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川隆夫の JAZZ BLOG
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©Kozocom (photo by Shuichi Kasahara)
職業:JAZZジャーナリスト、整形外科医、DJ

ニューヨーク大学の大学院在学中にアート・ブレーキーやマルサリス兄弟など数多くのミュージ シャンと知り合う。帰国後、JAZZを中心に約3000本のライナーノーツを手がけると共にJAZZ関連 の著書を多数出版。ブルーノートの完全コレクターとしても有名。その他、マイルス・デイヴィ スやブルーノートの創始者アルフレッド・ライオンの来日時の主治医を勤めるなど、現役の整形 外科医としても第一線で活躍中。

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カテゴリ:MHR
  • 2006-11-10 『サディスティック・ミカ・バンド/ナルキッソス』
    [ 2006-11-10 09:52 ]
  • 2006-10-19 『ダイアナ・クラール/フロム・ディス・モーメント・オン』
    [ 2006-10-18 23:22 ]
  • 2006-10-04 今回のMHRは『今宵もロマンティック』
    [ 2006-10-04 22:53 ]
  • 2006-09-09 『ボブ・ディラン/モダン・タイムズ』
    [ 2006-09-10 00:13 ]
  • 2006-08-20 テリー&フランシスコ
    [ 2006-08-20 11:08 ]
  • 2006-07-07 『南佳孝with Rio Novo/Bossa Alegre』
    [ 2006-07-07 01:06 ]
  • 2006-06-16 『サンタナ/ロータスの伝説』
    [ 2006-06-16 11:04 ]
  • 2006-05-18 『Bruce Springsteen/We Shall Over Come』
    [ 2006-05-18 23:17 ]
  • 2006-03-14 『フォー・フレッシュメン/トィデイ・イズ・トゥモロウ』
    [ 2006-03-14 23:28 ]
  • 2006-02-22 『アワ・ニューオリンズ』
    [ 2006-02-22 22:53 ]
 読書の秋も終わりそうですが、今年は聴きたい新譜がたくさん出た秋でした。とりわけ発売を楽しみにしていたのがサディスティック・ミカ・バンドの『ナルキッソス』です。加藤和彦、高中正義、小原礼、高橋ユキヒロのオリジナル・メンバーに、今回は木村カエラがシンガーとして加わっています。そこで、バンド名も英語表記の場合はSadistic Mikaela Bandとなっています。こういう遊び心、ぼくは大好きです。

 肝心の内容も素晴らしい。加藤さんがインタヴューで、「これまでで一番うまい」とカエラさんのことを褒めていましたが、それはそうでしょう。初代のミカさんにしても再結成されたときの桐島カレンさんにしても、シンガーとしてのキャリアはなかったひとですから、彼女たちにくらべれば全然実力が違います。とはいっても、前任者のしろうとっぽいヴォーカルも好きなんですけどね。
 で、当然のことながら<タイムマシンにおねがい>が再演されるわけですが、これが最高です。オリジナル・ヴァージョンとアレンジは同じっていうか、コピーしただけのような感じではあります。ですが、こちらのほうがオリジナルでは? と思うほど見事な出来映えになっていました。初回限定盤についているDVDでは、この曲のレコーディング風景や野外のステージでのシーンなどが登場します。それもぼくにとってはわくわくする内容でした。

 そのときのインタヴューで高橋さんが「まさか全曲ドラムスを叩かされるとは思っていなかった」といっていますが、これには「おいおい、あんたドラマーだろ」といいたくなりました。この言葉で象徴されているように、ミカ・バンドが活動していた30数年前といまとでは、当然音楽の制作の仕方が変わっているわけです。でも、今回は原点に戻ったということでしょう。

 古い世代のぼくには、こうした音作りのほうが自然に聴こえます。もちろん打ち込みやコンピューターも駆使しているんでしょうけれど、それに主体を置くのではなく、きちんとメンバーが自分の手で楽器を演奏して歌う、当たり前のことですが、そういう過程を経て作られたのが今回のアルバムなんでしょう。実際はどうだったか知りませんが。
 録音のありかたと共に、もうひとつぼくがこの作品を聴いて思ったのは、カエラさんを別にすれば、ミカ・バンドのメンバーはみんなぼくと同じような世代だってことです。したがって、同じようなロック体験、音楽体験をしているんでしょう。ですから、共通のロック言語みたいなものがあるんだと思います。
 ぼくがもすんなりと入っていけたり共鳴することができたりするのもそこに理由があると思います。大半の曲はぼくの好みです。とくに加藤さんのヴォーカルをフィーチャーした<イン・ディープ・ハート>がよかったですね。いかにも加藤さんらしいメロディ・ラインが、懐かしさと共にいまの時代にもこういうロックは魅力的だと思わせるものがあります。あとは<タイムマシンにお願い>の続篇みたいな<ビッグ、バン、バン!>もご機嫌です。

 思い出すのは、ミカ・バンドが『黒船』を出したときです。調べてみると、このアルバムは1974年に出ているんですね。ヨーロッパでもアルバムが発売されることになって、そのためにプロデューサーもバッドフィンガーやロキシー・ミュージックの作品なんかを作っていたクリス・トーマスが迎えられました。このアルバム、いまだにぼくのフェイヴァリットですが(これに<タイムマシンにお願い>も収録されています)、このアルバム発売にあわせて新宿の厚生年金ホールで彼らのライヴがありました。そのときに、ミカさんが天井から吊るされたブランコに乗って<タイムマシンにお願い>を歌いながら降りてきたんですね。その印象が鮮烈で、いまもこの曲を聴くとあのシーンが思い出されます。
 このアルバムでミカ・バンドのことがすっかり好きになったぼくですが、その前に発売されたデビュー作の『サディスティック・ミカ・バンド』にはぴんときませんでした。それというのも、フォークルや加藤さんのソロ・アルバムとかなり路線が違っていたからです。
 その上、グループ名もプラスティック・オノ・バンドのコピーですし、シングル・カットされた<サイクリング・ブギ>もダウンタウン・ブギウギ・バンドの<スモーキング・ブギ>のパクリのようで、しかもオノ・バンドもダウンタウンもミカ・バンドと同じ東芝からアルバムがリリースされていることもあって、何となく二番煎じの印象だったんですね。
 しかしクリス・トーマスがプロデュースした『黒船』は、ミカ・バンドにグラム・ロックをさせることでイメージを一新させました。1作目でもその傾向はあったんですが、グラム・ロックの本場から来たプロデューサーによって、ミカ・バンドは本物の味付けが施されたんでしょう。ぼくはこのころから、ジャズでもロックでもプロデューサーの存在の大きさを強く認識するようになります。
 ミカ・バンドはこのアルバムがイギリスやアメリカでも発売され、その後にロキシー・ミュージックの全英ツアーにオープニング・アクトとして参加します。ぼくは『黒船』のイギリス盤もアメリカ盤も持っていますが、とくにイギリス盤はヴィニール・コーティングされたジャケットがとてもいい感じです。

 その後ミカさんは離婚してクリス・トーマスと再婚しますが、そういうことでミカ・バンドも4枚のアルバムを残して解散しました。その後、加藤さんはソロ活動をスタートさせ、その中では最初に発売された『それから先のことは』もぼくの中では名盤中の名盤です。とくに<シンガプーラ>と<それから先のことは>を聴いていると、自分の人生や生き方のことを考えさせられます。
 といったことをぐだぐだ書いていくといつまでたっても終わりませんので、今日はこのくらいで。

 そうそう、このところiPOD、カー・ステレオ、そして家のオーディオ装置をフル稼働させて聴いている新譜をメモしておきます。
 『サム・ムーア/オーヴァーナイト・センセーショナル』(ワーナー)
 『トニー・ベネット/デュエッツ:アメリカン・クラシックス』(ソニー)
 『アーロン・ネヴィル/ソウル・クラシックを歌う』(ソニー)
 『ジョニー・キャシュ/アメリカンV:ア・ハンドレッド・ハイウェイズ』(ソニー)
 『ダイアナ・クラール/フロム・ディス・モーメント・オン』(ユニバーサル)
 『ダイアナ・ロス/ブルー』(ユニバーサル)
 『スモーキー・ロビンソン/タイムレス・ラヴ』(ユニバーサル)
 『ロッド・スチュワート/グレイト・ロック・クラシックス』(BMG)
 『フリオ・イグレシアス/今宵もロマンティック~ロマンティック・クラシックス』(ソニー)

 こうやってみると、すべてヴォーカル。アルバム、そしてカヴァー集というか「クラシックス」という言葉が使われているアルバムが随分多いことがわかります。ここにぼくの懐古趣味が反映されているようです。
by jazz_ogawa | 2006-11-10 09:52 | MHR | Trackback(1) | Comments(6)
 秋になってぼく好みのヴォーカル・アルバムがいろいろとリリースされるようになってきました。この間紹介したフリオ・イグレシアスもそうですし、ダイアナ・クラールの新作『フロム・ディス・モーメント・オン』もこのところのお気に入りです。
 今回は、前作の『クリスマス・ソングス』で共演したザ・クレイトン=ハミルトン・ジャズ・オーケストラを再びバックにスタンダードを歌う趣向で、ゴージャスなビッグ・バンド・サウンドに乗せて<イット・クッド・ハプン・トゥ・ユー><ハウ・インセンシティヴ><カム・ダンス・ウィズ・ミー>などが楽しめます。

 ちょっと鼻っ柱の強いダイアナには何度もインタヴューしています。最初の来日はピアニストとしてもスポットライトが当てられてたものでした。渡辺貞夫さんが毎年開催していた「キリン・ザ・クラブ」というコンサートで、サダオさんのバックを務める大役を果したのです。1995年のことです。この時点で彼女はほとんど無名でした。ステージの途中でサダオさんが引っ込んで、彼女がヴォーカルを数曲披露するコーナーがありました。
 シンガーでもあるという情報は入っていたのですが、まさかこんなにうまいとは思っていませんでした。ピアニストの余興くらいに考えていたんですね。その弾き語りを聴いたぼくは、コンサート終了後に楽屋でさっそくインタヴューを申し込みました。
 ダイアナもそんなぼくの申し出に驚いたようです。このとき注目されていたのはベーシストのクリスチャン・マクブライドで、インタヴューのオファーも彼に集まっていたからです。
 みんなが取り上げないひとをインタヴューするのがぼくの専売特許ですから、このときもいつものやり方を踏襲したに過ぎません。しかし、ダイアナはことのほか喜んでくれたみたいです。お陰で、その後も直接会ったり、電話でインタヴューをしたりといい関係を保ってきました。

 最初にダイアナの歌を聴いたときにすぐに思い浮かべたのがカーメン・マクレエのヴォーカルです。どすの利いたこわもてのイメージがするカーメンのヴォーカルに通じるものを感じたからです。それで、ダイアナにカーメンが日本でライヴ・レコーディングした『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』というCDを聴かせたところ、これがすっかり気に入って、彼女はそのCDを買って帰ったそうです。
 そういえば不思議なこともありました。何度目かの来日時のことです。ホテルでインタヴューしたあと、お腹が空いたというので近くのお蕎麦屋さんに行きました。そのときに流れていたのが『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』なんです。このCD、よっぽどのマニアしか持っていないものですから、お蕎麦屋さんも熱心なジャズ・ファンだったのでしょうか?

 それはさておき、ぼくはダイアナには失礼かもしれないけれど、会うたびにカーメンの歌を引き合いに出してきました。彼女の後継者だと思っているからです。そして、年々ダイアナのヴォーカルにはカーメンのような風格が漂うようになってきました。
 それで今回の作品です。ぼくはこのアルバムを聴きながら、その考えが間違っていないことを確信しました。カーメンに似ているっていうことではありません。彼女のように、お馴染みのスタンダードを独自の解釈によって、しかもその曲の持ち味を損なわない歌を聴かせてくれるシンガーの姿が認められたからです。
 歌いっぷりのよさに惚れたとでもいえばいいでしょうか。粋できっぷがいいんですね。江戸っ子なんです。江戸前のジャズ・ヴォーカルです。そこがカーメンに通じています。コンボをバックにしたときのダイアナもご機嫌ですが、オーソドックスなジャズ・オーケストラをしたがえて歌う今回の作品(3曲ではコンボがバックについています)からは大御所の雰囲気も漂ってきます。
 しかし残念なニュースも耳にしました。どうやらダイアナはこれからしばらく産休に入るらしいのです。これはエルヴィス・コステロとの生活がうまくいっている証拠でしょう。コステロも素晴らしい作品を連発しているし、公私共に充実しているのが現在のふたりだと思います。
 しばらくダイアナの新作は途絶えるかもしれません。でも、向こうっ気の強いあの彼女が幸せな生活を送っていると思えば、「よかったじゃない」と素直に喜べます。今度は母親になって、さらに充実した歌を聴かせてくれることを楽しみにしようではありませんか。
by jazz_ogawa | 2006-10-18 23:22 | MHR | Trackback(2) | Comments(6)
 真剣にジャズを聴いているひとはきっと見向きもしないと思いますが、今回はフリオ・イグレシアスの『今宵もロマンティック(原題:Romantec Classics)』にぞっこんまいってしまいました。ポップス系のラヴ・ソングを英語で歌ったものですが、甘さ加減が何ともいえず実にほろりとさせられます。オープニングがニルソンの<うわさの男>、そして次がビージーズの<傷心の日々>。この2曲を聴いただけでノックアウトされてしまいました。そしてそのあとも大好きな曲が続いていきます。

 フリオ・イグレシアスは留学時代にやたらアメリカで流行っていました。25年くらい前の話です。ぼくは大の偏食で、病気になったいまでも魚や野菜を食べるのに苦労しています。でも、音楽に関しては何でも好きなんですね。雑食です。フリオ・イグレシアスも大好きですし、シャンソンとかカンツォーネとかも好きです。
 音楽には先入観がありません。不思議なもので、ひとつのことにとても細かいくせして、別のところでは大雑把です。このジキルとハイドみたいな人格は、音楽に限らずあらゆるところで顔を出します。大雑把なところと細かいところがほんのちょっとした違いで明確にわかれているんです。その境い目が何なのかは自分にもわかりません。これってB型の特徴でしょうか?

 この『今宵もロマンティック』を聴いていて思ったことがあります。楽曲の持つ力っていうのでしょうか。それがフリオの表現力と良好なバランスでかみ合っているんです。ただし、ぼくにとってはということですが。何でもそうしょうが、大切なのはバランスだと思います。どんなにいい音楽でも、聴き手がそれを受け止めることができなければ、その音楽はそのひとにとっていい音楽にはなりません。
 あらゆるひとにとって「いい音楽」というのはありえません。どんな名曲・名演・名唱にも、嫌いだっていうひとはいるんですから。楽曲とパフォーマーとリスナー。これらの三位一体によって、「そのひとにとってのいい音楽」が生まれてくることになります。ぼくはずっとそう考えてきました。

 ニルソンが歌う<うわさの男>やビージーズの<傷心の日々>も素晴らしいことに違いはありません。若かったころのぼくに何らかの思いを強く感じさせてくれたのがこれらの歌です。けれど、フリオの歌はもっと素晴らしいと思えました。深い人生が感じられるんですね。味わいといってもいいです。それが年齢によるものなのか、持って生まれた才能によるものかはわかりません。でも、ぼくの心をぐっと掴んだことは確かです。
 ぼくも年を取ったんでしょう。いまは渋い歌が大好きで仕方ありません。サウンドトラックですが最近出たレナード・コーエンの『I'm Your Man』もよかったですし、もちろん前回のMHRで書いたボブ・ディランもよかったです。あと、フリオ以外でいま聴いていていいなと思っているのがスモーキー・ロビンソンのジャズ・アルバム『タイムレス・ラヴ』です。
 ロックやポップス系のひとが歌うジャズ・アルバムがどんどん出ていますが、ミラクルズで一斉を風靡したスモーキーのジャズ・ヴォーカルは妙に浮いていて変な感じです。この変な感じこそスモーキーじゃありませんか。彼が神妙にジャズ・ヴォーカルを歌ったって面白くありません。

 話は戻りますが、『今宵もロマンティック』を聴いて、楽曲が持つ力に思いが巡りました。ぼくたちは、どうもパフォーマーの力量についてああだこうだといい勝ちです。ところ楽曲が持つ力についてはほとんど語っていないかもしれません。せいぜい「いい曲だ」くらいで終わっているでしょう。
 「いい曲」はパフォーマーの力を引き出すんですね。「いい曲に巡り会えた」というのがそういうことです。素晴らしいパフォーマンスはもちろんパフォーマーの力量によるものですが、そのうちのいくらかは楽曲の持つ力にもよるのだと思います。
 ぼくはそう考えることをおろそかにしていました。「いい曲だ」で片づけていたことを反省したいと思います。これからはその曲が持つ力についても考えてみたいと思います。そこからいままでとは違う音楽の楽しみかたが生まれるかもしれません。そしてそういうことを思い出させてくれたのが、ジャズでもロックでもなくフリオの歌だったことに喜びを感じました。
 ジャズ・ファンは多分ほとんど見向きもしないだろうフリオの歌から大切なことを教えられました。嬉しいじゃありませんか。幅広く音楽を聴いてきてよかったと思うのがこういうときです。
by jazz_ogawa | 2006-10-04 22:53 | MHR | Trackback | Comments(6)
 ボブ・ディランの『モダン・タイムズ』は、前作『ラヴ・アンド・セフト』が出てから5年ぶりの新作です。その間に未発表作品なども登場していたんですが、やはり《生ける伝説》の新作が聴きたい気持ちに変わりはありません。
 すでにレコード会社が配った視聴用のテープは繰り返し聴いていたんですが、きちんとした形になったものを手にするのは嬉しいものです。今回はハード・カヴァー式のジャケットで、これも重厚感があっていい出来です。
 ぼくは《物》としてもCDを楽しむところがあるので、ありきたりのプラ・ケースに入って発売される作品より、このような特殊ジャケットに食指が動かされます。しかも初回盤は4曲入りのDVDつき、こういうところもいいですね。《限定盤》という言葉にも弱いぼくは、こうなるとレコード会社のいいなりです。でも3000円くらいでこんなに喜べるんですから安いものです。

 それにしても、この作品、いままでのディラン以上に聴いていると気持ちが和みます。現在のツアー・メンバーでレコーディングしたこともリラックスさせたのでしょう。だから歌にもサウンドにも落ち着きが感じられるのだと思います。
 考えてみれば、ディランもこの5月で65歳になりました。ずっと前から渋い歌をうたってきた彼ですが、年相応の深みを感じさせるシンガーになったとつくづく思わずにはいられません。ぼくだって彼を初めて聴いたのが中学生のときで、あれから40年以上が過ぎているんですから。

 いろいろなアーティストと共にぼくも人生を歩んできました。中でもディランは大切に思ってきたひとりです。変わっているようで変わっていない、あるいは変わっていないようで変わっている。そんなアーティストがディランではないでしょうか。
 この手のアーティストにぼくは弱いんですね。ストーンズだってそうですし、マイルスだってそういう存在です。それにしても今回のディランには本当にほっとさせられたり、しんみりさせられたりしています。ブルースの名曲<ローリン・アンド・タンブリン>から、「夜のしじまの中、この世の太古からの光の中、そこで争いを繰り返しながら叡智は育まれていく。まごつかされてばかりのわたしの脳みそは、無駄だとわかりながらも悪戦苦闘し、闇の中、人生の小道を駆け抜けていく」と歌われる<ホエン・ザ・ディール・ゴーズ・ダウン>と続く3曲目と4曲目にかけてが最高に好きです。

 考えてみれば、ディランのライヴはこの20年くらい観ていません。このメンバーとのライヴはぜひとも観てみたいと思います。そのことを強く感じさせてくれたのが4曲入りのDVDでした。こちらには、<ブラッド・イン・マイ・アイズ>(1993年)と<シングス・ハズ・チェンジド>(2000年)のヴィデオ・クリップ、1998年のグラミー賞での<ラヴ・シック>、映画『ボブ・ディランの頭のなか』のスペシャル・フィーチャーから<コールド・アイアンズ・ブルース>(2002年)が収録されています。どれもディランの存在感が強く感じられました。

 このDVDもそうですが、しばらく前に発売されたマーティン・スコセッシ監督によるドキュメンタリー映画『ノー・ディレクション・ホーム』を観ていて、ぼくは老境に差し掛かったディランからジョニー・キャッシュに通ずる風格を思いました。
 65歳はいまの時代ならまだ年寄りに入りません。しかし彼の顔に深く刻まれたしわを見ていると、ぼくの心の中ではさまざまな思いが交錯します。そんな気持ちにさせてくれるところがこのひとならではの存在感なんでしょう。
 ひとにはそれぞれにさまざまな思いがあります。ディランの歌を聴きながら、最近のぼくは《自分の思い史》を味わっています。

 「地平線の彼方、太陽の裏側。虹の果てで人生は始まったばかり。いつまでも続くたそがれどき、頭上の空には星屑。地平線の彼方、恋をするのなら簡単」
 これは7曲目の<ビヨンド・ザ・ホライゾン>からの一節です。こんなラヴ・ソングが歌えるいまのディランに、ぼくは彼と自分の歴史を重ねています。そして、一生ものになるだろういい作品に出会えた喜びもしみじみと感じています。
by jazz_ogawa | 2006-09-10 00:13 | MHR | Trackback(1) | Comments(10)
 このところ、気持ちよく聴いているのがこのCDです。テリー&フランシスコ。ヴォーカル、作詞、作曲のテリー福山と、ベース、作編曲のフランシスコ松浦のふたり組です。
 大滝詠一、はっぴいえんど、バート・バカラックなどの影響を受けたという触れ込みで、それに引かれてディスク・ユニオンとタワー・レコードだけで限定発売された2曲入りのCDを買ったのがきっかけでした。これ、お試し価格ということでたったの200円。ガリ版に毛が生えたくらいのクオリティで印刷されたジャケットというか紙がついているだけのシンプルなものです。ディスク・ユニオンとタワーでは、ジャケットが色違いになっていて、遊び心も感じました。
 こういう出会いは、たいていの場合、いい結果につながります。このテリー&フランシスコもその例に漏れません。さわやかなシティー・ポップス、しかもどこか懐かしい響きを有している。結論からいえば、大滝詠一もはっぴいえんどもバート・バカラックも関係なく、1970年代によく聴いていたウエスト・コースト・サウンドが最近の感覚と共に甦ったという印象でしょうか。

 ぼくのテーマは1960年代ですが、テリー&フランシスコに通ずる1970年代の世界も大好きです。あの時代は、ニューヨークで代表される東海岸より、サンフランシスコやロサンジェルスが、ある部分ポップ・カルチャーの中心地でした。
 多分、そのころに生まれたふたりでしょうが、なぜか時代の空気が感じられます。ただし、リアルタイムで体験していないため、ノスタルジックな感じではないんですね。そこが、いいところです。
 歌詞やサウンドには、どこかあの時代を思い出させる郷愁が認められます。でも、それは彼らが思い描くヴァーチャルな世界であって、実体験に基づくものではないんでしょう。郷愁ではなく憧憬。それをとても素直に表現したところが心地のよいサウンドに結びついたと思います。

 年長の松浦は1970年代の米国のジャズやロック、福山はジャズ風のポップスが好き。微妙に異なる志向を新作ではうまくまとめた。「1970年代のウエストコーストの音楽を意識した。普遍的なメロディーを備えた、いい曲を作っていきたい」(松浦)
 こんなコメントがウェブに載っていました。

 7月にリリースされたデビュー作『テリー&フランシスコ』は7曲入りのミニ・アルバム仕様です。

【収録曲】
1. ためいきの銀河
2. サマークラシック
3. 青いペガサス
4. 乱気流
5. 熱をもつ夢
6. 嵐のあとで
7. まだ見ぬ町へ
◆CDエクストラ仕様(「ためいきの銀河」PV収録)

 なお、「ためいきの銀河」は、映画『青春漫画』のイメージ・ソングにもなっています。エイヴェックスからのメジャー・デビューですから、これからさらなる展開も期待できそうです。








これがディスク・ユニオンのお試し版です。










これは、ディスク・ユニオンでデビュー・アルバムを買ったらおまけについてきた「まだ見ぬ町へ」のアコースティック・ヴァージョンが入ったシングルCD。こういうのがコレクターズ・アイテムになるんですが、それもこれもテリー&フランシスコが今後どうなるかにかかっています。
by jazz_ogawa | 2006-08-20 11:08 | MHR | Trackback | Comments(3)
 南佳孝さんはぼくと同世代のシンガー・ソングライターです。ジャズのフィーリングを持った曲や歌で、デビュー作『摩天楼のヒロイン』が出たときから注目していました。
 このアルバム、はっぴいえんどを解散したばかりの松本隆さんがプロデュースしたこともあって、発売前から注目していました。その時点で南さんがどんなシンガーだか知らなかったのですが、アルバムは期待以上の素晴らしい出来映えでした。
 一番びっくりしたのは、ブロードウェイのショウ・チューンを思わせる曲が入っていたことです。とくに1曲目の「おいらぎゃんぐだぞ」は、ボードヴィル調の《ジャズ・ソング》といった雰囲気で、いっぺんで好きになってしまいました。

 その歌を聴いて思い出したことがありました。当時、ぼくはブルース・バンドを作って、青山にある穴倉みたいなバーで週末になると演奏していたんですね。246を渋谷から六本木に向かって行くと、青山のところに短いトンネルがありますよね。その入り口のところに、たしか「SUV」という名前だったと思いますが、朝までやっているバーがあったんです。
 アルバムが出る少し前のことです。ぼくと似たような年齢の男性がふらりと店にやってきて、1曲歌わせてほしいというんです。そのひとがいまにして思えば南さんだったように思います。何かのブルースを歌ったんですが、独特の声と節回しと顔つきは、『摩天楼のヒロイン』の南さんを彷彿とさせるものでした。
 
 ぼくが留学していたときに、南さんがニューヨークに来たことがあります。『SEVENTH AVENUE SOUTH』をレコーディングするためです。そのことは、レコーディングに参加したデヴィッド・サンボーンから教えてもらいました。アレンジがニック・デカロという超豪華版です。もちろん、帰国してからそのアルバムを買っていまも愛聴しています。
 「夏服を着た女たち」なんて、ぼくの大好きなアーウィン・ショウの小説を見事に南さんと松本さんの世界に置き換えたものになっていました。そのあたりの好みににやりとさせられる心憎いアルバムでありました。

 その後に出た『冒険王』も大好きなアルバムです。戻って来れないかもしれない密林に、エルドラドを探して明日旅立つ。その心境を愛するひとに手紙で伝えるというのがタイトル曲の内容です。この世界は松本隆さんが書いた数多くの詞の中でも最高のものだと思っています。
 そしてこの曲では、井上鑑さんが書いたストリングスのアレンジも文句なしの素晴らしさでした。ぼくはストリングスが入った歌や演奏が大好きで、南さんでいうなら、この曲と「夕日追って」のストリングスが最高だと思っていす。こちらは服部隆之さんのアレンジで、曲調からいってもロックやポップスでなく、ジャズのバラードとしてぼくは聴いています。
 ストリングス・アレンジといえば、ぼくはユーミンの「航海日誌」も大好きです。この弦の響きは、何度聴いても胸にじわーっと来ます。

 脱線しました。今回は南さんの新作『Bossa Alegre』を紹介するつもりでした。ビクターに移ってからの南さんはボサノヴァやジャズっぽいアルバムを発表してくれて、ますますぼく好みのアーティストなっています。今回はボサノヴァ・ユニットのRio Novoとのコラボレーションで、GSの曲などをカヴァーしているのですから見逃せません。しかも選曲が最高です。
 「シーサイド・バウンド」と「花の首飾り」はザ・タイガース、「ノー・ノー・ボーイ」はザ・スパイダーズ、「君をのせて」は沢田研二、「ソバカスのある少女」は鈴木茂。そのほかにも「第三の男」、「A列車で行こう」、「ガチョウのサンバ」、「エスターテ」など、実にセンスのいい選曲になっています。
 「君をのせて」と「ノー・ノー・ボーイ」はフェイヴァリット・ソングで、オリジナル・ヴァージョンは「iPOD和物号」の「一番好きな20曲」に入れて繰り返し聴いています。そういえば、「君をのせて」のストリングスも最高です。「ノー・ノー・ボーイ」は、本来ならマイナーで行くところをわざとメジャーのコードを使っている場所があって、そこが何度聴いても気持ちがいいんですね。これら2曲は、ぼくにとって永遠の名曲なんです。
 南ヴァージョンでは、残念ながらストリングスも入っていませんし、メジャーの展開にもならずありきたりのマイナー展開になっています。しかし、こうした曲を選んでくれたところに、自分と同じテイストを感じて嬉しく思っています。

 楽しみにしていることがひとつあります。小僧comでぼくがプロデュースしているコンサートの3回目に南さんが出演してくれることになりました。ぼくがリクエストしたのは、ジャジーなコンボをバックにジャズのスタンダードとボサノヴァを歌ってもらう、というものです。それプラス、オリジナルの楽曲もジャジーなアレンジでお願いしますと頼んであります。
 もちろん「冒険王」と「夕日追って」もリクエストしているんですが、コンボだと難しいかな? という返事でした。でも、これらの曲をピアノ・トリオくらいのバックで歌ってもらいたい気持ちが強くあるので、今後も粘ってみようかなと思っています。
 コンサートは10月です。「君をのせて」や「ノー・ノー・ボーイ」もライヴで聴いてみたくなりました。どんなコンサートになるのか、いまからぼくはおおいに楽しみにしています。
by jazz_ogawa | 2006-07-07 01:06 | MHR | Trackback | Comments(15)
 最近一番嬉しかったCDがこれです。このところ紙ジャケットでクォリティのいいものを作ってくれるようになったソニーの決定版でしょう。1973年に来日したときのステージを収録したもので、LP時代に横尾忠則がアート・ワークを担当し、画期的な22面体ジャケットの体裁で発売されました。
 そのときの価格が6300円で、当時としては3枚組でこの値段は普通だったんですが、ジャケットがフツーでない部分、レコード会社は大変だったそうです。何しろ売れれば売れるだけ赤字になるような豪華仕様ですから、以後、横尾さんにジャケットは頼んじゃいかんという禁止令が出たそうです。
 その前代未聞・空前絶後の22面体ジャケットを紙ジャケット仕様で復元したのが今回のリリースです。3枚組で6825円というビミョーな値段ですが、これでもソニーは出血大サービスなんじゃないでしょうか?
 どこかのネット販売のカスタマー・レビューでは「高い」とか「22面体ジャケットの復元に意味があるのか」みたいなことが書かれていますが、ぼくには「安い」、「意味がある」ものなんですね。このあたりはひとぞれぞれです。CDという“物”に興味がないひとには、「高い」し「意味がない」でしょう。
 でも、ぼくは理屈ではなくて、こういう“物”が大好きです。こういう“物”を作って出そうという“気持ち”も尊重したいと思います。今回も、社内では懸念の声があがったんじゃないでしょうか? とにかく、担当ディレクター氏の熱意が伝ってくる商品ではあります。
 ソニーのHP内にある担当者のブログでは、発売にこぎつけるまでの制作秘話が100回以上も掲載されています。それを読むと、いかに大変だったか、そして大変であれば大変であるほど楽しんでいるディレクター氏の姿が目に浮かんできます。
 この22面体ジャケットは、1991年にも一度出ています。そのときはまだ紙ジャケットが登場していなかったため、2枚組のCDと別途制作されたジャケットが纏められてスリップ・ケースに入っていました。このときは2枚組で4100円でした。
 肝心なのはここです。CDなら3枚組のLPが2枚組で済みます。ところが、今回はアナログ盤と同じで3枚組になっています。ぼくはいつも、こういうマニアックな復刻物の場合、たとえば2枚組のLPが1枚のCDに変更されていることに残念な思いをしてきました。
 ジャケットの復元にとことんこだわっているメーカーでも、ここが無神経なんですね。当然価格に反映されますから、会社的には安くして沢山売りたいという気持ちが優先されているのはわかります。
 でもこういうことって、商売は二の次にしてやってほしいなぁとも思います。無理な相談だとはわかっていますが、わかっていてもそう思っちゃうんですね。担当者にしてみれば、実情も知らないで勝手なこというなよ、といったところでしょう。でも思っちゃうものは仕方がありません。
 そんなことを日ごろから考えていたので、今回の3枚組は快挙だったと思います。オリジナル仕様にとことんこだわった結果は、こちらの予想以上に素晴らしい出来映えでした。


 音楽は文化です。ぼくは、パッケージから宣伝の仕方から、極端なことをいえば担当者まで含めて、すべてが音楽という文化だと考えています。そこがダウンロードをすればこと足れりとしているひととの決定的な違いです。
 つまり、音だけを楽しむのではないんですね。例えば、絵の場合は、どんな額縁に入って、どの美術館で見るのか、どんなひとが見に来ているのか、会場ではどんなものが売られているのかとか、あらゆるものを含めてぼくは楽しみます。
 音楽も同じで、総合的なもののなかのひとつの要素が演奏なり歌だと考えています。これはぼくのへそ曲がり的思考から出てきた発想なので、おそらくほとんどのひとが異を唱えるでしょう。それでいいんです。ひとそれぞれですから。理由も理屈もありません。そう思っちゃったんだからしょうがないでしょう、ということです。


 ところで、横尾さんで思い出しました。先日作家の平野啓一郎さんと次回の本の打ち合わせをしたときのことです。平野さんは横尾さんとも親しく、先日アトリエにお邪魔したそうです。そのときに話題になったのがスーギさんと和田さんのことでした。
 あれは、「スーギさんへのオマージュといったから盗作騒動になってしまったんだ、対応の仕方が悪かった」というのが横尾さんの考えです。それではどうすればよかったのか。横尾さんいわく、「飛行機に乗ってイタリアまで行き、スーギさんのアトリエで絵の写真を何枚も撮り、その絵を見ながらそっくりな絵を描く、というパフォーマンスだった」といえばよかったのに、ということでした。
 さすが横尾さん! ぼくは感心しました。たしかにそんなことをするひとはいませんし、それなら、(芸術と呼べるかどうかはわかりませんが)たしかに何らかの表現手法と解釈してもいいかもしれません。ぼくは、そういうの大好きですし。

 横尾つながりで妙な方向へ逸れてしまいましたが、最後に紙ジャケットでの不満をひとつ。それは帯(業界用語ではキャップ)です。最近はソニーもそうですし、東芝あたりもアナログ時代の帯も再現しています。だだし、これも社内のシステム上無理なんでしょうが、規格番号と価格が現在のものになっています。
 これもそっくりそのまま同じものにしてもらえたらどんなに気分がすっきりすることでしょう。オリジナル通りに復刻というのは一種の遊びです。パロディといってもいいかもしれません。それならとことんやってもらいたいものです。
 旧価格や旧番号をそのまま載せると混乱をきたすというのであれば、そんな混乱はきたさないと思います。きたしたとしても、それはそれでいいじゃないですか。そもそも、冗談みたいなものなんですから。それが大変だと思うところが、もうすでにこの手のことをする上では適していない感覚かもしれません。ジャケットを入れているビニール袋にでもその旨を記載すればいいだけのことでしょう。ジャケットの出来は最高でも、サンタナの場合もそこが弱点といえば弱点でした。でも、面識はありませんが、担当ディレクター氏には心からお礼をいいたいと思います。
by jazz_ogawa | 2006-06-16 11:04 | MHR | Trackback(1) | Comments(9)
 いまはまっているのがこのアルバムです。ニューヨークで買ってから3週間。この間、家のステレオで、iPODで、車の中で聴き続けていますが、いまのところまだ飽きていません。
 ブルース・スプリングスティーンは好きなアーティストではありますが、それほどの思い入れはありません。ぼくがロックから少し離れた時期に彼が人気を集め始めたこともあって、ちょっとすれ違ってしまったんですね。スプリングスティーンを聞くならディランのほうがいいや、という気持ちも働いていました。
 それでも常に気になる存在で、新作が出るたび買おうかどうしようか迷い、3回に2回は買うようなアーティスト、というのがぼくの中のスプリングスティーンです。しかし、このアルバムは発売が待ち遠しいものでした。国内盤は来週出る予定ですが、アメリカ盤は4月下旬発売となっていたので、ニューヨークで買える(!)とほくそ笑んでいました。
 しかもアメリカ盤はデュアル・ディスクです。ディスクをひっくり返せば映像も観ることができるのですから有難いことこの上ありません。ニューヨークではCDプレイヤーが壊れてしまったので、DVDプレイヤーしかありません。そんなぼくにぴったりの規格じゃありませんか。

 それで、どうしてこの作品が待ち遠しかったかといえば、スプリングスティーンがピート・シーガーの歌を取り上げているからです。高校時代にキングストン・トリオのコピー・バンドをやっていたぼくにとって、ピート・シーガーの名前は一種の憧れでした。
 そのころは小遣いも少なかったため、キングストン・トリオのレコードだって2枚しか持っていませんでした。そのほかにもジャズやロックやR&Bのレコードもほしかったので、残念ながらピート・シーガーのレコードまでは手が回らなかったんですね。もっとも、当時、彼のレコードはほとんど日本で出ていなかったと思いますすが。
 ピート・シーガーのレコードをアメリカ盤で何枚か買ったのは大学時代です。もうフォーク熱も醒めていましたが、それでもどこかに置き忘れてきた感じが彼の歌やレコードにはありました。「青春時代の忘れもの」っていうやつです。そのころだって青春時代ではあったんですが。
 本気でピート・シーガーのレコードを集めるようになったのは1990年代に入ってからです。それにしても、かなりの数のレコードを彼は出しています。研究用のものがあったり、メジャー・レーベルから出した比較的コマーシャルな内容の作品があったりと、幅も広く、それだけにコレクター魂もそそられます。
 何年か前のことですが、ニューヨークで彼のフリー・コンサートがあって、滞在中だったことから観にいくこともできました。「わが祖国」ではお客さんを舞台に上げて、全員で歌いました。1960年代のフーテナニーを21世紀に体験できるとは思ってもみませんでした。

 スプリングスティーンもピート・シーガーに憧れていた口なんでしょう。彼は音楽に造詣が深いので、ルーツ・ミュージック的なこうした作品を作るのも自然の成り行きだった思います。ビデオを観ると、スプリングスティーンが本当に嬉しそうに歌っています。その姿に触れるだけでも、この作品を手に入れてよかったと思います。
 ビートを利かせたロックより、アコーディオンやフィドルやアコースティック・ギターが織り成すサウンドの中で、“ボス”の歌声が心地よく響きます。新しいサウンドなんかどこにもありません。それが却って心を和ませてくれるんでしょうか。
 手作りの音楽はやっぱりいいですよね。ジャケットにも心を奪われます。前にも書きましたが、ディランの『ベースメント・テープ』を彷彿とさせるデザインではありませんか。オールド・ファッションなサウンドと歌、そしてジャケット。でも、少しも古く感じません。「不朽の名作」とかよくいわれますが、こういう音楽にこそ「不朽」という言葉は使いたいと思います。
 ずっと聴き続けていける作品には残念ながら滅多に出会えません。その数少ない作品と出会えた喜びをかみ締めながら、今日も家への帰り道で耳を傾けていました。

 今週は土曜日に「NY Jazz探訪」を銀座でやります。昨日、選曲も済ませましたし、当日プロジェクターで映す写真も用意しました。いつものようにBOSE社が音響の手配もしてくれるそうです。この間の土曜日に同じ企画の1回目をしましたので、少しは気が楽です。狭いお店のようなので、寛いだ会になればいいなぁと思っています。
by jazz_ogawa | 2006-05-18 23:17 | MHR | Trackback | Comments(5)
 ここ2週間ほどでいちばんよく聴いているのがこのアルバムです。

 フォー・フレッシュメンといえばジャズ・コーラスの最高峰です。ところが、この作品はまっとうな彼らのファンやジャズ・ヴォーカルのファンからはほとんど相手にされてきませんでした。
 実際、今回が世界初CD化ですし、アナログLP時代にも日本で発売されたかどうか怪しいものです。それも仕方がありません。取り上げているのが、このアルバムを録音した1968年当時のポップ・ヒットを中心にしていたからです。そのため、真面目なファンからはそっぽを向かれていたんですね。
 ところが、ぼくはこういうコマーシャル臭がぷんぷん漂う作品や音楽が昔から大好きでした。ジャズの名盤と呼ばれている作品も好きですが、こういうある意味で日陰者(この場合は日陰物?)がすこぶる気になってしかたありません。
 ここしばらくクラブ・ジャズが流行って、そういうひとたちの間では、シリアスなジャズ・ファンが相手にしなかったミュージシャンや作品が高く評価されるようになりました。いいことです。
 ただし、誰もが「右にならえ」で同じ作品やアーティストを異常に高く評価したり持て囃したりしているさまにはちょっとした怖さも感じます。「もう少し自分の意見を持ったら」と思うのは、ぼくが親父になった証拠でしょう。いやですね。
 でもそのお陰で、このアルバムも日本で発売されたようです。ジャズ・ファンに売るのではなく、違うファン層を期待してのリリースだと思われます。

 それはそれとして、このアルバムです。フォー・フレッシュメンが歌うのはラヴィン・スプーンフルの「デイドリーム」、ジ・アソシエーションの「チェリッシュ」と「ウィンディ」のメドレー、バート・バカラックの「ウォーク・オン・バイ」、ビートルズの「レディ・マドンナ」、フランク・シナトラの「カム・フライ・ウィズ・ミー」とフィフス・ディメンションの「アップ・アップ&アウェイ」のメドレー(このセンス最高!)、それから隠れた名曲にしてフォー・フレッシュメンの隠れた名唱にもなっている「ホエン・スクール・イズ・アウト・ディス・イヤー」などなど、どれもジャズ・ファンなら顔をしかめる曲ばかりです。
 チープなアレンジですし、フォー・フレッシュメンのハーモニーにも全盛期の美しさは認められません。しかし好きなものは好きということで、このアルバム、ぼくにとっては彼らの最高傑作『ファイヴ・トロンボーンズ』より愛聴していました。
 それでようやくCDが出たので、もうアナログ盤は聴かなくてもいいかなと思っています。これまでに、このアナログ盤は3枚買いました。そのうち1枚は聴き潰し、2枚目を聴いているところでした。どうして3枚持っているかといえば、CD化が期待薄だったため、いずれ2枚目も溝が磨り減ると思い、買いだめしておいたのです。ただし、このレコードは未開封だったので、これはこれで永久保存版として、もう1枚探さなくちゃと思っていました。
 アメリカの中古盤店ではときどき見かけますし、あれば3ドルとか5ドルで買えます。アメリカでもくず盤です。でも、そういうレコードがいとおしくてたまりません。だから、部屋にレコードがどんどん増えて身動きが取れなくなってしまったのですが。

 それともうひとつ、ぼくはジャケット・デザインにも魅かれています。この作品はリバティから出たものです。リバティといえば、この時期、ブルーノートも傘下におさめていました。それで似たようなデザインのジャケットがブルーノートにもいろいろあります。
 ブルーノートではフランシス・ウルフの写真にリード・マイルスのデザインが定番です。ところが、1960年代末の一時期はこのアルバムをデザインしたウッディ・ウッドワードも起用していました。例えばルー・ドナルドソンの『アリゲイター・ブーガルー』なんかで彼のデザインが楽しめます。
 なお、今回同時に発売された、デイヴ・ペル・シンガーズ、スー・レイニー、ブロッサム・ディアリー、マーティン・デニーの作品もぼくのフェイヴァリットですし、このシリーズ(Sound Picnic紙ジャケット・シリーズ)では3月にもフォー・キング・カズンズ、ラヴ・ジェネレーション、ジャッキー・デシャノンなど5枚が出ます。いずれもLPで散々聴きまくった作品なので、発売されたらすぐにiPODに入れてウォーキングをしながら楽しもうと思っています。
by jazz_ogawa | 2006-03-14 23:28 | MHR | Trackback | Comments(11)
 昨年の夏、ニューオリンズ周辺を襲ったハリケーン・カトリーナは、アメリカのルーツ・ミュージックにも甚大な被害をおよぼしました。ジャズの故郷であるニューオリンズの街が壊滅状態になっていることを、これでもかこれでもかと伝えていたニュース映像にショックを覚えたかたも多いでしょう。
 超大国であるアメリカにおいて、このような悲惨な状況にたいした手が打てない現実。ブッシュ政権の思いやりのなさ。アメリカの文化遺産が失われていくことに覚えた歯がゆさ。
 しかし、ニューオリンズのミュージシャンはこの状況に負けません。わが隣人だったブランフォード・マルサリスは、ニューオリンズに住む彼の家族を心配して直後に出したぼくのメールに対し、このような返事をくれました。

Thanks for your concern. Everyone is well, even though the city is not. It will be some time before they are able to return to our home. I am dealing with the hopelessness of it much better now than I was a few days ago. It is a series of catastrophes that did not need to occur were it not for politics. It will be a long time before things are normal in New Orleans again.

 悲惨な状況にあって救われたのは、9.11のときと同様、ミュージシャンが結束を固めたことです。ブランフォードの弟、ウイントン・マルサリスはすぐさま行動を起こし、2週間後にはニューヨークで多くのミュージシャンやシンガーを集めてチャリティ・コンサートを開催しました。ブランフォードも同郷のハリー・コニック・ジュニアと共同で資金を拠出して、ニューオリンズにアーティスト・ハウスとコンサート・ホールが併設された施設を建設する計画を発表しました。
 ニューオリンズ出身のアーティストを中心にしたチャリティ・アルバムもいろいろと出ています。とりわけ感動したのが、1月に発売された『アワ・ニュー・オリンズ』(ワーナー)でした。アラン・トゥーサン、ドクター・ジョン、アーマ・トーマスといったニューオリンズのR&B系ミュージシャンがこのアルバムのためにそれぞれ新録音を行なっています。
 急なレコーディングにも関わらず、安直な内容ではなく、それぞれがベスト・メンバーを集めて最高のパフォーマンスを聴かせてくれます。R&Bのファンやニューオリンズ・ミュージックのファンには必聴の1枚でしょう。
 ぼくはとくにアラン・トゥーサンの「イエス・ウィ・キャン・キャン」とドクター・ジョンの「ワールド・アイ・ネヴァー・メイド」に胸を打たれました。どちらも古い曲ですが、この災害のことを思いながら聴くとことさらじーんとしてしまいます。
 アラン・トゥーサンの言葉です。
 「わたしのスタインウェイも、レコードも、アレンジ譜も、スタジオも、すべてなくなってしまった。家はバイユー・セント・ジョン通りの近くにあったんだが、そこでは8フィーとも水が来てしまった。でも、精神は水に沈んじゃいない。わたしにはまだ音楽がある。鍵盤さえ叩かせてくれれば、自分の仕事はいつでもやれるつもりでいるよ」
 ランディ・ニューマンがルイジアナ・フィル(ニューヨーク・フィルの有志も参加)と共演した「ルイジアナ1927」も胸に迫ってきます。1927年にニューオリンズで起こった歴史的な大洪水をテーマにした歌で、1974年の作品『グッド・オールド・ボーイズ』(ワーナー)で発表されたオリジナルです。

 災害について悲しんだり、何かを話したり書いたりすることは、誰にでもできます。ぼくもこうやって書いていますし。それはあくまでひとごとだから書けるという部分もあるでしょう。
 渦中のひとたちがどんな思いでいるかは推し量ることができません。それでも、ニュースを見たり、ニューオリンズのひとの話を聞いたり、そしてこうした音楽に触れたりして、自分なりに何かを思い、考えることには意味があると思います。
 考えるだけでは、思うだけでは、救いの手は差し延べられません。それでも考えずにいられないのは、ぼくの場合、音楽が大好きだからです。とくにニューオリンズの音楽には、ジャズを含めて相当に入れ込んでいた時期があります。でも、動機はどうでもいいでしょう。何かを思い、考えること。それが大切だと思います。

 ところで、このCDを聴きながら、ぼくは早く自分の夢を実現させようと思うようになりました。それは、ニューオリンズから始まるジャズの歴史を辿る旅です。ミシシッピ河をのぼってカンザスシティを経て、シカゴからニューヨークまで。その間にいろいろな街を訪ねて、ジャズの痕跡を辿ってみたいと思っています。
 ニューオリンズに住む長老もどんどんこの世を去っています。ほかの街も同じでしょう。それは仕方ありませんが、その旅では田舎の片隅で素朴な音楽が聴ける店をたくさん見つけたいと思っています。そういう場にこそ音楽の真実や原点があるように思うからです。それをぼくは死ぬまでに、自分なりに納得した形で体験したいと考えています。
 一度でいっきにできる旅ではありません。そろそろ少しずつ始めてみる時期かなと、『アワ・ニューオリンズ』のジャケットを見ながら、そして音楽を聴きながら思うようになりました。
 
by jazz_ogawa | 2006-02-22 22:53 | MHR | Trackback | Comments(4)
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