、大方の期待はそこにあるのは解っているが、あまりにも生臭い話なのと、まだ御存命の方もおられる。 だが、其の裏話のほとんどを見聞きしているのが、もはや僕だけになってしまったので、記録にとどめておきたいという気がしないでもない。 漱石の作品に「三四郎」というのがある。 三四郎は小説の主人公ではあるが、そこに展開する出来ごとの傍観者にすぎない。 いっそ、「三四郎の観た形成外科学会(の内部抗争)」ということでご勘弁いただくとするか。
誰でも病院に行くのはおっくうなものだ。
それが、其の医師に会うのが楽しみで、診察の後に癒された感じで病院から送り出してくれる医師は、貴重な存在である。 我が北里大学は“患者本位”という当たり前の筈のことをスローガンにスタートしただけあって、そのような医師に恵まれていると思う。 其の中でも、整形外科の高相教授は抜群に評判がいい。そして脊椎疾患の権威である。 実は今日、僕もその恩恵に浴してきた。 ![]() 年末にレインボーブリッジで追突事故に会い、愛車を変えざるを得なくなったのは既報の通り。 幸い直後からなんの自覚症状もなく、「鞭打ち症」に至らなかったのは、不幸中の幸いだったが、加害者や保険会社の意向もあり、今日、古巣の北里大学病院で、精密検査を受けてきた。 MRIを綿密に診た教授の見立ては、“事故の影響は全くありませんね、ま、年相応の変化はありますが。”ということだった。 実は、事故の為の障害は無くも、精密検査すれば何かもっとやばいことが見つかるのではないかと、診察前は心穏やかでなかった。 それが、物腰の柔らかな高相教授の懇切丁寧な説明で、すっかり晴々した気持ちで、自分の銀座のクリニックに戻ることができた。我ながら単純なものである。 現役を退いてから、医師対患者の立場が逆転することが多くなり、医師の一言が如何に患者の気持ちだけでなく、治癒にも影響を与えるか実感させられることが多い。 以前、あるトラブルで卒業生に診て貰ったとき、こちらとしてはどんな指示をだされても、何とか努力して治癒を目指す覚悟だったのに、“あ、先生の年じゃ、改善は望めませんよ、これからは悪くなるだけですから。”とこともなげに言われ、痛く傷ついた覚えがある。 学生時代に、実習で“可愛がった“お返しだったのかもしれない。 いずれにせよ、そのような医師を造ったのは、こちらの責任でもあるので、大きなことは言えないが。
久しぶりに映画を観た。
「ショパン 愛と悲しみの旋律」である。 ![]() ショパンの映画は戦前に黒白で「別れの曲」というドイツ映画が大ヒットした。数年前にショパン生誕200年記念でリバイバル上演もあった。 今度の作品には正直がっかりした。 ショパンの名曲はふんだんに鏤められ、マヨルカの自然も美しいが、肝心のジョルジュサンドがいただけない。ファム・ファタールの凄味が全くない。 ショパン役はまあまあだが。 又、筋立ても、何が描きたかったのか、サンドの男遍歴なのか、乱脈なサンドの家庭状況なのか。 ![]() そう言えば昔の「別れの曲」は、パリで成功したショパンが、故郷の恋人を捨てて、サンドとマヨルカに逃避するところで終わる。 其の恋人の別れの言葉、“アデュー ムッシュー ショパン!”は、まだ僕の耳の中で響いているのだが。
テレビが「政治」を動かすようになって久しい。
始まりはケネディとニクソンのテレビ対決だったと思う。 その後エスカレートして、小泉純一郎のような天才的ギャンブラーが大手を振って政局を振り回す、「劇場型政治」へと堕落した。 政治だけでなく、中立的であるべきニュース報道も、「ワイドショウ的」になり、視聴率がすべてという哀れな媒体になった。 当然「医学番組」もその影響はまぬかれない。 勿論真面目な番組もあり、日進月歩の医療の世界では、我々医師でも専門外のことは、テレビ番組で知ることも少なくない。 だが、視聴率を上げるためには、“世界初”とか、“これですべて解決”とか、“神の手”とか、詐欺まがいのどぎつい表現が横行しはじめている。 そのような低劣な番組に視聴者がなびくのは、日常での診療場面での医師の説明不足もあるし、また、テレビにまで取り上げられる最新情報に取り残された不勉強の医師の存在も否めない。 取材を受ける側としてはいろいろと言い分がある。 まず、そもそものテーマ設定が、ちょっとした風評的なことから始まり、ディレクターの個人的な聞きかじりで、取材先を選び、妥当と思われる専門家のところにたどり着いた頃には、すでにある程度のシナリオが出来ていることが多い。そして専門家の取材は、そのシナリオに会った言葉を引き出すだけなので、本人の意図と180度反対のメッセージに変貌してしまうこともまれではない。 その為、啓蒙ではなく増蒙になることもある。 もはやテレビは、医者にとっても未だ最重要な啓蒙手段であり、またそうでなければならない。 殊に、ネット上に中傷を含めた怪しげな情報が氾濫し始めた今、ある程度同業医師の批判に耐えられる正しい情報を取材記者に伝える必要がある。 「自己宣伝」と「啓蒙」との線引きは困難かもしれない。 だが、医師たるもの、最新の知識を正しく一般に伝えるのは義務と心得、その為に、医療と一般人の仲立ちをする重要な存在としての、マスコミとの付き合い方を習得すべきであろう。 ![]() 今日は銀座のライカ事務局の美女軍団とアメリカンクラブで会食。 ライカとは何ぞや、という説明はさておいて、ボリュームたっぷりのアメリカ風のディナーにご満足いただけたようである。 そして良くも悪くも、アメリカンの雰囲気も。 ![]() アメリカから帰国してから50年間、ホームシック(アメリカ帰りたさの)を癒してくれたのが、このアメリカンクラブであった。 アメリカ人は2,3年で入れ替わるのが多いため、最近のメンバーは会員番号が5ケタで、僕のような4ケタは貴重な存在になってきたようだ。 始めは木造の、いかにもカントリー・クラブ風だったが、その後少しモダーンな造りに建て替え、今回は2年かけて新築。大分広く立派になったが、クラブというよりホテルに近い感じで、まだちょっと馴染むのに時間がかかりそうだ。 去年、丁度新築して移転した直後に、3・11が発生し、相当数のアメリカ人が帰国、一時開店休業を余儀なくされたが、新しい年を迎え、徐々に活気を取り戻してきた。 現役時代は毎年1月15日の成人の日に、教室関係の方を招いて新年会を開催していたのも楽しい思い出である。 23年続けたわけだが、天気には恵まれ、不思議なことに曇りや雨のことはなかった。 まだアメリカへの郷愁を捨てきれない僕にとって、アメリカンクラブは死ぬまでホーム・アウェイ・ホームであり続けるだろう。
今日は久しぶりに女子医大の皮膚科の川島教授とともに、自由が丘クリニックのグループと会食をした。
![]() 何時もながら、自由が丘には旨い食いもの屋が多い。 古山先生が、自由が丘を活動の場に選んだのはまことに賢明である。 今日の店は「魚こばやし」といって、石原慎太郎や鳩山なども顔を出す、知る人ぞ知る魚料理の店である。 夕方の雨が予報通り、雪に変わり、吹雪の第三京浜をスタッドレスに命を託し帰ってきた。 だが、ニューヨークの雪はこんなもんじゃなかったと思いだしながら。
数日前から軽い腰痛を感じていた。
無理して動いていたせいか、今日はついにダウンしてしまった。 僕は体のつくりが、頭蓋骨の中味同様原始的にできてるせいか、文明病の一つの腰痛に悩まされたことがなった。 前から楽しみにしていた、松倉君の代官山クリニックのお披露目と、高須導師の誕生パーティを二つともキャンセルして、家で横になっていた。 神経の圧迫症状は無いので、素人診断だが、椎間板ヘルニアといった深刻なものではなさそうだ。 多分、筋肉痛か、昔インターンの頃によく診断をつけていた、仙骨腸骨接合部のストレス程度であろう。 きっと運転が悪いのよ、というのは細菌何かにつけて僕から免許証を取り上げようとチャンスを狙っている配偶者の見立てではあるが。 昔学生の頃整形外科で腰痛は「伏摩殿」だと教わった。つまりはっきりはしない原因が諸々潜んでいて、治療に難渋すると言うことである。つまり霞が関の外務省のようなものらしい。 だが腰痛はそもそも人間が二足歩行を始めたことに原因があると言うのが定説である。 人間の体は、胸腔と骨盤という二つの重量物を唯数個の腰椎が繋いで支えている。四足でそれぞれを支えていた時と違い、両者のストレスを腰椎が受け止めることに無理があると言うのだ。 そして今日一日寝っ転がって、重力から腰椎を開放してやったら、だいぶ楽になった。 だが、明日は又二足歩行の一日が始まる。 勿論車での横浜東京往復は自分で運転する。 長距離運転が腰に悪いとは、死んでも認めるつもりはない。
きょうはISAPS日本支部の新年会。
ISAPSとは国際美容外科学会の英語名である。 形成外科の専門医で、美容外科にも通暁していると国際的に認められた医師達の集まりである。 日本人会員は現在77名。 あえて言わせてもらえば、美容外科のエリートたちといえるだろう。 勿論、会員でなくても立派な美容外科医もいるし、又会員すべてが完璧とまでは言いきれないのは、どんな資格でも共通ではあるが。 ただ、現時点で美容外科医の評価の基準としてこれに勝るものは無いと言っていいだろう。 ![]() すでに引退した後期高齢者に与えられた任務は、ほかの場合と同様、乾杯の音頭であるが、会費も免除されている身としてはまことに名誉なことである。 ![]() この好青年は日本医大出身の青木君。グリーンウッド・クリニックの院長である。 ![]() 彼はこの事務局の美女二人に魅せられて、面倒な事務局長の仕事をこなしてくれている。
アイパッドを使い始めて2週間。
買うまでは半年迷ったが、いまは十二分に満足している。 まだ、存分に使いこなすには程遠いが。 ![]() 実は大晦日に買ったおかげで、三ヶ日がつぶれてしまった。 タッチパネルに慣れずミスを繰り返したり、アプリのダウンロードでひっかかったり、悪戦苦闘を続けたことは、既に報告した通り。 こちらが3,4時間苦闘していると、小学生の孫がやってきてシュッと人差指で払うと画面がピット決まる。あっちはゲーム感覚で気軽に操作するので、とてもじゃないがかなわない。 そこでプライドを捨て、老うては孫に従えで、一通り使いこなすようになると、こんな便利なものはない。 まず、早い。蓋を開ければさっと立ちあがる。 又、軽いので、外出の時のお伴にもってこいである。 そしてスマートフォンよりはるかに画面が大きいので、苛立ちがない。 何よりよいのは、寝っ転がって仕事ができることである。 長文を打ち込むことはやはりパソコンが便利だが、ほかのことはほとんどアイパッドで済ますところまでになった。 ことにフェースブックの対応にはもってこいである。 なんでもっと早く導入しなかったかと悔しく思うのが今の心境である。
浅草には日本の昔が息づいている。
狭い路地に並ぶ、食べ物屋。普段着で行きかう芸者衆。見番。盆栽市。そして勿論浅草寺。 エステ業界の雄、滝川会長のお陰で、三社蔡、植木市などと、随分と浅草を堪能させていただいた!。 今日は「お蕎麦屋さん」である。 元来は昨日お会いするはずだったのが、水曜日が休業日ということで、今日の会食になった。 ![]() 話は勿論、エステ業界のこれからである。 御承知のように僕は、20年ほどエステ業界に関わってきたが、数年前から目を患って、その治療の為にすべての役職から退いていた。 エステティッシャンの資格制度。サロンの認定。器機の基準づくり。 その後遅々として進んではいるようだが、まだ道は半ばである。 幸い体調も落ち着いてきたので、このへんで又、エステと医療の好ましい協調関係を築くお手伝いが出来ればと、会長にお伝えした。
大森での「よみうりカルチャーセンター」の第一回を無事終えた。
こちらには馴染みの薄い初めての場所で、センター側もこのテーマは初めてなので集客が心配だったが、7人の熱心な30から40代の女性が参加してくださり、サンデルとまではいかないが、“白熱教室”を展開することができた。 ![]() 初回の今日は「お若いですと言わせよう」という近著の題を拝借して、イントロダクションとした。 2月は「肌の若返り」、3月は「体型を整える」というテーマである。 話の内容は、これまで何度も他で披露したことではあるが、毎回それなりに工夫を凝らしているつもりで、それが又自分の勉強とアンチエイジングになるのは有難い。
今日はフリーペーパー「ミタメ」の編集会議だった。
これはメディプロデュースの女性達が女性による女性の為に発行しているフリーペーパーで、僕は一介の顧問にすぎない。 ![]() だが、いつも編集会議は、彼女らの好みの洒落たレストランで開催されるので、僕はもっぱら、ランチの御相伴にあづかり、時々頓珍漢な発言をするだけである。 季刊なので今日は正月号の報告と、四月号の編集の企画だった。 もっぱらの話題は、次号の表紙には何方にお願いするかということのようだ。 いろいろなタレントの名前が挙がったが、僕は顔はおろか名前も知らない方ばかりである。 ただ、美人で、多少スキャンダラスとまでは言わないが、人生の様々の波風を乗り越えたりという、共通点がある方々のようである。 ![]() 興味のある方は先ず正月号を手にされて、四月号がいかなる姿で出現するか、想像をたくましゅうしていただきたい。
今日は久々に“活きのいい若者”に出会って、上機嫌になった。
東大の教養学部の文科の一年生。 最近の教養学部は、草食男子の吹きだまりかと思っていたら大間違いである。 昼飯を食いながら、3時間近くも話しあったろうか。 ![]() 彼は語学に堪能なようだ。英、仏、スペインそれに今は死語となっているシリヤ語に取りつかれているという。 話は政治、経済、そして宗教にまで及んだ。 今の反教会風潮の原因。カトリシズムの詭弁。 話は尽きない。 神の存在の議論は次回にまわした。 又音楽をよくすると言う。 僕の好きなバロックリュートの名手であるとは、別の知人から聞いていたが。 では一度、山手でサロンコンサートでもと、話は進んだ。 僕が彼に与えたアドバイスの一つは “授業などでなくてもかまわない、どうせ教科書に書いてあることばかりだから。それよりも、将来自分がやりそうなことと最も対極にあることに二年間は没頭せよ”ということだった。 なぜなら医者をやめた今、其の時の遊びの遺産で僕は生かされてると感じているからである。 ![]() 其の彼の母君は、今が旬のメディカルジャーナリスト、宇山女史である。 ちなみにお二人とも、フェースブックの常連だそうだ。
新年会の写真が今一枚送られてきた。
![]() 埼玉医大形成外科の市岡教授とスミスアンドネフューの内藤女史である。 市岡君は埼玉医大につとに創傷治癒センターを設立し、湿潤療法の正しい啓蒙に励んでいる。 また、内藤女史はジョンソンアンドジョンソンからヘッドハンティングされ、今やスミスアンドネフューの大黒柱である。 この二人でスクラムを組んで、国際創傷外科学会を応援してくれるという。 頼もしい限りである。
みなとみらいのインターコンチに、いつもの美女軍団(ドールズ)が年の初めを祝って集結した。
ドールズが集まれば、ガイズも寄ってくる。 ここでその一部を、 いま旬のビューティライター海野女史とフェースブックで華麗なベリーダンスをご披露している古賀亮子嬢。 ![]() 我々夫婦の間にはジョンソンアンドジョンソンの奥沢玲子お姉さん、僕の左は自由が丘の陰の実力者北村女史。 ![]() 前列僕の左は、皮膚科の権威、ニュー上田クリニックの上田先生と宇津木流クリニックの宇津木先生。背後の左はガシー・レンカーの糸山女史とKCIの門間さん。 ![]() 時計回りに、M&Mクリニックの今野先生、聖路加の形成部長大竹先生。そし関西の大学で美容外科もテーマにされている谷本準教授。その隣はライターのさえき女史そして聖路加の松井先生。 ![]() 左からゴルフダイジェストの宮野編集長、そして古賀玲子さん(亮子さんのお姉さん)自由ガ丘クリニックの王者古山先生。そして電通の角田局長。 ![]() ホテルのスタッフに撮ってもらったフォトから選んだので、抜けている方もあったら御勘弁を。
ささやかな新年会を終えて今帰宅。詳細は明日又。
新春の初セミナーは“飛鳥Ⅱ”で済ませたが、来週からいよいよ本番。
まず、大森の「読売カルチャーセンター」のシリーズが来週から始まる。 場所:大森駅アトレテーマ:「見た目のアンチエイジング」 サブタイトル:元気に若々しく生きるために 第一回:「アンチエイジングとは何か」―1月18日(水)13:00 第二回:「みためのアンチエイジング」―2月15日(水)13:00 第三回:「サプリメントの選び方」 -3月21日(水)13:00 詳細はこちら:http://www.anti-ageing.jp/show/d201112050002.html/?m0103 まだ席に余裕がありますので、ご興味のある方は是非お申込みを。 連絡先:NPO法人アンチエイジングネットワーク。担当:津田 izumi.tsuda@anti-ageing.jp または03-5250-7746 まで。 もうお前の話は聞きあきた? そうおっしゃらずに、傘寿を迎え、話はさらに円熟して参りました。 なんか、お伊勢さんの“おかげ横丁”で聞いた紙芝居の口上みたいですね。
このところ訃報に接することが多い。
真夏と真冬は高齢者には鬼門のようだが、80歳という大台も一つの山場のような気がする。 今まで年甲斐もなくのさばってきた昭和一桁だが、このへんで我が身を振り返ってみることも大事かもしれぬ。 高齢化が進めば、癌が増えても当たり前かもしれないが、それにしても若い人を含め、知人で癌の宣告を受ける人が増え続けている。 そのたびに思うのは、アンチエイジング等「能天気」なことを言っている場合か、という苛立ちである。 だが冷静に考えれば、アンチエイジングに励むことは、そして若さを保つことは、癌の予防につながると考えていいだろう。 昔外科医をやっていたころから、僕は癌は外科の病気ではなく、内科的な治療の対象と考えていた。 外科手術は、例え癌を切除しても、機能を奪い、醜形を残すからである。 だが、僕の言う内科的とは、いわゆる狭い意味の抗がん剤ではない。 これは全身の細胞を多かれ少なかれ生涯を与えるからである。 癌細胞は静状態でも毎日無数に発生すると言う。それが発病につながらないのは、免疫機能が働き、癌細胞を退治してくれるからである。 その意味で、究極のがん対策は免疫脳の活性化でなければならぬと、外科医の僕でも思う。 だが、それがまだ開発されないうちは、次善の策として抗ガン剤、放射線そして外科手術も必要であろう。 癌は自己の細胞の反逆である。 その点で、自己免疫疾患とも共通の面がある。 つまり人間は、自分の中に自己を破滅に導く因子を抱えている。 どうしてこんなことになったのだろうか。 僕が取り組んでいる大テーマ「人間の愚かさの生理学的基盤」の一つともいえる。 ともあれ、アンチエイジングは、細胞の働きを正常化することで、癌の予防にも役立つはずである。 又、最近では笑いの効果なども云々されているから、アンチエイジングを唱える「能天気」な精神構造にも、癌の抑制効果が潜んでいるのかもしれない、など、都合よく考えている。
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![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日) by n_shioya 以前の記事
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