エルダーといっても、まだそれほどの知名度はないかもしれません。2005年にソニーからメジャー・デビューしたピアニストです。このブログでも何度か紹介していますが、彼のライヴを一昨日「ブルーノート東京」で聴いてきました。
エルダーのフル・ネームはエルダー・ジャンギロフ。ジャンギロフという名前が難しいせいか、ソニーでアルバムを発表するようになってからはファースト・ネームのエルダーでクレジットを統一してきました。それ以前に彼はD&Dというマイナー・レーベルから2枚のアルバムを出していて、ソニーからは3枚のアルバムが出ています。
そのうちの2枚でライナーノーツを書かせてもらった縁から、レコード会社がエルダーの「ブルーノート東京」初出演に招待してくれました。左のジャケットが昨年出た、いまのところの最新作『リ・イマジネーション』です。
エルダーは超絶的なテクニックの持ち主です。しかもまだ21歳。初めてそのプレイを目の前で観たときはびっくりしました。2年前のことです。2作目となる『デイリー・リヴィング~ライヴ・アット・ザ・ブルーノート』の発売と合わせての来日でした。
その時点でテクニックは完璧でしたし、閃きにも素晴らしいものがありました。それで19歳です。若いピアニストが内外で話題になっていたところで「真打登場」ということでしょうか。そもそも彼の存在を知ったのは、ソニーからのデビュー作『エルダー』のライナーノーツを頼まれたときです。
その作品があまりに素晴らしかったので強い興味を覚えました。名前から推測できると思いますが、彼は旧ソビエト連邦のキルギスタンで1987年に生まれています。それからいろいろなことがあって、1998年に一家でアメリカに移ってきました。あとは英才教育を受け、2005年にこのメジャー・デビュー作の発売に至ります。さしずめ、ジャズ界のシャラポワといったところでしょうか。
一昨日の「ブルーノート東京」で最初に驚いたのは、当たり前のことですが、エルダーが青年になっていたことです。去年だったと思いますが「コットン・クラブ」の楽屋で会ったときは、まだ少年っぽい華奢な体形でした。それが「ブルーノート東京」に登場した彼は、がっしりした体つきに変わっていたんですね。
強力なタッチと超絶技巧で評判を呼んできたエルダーです。そこにさらなる磨きがかかっていたのは、体力というか体型というか、そういうこととも関係があるかもしれません。ぼくの席は彼の背中が目の前にあるようなところで、シャツ越しに後背筋の動きがよく見えました。背中を少し丸めてピアノを弾くので、後背筋が浮き上がります。その動きに無理がないというか、裸の背中を見たわけじゃないのでなんともいえませんが、余計な力が入っていないことがわかりました。
ステージでは「エクスポジション」や「インセンティヴ」といった曲でスピード感に溢れたプレイを繰り広げ、中盤では絶妙なリズム・アプローチで演奏される「ベサメムーチョ」も聴かせてくれました。表現がこれまで以上に多彩になっていました。それを観れたのが収穫です。初めてエルダーの演奏を聴いたときは、この若さでこれだけ弾けたらあとはどうなるの? みたいな不安を覚えました。でも、天才はさらに成長していくんですね。
それと、これまで一度も感じたことがなかったのですが、今回は彼のプレイから若いころのチック・コリアの姿が思い浮かびました。というか、いままで気がつかなかっただけかもしれませんが。めりはりの効いた小気味のいいタッチといい、とんでもない方向に展開されていくフレーズといい、演奏そのものは違いますが、最初に聴いたころのチックの面影を見ました。
若くて才能のあるひとが成長していく姿に接することができるのは嬉しいですね。ぼくなんかとっくの昔に成長することを捨ててしまいましたから、成長途上のひとを応援したい気持ちが強いです。ですから、これからもエルダーのことは気にかけていきたいと思います。