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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
ルームメートのオスカーと肩を組んで窓の外を眺めていた.
初秋の夕日が,柔らかく飴色に中庭を染めている. 目の前はインターンの駐車場で,病院前の大通りの並木が初秋の夕日を受けて,どれも一様にオンボロな車に縞状の影を投げ掛けている. オスカーはグァテマラからの留学生で,夕べ二人で派手に喧嘩をし,今仲直りをしたばかりだ. 何,原因は夫婦喧嘩よりもたわいない,つまりお互いの靴下が臭いの臭くないのというのが発端だった. 狭い部屋を共有し,昼間の激務でくたくたになって夜顔を付き合わせせると,極些細なことでもエスカレートして,果ては国際紛争にまで発展しかねない. 今晩は二人共当直で,明日の夜まで“籠の鳥”である. こうして外を眺めながら,オフになって手など繋いで楽しそうに車に乗り込むカップルのお相手の品定めをやっている訳だ. 我々二人はまだ車も免許ももっていない. あ,クメジャンが出てきた.一緒に手をつないでるのは,や,教授秘書のスーザンじゃないか,あの女先週は・・・といつもながら,こういう事にはオスカーの目は早い. こうして眺めていると,インターン仲間の女出入りの様が手に取るように分かる. インターンの生活は朝六時にスタートする.トーストをコーヒーで流し込み,採血などすまし,七時からの回診が終われば,すぐ八時から手術場だ. 昼飯は運が良ければ手術場でありつくが,下手をすると夕飯も抜かし,真夜中のスナックがその日初めてのまともな食事となることもしばしばである. 手術が終われば翌日の手術患者が,どっと入院してくる.その問診や血算が真夜中まで続く. もし当直なら,その合間にも急性腹症,顔面骨折,熱傷とどんどんお構いなしにかつぎこまれる救急患者の応対に忙殺される. だからオフの日には完全に解放されて,思い切り羽根をのばす,というのはスタミナのあるアメリカの連中で,僕のような“東洋の君子国”からのインターンは,一晩おきの徹夜の当直の合間はともかくぐっすりと眠りたい,ただそれだけの望みしかなくなるのだが. さすがオスカーはラテン民族である.車も無く英語は碌に話せないうちからデートにせいだしてきた. 大変情熱的である.だが情熱を維持するためには,やはりお相手の新鮮さは不可欠な要素らしい. そこで御用済みとなったお相手の怨み辛みを綿々と聞かされるのが僕の役目だった,といっても電話口での話だが. ともかくオスカーはオフなら部屋に居たことがない. せまい町なので我々が出掛ける先は限られている.ちょっと一杯なら,病院前の大通りニュースコットランド・アベニューを左にいったジョーズ・デリカテッセン. ここのサンドウィッチはリッチでボリュームがあって,おまけに格安である. 暗闇で親密になりたければ,ドライブイン・シアターは恰好の場所だ. モテルもあるが,日本と違いこれは原則として旅行者の為の宿泊施設である. デートにあぶれればグリーン・ストリートという,名前に相応しからざる赤線街もあった. ともかくアメリカで車抜きのデートなど考えられない。 さてクメジャンと今宵のガールフレンドは,古い凸凹の黒のキャデラックに乗り込んだ. アクセルを吹かし,もうもうと排気ガスを撒き散らして,ニュースコットランド・アベニューに飛び出していく. “よし俺も今度こそ免許を獲得するぞ.”とオスカーがうめいた,“それにしても,なんであんなでかいのに乗るのかな,ガソリン代がもったいないぜ.” 日本とは比較にならないが,ニューヨークの運転免許は他の州に比べて厳しいほうである. オスカーは言葉のハンディの他に,興奮しやすいラテンの血が災いして,試験官とやりあって二度失敗している. 二週後,三度目の正直で免許証を獲得したオスカーはすぐに小さいポンコツを手にいれた. その車での初めてのデートの後、僕は彼に首尾を聞いた. “ああなんとかなった,だがクメジャンがでかい車を使う訳がよくわかったよ.” と彼は苦笑しながら苦しそうに腰をさすっていた.
by n_shioya
| 2008-04-15 02:58
| 医療全般
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Comments(4)
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Doc.K
at 2008-04-15 08:20
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浪人時代(1962年)にミッキー安川氏著の米国留学記を読んでひどく感動し、いつかは自分もと心に誓った。病気のため果たせなかったけど、このブログを読みその時のハイテンションな精神状態なってしまいました。
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icelandia at 2008-04-15 23:03
私は70年代末にアメリカに留学したクチです。その時のあれこれの体験は未だに鮮烈に脳裏に焼き付いています。Dr.Shioyaの体験には及びもつきませんが、大なり小なり似通ったところもあり、振り返れば、やはりあの日々がその後の人生に大きな影響をもたらし、今の自分があるんだなぁと感慨深い。ブログの文章にはそんな日々への愛情と感謝があふれていて、何気ない描写が心にジンときます。
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n_shioya at 2008-04-17 22:31
Doc.Kさん、 icelandiaさん:
昨日まで一週間ほどパリの学会に出張しており、失礼いたしました。 ホテルのワイアレスが不調で、ブログ、e-mailに苦労しました。 でも、パリはいいですね。
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at 2008-04-18 00:19
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日)
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