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川隆夫の JAZZ BLOG
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©Kozocom (photo by Shuichi Kasahara)
職業:JAZZジャーナリスト、整形外科医、DJ

ニューヨーク大学の大学院在学中にアート・ブレーキーやマルサリス兄弟など数多くのミュージシャンと知り合う。帰国後、JAZZを中心に約3000本のライナーノーツを手がけると共にJAZZ関連の著書を多数出版。ブルーノートの完全コレクターとしても有名。その他、マイルス・デイヴィスやブルーノートの創始者アルフレッド・ライオンの来日時の主治医を勤めるなど、現役の整形外科医としても第一線で活躍中。

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 今回は、このブログにときどきコメントをしてくれる友人のともりんさんから頼まれたトラベル・バトンです。ぼくは東京が大好きで、あんまり旅行はしていません。大人になってからは大抵が仕事がらみで、ゆっくり旅をしたことが滅多にないんです。だからこのトラベル・バトン、ぼくにはちょっと不向きなんですけど、思うままに書いてみました。
 なおトラベル・バトンについて興味がある方は、ともりんさんのブログを見てください。

ともりんさんのブログはこちら

■今までで一番良かった国内旅行先
 旅行とは言えないんですが、後輩の代役で1週間滞在した根室でしょうか。当時はジョージ・ウインストンのピアノが流行っていて、ぼくはあまり好きじゃなかったんですが、同じ病院に赴任していた麻酔科の同級生が運転してくれた車の中で聴いた彼のピアノはとてもよかった。どこまでも続く長い1本道。両脇は大草原という感じで、その風景にジョージ・ウインストンのピアノがぴたりとはまり込んだんですね。このときほど音楽と環境や状況が切っても切り離せないと感じたことはありません。

■今までで一番良かった海外旅行先
 ニューヨークは住んでいたこともあったのでここを外すとすれば、ほかにはあんまり行ったことがないんですが、好きなのは香港ですね。東京で育ったせいか、静かなところはどうも苦手。月並みですが、香港は雑多なところにヴァイタリティを感じて、街を歩いているとわくわくしてきます。と言っても、ここ何年も行っていません。だからこのイメージは変わっているかもしれませんね。
 チャイニーズ好きのぼくとしては、安い粥麺店もいいし、高級なレストランに行くのも楽しみです。あとは、小さなCD屋があちこちにあって、そんなところで珍しいCDもいろいろと手に入れました。
 15年くらい前でしょうか、「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」というジャズ・フェスティヴァルがあって、日本国内を何ヵ所か回ったあとに香港で終わるという時期がありました。そのころは毎年行っていました。香港のホテルでマイルス・デイヴィスやハービー・ハンコックにインタビューしたのもいい思い出です。

■これから行きたい国内旅行先
 特定の場所はありませんね。ぼくの場合、計画を立てて旅行をすることが滅多にないので、何となく思いつきでどこかに行くことになりそうです。時間があるとニューヨークに行ってしまうので、それをやめれば国内旅行をする余裕も出てくるとは思うんですが。そう言っても、根が貧乏性なもので、どこかの温泉でゆっくり、なんていう姿はあんまり想像できません。多分、箱根あたりでウォーキングをしたり原稿を書いたりと、東京にいるときと同じことをやっているんじゃないでしょうか。

■これから行きたい海外旅行先
 これは、随分前から考えているんですが、ニューオリンズから始まるジャズの旅ですね。ジャズはミッシッピ川をのぼってカンザス・シティやシカゴに伝わり、その後ニューヨークに広まりました。もうそんな痕跡も残っていないでしょうし、当時のひともいないと思いますが、そういう街を訪ねながら、昔からあるバーなんかに寄って、当時を忍んでみたいと思っています。あんまり年を取ってからだとこんな旅はできなくなるでしょうから、そろそろ本腰を入れないといけませんね。実際に旅行をするとなれば、何度かにわけてやることになると思うので、年に一度で5年計画くらいになるんじゃないでしょうか。それができたら、ぼくの人生もひと区切りです。

■最後にこのバトンを渡す方
 このバトンは、最近ラテン系のDJとしても活躍しているt_gomezさんに渡したいと思います。どうぞよろしく。 
by jazz_ogawa | 2005-08-30 00:18 | 平凡な日々 | Trackback(3) | Comments(2)
 2日目は8時半にホテルを出発して、カメラマンが運転する車で北上。ハドソン川に沿ってどんどん上がっていくと、やがてキャッツキルになって、その先がウッドストック。ぼくの世代がロック少年だったころに、ここは聖地だったところ。実際にあのフェスティヴァルが行なわれた場所は、ウッドストックでなくてその近くだったんですが。
 そうかこの辺だったのか、としばし追憶に浸っていたところで車はキングストンというインターチェンジで一般道へ。このあたりはハドソン川の源流ということで、田舎ののんびりとした街並みが続きます。やがてソニー・ロリンズが住んでいるジャーマンタウンに。
 ところが問題がひとつ。どういうわけか、完璧な住所をぼくたちは持っていなかったんですね。通りの名前はわかっていたんですが、ハウス・ナンバーが書かれていない。アメリカのエージェントから届いたe-mailには、コンビニの角を左に曲がり、そこからしばらく行くと信号があるとか、黄色い家のすぐそばに青い納屋のある家があって、それがロリンズ邸だとか、まるでオリエンテーリングをしている感じ。
 道がわからず約束の時間(12時)に遅れたなんてことになったら一大事と、とにかくそのあたりを行ったり来たりしながら探しました。まあ、電話番号は貰っていたんで最後は電話をすればいい話なんですが。
 それで、20分くらいうろうろして、ようやく目的の家を見つけました。そこで、一服入れようと、迷っている途中で唯一見つけたデリみたいなところで早めの昼食。こんな田舎に日本人が4人も来るなんてことはまずないでしょうから、店のひとも驚いたみたい。
 でもマンハッタンとは違うホスピタリティで、こっちが本当のアメリカの姿かな? などと思いつつ、再びロリンズ邸へ。
 12時ぴったりに着いて、車を玄関の前に止めると、ぼくたちの気配を察してロリンズがドアを開けてくれました。これまでに何度かインタビューはしているけれど、もちろん彼の家にまで行ったのは初めてのこと。恐縮して挨拶をすると、「ああ、君とは何度もインタビューしているね、ニューヨークでも東京でもやったよね、マイ・オールド・フレンド」と、天にも昇るような言葉で、挨拶を返してくれました。

 ロリンズとのインタビューは、いつもそうなんですが、とても気持ちよくできます。それは彼が誠実で、どんな質問にも一生懸命に考えてくれるから。ジャズの世界ではとっくの昔に大巨人になっているのに、驕りや高ぶりが一切ないひとなんですね。
 インタビューの内容に興味があるかたは、9月25日発売の「月刊プレイボーイ」をお読みいただくとして、もう少しロリンズのことを。

e0021965_221154.jpg 昨年ですが、彼は長年連れ添った最愛の夫人を亡くしました。現在はこの家にひとりで住んでいます。週に何回かはお手伝いさんが通ってきて、身の回りの世話をしてくれるとのことでしたが、料理は自分でしているとか。
 それですっかり気落ちをして、体力も落ちてきたし(現在75歳)、今後は活動も縮小しようかと、ちょっとファンにとっては寂しい話も出てきました。9.11のこともショックだったようですし、いろいろと考えることが多く、インタビューが終わってからも、生まれ変わるなら何になりたい? と質問されたりしました。しかし、最後と言われている10月末の日本ツアーは楽しみにしている様子で、最高の演奏をするからね、と言ってくれたのでひと安心。

 ジャーマンタウンでのロリンズは、ひっそりと暮らしている様子でした。奥さんが元気だったころも、あまり外には出かけず(と言っても出かける場所もあのあたりにはなさそうですが)、ツアー以外のときは家で悠々自適な暮らしをしているようです。
 青い納屋に見えた建物は、スタジオに改装されて、そこで曲を書いたり練習をしたりする場所になっていました。広い庭は手入れが行き届いていて、そこで天に向かってテナー・サックスを吹く写真も撮らせてもらいました。小さなプールもありましたが、今年は使っていないとのこと。
 そんなこんなで予定の2時間を30分ほどオーヴァーして、ぼくたちは10月に東京でまた会いましょうと固い握手をしてから、ロリンズ邸を去りました。帰り道は途中から渋滞につかまり、ホテルに戻ったのが7時半。
 心地よい疲労と共に、いいインタビューができてよかったという充足感をみんなで味わいながらEl Faroという、これまたよく行くスパニッシュ・レストランで打ち上げです。ここでは、当然パエリアを頼みますが、そのほかにグリーン・ソース(ロブスターとかシュリンプとか海鮮などの種類がある)もオーダーして、これをパエリアにかけながら食べます。あとはチキン・ヴィラロイというクリーム・ソースが入ったチキン・カツも美味しいんですが、これはコレステロールを控えなくてはいけないぼくには毒なので、泣く泣く諦めました。あとはムール貝とかハーモン(生ハムの一種?)とかをおつまみにとって、これで満腹。
 仕事が上手くいったせいか、ついつい長居をして、店のひとが帰るまで居続けてしまいました。明日は帰国なので、今日はジャズ・クラブには行かず、そのままホテルに戻り、これで今回のニューヨーク行きは無事終了と相成った次第です。
 「東京JAZZ」、来年は行きますからね。
by jazz_ogawa | 2005-08-26 15:33 | Works | Trackback(1) | Comments(9)
 実は告白しなければならないことが。
 急遽、仕事でニューヨーク行ってきました。それも「東京JAZZ」とバッティングする形で。

 1週間ほど前のことですが、ソニー・ロリンズの現地インタビューという、ぼくにとっては大変有難い話が舞い込んできました。「東京JAZZ」とスケジュールがバッティングするため散々迷いましたが、このチャンスを逃すと、彼とは二度ときちんとしたインタビューができないかも。そう思って、「東京JAZZ」には不義理をすることになりますが、インタビューを引き受けることにしました。

 スケジュールは2泊4日というもの。これまでに3泊5日というのはあったけれど、今回は最短の旅行でした。着いた日の翌日にはマンハッタンから車で2時間半くらい離れたジャーマンタウン(ウッドストックの先)まで行って、9月25日発売の『月刊プレイボーイ』用のインタビューをし、翌日のお昼には飛行機に乗って戻ってくるという弾丸ツアー。こんなにタイトなスケジュールになったのは、ぼくの都合によるものなので自業自得です。

 ニューヨークに着いたのが20日の夕方。今回は短期間の滞在ということで、アパートには泊まらず(掃除とかが面倒臭いので)、レコード会社が用意してくれたホテルにチェックイン。Radisson Lexingtonという、まあまあのホテルです。
 ニューヨーク在住のカメラマンとの打ち合わせも兼ねて、夕食は7時にチャイナタウンのレストランで。その前の時間を利用して、11月に出版する『マンハッタン・ジャズ・カタログ』用の資料をイースト・ヴィレッジにあるレコード屋さんでゲット。ついでに何ヵ所かレコード屋さん巡りをするもこれといった収穫はなし。

 まだ時間があったので、アパートに寄って郵便物をチェック。そこでしばし時間を潰してチャイナタウンへ。行く先はCantonというレストラン。ここはチャイナタウンの中で、多分一番高くて、多分一番美味しいレストラン。少なくとも、ぼくはそう思っています。レストラン・ガイドのザガットでも、チャイニーズ・レストランのトップにあるし、ニューヨークに来たら絶対に行く店の最上位にあるひとつです。で、定番のレタスラップ、ジャンボ・シュリンプのカントン・ソース、ビーフの青菜炒め、それに今日は3人なので北京ダックもおまけして満足でした。

 その後は、ジャズ・クラブに行こうとなって、27丁目にあるThe Jazz Standardへ。出演していたのはマルグリュー・ミラー・トリオで、ゲストがジョー・ロヴァーノとスティーヴ・ネルソン。ぼくには懐かしいひとたちです。
 ジョーとは10数年前にプロデューサーをしていたとき、何度か参加してもらったことがあります。以来親しくしてもらっていましたが、ここしばらくは会っていません。偶然クラブの入り口で顔を会わせて、やあやあということで互いに近況を報告。
 少し前に彼は日本にも来ていたのですが、そのときはこちらの都合がつかなくて会えず終いでした。そこでパチリとやったのがこの写真。左の女性は、居合わせたシンガーのジュディ・ニューマーク。彼女もこのクラブにもうすぐ出るので来ていたようです。
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 しばしジョーと話に夢中になっていたところ、ぼくたちのうしろにやってきたのがマルグリューでした。彼とは留学時代に親しくなって、日本に来たときは、高田馬場のIntroに行ったり、新宿のマクドナルドに行ったり、四谷のラーメン屋に行ったり(それにしてもろくなところにしか行ってないなぁ)、ニューヨークでもあちこちに遊びに行った思い出があります。
 しかし、ここ10年以上は会っていなかったかな。お互いに年を取ったね、とちょいと感慨深い思いに浸っていたところでパチリとやられたのがこの写真。
e0021965_159595.jpg
 マルグリューは50歳になったとかで、この1週間はThe Jazz Standardで「バースデイ・ライヴ」と称して日替わりでいろいろな編成で演奏していたんですね。それで、この日はトリオ+ゲストでやっていたところに、ぼくたちが行った次第。
 ふたりと旧交を温めて、疲れもすっかり吹き飛びましたが、演奏を聴いたあとはさすがに眠くなってきたので、挨拶もそこそこにホテルに戻りました。今度、彼らに会えるのはいつかなぁ。
 ともあれ、明日は8時起きして、ジャーマンタウンに出発です。(続く)
  
by jazz_ogawa | 2005-08-23 23:57 | NY Mapができるまで | Trackback | Comments(4)
 昨日は朝日カルチャー・センターを終えてから、お台場の日航ホテルへ。「東京JAZZ」のウェルカム・パーティというか前夜祭。始まって30分以上が経っていましたが、着いたところでちょうどコンサートをプロデュースするハービー・ハンコックが舞台で挨拶を始めました。そのあと、出演ミュージシャンを紹介したのですが、半分くらいはまだリハーサルから戻ってこないとのことで不在。
 例年そうなんですが、パーティを9時から始めても、リハーサルが終わり切らず、ミュージシャンはその後にぞろぞろとやってきます。昨日もマーカス・ミラーやビル・ラズウェルが現れたのは、10時半ごろだったかな?e0021965_147992.jpg 
 パーティはミュージシャンと関係者や招待客で和気藹々。ハービーをはじめミュージシャンもみんな気さくなひとたちばかり。和やかな雰囲気に、今日から始まる「東京JAZZ」への期待が高まりました。

 嬉しかったのは10年以上会っていなかったテレンス・ブランチャードや、昔ぼくがプロデュースしたある作品にドラムスをお願いしたテリ・リン・キャリントンと久々に会えたこと。e0021965_1505060.jpgテレンスとは20数年前に知り合って、いろいろ楽しいことがありました。テリは、ぼくが密かに惚れ込んでいた女の子です。ふたりともしばらく見ないうちに随分大きくなっていました(当たり前だ)。

 それから偶然、大学時代の友人にも会えたし、久々に顔を合わせる関係者の顔もちらほら。そんなこんなで楽しい時間が過せて、心地のよい疲れを感じながら会場をあとにしました。
     
 今年の「東京JAZZ」。いつにも増して興味深いメンバーが集まっています。ライヴの感想なんかもあればコメントしてください。
 では。e0021965_1523448.jpg



今年一番期待の山中千尋さん。今度出る新作最高!
by jazz_ogawa | 2005-08-20 10:56 | 平凡な日々 | Trackback(5) | Comments(18)
 やってきましたよ、朝日カルチャー・センターで「小川隆夫のブルーノート・コレクション」を。2回目の今回は「12インチLPで聴くブルーノートの代表的名演」と題して、アート・ブレイキーの「モーニン」、キャノンボール・アダレイの「枯葉」、ハービー・ハンコックの「処女航海」など、全部で6曲を聴きました。e0021965_1422637.jpg
 前回は喋り過ぎて、予定した曲目すべてをかけることができませんでした。その反省から、今回は音楽が50分で、話が40分と分配。12インチLP時代に入ったので1曲の演奏時間が長くなり、そのため渋々曲数を減らすことにしました。せっかく来ていただいた受講生の方に何か申し訳ない気持ちが残りましたが、1時間半の中ではこれが精一杯。
 それでも、また長めに話したため、最後の2曲はあっさりだったかもしれません。やはり、喋りは苦手です。それと喋り病も合併しているようで、これを何とか克服しないと。
 誰かいい処方箋を下さい、って医者が言ってどうする。

 ところで、ブルーノートはやっぱりいいですね。これまでに何度聴いたかわからない「枯葉」のマイルスに、思わず聴き惚れてしまいました。とくにマイルスの吹くテーマが終わってキャノンボールにバトンタッチするときのフレーズ。e0021965_142492.jpgそれと、そのフレーズを受けてキャノンボールが吹き始める最初の一節。ぼくはいつもここでゾクっとします。ジャズが好きでよかったと思う瞬間ですね。

 ジャズに限りませんが、音楽ファンって、結局こういう、個人的に、ゾクっでもいいし、ホロリでもいいし、とにかく何でもいいから胸がキュンとなる曲やアルバムをどれだけ心の中に持っているかじゃないでしょうか。そういう瞬間にひとつでも多く出会いたくて、ぼくはこれまでジャズやロックやそのほかの音楽を聴いてきた気がします。みなさんはどうなんでしょうね?
by jazz_ogawa | 2005-08-20 01:47 | Works | Trackback(1) | Comments(13)
 毎週水曜日7時20分前後に出演しているInter FM(76.1)『赤坂泰彦 One On One』ですが、今週のみ、明日(木)に変更です。もし、今日だと思って聴いていたひとがいたら、ごめんなさい(いらっしゃたようですが)。なお、明日はビートルズ特集に併せて、ぼくが持っているビートルズの珍しいレコードについて話す予定です。
by jazz_ogawa | 2005-08-17 08:16 | Works | Trackback(1) | Comments(4)
 久々に矢野顕子のライヴに行ってきました。「ブルーノート東京」のステージには、ピアノとシンセサイザー、それにベース・アンプとドラム・セットがあるだけ。そこにアッコちゃんの登場です。
 相変わらずの浮遊感に溢れたヴォーカルは、こちらと思えばまたあちらと変幻自在。こんな歌がうたえるひとは、世界を見回してもいないでしょう。
 いつもはむっつりしていて、怒っているのか機嫌が悪いのか、そんな雰囲気ぷんぷんのアンソニー・ジャクソンが珍しくにっこりする場面も。彼とは、その昔、デニス・チェンバースの作品をプロデュースしたときにお願いしたことがあるんですが、そのときも「ひとを寄せないもんね光線」を放っていました。ミュージシャンも腫れ物(者?)に触るように気を使っていたんですが、実は照れ屋さん、マイルスと同じです。
 ドラムスはくるりと一緒に今年のフジ・ロックにも出たクリフ・アーモンド。

 アッコちゃんの歌と曲を聴いていつも思い浮かぶのは服部良一です。モダンな響きの中に日本的なものがたっぷりと詰め込まれた歌の数々。現代性と郷愁が織り交ざった世界とでも言えばいいでしょうか。
 ちょっと国籍不明のところもあるけれど、やっぱり日本の情緒が歌詞にもメロディにも滲み出ています。ニューヨークに住んでいても変わらないんだなぁと、ちょっと安心したり、それでいて変わってくれたら面白いのに(実際はサウンド面などで変わっていますが)と思ったりするぼくでした。
 それで久々なんですが、彼女が88年に発表した『ウェルカム・バック』を家に帰って聴いてみました。これはジャズ・ファンもびっくりのアルバムです。
 パット・メセニー、ウォレス・ルーニー、チャーリー・ヘイデン、ピーター・アースキン、アンソニー・ジャクソン、ジョン・クラークといったジャズ・ミュージシャンがバックについているからです。そのほかに坂本龍一や大村憲司も加わっていますが。
 これが滅法面白くて、ひところはよく聴いていました。久々に聴く『ウェルカム・バック』は、今晩のアッコちゃんの奔放な歌に通じるものでした。
 錚々たるジャズ・ミュージシャンたちも、彼女のヴォーカルと同じで自由自在。ジャズを演奏しているときより生き生きとしているようで、これじゃぁぼくとしては困るんですが、それも許しちゃえという気持ちになるほどです。
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 アッコちゃんもジャズ・ミュージシャンが好きなんだ、そう思ったのがこのアルバムを聴いたときでした。そう言えば、パット・メセニーの『レター・フロム・ホーム』のライナーノーツはユーミンが書いていたことを思い出しました。彼女もパットのファンだったんですね。
 異色のライナーノーツと言えば、ソニー・クリスの『アップ・アップ・アンド・アウェイ』は村上春樹が書いていました。彼は作家になる前、千駄ヶ谷あたりでジャズ喫茶をやっていたという話をどこかで聞いたことがあります。
 なんだか話が脱線してしまいましたが、きりがないので今晩はここまで。

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by jazz_ogawa | 2005-08-16 23:59 | ライヴは天国 | Trackback(1) | Comments(9)
 MHR。何のことだかわからないでしょう。マイ・ヘヴィー・ローテション。誰も知らないのは当たり前。だって勝手に考えた言葉だから。これは毎日のように聴いている、お気に入りのCDやレコードのこと。で、ブログ初のMHRはアル・クーパーの『ブラック・コーヒー』。

 これが実にいい。何がいいって、アル・クーパーの枯れ具合が。アル・クーパーと言えば、ぼくらの世代にとってはボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」で弾いたオルガンが有名かなぁ?e0021965_1104537.jpg
 あとはブルース・プロジェクト。それからBS&Tを作った人物として。たった一枚で自分は脱退してしまったけれど、BS&Tの『子供は人類の父である』は、ジャケットも含めてぼくには革命的なアルバムでした。あれを聴いて、さっそく仲間とブラス・ロックのグループを作ったけれど、結局難しくてものにならなかった苦い思い出もあります。
 それから『スーパー・セッション』も画期的なアルバムでした。あれで、今度は仲間内でセッションが流行ったことも懐かしい。それにしてもミーハーですね。すぐに真似するんだから。
 その後はソロ・アルバムを何枚も出して、70年代のロック・シーンをリードしたのがアル・クーパー。ロックだけでなく、ジャズやブルースからも影響を受けた音楽は、ぼくのテイストにぴたりとはまるものでした。ソロ・アルバムの『アイ・スタンド・アローン』。自由の女神をパロディにしたジャケットもよかった、よかった。

 82年には『チャンピオンシップ・レスリング』というアルバムを久々に発表して、そのサポート・ライヴがニューヨークの「ボトムライン」で開かれました。留学時代にそれが観れたのもラッキーです。だって、その後は長いこと沈黙してしまうのだから。94年にも「ボトムライン」でブルース・プロジェクトのリユニオン・ライヴを観たけれど、これはしょぼくて愕然とした記憶があります。

 だから、『チャンピオンシップ・レスリング』以来の本格的なスタジオ録音アルバムとなる『ブラック・コーヒー』にはそれほど期待はしていませんでした。しかし、ぼくの予想は軽く覆されました。白人ブルースマン的なヴォーカルに特徴のあった彼が、まるでレオン・ラッセルみたいなかすれた声とこぶしを利かせた節回しで、ソウルフルな歌を淡々と聴かせてくれるのですから。
 冒頭の「マイ・ハンズ・アー・タイド」の深い味わいは60を過ぎた男にしか歌えないものでしょう。ブッカーTも真っ青の「グリーン・オニオン」、レア・アースの「ゲット・レディ」といったカヴァーもオリジナルよりいい感じです。

 こんなアルバムが聴けるのだから、音楽が好きなことに幸せを感じずにはいられません。よくぞアルバムを出してくれました。そして、ぼくもこの年までロックを聴き続けてきてよかったと思います。一昨年に続く10月の来日も期待大です。
by jazz_ogawa | 2005-08-13 11:01 | MHR | Trackback | Comments(6)
e0021965_0585626.jpg 行ってきました、「ブルーノート東京」のセルジオ・メンデス&ブラジル2005(8月9日)。ぼくがジャズにはまったのは、中学のときに聴いた『ゲッツ=ジルベルト』。これでボサノヴァが好きになって、その後にジャズへと流れていったんですね。その途中で出会ったのがセルジオ・メンデス&ブラジル66の「マシュ・ケ・ナダ」。高校のときでした。随分聴いたなぁ。
 それで彼らのレコードが欲しくなり、買ったのが『分岐点』というアルバム。e0021965_0571597.jpg「マシュ・ケ・ナダ」が入った1枚目を買ったつもりが、間違って2枚目を買ってしまいました。最後まで聴いても「マシュ・ケ・ナダ」は出てこない。当たり前です。でも、このアルバムにもはまりました。 









 「コンスタント・レイン」がとにかくかっこよかった。ヴォーカルのラニ・ホールも魅力的なお姉さんという感じで憧れました。そんなこんなんでブラジル66が大好きになって、70年の大阪万博で初来日したときは、万博の会場まで観に行った記憶があります。e0021965_10251.jpg
 このときは、フィフス・ディメンションのコンサートにも行って、こっちもよかったし、ぼくも大学に入った年だったんで、いろいろハッピーでした。大阪の街で映画の『M*A*S*H』も観たんじゃなかったっけ? 医学部の1年生になったばかりのぼくには、不思議と眩しい映画でした。あんな医者にはなっちゃいけないのかもしれないけど、なってみたい。これは怖いものみたさに通じる感覚でしょうか?

 さて、セルジオさんです。ぼくは6年ほど前に「ブルーノート東京」で彼にインタビューをしました。そのときに一番印象に残った言葉です。
 「わたしはブラジルからアメリカに移り、素晴らしい人生を過してきました。ですから両方の国が故郷です。それで自分に何が出来るかを考えたとき、浮かんだのが、ブラジルの音楽にアメリカの音楽を掛け合わせることでした。それが、自分でも思わぬほどの成功を収めました。ですから、その気持ちを忘れずに、いまも両方の音楽をブレンドすることで自分ならではのサウンドをクリエイトしたいと願っているんです」
 何とも模範解答ですが、このときのセルジオさんの目は真剣そのものでした。それで、ぼくはますます彼のことが好きになったんです。

 「ブルーノート東京」からの帰りは、家までウォーキングです。約50分。iPODに入れた『分岐点』を聴きながら、少し涼しくなった夜風が気持ちよくて、高校や大学時代のことなんかを思い出しながら歩きました。
 青春時代にわくわくして聴いたブラジル66。ですが、いまのぼくには洒落たムード・ミュージックのようにも聴こえます。そんな風に彼らの音楽を捉えることができるようになったぼくも、少しは成長したのかしら?
by jazz_ogawa | 2005-08-10 23:16 | ライヴは天国 | Trackback(3) | Comments(6)
 2ヵ月に1回、駒場東大前の「Orchard Bar」で細々とやっている「ONGAKU」ゼミナールも今回で4回目。これはDJ仲間を中心に、ジャズには興味があるけれど何を聴いたらいいのかわからないひと向けのレクチャー。レクチャーと言っても、ちっともエラそうではなくて、みなさんが聴いてみたい、興味があるといった音楽をかけながら、適当に思いついた話をするといった、気楽な集まりなんですね。
 そんな集まりですから、ぼくの服装も思いっきりだらけています。堅苦しい集まりではないので、こんなものでいいでしょう。e0021965_0462199.jpg

 で、今回のテーマは「エレクトリック・マイルス」。それも前編です。68年の『イン・ザ・スカイ』から一時引退する75年の『パンゲア』まで。
 改めてじっくり聴いて思ったのは、この時代のマイルスはリズムに凄く関心を寄せていたこと。どうしたら複雑なビートが生み出せるのか。マイルスは、晩年になってもそんなことをしばしば口にしていましたが、この時期もそうだったことがわかります。キーボード奏者を3人集めて、ベース奏者もふたり、ドラムスとパーカッション奏者を合わせて4人とか、常識では考えられない編成で演奏していたのが60年代の終わりから70年代はじめにかけてです。
 それぞれが違うビートを提示することで生み出される混沌としたリズム。そこに身を委ねながら、マイルスはまるでピカソの前衛画のように、奔放で自在なフレーズを積み重ねていきます。
 ぼくは話をする立場にいながら、何度もその音楽に心を揺さぶられ、マイルスの尽きぬ創造性に思いを馳せていました。
 やはりマイルスは凄い。反面、言葉でその凄さが伝えられないもどかしさにじくじたる気持ちにもなっていたんですが。まあ、百聞は一見にしかずというところでしょうか。100万語の言葉より、実際の演奏に耳を傾けることです。e0021965_0463527.jpg
 でもこう言ってしまうと、文章を書くという自分の仕事を否定することになりますが、事実は事実、仕方のないことです。物書きには物書きの使命があるんでしょうが、音楽は読むものではなく聴くものですから。というわけで、今日は自己矛盾を抱えながら筆を置きます。

 そうそう、この日は誕生日の前日だったので、居合わせた仲間が祝ってくれました。この年になると、誕生日なんて何とも思わなくなっていましたが、祝ってもらえばやはり嬉しい。ということで、感謝の気持ちを込めて、写真を掲載しておきます。

 ところで、集まってくれたひとはみんな楽しんでくれたのかしら?
by jazz_ogawa | 2005-08-07 17:55 | Works | Trackback | Comments(9)
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