
先日惜しまれつつこの世を去った原田芳雄さん主演の映画『大鹿村騒動記』を銀座で観てきました(8月6日)。
去年の秋に京都で「ONGAKUゼミナール」をした際、映画監督の林海象さんから、原田さんの体調が悪いことは聞かされていました。ちょうどそのときにこの映画を撮影していたようです。それで翌日、林さんは車を運転して差し入れをしに現地まで行くといっていたことを思い出しました。
具合はかなり悪かったんでしょう。しかし映画の中の原田さんは元気いっぱい。そんなことは微塵も感じさせません。役者根性という言葉が脳裏をよぎりました。
この映画の完成を見届けてから原田さんはあの世に旅立ちました。不謹慎かもしれませんが、役者としては最高の引き際です。最後まで原田さんは役者だったんでしょう。
サッカーの松田直樹選手も練習中にピッチで倒れ、そのまま帰らぬひととなりました。本人は無念でしょうが、そして不謹慎なものいいであることも十分に承知していますが、これまたサッカー選手冥利に尽きる最後だったと思います。
ぼくも松田選手と症状はほとんど同じでしたが、幸いそこまで心臓に急激なダメージを受けなかったため、なんとか間に合いました。倒れた場所も病院ですし、妙なところで倒れなくよかったなぁとしみじみ思います。車を運転しているときにおかしくなったら大変でから。恥かしいような場所で倒れるの嫌ですし。
倒れてから7年がすぎました。それ以来、「いつ死んでもいいや」と思って生きてきましたが、なかなか身の回りの整理ができません。いま死んだら、残されたひとが大変です。もっとすっきり片付けておかなくてはと思いつつ、相変わらず物が増えています。
話はまとまりませんが、原田さんとぼくは顔見知りだったようです。「ようです」と書いたのは、すっかりそのことを忘れていて、いまだにそういわれてもまったくそういう場面がぼくの頭の中に甦らないからです。
学生時代、大学の前にあった喫茶店にぼくと仲間は入りびたりでした。普通の喫茶店だったんですが、いつの間にか常連のぼくたちがマスターを説得してジャズ喫茶にしてしまいました。そこに、ときどきふらりと立ち寄っていたのが原田さんです。
そのことを先日あるひとからいわれたんですが、ぼくにはまったく記憶がありません。別の友人によれば、ぼくたちは言葉も交わしていたそうです。いまから40年ほど前の話です。
原田さんといえば、10年くらい前でしょうか、下北沢の小さな映画館で、彼のライヴを観たことがあります。渋いブルースを聴かせてくれました。ぼくは彼のようなタイプにも憧れているところがあって、そのときもすっかり触発されちゃったんですけどね。
いまのぼくは、当時の原田さんの年齢になりました。あの渋さと男らしさには逆立ちしたってかないません。生き方がそのひとの存在感を作りますから、真似したって無理です。
役者という仕事に入れ込んだ原田さん。ひとつのことに夢中になって生きている点では、ぼくだった負けていません。その分、まわりのひとは迷惑でしょうけど。
映画を観ながらいろんなことを考えちゃいました。とりとめのないことばかりですけどね。